Honey ハニー |
それは、人の手の中で一番性的な色を孕んでる部分だ、と俺は思う。 長さとか厚みとか、体温に比例して上ってくる熱だとか。 形も、触れた感じも、温度も、全部、愛おしい。 好きだ、と思う。愛おしいと思う。 それと同じくらい、エロいよなァ、とも思う。 だから、触れたい。 存分になぞって、触れて、俺の熱を移して、それで。 つまり、それくらい好きだなァって思うわけですよ。 は?何がって、 沢村の手、ね。 …まぁ正確には、指かな? 「さーわーむーらー。」 練習終わり、シャワーを浴びて小屋…じゃなかった、部屋に帰ろうとしてたちんちくりんの後ろを姿を発見。 肩からタオルをかけて、ペタペタと足音でももさせてそうなちっこい体が、アホ面全開で振り向く。 途端に浮かぶのは、顔全体に「ゲッ!」とはっきりくっきり浮かぶ文字。 相変わらずなんて分かりやすい。お前投手だろ、と投手の素質を心配する前に、まず高校生としていろいろと心配した。まぁすぐにどうでもよくなったから言わなかったけど。 それにしてもコイツ、球受けて欲しい時はウザイくらい尻尾振って纏わりついて来やがんのに、自分の用が何もないと、この対応。 ちょっと酷すぎないですか、沢村くん。 「み、御幸一也!」 「こらこら。人のフルネーム大絶叫すんのやめてくれませんか。」 「なんだ…、なんの用だよ!?俺は忙しい…っす!」 「そんな戦闘態勢取らなくても何もしねーっての。それとも何?遠まわしに誘ってんの?」 「さ、そ…っ!」 「あ、今エロい意味想像しただろ。沢村のヘンターイ。」 「はああ!?お前に言われたくねえええ…!」 「はいはい、夜にあんまり叫ぶなよ、バカ。良いからちょっと沢村、手貸して。」 バカ発言にワアワアギャアギャア叫ぶ沢村は放置の方向で一歩近づくと、まだ風呂上りで湿った髪が揺れるたびに飛ばす水しぶきがちょっと鬱陶しかった。まぁ、それは無視して、飽きずに騒ぐ沢村の手を軽く引っ張った。(勿論利き腕とは逆だし、力はあんまり入れてない。その辺は勿論抜かるわけがない。) 風呂上りなのか、まだじわりと暖かい温度が触れた場所から伝わってきて、緩みそうになる頬に少し力を入れて勇める。 すると、俺の行動の意味が分からないのか、振り向いた沢村がちょっと低いところから視線をこちらに向けてきて、その角度的に上目遣いのようになる体制は少しだけ目に毒だ。 上目遣い、近距離、その上風呂上りのオプション付き。 そんな、その辺の女にやられても「狙ってんのか。」と不快にしか思わないようなその行動も、沢村にとっては狙いの「ね」の字もないってのに、勝手に俺は完全に狙い撃ちされるもんだから、本当困ったもんだ。 (ねーらーいーうちー…なんて、な。) 頭の中に流れたフレーズを軽く放って、心内で自分を笑った。 風呂上がりで頭沸いてんのは案外俺の方かも。 俺が黙ったことで、勢いをどこにぶつけていいのか分からなくなった沢村が挙動不審に目をきょろきょろさせて体をそわそわさせてるのが分かったけど、それを横目に捉えつつも俺は取った沢村の手を眺めた。 女とも違う、けど、俺とも違う。 投手の手。 けど、まだ成長途中のその手は、男の手だというにはどこか頼りない。 けれど、紛れもないそれは投手の手だ。 (…こんなんに色気感じる俺は相当だよなァ。) 健全な高校球児に、さ。 …まぁ健全だからこそ逆にって言えば、つまりはそういうことなのかも知れないんですけどね。 眺めていた手に這わせるようにちょっとだけ指を動かす。 人差し指と中指の間を指の腹でツツツ、となぞり下ろしてやれば、さすがに今までされるがままだった沢村がビクッと小さく動いた。 その様子にまたからかってやりたい気持ちが芽生えるけど、これ以上からかうと、勝手に逃走しちまいそうだから、頑張って自粛。 手を貸せって言ったのは、別に意味も無く触りたかったわけじゃないし。…いやまぁ、勿論それが全く無いとは言えねぇけどもその辺は綺麗に切り捨てといてもらって。 じっと見つめた先に見えた伸びたそれに、ちょっとだけ眉を顰めた。 「沢村お前さ、爪の手入れちゃんとしてる?」 「え、」 「え、じゃねェよ。投手の義務だろ。」 「そうだけど、…!」 「敬語。」 「そ、…そうっす、けど…。」 「けど?」 「…最近、忙しくて、ちょっと…。」 流石に沢村にも悪いって自覚があるのか、いつもよりずっと言葉に歯切れが悪い。 「仕方ねぇなァ…。」 「え?」 爪の伸びたその手に自分の指を絡めて、ニヤリと笑みを一つ。 「おいで、沢村。」 有無を言わせないような威圧感をわざと含ませた重たい言葉を投げかければ、案の定沢村は反射的にクビを縦に一回大きく動かした。 ははっ、単純。 ほんと、カワイーやつ。 パチン。 …パチッ。 「なぁ御幸ー。」 「んー。」 「まだ?」 「まだ。…あ、動くなよ。しかも今左手なんだから。」 「お、おう…。」 開いた膝の間に沢村を座らせて、後ろからおんぶみたいな形で抱きかかえてのポジションを難なく獲得して、そのまま一本一本丁寧に爪を整えていく。 同じ向きで見る方がやりやすいからと、大好きな大好きな野球が絡むと一気にしおらしくなるから、普段は反発的な子犬といえど、丸め込むのは至極簡単だった。 うーうー意味の無い言葉を呟きながらも、流石にじっとしてる。 お前はどこぞの幼稚園児か、と思ったけど、それだと幼稚園児に失礼だから突っ込むのはやめておいてやろう。 「お前、中学の時はどうしてたの?爪きり。」 「あ?…どうしてたって…適当。」 「…っぽいな。何せボールの縫い目のことも知らなかったようなヤツだもんな。」 「な、なんだよ!バカにしてんのか!」 「んー?っつーか、感心してる?…お前不器用そうだし、深爪とかしそうだし。今まで普通にやってこれたのがスゲーなって。」 「あー……あんまり爪切りバサミって使わなかった、…っす。」 「へぇ?」 「伸びてきたと思ったら、鑢で削って…だから、深爪はしなかったっすよ…。」 「なんだ、バカはバカなりにいろいろ考えてんのな。」 「…殴るぞ。」 「爪きり終わったらな。」 ハイハイ、と両手が塞がってるから口だけで宥めてやる。 「御幸、は。」 「…はい?」 「アンタは、…中学の時とか、あと、俺が来る前とかは…?」 「うわ、こら、あっぶねェし!」 沢村の話は、完全に主語が抜けててめちゃくちゃ分かりにくかった。 何の話か分からずにクビを傾げたら、だから!と目の前のちっこい体が衝撃で跳ねる。 いやいや、だからじっとしてろって言ったろ。本当にこのバカは、何か違うこと考えるとすぐ前のこと忘れやがる。 「爪きり!…他の投手にも、こういうこと、してたのかって、話…。」 「は?…ああ、そういう話ね…。」 いきなり叫ぶから何かと思ったらそんなこと。 抱きかかえた体はちょっとだけ更に小さい体が小さくなってて、噴出しそうになったけど、背中に隠れてるのをいいことに、俺はちょっとだけ意地悪い声でその耳元に囁いた。 「…そりゃまぁ、俺は捕手だからなァ。」 投手を輝かせるために最善を尽くすのが俺のお仕事です。 それは否定でも肯定でもない言葉。 でも流石に含まれてた意味が分かったのか、沢村がドキリとしたのが背中越しに伝わってきた。 そんなことないよ、お前だけだよ、って言葉を期待してたんだろうか。 そう考えると一瞬可哀想になったけど、目の前の存在は酷く可愛らしくて、性格の悪い(らしい)俺が感じるのは、可哀想って感情よりずっとずっと大きな悪戯心。 加虐心っての。沢村はそれを擽る何かを持ってる気がする。 それとも、俺の愛情表現がおかしいだけなんだろうか。 さっき自重した分、燻ぶる気持ちが簡単に抑えられない。 「…ふ、降谷、とか…先輩とかに…も?」 ああもう何だこの可愛い生き物。 精一杯平然を保とうとしてるのが伝わってくる声音で問いかけてくる声にはいつもの元気印はどこにもなくて、動揺してんのが丸分かりなのに、決して弱くなってるところを見せようとはしない。 お前の心が不安に揺らされてるの、丸分かりなんだぜ、沢村。 (これが全部天然なんだから、ホントたちわりーの。) 「…嫌?」 質問に質問で返すな!と、いつものように怒る余裕も無いのか、覚悟した怒声は聞こえてこなかった。 変わりに静かな部屋に響くのは、相変わらずパチンパチンと歯切れ良く響く爪きりの音と、さっきより数倍大人しくなった沢村の少し不規則な息遣い。 さぁなんて答えるんだろうと、半ば好奇心にも似た感情が渦巻くのを必死に隠しながら、沢村の指を一本一本丁寧にケアしていく。 爪を切って、角を削って、形を整えて、割れにくいようにしっかりと。 全部終わったらちゃんと磨いて、甘皮も処理してやって、マニキュアまで塗ってコーティングしてやろう、とか考えながら仕上げる。 大人しくなった沢村は、暫く黙ったまま俺の腕の中にいて、返ってこない返事は少しだけつまらなかったけど、まぁいいかと開き直った。 「…っし、爪きりは終わりな。」 無事終了して甘皮まで処理してやってから、マニキュアを取りに一度腰を上げようとポンッと軽く頭を叩いてやると、今までこわばっていた沢村の体から力が抜けた。 そんなに緊張しなくてもいいのに、と思ったけど、まぁいろんな意味でプレッシャーかけてやったから仕方ねーかな。 「沢村、ちょっと体どけて。動きたい。」 「…イヤだ。」 「は?」 「御幸が他のヤツにこんなことすんの、嫌だ。」 ぐい、っとシャツの裾を後ろでで引っ張られて、その場に押しとどめられる。 何なんだと思えば、さっきの返事か。 タイミングがタイミングだけに、一瞬なんで、と思ったけど、どうやら静かだった沢村はいろいろと考え事をしてたらしい。 しかも予想に反して可愛い答えが返ってくれば、もうこれはネタにするしかないっしょ? 多分俺じゃなくてもそうするね。…まぁ俺以外にさせる気は毛頭ねぇけども。 「何が、嫌だって?」 「だ、から…!」 「俺が、お前以外のことこんなことすんのが、嫌?」 「う…。」 「答えろよ、沢村。」 沢村は、こういう俺の真剣(そうな)言葉に弱い。 少なからず先輩だからと思っているからか、それとも。 まぁどっちでもいいんだけど、それを分かってて利用する俺ってやっぱいろいろ大事なモン捻じ曲がってんのかもなァ。 いいじゃん。好きなヤツって苛めたくなるのがセオリー。何歳になっても男なんて結局そんなもんだろ。 「つか…い、一番不器用なのは、…も、もしかしたら俺かもしんねーから、…俺以外にはそこまで過保護に、ならなくてもいいんじゃねぇかなって思っただけ、で…っ、」 モゾモゾと黒い塊が動く。 顔が見えないのが物足りないけど、後ろから見える耳が真っ赤だから何となく想像がつく。…でもやっぱ見えないのは、さぁ。ちょっと不満。 ああもういっそぐるりと思いっきり反転させてやりたい。 「なんかお前勘違いしてるみたいだから言っとくけど。」 浮かんだ衝動のままに体を反転させたら、顔面から零れそうなくらい大きい真っ黒二つと出会った。 「俺、男相手にベタベタする趣味ないんで。」 まぁつまりは、そういうこと。 …おんぶに抱っこはお前だけ。そんなの当たり前だろ。 一瞬ポカンとした沢村のアホ面に、「俺が丹波さんとかノリとか降谷とかに抱きついてたらそれはもうだいぶ絵面シュール過ぎて誰も見れないって。」と追い討ちをかけてやると、かかかかっと沢村の頬がさ更に一気に真っ赤になった。 「だ、だ、だまし…!」 「騙してませーん。実際この前ちゃんと降谷にはマニキュア渡して、ちゃんとやっとけよーっていってやったし。」 「爪きり、してるって…!」 「誰もしてるなんて言ってねぇけど?…まぁしてやったとしても、これはさすがにねぇなぁ。」 クスクス笑いながら、両足で沢村の体をぎゅうっと挟んでやった。 その体が、ブルブル震える。 「バカだな、お前ってほんと。」 まぁそこがスッゲー可愛くて俺のツボなんだけど! そう俺が最後まで言う前に、やっぱり沢村は逃走した。 沢村の出て行った後、先ほどまで彼の指に触れていた手をゆっくりともう片方の指でなぞった。 ずっと触れていたから、その体温がまだ残ってるようで、浮かぶ笑みはもう変態と言われても反論しようが無いほどだらしない自覚は、ある。 チュ、と音を立てて指先にキスをして、クスクスと笑った。 「好きだよ、沢村。」 お前の指も、もうそれ含め全部。 「爪きり1つで、欲情すんのはお前だけ。」 だから安心していいんだぜ。な、沢村? *** 全 然 安 心 で き ま せ ん ☆ (沢村の心を代弁してみた。) のっけから失礼しました…! 3000番、蕗様に捧げます。御沢爪きり話で、御幸視点、です。 なんだかもう御幸も沢村も残念な人になりましたが、多分一番残念な人は篠崎です。(どーん) 久々の原作寄りで、「お、ちょっと御幸がまともじゃないか!」と書きながら思ったりもしたんですが、完成してみたらやっぱり彼が唯の変態に成り下がってしまって本当に申し訳なく…!ううう…! 結局いつも通り沢村さんの隅々に欲情する御幸と、いろいろ頭が弱い沢村の話になってしまってなんだかなぁもう…! とりあえず、降谷やノリ先輩はともかく、丹波先輩に抱っこ爪きりしてる御幸を想像したらちょっと噴出しそうだったのは私です。 それにしても久々にまとも(?)に原作沿いが書けて楽しかったです…! そうですダイヤは野球漫画です。(今更) 蕗様、本当に遅くなってしまって申し訳ありませんでした…! 素敵なシチュエーションを頂いたので、それはもうやる気だけはもっさりあったのですが、力足りずに素敵なリクエストを生かしきれない面多々御座いまして、本当に申し訳ありません…!精進します。 何かございましたら24時間体制で書き直し等お受けしております、ので!お申し付けくださいませ…! それでは、この度は素敵なリクエストありがとうございました! 書いていてそれはもう楽しかったです^^! 3000番踏んで下さってありがとうございました。とてもとても幸せ者です! ダイヤ万歳御沢万歳! 宜しければまた遊びに来て頂けると嬉しいです。 リクエスト、ありがとうございました! 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