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*院1年×学部3年



覚えているのは、確か。
桜なんてまだ蕾で、決して感動的とは言い難い風景の中で、同じくお世辞にも決して感動的とは言えないような会話をした後、離れていった背中。
「またな。」なんてどこにも根拠なんか無い言葉を、いつも通りの軽さで吐いて、だから俺も、いつも通りの憎まれ口を叩いたはずだ。
軽々戻って来るんじゃねーぞ、と。
そんな俺の大声に、ひらひらと手を振る背中。

それ以降、噂以外で耳にすることもなければ、そのムカツク顔を拝む機会も一度も訪れなかったから。


だから。


「お前ってさ、ホント想像通りにスーツ似合わねぇのな。」


ぷっ、と噴き出して笑う顔は、前に見た時より少しだけ大人びただろうか。


「…なんで…。」


言葉を失う俺の前で、相変わらず変わらない黒縁の眼鏡の奥でくしゃりと歪められた顔に、ただただ呆然とするしかなく。


「久しぶり。沢村。」

元気でいらっしゃられましたか。




ざわざわと回りの喧騒が忙しなく動いていく暑苦しいほどの人混みの中で再開した御幸センパイは、そんな風に。
過ぎた5年の歳月なんてまるで存在しなかったかのような軽快さを担いでからりとした笑顔を浮かべていた。



















「それにしても、意外だったなぁ。」
「…んあ?何がです?」
「沢村が大学に進学して、一般企業への就職目指してるなんて。」


手にとったパンを千切って口に運びながら、そう言って御幸がぽつりと言葉を漏らした。
差したフォークの先に齧り付いたハンバーグのソースが絶品で、一瞬だけ遅れた反応に御幸が笑うから、少しだけばつが悪くなってもぐもぐと口を動かして呑み下してから、首を傾げて問いかければ、しみじみとした言葉が返ってくる。

男二人で、少し洒落たカフェで遅めのランチ。
俺の目の前に置かれたハンバーグランチと、御幸の前に置かれたパスタランチの皿。
器用にくるくるとフォークを使ってパスタを巻く御幸は妙に様になっていて、明かりも音楽も装飾もどこかレトロな雰囲気を醸し出している店内に、そのスーツ姿も相まってか、不思議と馴染んでいて少しだけ居心地が悪くなる。
まるで七五三だな、なんて友人からからかわれた自分の姿を映すものが無いのが不幸中の幸いか。
ゆったりとした時間が流れる中、俺はもう一口フォークに突き刺したハンバーグ(三種のキノコの和風ハンバーグらしい)を口に突っ込んだ。


「…そうっすか?」
「ああ。てっきり、プロに行くのかと思ってたし。」


ごくん。
大きめの塊が喉を通って落ちていった。


「……それを言うなら、アンタの方が、…だろ。」


店内を流れていた音楽が途切れる。曲が終わったのか、不意に訪れた沈黙が間に落ちて、けれどそれはすぐにまた再生され始めたBGMと、御幸の小さな笑い声によって穏やかな空気に取って代わった。


「そう?」
「…大学に進学した時も、結構な噂になったのにさ…。」
「ははっ、まぁ俺有名人だしな。」
「それを言うなら有名人だった、じゃねーの。」
「相変わらず生意気ですね。沢村くんは。」
「そう言うアンタも変わんねーな。」


5年も経ってんのに。
…そう付け加える言葉は敢えてもう一口突っ込んだ大きめのハンバーグの欠片と一緒に呑みこんだ。


御幸は5年前、俺が高校1年の春に卒業した野球部3年生の先輩の中の一人だった。
当時からそれはもう目立つ存在で、色々な意味で回りから数多の噂をされる目立つヤツ。
俺が投手で御幸が捕手だったこともあって、夏までしか時間を過ごさない三年生と言えども、それなりに多くの時間を共にしたから、確かに性格に多少の難はあるけど、それでも俺にとっては確かに尊敬すべき先輩で、うぬぼれでもなんでもなく、結構可愛がって貰えてたと思ってた。

引退してからも結構気にかけて貰ってたし、敢えて言葉にするなら“仲の良い先輩”で間違いなかったと思う。
けれど、それから月日が過ぎて、人づてに御幸先輩がプロにならずに大学に進学するってことを聞いて。
卒業した後のことも、人からたまに聞くだけだった。――御幸、院に進むことにしたらしいよ。


最後に御幸を見てから2年後に、そんなことを聞いた。その間に、交換したことのあるアドレスからメールが来ることもなく、もちろんその番号が俺の携帯を鳴らすこともなかった。同窓会はあったらしいけど、俺はちょうど国家試験やら何やらがあって参加出来なかったし、後から御幸先輩も参加しなかったと聞いたから、行っても会えなかったんだろう。

(仲が良いと思っていたのは俺だけだったのか、とか…思ったりもしたんだぞ…。)

先輩と後輩なんて、こんなもんなんだろうか。
まぁそもそも、大学に入りたての頃は積極的に連絡を取っていた同い年の友達とも最近ではそれも希薄になりつつあるくらいだから、仕方のないことなのかもしれない。

別に御幸のことばかり考えて過ごしてたわけじゃないけど、まさかこんなふうに…就職活動中のイベントで再会するなんて思ってもみなかったから少し驚いて、同時にどうしていいか分からなくなった。
5年の空白は、案外俺の中で大きな壁になっていて、それをなんてこともないように飛び越えて会話をする御幸との間に更に溝が出来ているような感覚。
色々と考えていたら、パクリと含んだハンバーグの味が少しだけ薄くなったような気がした。


「そう簡単に変わるかよ。たった5年だぜ?」


ケラリ、と御幸があっけらかんと言って笑うから、俺は呆然とするしかない。


「たった、5年…?」
「それにさ、大学4年間なんてあっという間だったろ?俺なんて気付けば終わってたもんなー。」
「…俺まだ学部生っす…。」
「あ、そうだっけ。」
「つかさ…言っとくけど、5年って結構な期間だぞ。俺の人生の4分の1なんだからな…。」


イライラ。イライラ。
御幸の口から出る言葉一つ一つに、なんだかイラッとする気持ちが募っていく。
久々に会ったのだから、話したいことだってたくさんあるはずなのに。

(何で俺は、こんなに、苛立ってんの…?)

沢村?と御幸が不思議そうに俺の名前を呼ぶ。
それに答えずに近くにあった茶碗を引っ掴んでご飯を掻きいれた。ああもうお洒落なカフェの、おの字も、無い。


「…沢村、」


御幸がもう一度、同じように俺の名前を呼ぶ。

(同じ?)

いや、違う。
同じ言葉だけど、その短い二文字に込められた色が全然違う。
視線を上げれば、そこにはさっきまでのどこか飄々とした掴みどころのない御幸の顔じゃなくて、どこか何かを楽しんでいるような俺の嫌いな御幸の表情があった。


(やべぇこれ、ハメられた。)


気付いた時には、既に御幸の手の中。こんなこと、一度や二度じゃないはずなのに。
5年という月日は、そんな感覚すら鈍らせてしまったんだろうか。


「なんでそんな、イライラしてんの?」
「し、てねぇよ!」
「嘘つきー。何歳になってもお前顔に出んのな。」
「自分の顔なんてそんなに気にして見ないので。アンタと違って!」
「何それ。俺がナルシストみたいな発言止めて貰えますー?」
「なんだ、違うのか。」


綺麗に片した皿の前にフォークを置いて、ゴチソウサマ、と小さく呟くのは忘れない。
俺の言葉に、やれやれと肩をすくめた御幸に気付いた店員が、すばやく俺らの間の皿を片づけて、食後の珈琲をお持ちいたしますね、と丁寧な言葉をかけて去っていった。

広くなったテーブル。けれどそのせいで近くなった距離に少しだけソワソワする。それに気付かれないようにそっと腰掛けて居た椅子に背もたれた。


「沢村にとって、5年は長かった?」
「誰にとっても長ぇと思います。」


ふうん。
意味深な笑みを御幸が漏らす。ああ居心地が悪い。
昼飯が終わったらとっとと戻らないと。それよりまず、就職フェアの最中のお昼に、なぜこんな優雅なランチタイムを過ごしてしまったのか。
久々の再会が、俺の中の何かをおかしくしてる気がする。


「…それとも、だ。」


トントンと御幸の指が何もないテーブルを叩く。
振動が伝わって少しだけむずがゆくなる。


「俺のいない5年が、長かった?とか。」


問いかけというより、既に肯定されたような言い方に、ついに俺のイライラは頂点に達した。
(うぬぼれ、んな!)


「アンタって本当意味わかんねーやつだな…!!!」
「なんだよ、図星だろ?」
「ふざけんな!!今まで散々…っ、」
「“連絡の一つも寄越さないで”?」
「…っ!!」


俺の心を全て見透かしたかのように囁く様は、依然と全く変わらない。
どうしてこう、変わってほしいところは変わっていてくれないのか。
無駄に似合うスーツも、妙に精悍になった顔も、全部ぜんぶ、憎たらしい。


「さて沢村、」


御幸の身に纏った黒が揺れる。
首元を緩めるように伸ばした腕がネクタイを左右に揺らして、そのまま真っ直ぐ向けられた瞳とついぶつかる。逸らそうと思ったけど、何の魔力か、その場に縫いとめられて叶わなかった。


「ここで再会したのも何かの縁、ってことでさ。」
「そんな縁いらねぇんですけど。」
「あんな大勢の中から見つけられちゃうんだぜ、これはもう運命じゃんか。」
「無視か。」
「で、就職活動で大事なことは、情報収集、だろ?」



これからぜひ仲良くしようじゃねーの。



「…お断りします。」
「えー。」
「アンタの勝手に振り回されるのは勘弁、っす!」
「俺別に振り回した覚えないんだけど。沢村が勝手にぐるぐる回ってただけじゃん。」
「ぐ、う、うう…!」


穏やかなBGMに合わせるように穏やかな声音が耳を擽る。


「立派にスーツ着てても、まだまだお子様な。お前。」
「そういうアンタはただのホストにしか見えないんですけどね!」
「それ誰かにも言われたわ。失礼過ぎる。」


ならその茶髪をまずどうにかしろ、と心の中で突っ込んだ。
黒のスーツの肩口でサラサラ揺れる茶色の髪は、大勢の中に居ても妙に目立って目を引く。


「…とりあえず、今までの5年と同様に薄いお付き合いがしたいんですけど。」
「えー。無理無理。折角の縁だし、こってりたっぷりこれからは仲良くしようぜ?」
「ぎゃーーー!!」



(なぁこれ俺、再会しねぇほうが自分のためだったんじゃねぇの…?)



「押してダメなら逃がしてみろ、ってしてみるもんだよなー。」
「引いてみろの間違いだバカ!!!」


再会しなければよかった。そんな後悔が明確に形になって俺の頭に降って来る。
それを更に塗り固めるような御幸の笑顔を見て、やっぱり、しまった、と思った。



「とりあえず、長い長い5年の歳月を埋めるために、これが終わったら飲みにいかねー?」
「真面目に就職活動しろ!!就活生!!!」






「今更だけど、アンタスーツ似合わねぇよ。」
「いやいや、お前に言われたくねーよ!」







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