love driver |
*新卒×入社7年目 その案件が突然飛び込んできたのは、いつもより少しだけ穏やかな午後一番のことだった。 「沢村さん、昨日発注した部品作ってた工場との連絡ミスで、部品の数が足りません…!」 「はああああ!?」 突然室内に血相を変えて飛び込んできた部下の発した一言に、俺の怒号が重なる。 息を切らして走ってきたところを見ると、その顔は確かに同じ会社の社員であるけれど、あまり面識のない社員の顔だった。まだ初々しさを残すその顔は、今は焦りの色で何とも形容しがたい色に染まっていて、落ち着かせてやりたいとは思うけれど、俺はそれ以上にとにかく、とそいつの肩に手を伸ばした。 「足りないって…どれだけだ…!?」 「そ、それが…!入力ミスで、0が一つ足りなくて…!」 「それって…」 「相当の数…不足してます…!」 「納品いつだ、それ…。」 「明後日…です…。」 現状把握のために確認した事実に、くらっと一瞬眩暈がした。 けれど流石に倒れるわけにもいかず、その場になんとか踏みとどまって持ちこたえると、もう半分泣きそうになっている伝達係の青年をとりあえず宥めるように肩を叩いた。お前のせいじゃないだろ、と言えば、安堵したように息を吐かれるけれど、俺はそうもいかない。 今回まかされているプロジェクトのプロジェクトリーダーは俺だ。誰がミスしたのかまだ聞いていないけど、この際今はそんなことどうでもいい。 明後日までに納品出来なければこの計画は潰れてしまうし、それは会社にとって大損害。そうなったら俺も、ミスをしたやつも相当な処分を食らうことは間違いない。 最近の若者はストレス耐性が無いとも言うし、こんなことで止められては困る。いや、今の事態は相当「こんなこと」で済まされるようなことではないんだけども。 優先すべくは対応策。 頭の中で色々な考えを巡らせながら思案する。どうすればいいのか。再受注なんてしていたら到底間に合わない。こうなったらいろいろな工場を自分の足で回ってなんとか手配するしかない。 「…悪い、伝言頼めるか。」 「は、はい…!」 「俺ちょっと出てくるから、俺の部下等にさ、なんかあったら携帯に電話しろって伝えて。」 「わかりました!」 「あと、手が開いてて車使えるやつに救助要請かけといて。俺足が無くて…この際他の部署の奴引っ張ってきてもいいから。頼ん…、」 捲し立てて喋っている最中に、突然ズボンのポケットがブルブルと震えた。 メールの知らせかと思ったけど、やまないバイブに電話だと悟る。軽く断ってから携帯を取り出して画面を確認すると、そこに表示されていた文字に驚いた。 「…もしもし…御幸か…!」 『あ!沢村さんやっと出てくれましたね!』 「なんだお前、悪いけど俺、今急いで…、」 『伝言聞きました?俺、今日偶然車で来てるんで、よければ運転手に使ってください。』 電話の向こうの御幸の言葉に、驚く。 それはたった今俺が、一番欲しかったものだったから。「お前なんで、」言いかけた言葉は遮られて途中で止まる。 『多分沢村さん外に出るだろうなと思って今表に車回しました。…来ますよね?』 あまりにも察しがいい部下にただただ苦笑するしかなく、けれどお陰で減ったロスタイムに口角を上げた。 「使える部下持って、俺は幸せもんですよ。」 そうときまれば急いで、と入口にかけてあったコートを肩から軽く羽織る。 さっきの伝言を伝えてくれた青年に急ぎ足で礼だけ告げて、そのまま足を音たてて床を見踏みながら携帯を首で挟みながら器用に声をかけた。 電話の向こうで、御幸の声に車の小さなエンジン音が混ざる。 『あ、惚れ直してくれました?』 「は!馬鹿は休み休み言え!」 『今は休んでる暇ないじゃないですか。』 減らず口が減らないこの生意気な態度はあとで粛清するとして。 「よっし御幸、今日だけ特別だ!!俺と楽しく高速デートしようぜ!」 見えた入口から勢いよく飛び出して、目の前に止めてあった車を確認すると、運転席で同じように携帯を首に挟んでいた御幸と目があった。ニヤリと笑って携帯を閉じる姿はどう見ても昼下がりのサラリーマンと言うには少々不似合いなもの。 同じく閉じた携帯をスーツのズボンのポケット捻じ込んで回り込んだ助手席の扉を少々乱暴に開けた。 「デートっていうならアフターはアリですかねー。」 「安心しろ。今日は一緒に徹夜コースだ。」 「うっわ、色気無い話しないでくださいよ。」 助手席に乗り込んだ俺がシートベルトを締めるのを確認すると、ほぼ同時に二人で携帯を切る。 御幸がギアに手を伸ばし、アクセルを思いっきり踏みつけると、一気に加速するスピードメーターと同じく、高らかに上がっていく御幸の笑みに合わせて、俺も釣られて笑い声を上げた。 「深夜サービス期待してますね!」 「甘えんな新米!!」 地獄のお泊りデートスタートです。 [←] |