噛み合わず、されど絡み合う | ナノ

噛み合わず、されど絡み合う


*ヒモ×先輩



お前は可哀想なやつだよ、と、何の脈絡もなく暗い部屋の中に沢村先輩の声が響いたので。


「は?」


思わず漏れた俺の声のなんて間抜けなこと。
けれど仕方が無い。あまりにも話が見えなくて(元来この人にはそういった気があるけれど、今回は特に酷い)、そして、行為後まだ生々しい香りすら残す部屋のベッドの上でするにはまったくもって似つかわしくない言葉の内容過ぎたのだから。俺の反応は妥当だろう。何でですか、と問いかけようとしたけれど、その俺の声をまるで上塗りするかのようにもう一度、「だからお前は可哀想なやつだよ、って」と、沢村先輩が呟いた。

暗い部屋で、うっすら闇に慣れた目が移すのは、狭苦しいシングルベッドの上で俺に背を向ける沢村先輩の健康的な肩甲骨。布団に隠された場所は見えないけれど、その背中のラインは男だと思っていても思わず手を伸ばしたくなるほど優美で、この体をさっきまで自分が好きにしていたのだとふいに感じれば愉悦感を通り越して、優越感すら感じるほど。

布団を軽く手で手繰り寄せ、一歩近づいても沢村先輩はこちらを向こうともしない。


「なんでですか?」


分からなければ聞く。だから素直に問いかけたのに、反応は返って来ない。寝たのかな、と思ったけれど、隠れるようにゴソリと先輩が体を動かして頭からシーツを被った。ああどうやら、まだ寝てはいないらしい。

だからもう一度、その隠れてしまった背中に向けて聞く。「なんでですか?」


「…お前が一人きりだからだよ。」


ぽつり、と静かな沈黙の後に沢村先輩が呟いた。
下手すれば聞き逃しそうなくらいの大きさの声音だったけれど、今この空間には俺と沢村先輩しかいなくて、しかも俺はただ先輩の後ろ姿を見てるだけだったから。息遣いすら感じるこの静寂の中では聞き洩らすはずもなく。
こうして今二人でいるってのに、一人だ、なんて残酷なことを言う先輩の背中を見ながら、でも、俺は。

(…さっきまで、あんなに素直で可愛かったのに。)

布団の中に隠された背中を見ながら思う。名前を呼んでも、答えてくれそうにはなかったから、俺は諦めてモゾモゾと体を動かして同じように布団に潜り込んだ。
先輩の方を見れるようにって、体は先輩側に向けたままだけど、沢村先輩がこっちを向いてくれる気配はどこにもない。かたくなに背を向けられたその姿が、まるで先輩の心を表わしているみたいで。
それでも、同じベッドに身を預けることを拒まないところがまた、俺と先輩の関係みたいだな、と思う。


「沢村先輩、俺明日の朝はスクランブルエッグじゃなくてオムレツの方がいいんですけど。」


ピクリとも動かない背中に向けて言えば、ぐいっと布団を引かれて。
シングルベッドなのに極力離れるように背を向ける存在を感じる、その唯一の引力に少しだけ身をまかせながら目を閉じた。



「…お前なんて、早く次の女のとこ行っちまえ。」



目を瞑ってから聞こえた沢村先輩の声が泣きそうだったのは、俺の夢の中のことだと思うことにして、布団の中で温かさを求めて動かした手は、ただ空を切るだけだった。







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