メロンパンテンプテーション | ナノ

メロンパンテンプテーション


*同棲



「なぁ、メロンパン食ってる時ってさ、すげぇ幸せな気になんねぇ?」
「は?なんで?」
「だって特別って感じすんじゃん。メロンだし。」


夕食後。
今日は練習が午前だけだったこともあって、一人暮らししてる部活の先輩のところに後輩全員で押し掛けて、実家からの仕送りだって送られてきた段ボールをそこに群がってた野球部全員で集った後、気付けば俺の手の中に残ってたのはとってもシンプルなメロンパンが1個。(言っとくけど、大学生の欲求の強さ舐めんなよ。あれはもはや一種の戦争だった。)
それでもおこぼれにあずかれたことだけでも幸せだとホクホクしながら家に帰って―\―\しかも戦利品はメロンパンときたもんだから、俺の機嫌は更に上向きで―\―\、飯の後にそういえばと思って取り出して御幸に自慢した後、そう問いかけたらなぜか疑問が返ってきた。その反応に、あれ…おかしいな、と思って、仕方なくもう一回、「だってメロンパンだろ、羨ましくねぇの?」って問いかけたら、更に御幸の顔がキョトン顔になったから、今度は俺も首を傾げる羽目になって、なぜか二人して疑問顔になるという異様な空気が流れた。

いやいや、首傾げたいのは俺の方なんだけど…。

その異様な空気を先に打ち破った御幸が、俺が御幸に自慢げに見せていたメロンパンと俺を交互にじっと見つめて呟いた。


「えーっと…、なんかの限定モンとかだったりすんの?それ。」
「…?いや、別に?」
「…じゃあ、すげぇ高かったり?」
「知らねーけど…つーか、そんなんだったら先輩死守してるんじゃね?」


ガサリ、と少し手を動かすと、コンビニやスーパーなんかでよく見かけるシンプルなパッケージのメロンパンの袋が小さく音を立てた。どう見ても高級って言葉とは縁遠そうな、大量生産感が漂う外装だけど、これが御幸には高級に見えるんだろうか。少なくとも俺は見えない。
そんな御幸の問いかけの意味が分からなくて首を傾げた状態のまま答えたら、なんだか訝しげな目でじっと見つめられるのを感じて、ちょっと居心地が悪くなる。なんだろう、なんで俺はこんなに変な目線向けられてるんだろう。…いや御幸の目線が変なのはある意味いつも通りなんだけども、いつもとはちょっと様子が違うっていうか。ソ\ファに座ってる御幸の視線が、ダイニングに居る俺に突き刺さりそうなくらい痛い。


「…沢村って、メロンパン、そんなに好きだったっけ。」
「おう。好きだけど…?」
「ふうん…?プリンばっか食ってるイメージあったわ、なんか。」


ふうん、ともう一度声を漏らして御幸がマジマジと俺の手の中のメロンパンを見つめる。「ふうん」の意味が分からず、てっきり羨ましいのかと思って、そんなに見てもやんねぇぞって言ったら、別にいいし、って返ってきた。なんだ、メロンパンがいらないなんて随分太っ腹なヤツだな、と思って御幸を見つめながらちょっとだけ感心した。


「そりゃ、プリンも好きだけどさ。だってメロンパンってメロンだぜ?メロンパン。つまりイコール、メロン。100円くらいでメロン食えるなんてこんなお得なことねーじゃんか。」


メロンパンを開発した人って偉大だよな。


「…………………は?」


嬉々とした声音で言葉を弾ませる俺とは正反対に、今までどこか不思議そうにしながらも、半分くらい生返事だった御幸から、思いっきり地を這うみたいな低い声が返ってきて一瞬さっき食べたばっかりの夕飯が腹の中で勢いよく跳ねた。見ればソ\ファにゆったり座ってた御幸の目が思いっきり驚いたように丸くなってて、俺の頭には更に疑問符が浮かぶ。何だ今日は妙に会話がかみ合わねぇなぁ…なんて思って何か言おうとした瞬間に、その丸い目をした御幸から衝撃発言が落っこちて来た。



「いや別に、メロンパンつってもメロンが入ってるわけじゃねぇじゃんそれ。」



さらり、と聞こえた言葉がそのまま耳に残らず綺麗に通過して空気に溶けていった。



「…………………はぁ?」



数秒前、いや…ともすれば数分前の御幸と同じ反応。反射的に言葉がポロリと口から零れ落ちて、今度は俺がぽかんと口を開けて間抜け面をすることになった。ガサリ。また手の中のメロンパンのパッケージが乾いた空気を揺らす音を立てる。


「…え、ちょっと待て沢村お前、」


御幸が驚いた顔から、なぜかちょっと真剣な顔になって俺を凝視した。あれ、ちょっと待てこれ、続き聞いちゃいけない気がするんだけど。気のせいか。すげぇ嫌な予\感がするんだけど、気のせいか。
俺の大事なモンを根本から覆されるような、そんな嫌な予\感というかもう大方確信に近い嫌な予\感に耳を塞ぐ前に、御幸から更に爆弾が降って来た。


「まさかお前、メロンパンがメロンから出来てると思ってる、…とか。」


まさか、の部分が強調されてるような気がしたのは多分気のせいじゃない。


「…え、…っと、…ちげぇ、の?」


恐々と返答すれば、一瞬珍しく無表\情になった御幸が、次の瞬間ぷはっと息を吹きだして、その後何かが切れたみたいに盛大に腹を抱えて笑い始めた。


「は、…っ、はははは…!おま、ちょ、…マジか…!!」
「な、なんだよ!!何がおかしい!?そんな笑うこと!?え、だって、メロンパンはメロンパンだろ…?」
「いや、…っ、そうだけど、…!いや、そうだな、うんうんそうだ、メロンパンだもん、な…メロンパン…、っ…!そうだよな、悪いのはお前じゃねぇよ、沢村…!」
「は…?あ…??んだよ…っ笑いながら意味不明なこと抜かすんじゃねぇええ…!!」


ヒーヒー言いながら腹を抱える御幸を睨む俺。なんでそんなに笑われてるのか分からないけども、100パーセント馬鹿にされてることだけは笑い方から十\分に感じ取れて、笑われてる理由が分からないだけに、余計に気分が悪くなる。元々人の癇に障る笑い方する奴だけど、今回は更にムカツク。何だコイツ。笑い袋の方がまだ上品なんじゃないかってくらい狂ったように笑う御幸に(笑い転げる、って表\現がぴったりだ。今にもソ\ファから転げ落ちそう)、ただただ俺は苛々するしかない。
とりあえずその耳につく笑い声だけは止めたくて、近くまで行ってソ\ファに座る御幸を上から睨みつけてみたけど、効果は無かった。


「おいこら変態、何一人で笑ってんだよ気持ち悪ぃな…!」
「いや…、だって、お前、メロンパン、って…!」
「だから、なんでメロンパンで笑うんだよ…?」


さっき耳を通り過ぎて行った言葉は既に頭の中に無い。本当は聞きたくないけど、それでも問いかける他今の状況を打破する方法が思い浮かばなくて、御幸の笑い声にかき消されてしまいそうなほど小さな声で問いかけたら、少ししてゆっくりと御幸が笑って乱れた息を整えるように何度も何度も肩を揺らして大きく全身で息を吸いながら、俺の方をじっと見て来た。
眼鏡の奥のその瞳にうっすら涙さえ浮かんでいて、こんなになるまで笑い転げるこの人をそういえば俺はかつて見たことがあっただろうか、なんて冷静なことを頭のどこかで考える。


「…だって沢村が妙に可愛いこと言うからさぁ…。」
「かわ…!?」
「メロンが入ってるからメロンパンだとか…っ、はは…!今時小学生でも言わねぇよ…!」


いや、お前の頭を小学生と同じって考えたら小学生に失礼か、なんて訴えたら勝てそうなくらい侮辱された言葉が返ってきたんだけど、いちいちそんな御幸の軽口に怒るほど俺は子供じゃない。大人な俺はとりあえず御幸の隣に置いてあったクッションを思いっきり御幸にばふっと投げつけてやるくらいで勘弁してやった。(実際はちょっと…いや、結構\力入れてやったけど。)
クッションに顔だけ埋もれた御幸が、何すんの、って不満そうに眉を寄せたけど、ふんっと鼻を鳴らしてやり過ごす。そしたら苦笑が返ってきて、ようやく笑いの波が去ったらしい御幸が、ふうっと深く一つ息を吐いた。

けどさ、ちょっと待て。
…俺の勘違いじゃなければ、御幸は俺に対して土下座してもいいくらい大変失礼な言葉と一緒に、すげぇ変なこと言わなかったか。


「だ、って……メロンパン…って、」


メロンで出来てるもんだろ…?


相当語尾が弱弱しく声量が下がっていくのが自分でも分かった。



「いや、違う違う。」



そうきっぱり否定する御幸は、まるで新しい玩具を手に入れた子供みたいに楽しそうな顔だった。


「い、いや、ちょ、待て、…だって、クリームパンは、クリームが入ってるパンだからクリームパンじゃんか…?」
「まぁ…そうだな。」
「あんぱんとか、ウインナーパンとか、コロッケパンとか、…みんなそれが入ってるからそういう名前じゃん!」
「そりゃ、それはそうだけどさー。」
「だったらメロンパンだってメロンが入ってなきゃおかしいだろ!?」


至極当然なことを言ってると思うんだけど、俺がなんか言う度に、御幸の顔がにやにやと緩む。
何でこんなに必死になってるんだろ…と思わないでもなかったけど、でも。


「じゃあなんでメロンパンはメロンパンなんだよ…!?」


ぐ、っとクッションを隔てた御幸に詰め寄ったら、にっこり笑ったままの口からサラリ。


「形だろ?…つーか、網目?」


それがさも当然と言わんばかりにそういった御幸の言葉にぽかんとなっている隙に、ひょういと手の中のメロンパンを奪い取られた。あ、と思って反射的に取り返そうと手を伸ばすけど、器用にそれをよけた御幸が、そのパンのパッケージを裏返して、ココ、と指を差したのは、普段あまり読むことは無い文字の羅列。


「ほら、原材料。どこにもメロンなんて書いてねーだろ。」


じ、っと見た先には、確かに。


「………うそだ…………。」


呆然、って言葉を説明しろって言われたら、多分今の俺の顔がその漢字そのものだと言ったら相当分かりやすいと思う。
駄目押しみたいに、ほんとだって、とメロンパンを差し出してくる御幸からそれを受け取って読んでみたけど(活字苦手過ぎて途中読めない漢字が何個かあった。メロンってもしかして漢字になってんじゃねぇのとか悪あがき考えてみたけど、また笑われそうだったから口に出すのはやめた。…後で自分で調べとこ。)確かにどこにもメロンって言葉は見当たらなくて、呆然が少しずつ目線を動かしていく度にいっそ絶望に変わった。大げさかもしんねぇけど、俺の心境はまさにそんな感じで。


「俺もまさか、この年でメロンパンのこと信じてるヤツがいるとは思わなかった。いやお前すげーよ沢村。尊敬する。」
「う、うぜぇ御幸…!!」
「そういう純粋な心は大事なするべきだよな。悪い、お前の綺麗な夢壊して。」
「ニヤニヤしながら言われても全然説得力ねぇよ!!」


頭を撫でられかけた手を思いっきり振り払って、思いっきり御幸に背を向けた。すると後ろから、沢村−って面白がったみたいに俺を呼ぶ御幸の声が聞こえて来たけど、それを無視したら、反抗期か、なんてまた失礼な言葉。


「悪かったって、マジで。お前がそこまで馬鹿…じゃなくて、純粋だったとは思わなかったからさー。ごめんごめん。」
「………あれか、御幸はあれだな。サンタクロースなんていないって周りの奴らの夢壊す部類の人間だろ。絶対そうだ…!!」
「あれ、もしかしてお前サンタクロースもずっと信じてたクチ?」
「……普通にずっと信じてて突然今日みたいに現実つきつけられたクチだけどなんか文句あんの!?」
「…ははっ、お前…マジで飽きねぇわ…!!」


そんなことを言われても全然嬉しくないんだけど、俺とは逆に御幸は相当楽しそうで、面白い面白い連呼するけど、俺は全然面白くも無いし、寧ろ結構\傷ついてんのにまた笑いだそうとする御幸にちょっとだけ殺意すら覚えた。
あまりにもむかついたから、背後で御幸が笑う声が聞こえてもそれは完全に無視したまま、思いっきりバリッと大きな音を立てて、大切に大切に持っていた今日の戦利品のメロンパンの袋を破った。ふわりと香る甘い香り。けれどそれは確かに今更ながら、メロンの香りのカケラもなくて(よく今まで疑問に思わなかったもんだ、と思う)、信じられなかった事実が現実だと思い知らされるようだった。


「詐欺\だ…。」


ポツリ、と呟いた言葉が聞こえたのか、御幸が笑うのをやめる。


「いや、だって普通味とかで分かるだろ。それにガキの頃に話題になったりもしたし。」
「だって!…メロン入ってねぇならもっと分かりやすい名前にしろよな…!!!」
「えー。俺に言われましても…。…名前って、例えば?」
「……………、………メロンの形パンとか。」
「…ぶはっ…!」


…また笑われた。もう嫌だこの人。

これ以上話していて更に笑われるのも嫌だったから、俺は勢いのまま思いっきり口を開けてバクリとメロンパンにかぶりついた。よかったわね栄純、メロンなんて高級なものなかなか食べられないんだから、と俺を育てた母親をちょっとだけ心の中で恨めしく思いながら。


「さーわーむーらー。」


暫く無言でムシャムシャメロンパンを不機嫌面で貪っていたら、後ろから御幸が声をかけてくる。けれどそれは口の中でザラリとした砂糖の塊をゴクリと飲み込んで、再び思いっきりメロンパンにかじりつくことでスルーした。
相変わらず凄く美味しいはずなのに、純粋にメロンパンが楽しめなくなったのは御幸のせいだ。…大事なものが一つ奪われたみたいで悲しいとか、言ったら笑われそうだから絶対言わねぇけど。怒ってる?って聞かれたけど、それも無視したら、後ろで小さく御幸が息を吐いた。

すると、次の瞬間、ズシッと肩に急激な重み。


「おうあ…!?」
「無視すんなよ。悪かったってば。」


危うく持っていたメロンパンを取り落としそうになったのを必死でキャッチした。まだ半分以上残ってるのに落とすわけにはいかないし。…例え何を言われてもやっぱり俺の中でメロンパンは特別なもんに変わりはない。食べるのだって久々だし。こんなことなら御幸に自慢する前に自分で堪能\しておけばよかった、なんて今更後悔しても遅いけど。
肩から腕を通して、俺の首に思いっきり抱きつく御幸の腕に「いっそこれに噛みついてやろうか…」とも思うけど、日本の野球界から色々言われるのは遠慮願いたかったから、やっぱりメロンパンに歯を立てることで我慢した。てかなんでこの人は俺に抱きついてんのかな。


「…御幸。」
「ん?」
「重い。邪魔。食いにくい。」
「だって沢村、ずっと一人で食ってるからさー。俺にも分けて。」
「ヤダ。絶対やんねぇ。」
「えー。なんで。」
「メロンパンを愚弄したヤツにメロンパンを食う資格はねーよ!」
「愚弄って…、…寧ろメロンパンに失礼だったのお前の方じゃ…」
「うっさい黙れ大人気取り!!」
「いやいや、俺らもう十\分大人じゃん。」


クスクスと御幸が耳元で笑うのがくすぐったくて鬱陶しい。
密着するなと振り払うように体を動かすけど、ずっしりと体重をかけられたら、元々純粋に力でだって敵わないのに(悔しい)、御幸を退けられるはずもなく…。諦めるように、ハァ…とため息をついたら、背後の御幸が小さく笑った。


「くれる気になった?」
「…絶対やんねぇ。」


ばぐ。
もぐもぐと、大きく口を動かして、甘いビスケットと生地を存分に堪能\して咀嚼する。両手で持つくらいの大きなメロンパンは、既に某パンの正義のヒーローも力を無くすくらい大きく減って、俺の腹の中に納まっていく。悔しかったのと、ちょっとした悪戯心もあって、御幸には意地でも一口もやるもんかと、自分の体をちょっとだけ丸めて、御幸からメロンパンを隠すように少しだけ抱え込むようにすると、後ろから聞こえたため息。すると、ぬっと御幸の手が伸びて来たから、「なんだよやんねぇぞ、」と自分の胸の方にメロンパンを引き寄せたら、ふ、と笑みと一緒に吐息が漏れる音がした。…こういう笑い方を御幸がした時は大抵良いことなんかねぇ。から、不審に思って少しだけ頭を上げたら、さっきと同じく、おもちゃを見つけた子供みたいな御幸の顔。


「じゃあ、別にいいや。」


言うが早いか、伸びて来た手は俺の胸元にあるメロンパンを軽々通り過ぎ、そのまま、あっと思った時には口元にズボリと何かが押し込まれて、驚いて反射的に体が跳ねた。なんだ、と思ったのと、それが御幸の指だって気付いたのは殆ど同時で、ゴツゴツした御幸の指が無遠慮に咥内に侵入してきて、御幸を見上げたままだった俺の口の中に難なく滑り込んだ。


「ふがっ、…ぐ、…!ふぃう、ひっ!」


必死に叫ぼうとするけど、残った指で顎を固定されて、親指の腹で歯を抑えつけられたらそれも不可能\で、変な声だけが口から出た。悔し紛れに思いっきり御幸を睨みつけてもニヤニヤと楽しそうに頬を緩めるだけ。ああくそう、やられた…!思いっきり噛んでやればいいんだろうけど、それも見越してか、御幸が器用に軽く指を曲げてるせいで、どうしても口を閉じることが出来ない。いくら力を入れてもふがふがと変な声が漏れるだけだし、…それに多分こいつは、俺が本気で噛みつけないってのも分かった上でやってるから相当性質が悪い。…けどだから別にそれは御幸だから、とかじゃなくて、日本のプロ野球ファンに恨まれたくないだけだけど。



「沢村がくれねぇなら、俺が勝手に貰っちゃうけどいーの?」



いやそれはもっと早く言えよ。

…って言いたくて仕方なかったけど、それも出来ないから更に思いっきり眉を寄せて睨みあげた。そんなのはただ御幸を更に楽しませるだけだってのも分かってるけど、それ以外にどうしようもなくて。


「お前が目の前に、美味そうなモンちらつかせるから悪いんだよ。」


そんなに食いたいならコンビニでもどこにでも買いに行きやがれ。
俺のそんな心の声が聞こえたのか、御幸が緩く首を左右に振った。



「…ああ、違う違う。俺が美味そうっていってんのは、メロンパンじゃなくて…。」



何で俺の言いたいことが分かるんだろ、と不思議に思ったけど、口の中を固定してた御幸の指が不意にゆっくり動いて、縮こまっていた俺の舌を捕まえた。舌の温かい温度の上に、少しだけ冷たい御幸の指先が触れて、ビクッと肩が跳ねる。


「んぐ、……ふ、あ……ッ、」
「なにそのえっろい声。」
「ふ、うぅ…っ!」


違う、って言いたいのに出来ない。ザラリとした指の皮が上顎を擽って、咥内をかき混ぜる度、飲みきれずに口の端から零れそうになる唾液を器用に絡め取る指の動きに合わせるようにピチャピチャと響く水音が、妙に恥ずかしくなって、顔に熱が溜まっていくのが分かった。
さっきまで甘い甘いお菓子の甘さで包まれていたはずの口の中を、思いっきり御幸の手によって侵食されて、ふわふわと変な不思議な感覚になってくる。
下顎を擽られてぎゅっと目を閉じると、反射的に力を入れて握った、手の中のメロンパンの袋が、グシャッと大きな音を立てた。


「…やっぱ、美味いモンは二人で分けあわないと、だろ?な。沢村。」


その瞬間、ズボッと勢いよく口の中に入っていた指が抜き取られて、やっと解放されたかと思えば一瞬で天井が見えなくなる。けど変わりに、視界いっぱいに飛び込んで来るのは、その見えなくなった天井をバックに俺を見下ろす御幸の妙にギラついた目だった。


「……何が二人で分け合う、だ……。」


やっとまともに動かすことが出来た口から漏れたのは、そんな言葉と諦めの混ざったため息。
すると、至極機嫌良さそうに口角を上げた御幸が、さっきまで俺の口に突っ込んでた親指をペロリと舐め上げてそれはもう無駄に妖艶な表\情を浮かべたまま、笑った。


「なんだよ、不満?」
「…だって喰うのはお前だけじゃん。」
「いいだろ。お前はさっき十\分高級なメロン食ったんだし。」


独り占めしたバツ。
…こんなことなら分けときゃよかったなぁ…なんて、やっぱりもう遅いけど。


(あー…、安くてお得どころか、すっげぇ高くついちまったじゃんか…。)


そんなことを思いながら、降って来る体を受け止めたら、間に挟まれたメロンパンが潰れる音が聞こえた。(コイツには後で絶対、メロンパンどころか本物のメロンでも買わせてやろうと思った。)




「いただきます?」
「…言ってろバーカ。」







それでも、重ねた唇がいつもよりちょっとだけ甘かったのは、多分気のせいじゃない。







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