end. | ナノ

end.


*from続き



残酷なまでに真直ぐなお前。
そんなお前だから、綺麗だと思った。
そんなお前だから、好きだと思った。

さようなら、さようなら。
愛した人。
おめでとう、おめでとう。
愛する人。
















end.

















周りの喧騒が全て、遠くからBGMのように聞こえてくる。

先ほどからいろいろな人に声をかけられるけれど、全て偽者の笑顔で受け流して見せれば、まるでそれとセットであるかのように舌が饒舌な音をサラサラと乗せる。その談笑の雄弁さたるや、主観である自分ですら驚くようなものだったけれど、そんな冷静な思考とは違う部分で今にも暴れ出しそうな酷い感情が体を内側から鋭い爪でひっかき続けていて、それはもうまさに今この瞬間にでも肌を食い破ってあふれ出てきそうだった。

そんな相反する静と動を体内に抱えながら…しかしそのどちらも残酷なまでの鋭利な凶暴さを孕みながら、御幸はただ一人煌びやかなステージを見つめていた。
先ほどから横で聞こえる媚を売るような甘い声も着飾った女性達の視線にも、全て気が付いていながら、何一つ無自覚なふりをして立ち続ける御幸を、「ああなんて謙虚な人」と全くの見当違いな網膜を通して見つめる女性達の更に熱を帯びる視線すらまるで気にも留めず、その目に映すのは視界の中で揺れる純白の悪魔の姿だけであった。ただ、その色彩に醜悪さと憎悪を感じているものなどこの空間の中で自分だけだということを理解できないほど自分は子供でもないし未熟者でもないことを御幸は自覚している。そしてそれを表に晒すことがどれだけ羞恥なことであるかということも痛いほど自覚しているのだ。だからこそ、その右手が掴むのはその白に包まれる細い首筋ではなく、手を伸ばした場所から掬い取ったワイングラスのステムに柔らかく指を這わせるだけで押し留まっている。ともすれば今にもその表面張力が物理法則を無視して決壊しそうな心境ではあるが、どれだけ神仏の怒りのごとく心に憎悪の烈火を燃やしたところで地球は逆回転を始めることは無いし、念じるだけで人が殺せるわけもない。

つまるところ、いくら御幸が心の中で何を願おうが、この結婚式が終わることなど一ミリの可能性すらないのだ、と、自分の一部がそう総論を告げる。そうすれば、もう何度目か分からないこの思考のループに飽き飽きと揺らした先でワインの海がたぷんとさざ波を立てた。堅苦しいスーツに身を縛られ、会場に浮遊する自分の心はある一人に縛られ続けているというのに、その視線の先で実りの太陽の如く溢れんばかりの笑顔をまき散らす彼は、全ての光が集約するその下で、幸せの照らす光で頬を紅潮させていた。その年頃の青年らしいその精悍な顔つきを包む白い衣装は彼を少々大人びて見せて居たけれど、浮かぶ笑みはまだ幼さを残す少年の顔つきをしていた頃と何一つ変わらない。何とも…馬子にも衣装だなとどこか冷めた目で見つめた。瞬間、御幸さん?と隣の女の可憐な声が耳を掠めたことで、ああ一瞬自分の顔が般若の如く歪んだ気がしたのは気のせいではなかったのか。


祝いの場で、壁の花を決め込んでからもう相当経つ。披露宴も終わり、自由な空気が流れる中、どんどん自由を奪われていく自分に失笑しながらも、御幸はただただ今日この場に来たことを今更ながらに後悔していた。一体どうしてこんなことになったのか…片思いをしている相手の結婚式への出席を決めるなど。自分にマゾヒストの気など毛頭無いと主張して、はてさて何人信じてくれるだろう。


(念じるだけで人が殺せるなら、今頃この場所は血の地獄だな。)


その血の海の中に横たわるのは最愛の彼の冷たい亡骸だと、瞬きの一瞬閉じた瞼の裏に映しだされた狂気のような絵図を無理やり打ち消すように歯を噛みしめれば、口の中に鉄の味が広がった。紅色に染まる純白はさぞ彼を綺麗に彩るだろうと、狂気に蝕まれて理性の糸に半分切れ目が入った病的な思考を携えて、御幸は一つ笑みを零す。今日この場所に来るまで、自分はもっと理性的で理知的な、言うならば出来た部類の人間だと思っていたが、どうやらそれは過剰な思い違いだったらしい。時計の針が進む度に世界の終わりを願ったり、進行役の声が悪魔の讃美歌に聴こえる自分を一体誰が想像しただろうか。


今自分はどんな顔をして何を見ているのだろう。周りから見ればこの姿はどう映っているのだろう。人の形をしていれば幸いだけれど、それは恐らく難しいように感じた。けれど隣で未だ囀る女の声は先刻までと何ら変わりが無いので、案外うまく皮で覆い隠されているのだろうか。もう、自分が今喋っているのか何をしているのか、それさえ分からなくなるほど完全に何か得体のしれないものに体を支配されていた。否、心はもう随分と昔から彼が持って行ってしまっていたのだから、その空っぽの体に違うものが宿ってしまうことはある種当然のことのようにすら思えるけれども。愛が憎悪に変わるとはなるほど、上手く言ったものだとどこの誰とも知らない他人の言葉に一つ頷いた時には、先ほどまで手枷となっていたグラスが指から離れ落ちていたことに気付いた。

そういえばBGMも止んでいたな。
さて一体、自分が彼女から離れたのか、それとも彼女がつまらない人形のような自分に愛想を尽かしたのかは既に分からない。ただ今あるのは、先ほどまで遠くから見つめていた彼、新郎の沢村が酷く近い距離に居る現実だけだった。(いつの間に、と思ったが、どうやら距離を詰めたのは自分のほうらしかった。)大勢の人に囲まれるその輪の一部に自分が加わっていることに気付いて、その事実に、御幸の中で何かが甲高い音を立てて切れた。理性が糸だと言うのならきっとこれはそういうことだ。


(どうして、結婚なんてしたの。)


手の届く場所、声の聞こえるところにいるのに、それが彼の背後だという小さな理由一つのために、沢村が御幸の存在に気付くことは無い。それは何だか、あんなに近くに居たというのに、男同士だからという理由一つで、気持ちすら伝えることが出来なかったこの関係の縮図のようだと思った。思えば、あんなにも近くに居たのに。そして御幸の思い違いでなければ、この思いは多分、そう脈のないものではなかったように思う。思い出は美化されるものだけれど、なぜかそれには確信があった。

どうして、なんで、あの時。
その全てが、今になっては何の意味も持たないことは分かっている。時が戻らないように、人もまた、歩むことは出来ても後ろに進むことは出来ない。振り返ることは出来ても、立ち止まることは出来ても、結局戻れないことに変わりは無い。


自然と伸びた手の先に、先ほどまで指を這わせた細いステムではなく、温かい温度が触れた。それはひどく懐かしく、するりと指を絡めれば、そこには覚えのある固いタコ。ああなんだ笑顔だけでなくこんなところも変わらないのかと、一瞬でかつて彼と共に白球を追いかけた記憶がズルリと記憶の引き出しから零れ落ちて来た。あの時世界は自分達を中心に回っているのだと錯覚してしまいそうなほど物語の渦中に居たはずなのに。結局終末なんてこんなものかと、多くの人が成熟期に味わう苦みをこの年になって御幸は初めて味わった。それは間違いなく諦めという二文字だった。


(さわむら、)


ぎゅ、とそのタコごと固い手を握りしめれば、けれど周りは何事もなかったようにBGMが引き続き流れていく。固い手だ。年を重ねた男の、女性を守るために生まれた男の手。彼は紛れもなく一人の男なのだと自覚して、そしてそれが何よりも強い拒絶のようだと、身勝手なことを考えて、そっと心の中で名前を読んだ。



届くはずもないその心の声に反応するかのように。
すると突然、繋いだ手に力が籠る。彼が笑った気がして顔を上げれば、けれどやはりそこには目線さえ向けずに佇む沢村の後ろ姿があるだけだった。




さざめく音の入り混じる中、誰にも気づかれないところで繋がった蜜事だけがお互いの存在を象って、ああどうしてあの時好きだと伝えなかったんだろうと漸く明確に浮かんだ後悔に涙を零せば、バカだなとやはり沢村が笑った気が御幸にはして。





繋ぎ続ける指先だけが、さよならと別れの言葉を何度も何度も繰り返し壊れたオルゴールのように紡ぎ続けていた。






[]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -