雨降りコバルト |
*同棲 (…あ、雨…?) どうりでちょっと前から外から差し込む光が鈍くなったと思った。 …ら、雲の合間でゴロゴロと小さな音がした。 …あれ? アイツ、…傘、持ってたっけ? 「…で、なんで迎えに来てくれたはずのお前のほうがずぶ濡れてんの。」 「う、うう、うっせー…!悪いか……っくし!」 「あーあー…もう。何やってんの、沢村。」 がしがし、と頭を服の袖で拭かれる。 そこはタオルを差し出すところだろと思ったけど、御幸にそんなマメなところがあるはずもなく…。よく見れば手荷物もない。携帯と財布だけポケットに入れてるってだけって感じ。 んで、案の定傘も持ってなかった。心配した通りだ、と思ったけど。 失敗したのは、迎えにいってやろうと思った俺まで傘を忘れて飛び出してきた、ってこと。 しかもだいぶ駅に近づいてからそのことに気付いて、しかも気付いた理由が雨がパラつき始めたからで…最悪なことに、落ちてくる雨は一瞬で量を増し、あっと思った時には土砂降りになってた。 一生懸命走ったけど、駅に着いたころにはずぶ濡れ。 そこに最悪のタイミングで御幸と鉢合わせ。(どんなタイミングだよ!) 完全に濡れネズミになった俺を見て、ぽかんとしたあと大爆笑。怒った俺を見て更に一通り大爆笑した後に、やっと心配の声。 なんだろ、この…イラッとする感じ。 ああもう迎えになんか来てやんなければよかった。 数分前の優しい心の俺に、数分後のこの俺の惨状を見せてやりたかった…。 駅の出口で、ずぶ濡れの俺と、爆笑する御幸。 行き交う人たちが、傘をさすために一度足を止める度にそんな俺らにチラリと視線をやっていくのに気付いて、なんとなく恥ずかしくて俯いた。 俺の頭を乱暴に撫でる御幸もそんな俺に気付いたのか、少し笑うのをやめた後に、小さく頭上で息を吐いて、ぽんぽんと頭を撫でる。 「早く帰ろうぜ。バカが風邪ひく。…あ、バカだからひかねーか?」 「…風邪ひいたら全力で移してやる…。」 「はっは!それは勘弁。」 小馬鹿にしたような御幸の言葉に、べっと舌を出して睨みつけると、御幸は視線の先で相変わらずムカツクほど爽やかな笑顔で笑ってた。 なんかすごい微妙な心境だったから頭をブルブル左右に振ってやったら、雨の滴をぐっしょり含んだ髪から鋭い粒が御幸を攻撃するみたいに飛び散る。途端、「お前は犬かよ!」って不満そうな声が聞こえたけど、ふんっと鼻を鳴らして聞こえないフリ。むしろしてやったり顔をしてやれば、肩を竦めて鼻で笑われた。 空は相変わらずどんよりとした灰色で、雲はどんよりと重い。 少しは弱くなったとはいえ、まだまだ止む様子もない。 それなのに、視線の先でムカツク顔でムカツク言葉をムカツク態度で言ってくる御幸の顔は、そんな雨すら綺麗な背景の一つみたいに見せるくらいキラキラしてるんだから、本当にこの男は…いろいろとずるいと思う。 (やっぱ、ほっとけばよかったかなー…。) 何回目か分からない後悔。 俯いた状態で、今の空みてぇな重たい重たいため息を一回ついたのと同時に、ぐいっと手を引っ張られた。 「な、…!」 「っし、走るぞ、沢村!」 走りだした御幸に突然手をひかれて外に飛び出せば、ポツポツと雨がびしょ濡れになった全身を更に濡らしていく。 いつの間にか道に出来た水たまりが、走る度にバシャバシャと音を立てて跳ねた。 「え?え?うわ、ちょ、ぎゃ!何すんだよ!!手繋ぐな!見られる!」 俺の動揺なんてまったくもって気にしてなさそうな御幸が、冷たい雨が降る空の下、ニッと御幸が笑った。 「誰も傘さしてて見えてねーよ。」 ……ッそういう問題じゃねぇだろバカ! どうやら、なんだか御幸は上機嫌らしい。 雨に濡れたのなんか気にせず走る背中がそれをすごく分かりやすく語っていて(顔を見たら、鼻歌のひとつでも歌ってるかもしれない。それくらい。)、…もしかしたら、俺の迎えがそんなに嬉しかったのかな、なんて考えたらちょっとだけ自然に頬が緩んだ。 (まぁたまにだったら…迎えに来てやらなくもねーけど…。) その時はまぁ、今度こそちゃんと傘を持って。 とりあえず 今は、“そういう問題”にして御幸の手をちょっとだけ握り返しながら、色とりどりの傘の花畑の間を縫うみたいに二人で全力疾走した。 そんな他愛もないある雨の日のこと。 「あ、帰ったら一緒に風呂入ろうぜ。」 「全力でお断りしやす!」 [←] |