疑似空間の夜 | ナノ

疑似空間の夜


*同棲



「沢村、起きろよ。」


隣でゴソゴソ動いてた御幸が、そうかけてくる声だけが突然何も無い空間にパッと聞こえた。

殆ど覚醒してなかったはずの俺の意識は、不思議とその声によって一気に現実に引き戻されて、重たい瞼を開ければ、そこには既にベッドから半身を起こしている御幸の姿があった。

珍しい。
御幸は、寝穢い方ではないけど決して朝が強いほうではない。
それは、寮で暮らしてる時は分からなかったけど(そりゃそうだ、部屋が違ったんだから、100パーセントの寝起きなんて殆ど見たことなかった)、一緒に暮らし始めて分かったことの一つ。
俺も別に朝が弱いわけではないけど、決して強いわけでもないから、二人とも用事がないと昼過ぎまでベッドでゴロゴロしてんのも珍しくなかったりする。

そんで確か今日はその、“二人とも用事が無い日”だったはずだったんだけど。


「ん…だよ、…何時…?」
「今?7時。」
「は…?」
「だから、7時。」
「何だそれ…まだ全然寝れじゃねーかよ…起こすなよ…。」


カーテンから漏れる光だけでは時間は判断出来なかったから、もしかして寝過ごしたのだろうかと思ったのに、どうやら違ったらしい。
睨んだ先にあった、体を起こして俺を見下ろす御幸の顔は何か怖いくらいご機嫌で、ごめんごめん、なんて誤りながら頭をぐしゃぐしゃにされた。
寝起きで寝癖だらけだから別にいいけど、まだ半分寝てる俺にとってはちょっと鬱陶しくて払いのけたら、ひらひらと御幸が手を振る。


「なんだよー。冷てぇの。」
「ねむい…んだよ…。」
「あんま寝ると脳が溶けるらしーぜ。…ま、お前はもう手遅れかもしんねーけど?」
「うっ…せぇ…、」
「ははっ、お前、何そのアホ面!眉寄せると皺になるぞ。」
「だ…から、…うざ、い…!」


話しかけてくる御幸に背中を向けるようにして体を丸めて、肩までかけていた布団を頭まで引っ張り上げて潜り込んだ。
俺はまだまだ全然寝足りない。
暇なんだったら勝手に一人で頑張って暇つぶしでもなんでもしといてください。先輩。
せめてあとちょっと寝かせろ。5分。いや、30分…1時間…、…3時間くらいでいいから。


けど、そんな俺の希望なんて関係なく、御幸は更に俺に向かってペラペラ話し出した。


「折角の休みだし、どっか行く?あ、何なら飯食いにいくか。車出すし。」
「んー…。」
「久々に買い物行くのもいいよな。そういや電気も切れそうだったっけ?」
「…んー…、」
「飯食って買い物行って、久々にデートだな。」
「…。」
「…沢村お前、起きてんだろ、絶対。」


デートって言葉に反応しなかった俺に恨めしそうな声が聞こえた。
言っておくがわざとじゃない。これは本能だ。


でも、そんなやり取りをしてたら、残念ながら本格的に目が覚めてきて、代わりにさっきまでふわふわしてた睡魔がどっかに飛んでいってしまった。
こうなってしまってはもう眠れない。
観念したように被っていた布団を捲ったら、してやったり顔の御幸。

…ああやっぱり、意地でも眠ってしまえばよかった。



「もー…マジ、アンタ、うざい…。」
「だって暇だったんだもん。」
「もん、言うな。語尾にハートつけんな。」
「いいじゃんたまには。早起きして俺を構うのもお前の仕事でしょ?」
「…じゃあたまには俺を早く寝かせてくれませんかね…!」
「ダメ。夜は俺を悦ばせるのがお前の仕事だから。」
「過剰労働だ!」
「違いますー。愛のご奉仕ですー。」
「き、気持ちが悪い…!」
「…せめてキモいって言ってよ。ちょっと傷つくよ、俺。」
「あー!!もう朝から最悪な気分だ!」


ばっふばっふと布団を叩く。ちょっと埃が舞った。(布団干さないと。そういや最近サボってた気がする。)
何を思って御幸がこんな無駄な早起きをして俺を巻き込んだのかは知らないが、本当いい迷惑だ。
お詫びとお礼になんか買ってもらおうと心に決めていると、もぞ、と何かが動く気配。


「…おいこら、変態。」
「変態じゃないし。」
「じゃあ、ドサクサに紛れていきなりどこ触ってんだよ変態!」
「んー?」
「んー、じゃねぇよ!何してんだ、馬鹿野郎…!!」


隣に座ってたはずの御幸が、いつの間にか距離をつめた布団の中でゴソゴソと手を動かしていた。
それが結構あらぬところを触ってるわけで、今は寝起きなわけで、なんかもういろいろとやめろって感じだから、俺は思いっきり隣にあった足を蹴飛ばした。
ちょっとだけ御幸が怯んだ隙にベッドから抜け出そうと思ったけど、寝てる俺と起きてる御幸じゃ早さが違い過ぎる。
ベッドから出る前に逆に引っ張られて、うわ、と思ったら突然視界が一気に暗くなった。


「ぶ、はあ!」
「勝手に逃げんなって。楽しいのはこれからだって。」
「楽しくない!俺は絶対楽しくない!」
「そういう反応が逆に俺の加虐心を揺さぶるってことがどうして分かんねぇのかな、お前は。」
「ギャー!朝から盛んな!」
「布団被れば夜だろ?」


引き込まれて光を遮られた布団の中で、二人して揉みくちゃになる。
何してんだこれ。マジで。
ただでさえ圧迫されて蒸し暑い布団の中で、御幸がぐいぐい抱きついてくるから、それから離れようとすると更に強い力で引っ張られて、息が苦しい。


「…屁理屈…っ、」
「なんとでも。」


完全に腕の中に抱き込まれてしまっては、もう逃げ場所も無い。けど素直に落ちるのは癪で、最後に思いっきり感情込めて吐き捨てた言葉も、残念ながらサラリと流された。

結局いつもこのパターンか、と半ば諦めモードで小さく溜息をつく。
まだ目が慣れずにぼんやりとしか見えない真っ暗な布団の中は、まるで確かに本当に夜みたいだったけど、じわりと滲む光が見えないように、更にぎゅっと目を瞑って遮断した。


「なぁ、お前の夜の仕事は俺を悦ばせることだよ、沢村。」


御幸がクスリと笑う。ああもう本当にこの人はどうしようもない。

密閉された空間の中に甘い甘い声が篭るのと同時に、俺は観念してその背中にゆっくりと手を回した。






…買い物行けんのかな、これ。





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