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*dear続き カリカリと、ペンの音が部屋に響く。 真っ黒なインクが白地の上にじわりじわりと染みこんでいって、1枚、また1枚と機械的に手を動かしていく。 パソコンを使って、綺麗にデザインされた写真や文字が躍る華やかな一面の裏側は、黒一色でつらつらとただひたすら書き連ねていく。 印刷でもいいんじゃないかと言われたけど、せめて自分自身が宛てる人にだけは自分でやらせてくれと無理をいった。 元来のアナログ気質が祟ってか、俺はあんまり機械の文字っていうのは好きじゃない。 機械オンチの戯言だとバカにされることも多いけど、やっぱり人の手で書く文字以上にいいものなんて無いって考えだけは変える気もないし、変わる気もない。 決して上手いとはいえない字。寧ろ雑だといってもいい。 まぁ昔も「小学生の頃から変わらない」と言われる程度の字で、それが今も健在なのだから、もうこれは仕方の無いことなんだと思う。 学生時代に鉛筆を握ったのは必要最低限だったからだろうか。…まぁ、仕方無いだろ。 文面に懐かしい名前が踊る。 住所が変わっている人もいるかもしれない。今時はメールが主流だとも笑われた。 けどこうして久々に名前を書いてみると、改めて一人一人の顔が思い浮かんで、今はあまり連絡を取っていない人のことが少しずつ気になり始めて来る。 今どこで何をしているんだろうとか、ちゃんと元気にしているだろうかとか。 まぁ最も、親しくしていた人とはたまにメールで連絡を取っているし、風の噂で名前を聞く人もいるから、全く持って何をしているか分からない人のほうが少ないのだけれど、それでお改めて思い返してみると、なんだかとても懐かしい気分でいっぱいになる。 一人、二人、三人。 名前を間違えないようにだけ気を配って、名前を書く人のことを思い浮かべる。 昔は頻繁にあった同窓会も、年々それぞれの生活が急がしくなると減っていった。 会おうと思ってそれなりに調整しないと、会いたい人にも会えないのが社会人なのだとつくづく思い知ったもんだ。 書き進めていく。五十音で並べてあるリストが下のほうになって来た。終わりも近い。 積んであったハガキの量も目に見えて減った。 名前を書く。全員、間違いなく。 書き終わってペンを置いて、ハガキを手で何度が机に打ってトントンと整えれば、もう後は投函するだけ。 抱えたハガキの束の一番上に乗る名前。 間違えないようにと何度もリストと照らし合わせて書いた人達とは違って、その名前だけは間違えようも無い。 「 。」 指でその字をゆっくりなぞった。 ポツリ。落とした名前だけが静かな空間に誰にも知られずに溶けていく。 密やかに秘めやかに、呟いた名前に滲む甘い甘い音。誰にも聞こえない、小さな音。 時計の針が進む。小さく漏れた欠伸そのままに、ペンとハガキを所定の位置に戻して立ち上がった。 白いハガキは闇に埋もれる。 黒い文字は闇に消える。 (御幸、先輩。) アンタは一体どんな風に笑って俺に言うんだろう。 ああ、俺の愛したアンタがくれるおめでとうで、全てが変われば、いいのに。 部屋の電気に伸ばした指に、小さくキラリと永遠の誓いの証が光った。 [←] |