隣がいいよ | ナノ

隣がいいよ


*未来設定/同棲



最寄り駅から徒歩5分。
駅までの間にコンビニもあって、近くには病院もレストランもある。
その上住宅街とは言えどそれなりに静かで、1階に二重に挟まれたセキュリティドアを挟むマンションは防犯対策も万全。
最後に、部屋はそんなマンションの最上階の一室。
日当たりもよければ見晴らしも申し分無し。
一緒に暮らし始めた時にお互いの趣味を譲り合って揃えた家具はどれもお気に入り。

そんな、文句の付け所がない部屋だけど。
一つだけ大変重要なものが欠けていた。








「…あっちー…!!」


カゴに無造作に乗っけたスーパーの袋がずっしりとその重みを訴えて来る。
ジリジリと頭の上を容赦なく照りつける太陽が、憎い。
だいぶ時間が経った気がするのに、バカデカイマンションはまだずっと遠くに見える。
マンションに着くまでに頭がこげるんじゃねーの。これ。
キコキコと苦しそうに音を立てるチャリを漕ぎながら、俺は心の底から夏の攻撃的な太陽を恨んだ。

コンビニも病院もレストランも近い。駅も近い。
けど。


マンションから唯一遠いのが、あろう事かスーパーだった。


しかも駅とは反対方向だったもんだから、学校帰りに寄ることも出来なくて、一度家に帰ってから改めて出かけないといけないっていうオマケつき。
遠いって言っても自転車高速で漕いで20分強くらいなもんだけど、それでも夏の暑い時期には正直辛い。すっげぇ辛い。


「だーー!!!負けるてたまるか!!!」


これでも腐っても元高校球児。太陽なんかに負けてたまるか。
毎日毎日こんな暑さの中、伊達にマウンドに立ち続けてきたわけじゃない。
例え握ってるものがバッドからチャリのハンドルに変わろうとも、負けるのは心の中の俺が許さなかった。

ぐったりして動くのをやめかけていた足を踏ん張ってもう頑張りとチャリを漕ぐ。
遠いくせに、帰りはちょっとした坂道なのも憎い。
いい年して立ち漕ぎでもしてやろうかと坂を睨み付けたら、ちょうど下りてくる人を見つけてしまって気まずくなって視線を逸らした。

あああすいやせん、アンタ睨んだわけじゃねーんすよ。俺はにっくきこの坂を…!


…と心の中で南無南無思っていたら、その通りすがりの人から声をかけられて驚いた。



「あ、いたいた。栄純。」



しかも通りすがりの人間が俺の名前を呼びやがった。
何だ、俺はいつの間にそんな有名人になってたんだ。甲子園か。甲子園効果なのか。
……なんてバカな思考は、その人が近寄ってきたことですぐに強制終了した。


「御幸?」


キキッと音を立ててチャリを止めて、その場に両足を着いた。
そこには、今懸命に帰ろうとしている我が家を共有している同居人の姿があってびっくり。

しかも確か御幸は今日も普通に練習で、帰りは夜になるって言ってた気がする。
最近ちょっと帰りも遅ぇから、今日もそんなもんだろうなって思ってたのに。
まだ太陽は空に光ったままだし…予想外に買い物にに時間が掛かりすぎたわけじゃなさそうだ。よかった。


「よかった、すれ違わなくて。ってまぁ、道ここしかねぇんだけど。」
「は?なんで?なんで御幸がいんの?今日練習は?」
「ちょっと手違いでトラブって、午後から空いたから。帰ってきた。」
「なんだそれ。いいのかよ。」
「まぁ、大した問題じゃなかったみたいだし、最近休みなかったからいいんじゃねーの?って。」
「それでいいのか、プロ野球。」
「人間休息も大事だっつーことですよ。」
「…ふうん。ま、いいけど。よく俺が買い物だって分かったな。」
「ん?チャリ無かったし。お前スーパー以外でチャリ使わねぇだろ。」


俺の愛車(同居始めたときに御幸が買ってくれた黒いヤツ。変速がついてて乗りやすいんだけど確かに買い物以外に使うことは滅多に無い)を指差しながら言う。
相変わらず変なとこばっかよく見てんな、この人。
無駄に鋭い観察眼は高校生の頃から相変わらず。寧ろプロ入団してから磨きがかかったんじゃないかと思う。スコア見る時間も増えたしな。


「…じゃあ、なんでここいんの?鍵でも忘れたのかよ?」
「いや、そういうわけじゃなくて。」


御幸が手を指差すから、パッとチャリを離したら、変わりに御幸がそれを掴んだ。


「たまには家族サービスも大事にしようかと思って。」


そのまま愛車を奪われて、坂道を引きずられていく。
御幸にチャリ、なんてあんまりにも似合わねぇから一瞬ポカンとしちまった。
チャリカゴに買い物袋乗っけてチャリを引きずる御幸。
まじまじと見るとなんかあまりにも新鮮すぎて、ぶはっと噴出してから追いかけるように横に並んだ。


「…ばっかじゃねぇの。」
「はは。…つーか重!こんな大量になに買ったんだよ!」
「い、いいだろ!何回も行くのめんどくせーし…!」
「…ってお前これ、半分アイスとかプリンとか…お前のモンばっかりじゃんか。」
「俺が買いにいったんだから文句つけんなよ!嫌なら持つな、俺が持つ!」
「別に嫌なんて言ってないだろー。つかこれアイス溶けてね?」
「…もっかい固めりゃ食える。」
「…そーですか。」


買い物袋の中で、買ったばっかのアイスが揺れる。
坂道をチャリを押して上がる御幸の隣をゆっくり歩きながら、



「どうせ迎えに来るなら車で来いよな。気きかねーやつ!」



とりあえず忘れず文句は一つ返しておいた。
折角のアイスは多分無残なことになってんだろうけど、たまにはこんな帰り道も悪くは無い。







「坂道登ったらニケツな。」
「…どうせなら、“お前背負って坂道登るぜ”くらい言えよ。」
「やだね。」
「なんで。」
「背負って昇ったらお前の顔が見れねーから。」
「…は、」
「だからこれからも、俺の隣で一緒に坂道登れよ。これ強制だから。」
「…ばっかじゃねぇの。アホ御幸。」
「バカかアホかどっちかにしてください。」







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