15:00/不携帯電話 |
*春/5月くらい 「やっべー!!またマネージャーに怒られるっ!」 ゆったりと行き交う人達の中を、全速力で器用に人の波の隙間を縫うように走り抜けていく。 ぶつかりそうになっては寸前で避けて、何人かにはちょっと迷惑そうに見られることもあったけど、それには心の中で謝った。 (当たってねーから許して!悪い!) 見知らぬ人たちゴメンナサイ。 でも今俺は、それどころじゃないんだ! 急いでいる。それはもう、急いでいる。二本しかない自分の足が恨めしいくらい、急いでる。 今日の予定は昨日耳にタコが出来そうなくらい聞いていた。 14時半から、雑誌用のカットの撮影。 終わったらそのままその雑誌の取材で、その後は一本番組取りが入ってて、終わったらまたもう一個夜に取材…スケジュールくらいせめて覚えろバカなんだから!と周りから口煩く言われて(バカってなんだよっ、バカって!)仕方なく頭に入れた今日の流れはそんな感じだったはず。 そう、俺はしっかり予定は覚えていた。…うん、覚えてはいたんだよ。これでも。 そして、今。 PM15:05。 …………まぁはっきり言えば遅刻もいいところだった。 起きて時計見た瞬間に叫んだね。地元から東京に出て来て一人暮らししてる家には勿論起こしてくれるような人間は誰もいねぇし。もう普通に寝坊。完全に寝坊。 そして俺の遅刻は、これが初めてではなかったりする。というか、結構な割合での遅刻常習犯だ。 マネージャーはもちろん、この前は片岡社長直々に雷をもらったばっかりで、さすがにしばらくは遅刻出来ないと思った矢先に、これだ。 もうある意味天才なんじゃないかと思う。俺。遅刻の。 おかげで、スポーツ選手でもないのに、足ばっかり早くなってく気がする。 もし大運動会的な番組に出る機会があったら、自ら走る競技に名乗りをあげてやろうと思った。 そんな余計なことを考えながら走ること数分。 漸く、今日一本目の撮影場所であるスタジオが見えてきた。 あんまり来たことない場所だったから、一回入口のドアをゆっくりと開け、キョ ロキョロと当たりを見渡すが、なんとも静まり返った廊下が続くだけであまり様子が分からない。 (どうし、よ…!) 普通ならここで携帯を開いてマネージャー辺りに連絡を取りたいものだけれど、今日の俺は、起きたて急いで走ってきたんだ。財布はかろうじて引っつかんで来たのだが、あろうことか、大事な文明の利器を忘れてしまった。しかも、その事実に気づいたのはついさっきで(時計を見ようと思ってポケットに手を突っ込んで気づいた)…時既に遅し、だった。 まぁ、あれだ。 つまり、忘れたんだ。携帯。 (どーすっかなぁ…!) 遅刻の上に、場所が分からないで迷子なんて、マヌケ過ぎる。 倉持さん辺りから絶対制裁を喰らう。降谷にはきっとムカツクことボソって言われるんだろうし、正直一番恐いのはマネージャーでもなんでもなく、お兄さんだ。春っちは大変だったねって言ってくれるかもしんねーけど、でも自業自得だよ栄純君、なんてサラリといわれそうな気もする。みんな俺に冷たすぎるんだよ!くそう…。 とりあえず、もう手当たり次第ドアを開いてみるしかない。そんなに大きなスタジオでもないし、もしかしたら当たりを引くかもしんないだろ!ほら俺って悪運だけは強そうだし。うん。 そう思って一度、一番近いドアにペタリと耳をくっつけて中の音を聴いてみながら(あんまり意味なかったけど)もうどうにでもなれ!って勢いで、そのドアを思いっきり押し開いた。 ――…でも俺はどうやら、ことごとく神様に嫌われてるらしい。 開いたドアの先は、馴染みのあるたくさんのライト。 だけどその中に立ってる人は、馴染みある俺のグループメンバーではなかった。 しかもどうやら更に運の悪いことに撮影の合間だったみたいで、突然開いたドアの方を全員が一斉に向いた。たくさんの視線に晒される。その威圧感にビクリとして一歩後ろに下がってしまった。 「…………誰?」 そのライトと大勢の人の中、中央に立っていた眼鏡の兄ちゃんが呟く。 ぽかんとした顔はなんだかちょっと間抜けだったけど、我に返って声をかけられた方を見れば、そこにはびっくりするくらい整った顔。一瞬、人形かと思った。 …ひいっ、よく見りゃコイツ、すげー美形じゃね? 「ちょっと…!いきなりなんなの、アナタ!」 いろいろ飲み込めず、ぽけーっとしていた俺の上から突然甲高い声が聞こえて、俺は思わずビクリとして反射的に顔を上げた。 そこには、まさに般若のような顔でこちらを見下ろす美人なオネーサン。 なんだここは。美形ばっかか!なんて場違いなツッコミは……オネーサンの顔見てやめといた。 「あ、あの!俺っ、スタジオ、間違え…!」 逃げ腰になる体をその場に押し留めて、何とか発した声は途切れ途切れで、言葉尻が裏返る。うう…かっこわりい…! 「…は?…………あら、アナタ、よく見れば、青道の…。」 「は、い!青道の沢村栄純です!ちょっと部屋、わかんなくなっちまいまして…!その…!」 「……つまり、迷子なのね?」 「うう……。」 「はあ…。…誰か、青道の撮影してるスタジオ知ってる?この子連れて行ってあげて。」 うう…なんていい人なんだ、オネーサン。さっき、ちょっとこわいとか思ってごめん。 オネーサンの優しい申し出に、スタッフがざわっと騒がしくなった。 本当に今日は厄日だ。スタッフの皆さんごめんなさい。余計な仕事増やしてマジすみません。 「あ、礼ちゃん、それ、俺が行くわ。」 そんな中名乗りを上げたのは、さっきの人形みてーなイケメンの眼鏡のヤツだった。 ハーイ、なんて軽い調子でいいながら、手まで上げてやがる。 その言葉に、今度焦ったような声を上げたのは、オネーサンだった。 そりゃそうだ。どうみても眼鏡の兄ちゃんは、スタッフには見えない。どう見ても…そいつからは、“芸能人”のオーラがぷんぷんしてる。(よく俺に足りないものとして上げられるオーラってやつだ。) 「は?ちょ、御幸はダメよ。アナタまだ撮影中じゃない…!」 「でも、次準備あるからもう休憩入るとこだったじゃん?今一番暇なの俺だし。」 「いや…そうかもしれないけど…アナタ青道のスタジオ知ってるの?」 「スタジオ入りする時に、倉持に会ったから。」 …ん? なんだ、倉持さんの知り合いか? こんなTHE芸能人みたいな知り合いがいるなんて聞いたことなかったけど。 「…なら、まぁいいわ。休憩終わりまでには帰って来て頂戴。」 「はいよ。りょーかい!」 どうやら、THE芸能人が俺を送ることで纏まったらしい。 ひょいっと軽い調子でライトの下を離れて、俺のところまで歩いてきたソイツは、間近で見てもなんだかキラキラしていて、ちょっと物怖じしてしまった。 げ、芸能人ってすげぇ…!いや、仮にも俺も芸能人なんだけど。(しかもそれなりにテレビに出させてもらったりはしてるのに…。) にいっと顔面いっぱいに笑ったソイツの顔はその時ちょっとだけ年相応な子供っぽい顔になって、一瞬ドキリとした。 (ん?ドキリってなんだ?) 綺麗な顔だとドキドキするって本当なんだな、なんて思いながら、胸の辺りにちょっと手を当てる。 そんな俺の様子にクスリと笑ったTHE芸能人の眼鏡のヤツは、ゆっくりとドアに手をかけながら言った。 「じゃあ行こうか、迷子クン。」 「ま、迷子クンじゃねぇよ!俺は…!」 「はっはっは、分かってる分かってる!…沢村栄純、だろ?な、沢村クン」 「お、う…。」 「俺は、御幸一也な。覚えといて。」 みゆき、かずや。 「とりあえず、よろしく?」 ニコリと笑った顔は、やっぱりこわいくらい綺麗で、俺は差し出された握手の手を、反射的に握り返してなんか直視出来ずに俯くだけだった。 後日、その人がコンビニの雑誌売り場にこれでもかというくらい並んでいて、彼がとてつもなく人気のカリスマモデルだということを知り、絶叫することになる。 (ちなみに遅刻した日はマネージャーからゲンコツ一発、片岡社長から無言の圧力、倉持さんから関節技、お兄さんから絶対零度の笑み、春っちからの苦笑を受けて、降谷に「次のセンターは僕。」とかいうムカツク一言を頂戴することになった。センターは譲らねーかんな!降谷!) [←] |