嫁入り彼氏 | ナノ

嫁入り彼氏


*くらりょ
小湊兄弟と倉持が幼馴染




正直な話をすると、初めて見た時に運命だと思ったのだ。
初めて会ったのは、まだ俺が幼稚園に通い始めてすぐの頃。それくらいガキの頃だったから、その他の記憶なんて本当に曖昧なのに、そのことだけははっきりと今でも覚えてる。
まるで春の背景に溶け込んで、桜の花が咲いたみたいにふわりふわりと舞う桃色の髪に、思わず見とれたことだって、何か声をかけようと思ってはいるのに凍りついたみたいに声が出て来なくなってしまったことだって、昨日のことのように感覚ごと思い出せるのだから、よっぽどだ。
全体から受ける柔らかな印象とは逆に、細い瞳は妙に鋭く、ほんの少しだけ視線を下に下げたところから見上げてくるその顔に、しつこいかもしれないけれども本当に、「運命だ…。」と思った。年端もいかないガキの癖に何をませたことを、と今からしてみると笑ってやりたいが、運命という言葉すらそう理解していないだろうにその言葉が頭の鐘を鳴らす程には、衝撃だったらしい。
だから思わず言ったのだ。何も考えていなかった。本能だった。脊髄反射だった。勢いだった。でも、本気だった。
その、桜の妖精みたいな、隣に越して来た子の手を取って、それはもう普段の数倍デカイ声で一言。


「あのさ!大きくなったら、俺と結婚して欲しい!」


それは突然のプロポーズ。
生まれて初めてのプロポーズ。
淡い恋心を抱いたのも、それを誰かに伝えたのも、こんなに声を張り上げて愛を叫んだのも生まれて初めて。

俺の言葉にきょとんとした顔をした天使は、一瞬状況が飲み込めなかったのかゆっくりと首を傾げた後、それはもう天使の微笑みと言っても過言では無いような笑みを浮かべて、俺を見た。それに更に心を奪われて、口を開こうとした瞬間。


………俺は生まれて初めて、他人の本気の渾身のパンチを食らった。





「………俺を女扱いするな。」


天使だと思った少女…否、少年がその時に浮かべた悪魔の微笑みを、俺は今も鮮明に覚えてる。










「洋一君はさ。」


溜息と共に降って来る、呆れたような声に、思わず俺も溜息を一つ。


「兄さんに甘すぎだと思うよ?」


…でしょーね。
口に出す代わりに心の中でそう虚しく同意の言葉を落として、はあ…と今度は塊が落ちそうなくらい重い息を吐いた。

そろそろ昼休みも終わろうかという時間になれば、段々と教室内も落ち着きを取り戻して来るのは、1年も2年も、それから3年もどうやらどこも変わらないらしい。
昼食を食べるために形を変えた教室内の机を戻しながら、楽しそうな声を上げる女子に、まだ騒がしさを残す男子。そんなどこにでもありふれた教室を背後にドアの前に立つ春市の告げた言葉に、俺はただただ脱力したように肩を落とすしかない。「兄さんならさっきまでここにいたよ。」と、昼休み中探し続けた探し人の所在を彼の弟の一言で把握したと同時に、昼休み終了5分前の予鈴が無情にも校内に響き渡った。


「あー…。しまった、昼飯食いっぱぐれた…。」
「手に持ってるそれは?」
「これは亮介さんのパシリ分。」
「…。」
「…わぁってるよ。甘すぎるって言いたいんだろ。」
「うん。」


コクリと頷く桃色の頭に、もう一度深く溜息を一つ。
兄弟で随分似た華奢な体。高校1年生といえども、男にしては随分細身のその体はぱっと見女子のようにすら見える。だがしかし、見た目どころか中身までそっくりな(他人から言わせるとそうでもないらしいが、俺からすると纏ってるオーラがウリ二つだ)似たもの兄弟の片割れにさっくり肯定された言葉に、ヒクリと頬がひきつった。
購買で買った紙袋が、抱え直した瞬間腕の中でカサカサと虚しい音を立てる。

(んなの、俺だって、)
分かってるっつーの。

こんなやり取りも随分慣れた。
呆れたようにこちらを見る春市の目から逃れるように、教師が入ってきてざわつきだす教室をゆっくり後にしながら、とりあえず次の時間1時間どうやって空腹を紛らわせるかということに頭をシフトしながら、重たい頭と足を引きずった。







…出会った時は天使だったのに。


「サボりなんて、倉持のくせにナマイキ。」


太陽が遮られて、急に暗くなったと思ったら次の瞬間に見えた顔に、ぱちくりと瞬きをする。
影が出来て一瞬真っ暗に遮られた視界の中でも、その声だけでそれが誰かなんてすぐに分かった。


「…亮さん…。」


体を起こして、名前を呼んだ人物を見れば、相変わらずどこか不敵な笑みを浮かべる幼馴染兄弟の片割れ。
とはいっても、こっちの方がさっき会ったばかりの弟君に比べて随分と性質が悪い。
そして俺の昼休みを丸々潰して昼飯を食いっぱぐらせた張本人でもある。


「どうしたの、そんな顔して。」
「…昼休みのことをすっかり無かったことにして喋る亮さんに、ちょっと拗ねてるだけです。」
「……ああ。あれね。」
「毎回毎回、消えないでくださいよ…。」
「うん。ごめん。」


俺の横に腰を下ろして、そう小さく呟く姿を見ながら、今日何度目か分からない溜息をまた一つ落とす。
本当に悪いと思ってるんだか…。
…いや、絶対思ってないんだろうな。
でもそれが分かってて、それ以上言及しない俺も俺だ。
そもそも亮さんにこんな風に昼休みにパシリを頼まれてひらりと姿を消されるのは、何も今日に限ったことじゃない。
それどころか、パシられるのなんてほぼ毎日だし、1週間に1回はこうやって意味が分からず行方を眩ませられる。
なんでだと理由を聴いても答えて貰えず、かれこれ俺が青道に入学してから1年半が経過しようとしてるわけだ。
昔から俺のことを散々玩具にしてくれる幼馴染との関係は、高校に上がった今も何も変わらない。これを喜ぶべきか。

(いや、悲しむべきなんだろうな…。)

無言で隣に座って、屋上から空を見上げる相手をチラリとこっそり一瞥してから、心の中で呟いた。
幼馴染としてなら、この変わらない友情を喜ぶべきなんだろう。でもそれは、俺が相手に邪な感情を持ってさえいなければ、の話だ。

(出会った時は、女の子に間違えたんだっけ。)

それで勢いで求婚して(ガキの頃にはありがちなことだ)、その後亮さんのストレートを顔面にモロに食らった。
それだけで事が済めばよかったのに、何を思ったのか俺はそれでもやっぱり、亮さんのことが好きで。
男だって分かっても好きだった。
…というより、男とかそんなの全然関係なくて、一緒に過ごす時間の中で、ただ相手が亮さんだから惹かれた。それだけのこと。
全く、不毛というか。

(俺って真性入ってんのか…?)

だがそんなことは断じて認めたくない。


「そういう亮さんこそ、授業中でしょ。」
「残念。3年はこの時期自習が増えるんだよ。進路によっていろいろだからね。」
「そうなんすか。」
「そうなの。」
「……そうなんすか。」
「そうなんだよ。」


受験生ってそういうもの?
俺はまだ2年だし、進路とか受験とか、そういうの全然分かんねーし想像もつかないから、3年のことはよく分からない。
そういえば最近校舎がちょっとピリッとしてるような気がするけど、それも受験のせいなんだろうか。
というか、自習が増えるってことは亮さんだって勉強しないといけないんじゃ…と思ったけども、自分のことに口出しされるのをあまり好まない幼馴染の性格を思い出して、これ以上余計な事を言うのはやめた。逆鱗に触れて怒られるのは避けたい。


「だから悪いのはお前だけ。」


にっこり笑う顔は、出会った時と変わらないのに、今の俺にはどうにも天使には見えなかった。亮さんは亮さんだ。
結局俺とサボるらしい亮さんの隣で、俺はまたごろりと寝転がる。屋上の硬い床が背中に少し痛かった。

(まぁ、それに多分これは、亮さんなりの構って欲しいってサインなんだろうし。)

それくらいのことに気付けないほど、短い付き合いではない。


「…亮さん結局、俺が青道に通ってる間ずっと昼はパシリさせ続けましたよね。」
「そりゃあね。」
「便利な幼馴染、だから?」
「……。」


黙るのは肯定の証ってよく言うけど、そうだとしたらまぁそういうことなんだろう。
でもいいさ。別に。便利な幼馴染でも。隣にいられるだけマシというか。
この人が誰か他人をこんなに近くに置いてくれるのは、俺だけだってことを知ってるから、幼馴染って役得だ。それで充分。
例え不毛だと言われようとも、それでもこうしてる時間が幸せなんだから仕方が無いじゃないか。
…こんなだから春市には甘いと溜息をつかれるんだろうけども。


「倉持はさー。」
「はい。」
「結婚ってどういうことだと思う?」
「……はい?」


突然振られた話題に、素っ頓狂な声が出る。
だってその内容があまりにも、亮さんらしくなくて。


「だーかーら。結婚。」
「結婚って…。」
「まぁ簡単に言うとさ、結婚式とかやって、婚姻届書いて、役所に出して、その後はずっと一緒にいる…、が一般的だろ?」
「そりゃ、簡単に言うとそうですけどね…。」
「でもそれって、男女じゃないと出来ないじゃんか。」
「…そもそも結婚は男女でするもんですよ。」
「まぁ、そうなんだけど。」


何が言いたいのか全然わからないんだけども、どうやら亮さんは真剣らしい。
冗談というか軽口は多いけど、こんな風にこちらに意図が分からないことを言い出す亮さんも珍しいと思って適当に相槌を打っていると、するりとその口から飛び出して来た言葉に、一瞬自分の耳を疑った。


「もし男同士で結婚するなら、さっきのステップだと最後の奴しか叶えられないなって思って。」


……。


「…もしかしてそれ、さっきの答えだったりします?」
「…賢い奴は好きだよ。」


にっこりと笑う顔は、ガキの頃俺が好きになった顔と同じで、ああやっぱり俺はこの人のことが好きなんだと思った。

(わかりづら…。)

本当にひねくれてるというか、性格が悪いというか。
でもそういうところも全部ひっくるめて、亮さんなんだから仕方が無いか…。


「俺は亮さんが好きです。」
「そうなんだ。」
「…そうっす。」


俺の決死の告白に、特に返事をするわけでも驚く訳でも、お断りされるわけでもなく、今までの会話と何一つ変わらないテンションで返ってきた言葉に苦笑した。まぁ、バレバレだったんだろうとは思うけど。下心全部隠せるほど、自分が恋愛器用な方だとは思わないし。
亮さんはさすがこういう話題の交わし方も大人ってわけですか、と思って隣を見たら、今度はふいっと視線を逸らされた。
…のだけど。
横を向いた顔から伸びる首筋が、少しだけ赤いのは俺の都合のいい気のせい?


「とりあえず結婚出来る年にはなったから、昔お前が言ったことを、実行してあげようかと思って。」


昔?
…と、一瞬考えて、あの日の右ストレートが鮮明に蘇る。なんとも分かりにくい告白の返事。
まぁそういうところも亮さんらしくて俺は好きなんだろうし、これからも結局なんだかんだでこの人に甘いんだろう。
でも、亮さんだって結構俺には甘いんだから、結局似た者同士は俺らも同じなのかもしれない。一緒にいればいるほど似てくるのは、何も夫婦に限ったことじゃない。


「……俺、まだ18になってないんすけど。」
「え、倉持は16でいいんだよ。」
「…もしかして、俺が嫁ですか。」
「言ったじゃん、俺。」


さっきまで顔赤くなってるんじゃ…と疑ったあの可愛らしい表情は、振り返ってにやりと笑うその顔には何処にも見当たらなかったけど。



「俺を女扱いするな、って。」



それでもやっぱり亮さんは俺にとって運命だったんだと思う。



…敵わねぇなぁ。ほんと。
……叶ったけど。










***
1周年企画で、和子様に捧げます。
幼馴染くらりょですー!

もしかしたらサイトではっきりくらりょを書くのは初めてだったかもしれません…!
くらりょ可愛いです、くらりょ…//
でも私が書くとどうしても受けの子の可愛げがどこかにログアウトするんですよね…(御沢の沢村にしろ、今回のくらりょの亮介さんにしろ…!)
か、可愛げをどこかに忘れて来てしまったようなくらりょになってしまいましたが、楽しくかかせて頂きました…!
春っちも出せたらいいなぁ…と思って書いていたのですが、本当にちょみっとで申し訳ありません…!

和子様、この度は素敵なリクエストありがとうございました!
1周年へのお祝いのお言葉も本当にありがとうございます。
整体師くらりょへの感想まで…!ありがとうございます!大好きです〜//
これからも宜しくお願いします。


企画へのご参加ありがとうございました!


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