原色パレット | ナノ

原色パレット


*御→沢←倉
倉持と沢村が兄弟




最近、どうにもいけ好かない男がいる。
元々俺はあんまり人に対して好き嫌いをする方ではない。…というか、人に対しての好き嫌いは結構はっきりしている方だから、嫌いな人間には極力近づかないようにしてきた。
自分の性格上、合わない人間と関わると、ロクなことにならないであろうことは容易に予想が出来るからだ。

だから、少しでも合わないだろうと直感的に感じた奴には近づかない触れない関わらない。
…そうしてきた、のに。


「栄純、栄純。」
「もー!なんだよ、御幸!さっきから!」


ただいま、とドアを開けた瞬間に聴こえた二種類の声に、思わず靴を脱ぐために屈んだ状態でピタリと動きが止まった。
虚しくつま先だけ引っ掛かる靴がぶらりと揺れて、そのまま手に引っ掛からずに音を立てて玄関に落ちる。肩から下げた重たい鞄は、さっきまでそこまで重量を感じなかったというのに、その声を聴いた途端いきなりズシリと肩に重くのしかかる。
部活に疲れて帰った体。願わくは、玄関を開けてすぐに風呂に入ってベッドに転がってしまいたいと思っていたのに。普段帰りの遅い父親と母親はまだ暫く帰って来ないだろうから、夕食までひと眠り…と密かに自身の中で立てていた予定が脆くも崩れ去る音がした。
家の中から聴こえる会話。どちらともよく見知った声だけれど、その片方は本来ならば自分の家の中からなんて聴こえるはずがないもので。
だけども、靴を脱いで足を引きずるようにして家の中を進めば進むほどに、その声が聴き間違いでもなんでもなく、自分が予想した通りの相手がそこに存在している確信を強めるだけだった。


「いいじゃん、たまにはゆっくり俺と話しよーぜ?」
「いっつもいろいろ話してんじゃん!」
「それは主に部活の事だろ?俺はもっとお前と話がしてぇの。」
「えー…。」
「それにいっつもお前と話そうとすると、鬼みたいな顔の兄貴が…。」


「誰が鬼だ、コラ。」


リビングのドアに手をかけて開いた先に見えた、黒と茶色。
俺が声をかけるとその両方がビクンッと目に見えて大きく体を震わせた。まぁ多分その両者が震えた原因は、それぞれ違うのだろうが。


「…!洋一兄!」
「…なんだ倉持、早いじゃん。」


ほぼ同時にかけられる言葉に、小さく舌打ちを一つ。
驚いたようにその黒い目をグリグリさせてこっちを見てくる弟の姿をチラリと一瞥してから、遠慮などかけらもなく人の家のリビングに我が物顔で居座る同級生をぎろりと睨んだ。俺の視線の意味を察したらしいそのムカツク顔に、ニヤリと小さく笑みが浮かんだのを俺は見逃さない。
御幸、と名前を呼べば、ひらひらと一度軽く手を振られる。

そうだ。俺の最近の頭痛心労その他諸々ひっくるめた不機嫌の原因が、これだ。この男。
初めて会った時から、合わない男だと薄々感じていたものの、最近じゃそれが「合わない」から「嫌悪」に着実に進化しつつある。


「人ん家で何してんだ、お前はよ…。」
「んー?部活帰りにふらりと寄ったらさ、お前の可愛い可愛い弟君が、もしよければ休んで行きませんかってお茶を差し出してくれてだな…。」
「はぁ!?何言ってんだよアンタ!アンタさっき、洋一兄に呼ばれて来たって言ったじゃん!」
「そうだっけ?」
「そ、う!」


ダンダンと栄純が大声を上げながら地団駄を踏む。それを涼しい顔で見る楽しそうな顔の御幸。
このやり取りも、ここ最近じゃ随分と見慣れた。
それにしても、だ。


「…勝手に人を家にあげんなって何回言ったら覚えんだよ。」
「だ、だって…。」
「どうせ外確認もせずにチャイムが鳴って飛びだしたんだろ。」
「う……。」


図星なのか、俺の言葉に明らかに小さくなった栄純が、唇をとがらせながら俯く。
別にそんなに怒ってるわけでもないのに、昔から栄純は俺がちょっといつもより低い声で言葉を投げると、俺の様子を伺うように一気にいつもの態度が急変して、ビクビクとこちらを伺うようなそれに変わる。
年が1つしか変わらない二人だけの兄弟だったせいか、昔から何をするのも二人一緒で、その分栄純には俺に対する絶対服従が染みついてしまっているのだろう。高校生になった今でも根本的なものは何も変わらない。
だからこそこうして今も、言い訳も反論もせずにしどろもどろに視線を揺らしながら、時折チラリと俺の方を見て来る辺り、自分が悪いという自覚はあるらしい。自覚だけじゃなくて、実際の行動も伴って欲しいものなのだけれど。
はぁ…と重たく溜息を落とすと、肩にかけたままだった鞄を入口から邪魔にならないところに置く。一連の行動全てに、栄純の視線を感じた。


「いつも言ってるだろ。販売訪問と御幸は相手をせずに居留守使えって。」
「で、でも…。」
「つーか倉持、本人の前でそれ言っちゃうわけ?ひっでぇの。」
「人の家に勝手に上がり込むような馬鹿に言われたくねぇよ。」


茶化して来る御幸の言葉に吐き捨てるように返してやると、けらりと気にした風もなく御幸が笑う。こういうところも苦手なんだよ、こいつの。
そもそも、こうして栄純が御幸を家に上げてしまうのは、今回が初めてなわけではなく…その上1回や2回なんて可愛いもんでもないのだ。いつも気をつけろと散々言っているのに、馬鹿正直な栄純は、口だけは巧みな御幸に簡単に言いくるめられる。
つーかまず、どうしてこいつが俺より先に家にいるのか。疑問視したいのはそこだ。
だってさっきまでコイツ含め、キャプテンや副キャプテンで部活後にいろいろと話をしていたはず。だから同じ野球部でも栄純とは帰宅の時間がずれたんだんし。
この時間は既にバスの本数も少なくなるから、俺の家くらいまでの距離なら圧倒的にチャリの方が早いのに、チャリ通学の俺より、バス通学の御幸が先に俺の家に着くのはどう考えてもおかしかった。


「……つーか、なんでお前の方が早く着いてんだよ。幹部会議終わったのさっきだろ。」
「今日はお前日誌当番だったじゃん。」
「お前だって施錠とか報告とかあったはずだろ。キャプテン。」


皮肉をこめてそう呼んでやると、離れた所にあるソファに座ってこちらを振り向く御幸の目が、眼鏡のレンズ越しに細められる。


「もちろん。仕事はちゃんとしたぜ?ぬかりなく。」
「じゃあなんで…。」
「…外面ってのは日頃から良くしておくもんだよなー。」
「は…?」


怪訝に思って眉を寄せる俺と正反対に、飄々とそう言ってのける御幸に、訳が分からなく眼光を鋭くすれば、軽い口笛の音が聴こえてそれに更にイラッとした。
そんな俺の様子も手慣れた様子で受け流した御幸は、「車だったんだよ。」と肩をすくめながらそう言って、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。


「丁度帰り際のとある心優しい先生が、俺のことをここまで運んでくれたってわけ。」
「……ウゼェ…。」
「なーんとでも。やっぱ顔って大事だよなー。」
「お前が言うと嫌みにしか聴こえねぇな。」
「そー?」
「…。…………で?」
「え?」
「で、なんでお前がここにいんだよ。とっとと自分の家に帰れば?」
「んー?栄純の顔見に?」
「は!?」


俺の問いかけに返って来た御幸の言葉に、今度驚きの言葉を上げたのは栄純の方だった。
目をまん丸くさせて、思いっきり御幸の方を振り向きながら、あんぐりと大口を開ける。


「ちょっと待て、アンタさっき、洋一兄と約束に呼ばれて来た…って…!」
「馬鹿かお前も。俺はこんな馬鹿と学校の外まで一緒にいようなんて思わねーっつーの。」
「っていうか栄純、俺のこの嘘に引っ掛かるの何回目よ?」
「だ、だ、だ、だ、騙された…!!」
「だからお前が騙されやす過ぎなんだって。」
「馬鹿!馬鹿御幸!嘘つきは地獄に行くんだ…!」
「おーおー。そりゃいいね、なんなら栄純、一緒にイく?」
「…お前はその汚い口を止めろ、クソ御幸。」
「倉持くんつめたーい。」
「罵られんのが嫌ならとっとと出てけば?」


ケラケラ笑う御幸に舌打ちを一つ放ってやると、なぜか栄純がビクリと肩を震わせる。…お前じゃねーよ。

元々は別に俺だって、御幸が悪い奴だと思ってるわけじゃない。いや、最低な奴だとは思うけども。
仮にもクラスメートで部活仲間なわけだから、昔はここまで強烈な苦手意識を持ってはいなかったはず。
だけど、あの日。
1つ前の春、弟の栄純が俺の1個下で青道に入学して来てからというもの、俺は御幸の存在が段々目に余るようになった。
別に、先輩に好かれることは悪いことじゃない。俺だって弟が可愛くないわけじゃないから、仲のいい先輩が出来るのは歓迎だったし、その上御幸は正捕手で、1軍レギュラー。投手希望である栄純が、御幸から好意を持たれることは寧ろ良い事だった。

けれど、御幸に関してはその“好意”の種類が問題だ。

(…、下心丸見えだってのに、なんでお前は気付かないんだ、馬鹿。)

煽る御幸に、煽られるがまま怒鳴る栄純を見て、心の中で溜息をつく。
そう、あろうことか御幸は、突如栄純に惚れただの腫れただの言い出したのだ。
もちろん最初は冗談だと思った。元々軽口ばかり叩く男だったし、それくらいの冗談を本気にするほど俺も馬鹿では無い。
だけど、次第にそれが冗談でないことを感じるようになって、正直戸惑った。
そして御幸が栄純を見る目が本気だと気付いた時には、その戸惑いは俺の中で大きな焦りへと変わる。その感情が何から来ているのか、…気付かない程俺は鈍くない。
生まれた時から知ってるこの弟を、自分がどう思ってるかなんてもう随分と昔から自覚していた。だけどそれは許されないことだし、これは栄純に対しても単なる裏切りだ。兄に向けられる尊敬の眼差しに、真っ直ぐ返してやることが出来ない、なんてそんな。
だから一生隠しておこう、と思っていた。今までずっと。いつか栄純が自分から離れて行くまで。それまでは一番近く、一番頼れる存在の兄であろうと思って。
生憎栄純はその馬鹿真っ直ぐなところとか、年の割に幼い部分のせいか、今まで彼女の影すら見えなかったってのに、まさか突然やってきたソウイウ出逢いが、こんな奴だなんて。

こんな、男、だなんて。


何かの悪夢としか思えない。


「お前は充分リードがあるんだから、俺も手段は選んでられねーの。」


含みを持った言い方で、栄純と言い争っていた御幸がチラリと視線を俺の方に向けてそう呟く。

(馬鹿言え。俺は“兄貴”の分、お前よりずっと不利なんだっつーの。)

そんなこと口に出しても言えない分、心の中で悪態をつく。
栄純が俺に対して向ける絶対的な信頼の根本には、家族という不動の基盤から来る安堵だ。
だから俺は常に栄純にとってはいい兄であって見本であって、頼れる存在でなければならない。それは変えられないこと。
そして俺はそんな栄純の信頼を、裏切ることは出来ない。
リード?…寧ろ俺はマイナススタートだっつーの。しかも、いくら俺でも巻き返せないほどの。


「…とはいっても、お前が今のままじゃ、敵だって言うには役不足だけどな。」


…そんで、んなこと、痛いほど分かってる。

御幸は性格が悪い。そんなの周知の事実。
そして、そんな奴だからこそ、敵に回すと厄介だということも、また。
俺は口にしたことは無いけれど、御幸は俺のこの心の中の感情がなんなのかということを知ってる。
それは多分、御幸の性格が人一倍悪くて、人の放っておいてほしい場所まで予想してしまえるほどの観察眼を持っていて、その上、御幸が俺と“同じ”だから。


御幸だけは気付いてる。俺がどういう目で栄純を見てるか。
弟に対して、どんな背徳的な目を向けているのか。
栄純から向けられる矢印のベクトルと、自分のそれは全くもって噛みあっていないこと。仮初の滑稽な兄弟愛の正体を、御幸だけは気付いてる。だからこそ、俺は御幸が苦手だと思う。
そんな人間には近づかないことに限る。自分の性格衛生上、それが一番いいのだと、分かってはいるけれど。

それでも。


「…テメェなんかに渡してたまるか。」


御幸が栄純に近づくのを見ているだけ、なんて出来はしない。矛盾した自分の行為に、笑う。
俺の挑発的な言葉に満足したのか、またいけ好かない笑みを浮かべた御幸と俺の方を、少しだけ静かになった栄純が何度か伺うように首を振って見比べる。
頭に疑問符が浮かんでいるのがそれはもうはっきり目に見えたけれども、敢えてそれはスルーした。
すると、暫く何にその単細胞で考えついたのか、ぽつりと栄純が声を漏らす。


「…洋一兄と御幸って、」
「…あ?」
「仲いいよなぁ…。」
「はあ…!?」
「だって御幸が来てるといっつも洋一兄取られるし。俺つまんねーし。御幸来ると。」
「なんだよ栄純、寂しいわけー?だったら俺がいくらでも相手してやるのに。」
「御幸には言ってねーよ!」
「お前ら兄弟は揃って俺に冷たいよなぁ…。」


つーか、なんでそんな結論になんだよ、こいつはよ…。
思わず溜息をついたら、御幸をぺいっとあしらった栄純が、いつの間にかドアの付近から帰宅したまま動けずにいた俺の方まで歩いて来て、ちょいちょいと服の裾を引っ張る。
そのあまりに幼い動作に、まだ1年といえども、高校男児がこんなんでいいのかと正直不安になった。…親も俺もちょっと栄純を甘やかしすぎたと反省する。(だからこんな変な虫に纏わりつかれるんだ。)
とりあえず目線だけ向けてやると、無駄にデカイ黒目に俺の酷い形相の顔が映る。


「洋一兄、洋一兄。」
「んだよ…。」
「あの、あのさ!…御幸とばっか話してないで、ちょっとは俺のことも構って、…な?」
「…っ。」


小首を傾げてそう問いかけてくる栄純に、一瞬言葉を失う。


(…ったく……!!こいつはよー…!)


人の気も知らないで、よくもまぁ。
栄純からしてみれば、機嫌の悪そうな兄のある種ご機嫌伺いのようなものなのかもしれないけど。でも。
思わず寄った眉間の皺に、それを遠くから見ていた御幸が微かに息を噴き出して笑う。
…色々ふざけんなお前ら二人…。


「ふは…!よかったじゃん、“洋一兄”。」
「うるせェ、バーカ!」
「ははっ、俺も負けてらんねーなぁ…。」


クスクス悪う御幸の目が、それでも微かに眼鏡のレンズの向こう側で薄らと光を灯すのを見て、ぐっと反射的に見えないところで片方の拳を握る。
俺が何も言わないのに挙動不審にきょどきょどしていた栄純が、突然笑いだした御幸と更に鬼の形相になる俺の間に挟まれて戸惑ったように首を振る。

ずっと、言わないでおこうと思ってた。一番近く、コイツにとって頼れるいい兄でいられるように。
…だけど、もしかしたら。


…。
…。
…………。


(…いや、言わねぇけど。)

とにもかくにも、自分のことはさておき、だ。


「誰がやるかよ、お前なんかに。」


それより今は、この男が可愛い弟に近づくことをやめさせるのが先決。
それくらい、“兄”の権限でだって許されるよなァ?

すると横から栄純が、驚いたように、えぇ!?と悲観的な声を上げる。…だから、お前に言ってんじゃねーっつーの。バーカ。ホント、馬鹿。
騙されやすくて単純で、アホで、手のかかる弟。

(そういうところ全部、好きだって思う俺もお前のこと言えねーな。)

俺の心の中を読んだみたいなタイミングで、御幸が小さく呟く。


「貰うよ。…俺みたいな最低男が、ね。」


バーカ。
…させるかよ、んなこと。


「…やっぱ仲良しじゃん。」


つまんねーの、と栄純が小さく呟く言葉だけが虚しく二人の間で落ちて、消えた。










***
1周年企画で、雲母様に捧げます。
御→沢←倉で、倉沢兄弟ものです…!

御幸が天然沢村に一目惚れで、倉沢兄弟で、倉持も沢村が恋愛感情で好きで、2年コンビが睨み合ってる話…とのことだったんですが、沢村の天然が行きすぎてしまったような(ごにょごにょ
倉持みたいなしっかり者の兄がいたら、弟はぽやんぽやんしそうですよね…。
だからこそ御幸みたいな男に好かれちゃうのよ沢村さん…。
考えてみればうちのサイトで、倉沢っぽいお話を書くのは初めてだったかもしれません…!そわそわ…。
いつも御沢御沢してるので、折角の三角関係、倉持先輩の方に軽くフラグを寄せてみたんですが、ドキドキでした…!うっかり出張りそうになる御幸を!抑えつつ!(でもやっぱり出張る眼鏡)

雲母様、こんな出来ですが愛だけは込めて…!
素敵なリク、本当にありがとうございました!
これからも宜しくお願いしますー!

企画へのご参加ありがとうございました!


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