無知な恋人 |
“付き合う”の定義。 いち、行き来したりして、その人と親しい関係をつくる。交際する。恋人として交際する。 に、行動を共にする。 「…なぁ御幸センパイ、」 「なにー。」 「俺とセンパイって、もしかして“付き合って”る?」 ペリッとプリンの蓋を開ける乾いた音と、まるで明日の天気でも訪ねるような軽さで問いかけた沢村の言葉が同時に響く。 珍しく見ていたテレビから離れて、ベッドに座っていた沢村の方を振り向けば、スプーンを咥えたままこちらをじっと見る相変わらずの間抜け面が目に飛び込んできた。 「…いきなりどーした。」 「んー?なんか気になったから聞いてみただけっす。」 「なんだ、沢村も一丁前にお年頃ってやつ?」 「はぁ?子供扱いすんな、眼鏡のクセに。」 「なんだよ、可愛くねーの。」 あまりにも沢村の言い方が軽いものだったから、いつもの世間話程度に軽く冗談で受け流してやったんだけど、なんだかそれがお気に召さなかったみたいで、ぶすりと目に見えて不機嫌そうに顔が歪んだ。 いつもは犬みたいに尻尾振り回して人のことを追いかけてくるくせに、こういう気まぐれさとたまに見せる掴みどころのなさは猫みたいだなと思ったりしながら、目線を向けるだけだった状態から体勢ごと沢村の方へ反転させて、「なんでそんなこと突然聞こうと思ったの。」と、もう一度今度はさっきより明確な問いかけを投げかけたら、少しだけ沢村の眉間から皺が減った。 「だから別に意味は無いんだけどさー…。…今日、現代文で辞書がいるっていうから、最初は枕にして寝てたんすけど。」 「…とりあえず一応先輩として、いやいや寝てんなよ、ってだけ言っとくわ。」 「…。それでさ、」 「…お前も降谷も、今年の1年は無視すんの好きな。」 「だぁもう、話進まねぇからそれは置いといて!」 折角人が心配、というか、たまには先輩らしいこと言ってみてやったっていうのに、沢村は持っていたプリンが跳ねるくらいジタバタと不満げに体を揺らして叫ぶ。 「大体アンタが先輩面してるとなんか寒気するから、そういうことは他の先輩任せでにしといて貰ったほうがセイシンエイセイジョウ助かる!」 その失礼な物言いにも言いたいことはあったけど、とりあえず沢村の言葉があまりにも外国人もびっくりなカタコト言葉だったから、やっぱりお前辞書枕にして寝る前にいろいろと日本語の勉強し直したほうがいいと思うぜ、と心の中で言うだけに留めて置いてやることにした。 まぁ、俺に先輩面が似合わないっていうのは自分でも自覚があるくらいだしな。 …出来ないんじゃなくて、やらねぇだけだけどー。 「…んで、話戻すけど、辞書がどうしたよ。」 「あー…、そうそう…。そんで、途中目が覚めたから折角だしってことで辞書開いたわけだ。」 「…。」 「そんで、暇だったからいろんな言葉引いてみたんだけど、“付き合う”って行き来したりしてその人との関係を築いたり、行動を共にする、って意味があるらしくてさー。」 ぱく、と再びスプーンでプリンを掬った沢村が、そのまま小さく首を傾げた。 「それだと、俺と御幸って付き合ってることになんのかなーって。」 「…それ、付き合うの意味違くね?」 でもだってずっと一緒に居んじゃん?なんて言ってのけるもんだから。 とりあえず沢村に、「突拍子もない」って言葉を辞書で引かせたくなったのは置いておいて、向き合った先のプリンを貪る後輩に小さく苦笑した。 「っていうか、そんなんで付き合ってることになるんだったら、野球部全員どころかクラスとかそういうの全員と付き合ってることになるんじゃねぇの?」 「んー…、まぁ、そう言われればそうなんだけどさー…。でもさー…。」 不満そうに言葉を詰まらせる。 うんうん悩む沢村の手の中では、残り少なかった本体と底の方にあったカラメルが混じりあったプリンが少々無残な姿になっていて、そのまま一人で掴んだプリンと同じように頭をぐるぐるさせた沢村がふいに勢いよく顔を上げた。 「でもなんか、御幸センパイは特別って感じがするから、他の人とは違う気がすんの。」 …前言撤回。 やっぱり一回沢村には、大事な言葉を何個か辞書で引かせる必要がある。 「…もしかして俺、口説かれてる?」 「さぁ?わかんねー。」 「沢村、そういうのタラシって言うんだぜ、知ってた?」 「…さあ?わかんね。」 ぱく、とプリンの乗ったスプーンがその口に運ばれるのをなんとなく目で追ってると、やっぱりまるで明日の予定でも聞いてくるみたいな軽さで、沢村が笑顔を全開にしながら言った。 「じゃあとりあえず、付き合うってどういうことか、意味教えてセンパイ。」 …つーか、そこらへんのナンパよりタチ悪いな、コイツ。 [←] |