一番の距離なんだ、これが |
たまに、思う。 違う。 たまに、見失う。見間違う。誤解、する。 アイツの頭の中は、きっと俺じゃ想像もできないくらい複雑で、俺には絶対何回転んでも分からないようなことばっかり考えてて、だから、アイツは俺とは違うんだって。他の人とは違うんだって。そんなことないって分かってるのに、“そんなことあるような気”がして、…そんなの、とてつもなく残酷なことだって、分かってたはずなのに、それなのにどうして。 御幸は大丈夫だって、なんで俺はそんなバカなことをいつの間にか本気で思ってたんだろう。 間違いなくこの人だって、俺と同じ高校生で。 ましてや年だって一つしか変わらない、れっきとした“子供”で。 そんな言葉があまりにも似合わないから、似合わなすぎて、だから。 この人は、普通の人とは違うんだなんてそんなの、大きな間違いだったのに。 (…バカ、…だなぁ、こんなに近づかないと、気付かないなんて。) 沢村、と頭の上から声が降ってきて、受け止めきれなかった音が俺を通り越して地面に落ちた。 「沢村、」 何、って、もう何回目の返事かわかんないけど、その声に短い言葉を返すと、返ってくるのはやっぱりまた、「沢村」。 突然部屋に来て何も言わずに俺を腕の中に抱きしめたまま、まるでそれ以外何も言えなくなったみたいに御幸は俺の名前しか言わない。 何かにうなされてるみたいに、何度も何度も俺の名前を呼ぶけど、俺を抱きしめる御幸の目にきっと俺の姿は映ってない。 「何?」って返す俺も、別に返事なんて期待してないからいいけど、体がちょっと軋むくらい強い力で抱きしめられて、正直苦しい。でも離れて、なんて言うにはその腕の力が強すぎて、喉で止まった言葉は声にならなかった。(もしかしたら声になってたかもしれないけど、あんまりにも御幸が俺の名前を強く呼ぶから、かき消されてしまったのかもしれない。) 御幸が俺の名前しか呼ばないように、俺だってそれしか返せる言葉が無いから、そう聞き返すだけ。「何?」その言葉に、ああ無力だなぁ、なんて、そんなことをぼんやりと思うけど、もっと情けないのは、言葉を返せないことでもなければ、御幸がこんなになるまで気付けなかった自分でも無くて。 (この背中に手回したら駄目だって…それは俺の役目じゃない、なんて。) そんなの逃げだって。 分かってるけど。それでも。 「…アンタ、リーダー見習いだろ?…こんなことで凹んでんなよ、情けねぇの。」 ああもうこんなことしか言えない俺を、突き放してくれたらいっそ楽なのに。 沢村、って。 それでもまた、俺の名前が降って来る。だからもう一回聞いた、「何?」。 それでも返事は返って来なくて、変わりに突き放すどころか腕の力がちょっとだけ強くなった。泣いてるのかな、と思うけど、俺だって御幸の顔は見れないから分かんねぇんだよ、仕方ないだろ。 二人しかいない冷たい部屋の中で、俺に抱きついて名前を呼び続ける御幸と、それに何も出来ずに呆然と立ち尽くす俺は、きっと傍から見たらとてつもなく滑稽で、これも青春の一ページだって表現するなら、神様ってのは相当残酷なんだな、って珍しく難しいことを考える。 こういうの、哲学?ってーの?…ああ俺に一番似合わねぇ言葉。 「悪い、あと5分。…5分したら、お前がムカツク俺に戻るから。」 ようやく降ってきた、名前以外の言葉に込められた哀願に、俺は。 (ずっりぃなぁ…だから見捨てられないんだ、この人。) それでもその背を抱きしめ返すことはできないからせめて。 (アンタが心から甘えられる人が、俺以外に出来たらいいのにな。) とりあえず今だけは一人じゃないんだってことが、泣いてるこの人に伝わるように、その服の裾をちょっとだけ強く握りしめながら願うことしか出来なかった。 [←] |