愛は雪どけの色 | ナノ

愛は雪どけの色



ふとした時に考える。
心の距離は、果たして物理的な距離に比例するのか、とか。
触れあうことで愛が育つというのなら、もし相手が簡単に手の届く場所にいないと、その愛の行く先は何が待っているのだろう、とか。

あの時は良かったなぁ…、と、過去の思い出に想いを馳せてしまった瞬間にもしかしたらその恋はもう…、…なんて、考えたくもない事を、ふとした時に考える。

冷たい空気が、肌に纏わりつく季節の入口。

(例えば、俺とアンタの未来はどこに繋がっているんだろう、とか。)

どうにもすることの出来ない疑問は、溶けない雪のように心の中に降り積もる。







「…さっみい…。」


大きく息を吸いこんだら、肺に流れ込んで来た空気が全身を巡り、体の芯から体中を一気に冷やして抜けて行く。
今週の初め頃から急激に入って来た寒気によって、一気にその色を冬色に変化してきた四季の移ろいは、年を追うごとに早くなっていくような気がする。子供の時は1年どころか1日だって長く感じたはずなのに、最近じゃ気付けば1週間が過ぎていることなんてザラにあるし、1カ月どころか年単位でその経過時間がどんどん早くなっているのではないかと思う。
子供の体感時間と大人の体感時間はやっぱり全然違うのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、最寄駅から下宿までの帰り道を歩く。
少しだけチカチカと光る街灯に、この前まで夜になると集っていた大量の虫は、今はもう殆ど見られず、吐き出した息は仄かに空気を暖め、夜の帳に消えていく。ついこの前まで茹だるような暑さの充満する熱帯夜だったというのに。早送りでもしたかのような季節の流れが微かに背中を震わせた。こうやって、年々毎日が過ぎ去るのが速くなっていくのだろうか。
実際、ついこの前高校を卒業したと思っていたはずなのに、最近ではいつの間にか頻繁に親から「成人式はどうするの。」と連絡が入るような時期になっていた。成人、だなんて。そんなのもっとずっと先の話だと思っていたのに。
1年前、アイツから成人式の写真を見せて貰った時だって、来年自分が同じ二十歳の年を迎えるだなんて、全く実感が沸かなかった。今も、だけど。


「………。」


足は止めることなく、歩きながらポケットに突っこんでいた携帯を取り出す。
パカリと画面を開くと、辺りが暗いせいで目の前の光に一瞬眉を寄せた。覗きこんだそのディスプレイには、シンプルな待ち受け画面が鎮座するだけ。念のためメール画面を開いて受信確認をしてみたが、やはり受信メールは0件だった。


「……今日もねーか…。」


はぁ…と吐いた息がまるで重たい溜息のようになってしまって、それを掻き消すように小さく首を振る。
空気が冷えているせいか、やけに呼吸音がはっきり聴こえる。これだから冬はちょっと嫌だ。夏の暑さに感じる不快感ももちろんあまり気持ちのいいものではなかったけれど、夏に比べて1日が妙に短く感じるから、やっぱり冬の方が少しだけ苦手だった。


「あっちもさみーのかな…。」


虚しく落ちる独り言に、返答は無い。
見上げた空はどこまでも静かで、曇っているのかあまり星は見えなかった。といっても、東京は元から、なんだか星が遠い。俺の住んでいた長野はもっと、夜になると降って来るんじゃないかってくらい沢山の星が見えていたような気がするのに。
同じ日本で、同じ空を見ているはずなのに、目に映る風景は同じじゃない。それが少しだけ、胸に寂しさの影を落とす。
ポケットに突っ込み直す前に、もう一度チラリと携帯を見た。けれど画面はやはり相変わらず、さっきまでと何一つ変わらなかった。


「…馬鹿御幸。」


ぽつりと空に投げた呟きを、受け取ってくれるはずの相手は今同じように空を見上げていたりするんだろうか。






御幸と付き合うようになって、そろそろなんだかんだで3年目になる。
確かあれは俺が高校2年生の時の秋だったはずだから、もうすぐ3年。
御幸達の年が引退して、寮を出て行くあの日。好きだと言われたあの夜は、今もまだ驚くくらいはっきりと覚えてる。
それからは本当に時間が過ぎるのが早くて、秋から春は本当に一瞬だったような気がする。
桜が咲き始める季節、御幸は俺に言った。


『沢村、俺、関西の大学に行くことにしたから。』


その時の衝撃は忘れない。
御幸が高校卒業後、プロに進まないらしいということは何となくだけど聴いていた。だけどそれと同時に大学の推薦がいくつか来ているらしいということも聴いていたから、俺はてっきり御幸はこのまま都内、もしくは関東圏の大学に進むものだと思っていて、だから敢えて俺は御幸が卒業するまでその進路について自分から言及しなかった。
そんな中聴いた突然の言葉。最初はいつもみたいな冗談なのかと思ったのに。
嘘だよ、信じた?って意地悪く笑う顔を期待したのに、その春から御幸は本当に言葉通り新幹線に乗って行ってしまった。狐につままれたような気分というのは、多分ああいうことを言うんだろう。
それからは文字通り、遠距離恋愛。
関西と、関東。大学生と、高校3年受験生。行けない距離ではない、だけど簡単に行ける距離でもない。
急に出来た御幸との物理的な距離。たった数十メートルの距離に住んでいた頃が何だかもう随分と昔のことのように思えた。
思えばあの頃から、俺は御幸に対して少しずつ臆病になっていたのかもしれない。

(…つってもまぁ、なんだかんだでそれから3年だらだら続くわけだけど。)

時間ってのは、過ぎ去ってから振り返ることしか出来ないもんだとつくづく感じる。
そのあと俺も1年後、同じように卒業して青道を出て、結局俺もプロは選ばずに大学に進学することに決めた。色々考えた末に、結局関東。入学した学校も、今考えてもここを選んで良かったと思う。後悔は無い。…もちろん、進路を選ぶときに御幸のことが頭を過らないわけではなかったけど―…。お互い大学生になったらもっと時間も金銭的にも余裕が出来るはずだから、なんとかなるんじゃないかって。そんなどこにも根拠の無い自信もあったから、進路を考えるときに御幸のことを考慮するのはやめた。大学は関東に残ると電話で告げた時、御幸も何も言わずにただ「そっか。」と一言だけだった。
実際、俺が高校生だった頃より会う頻度は増えたし、御幸はこっちが地元なわけだから、里帰りした時に会うことも出来たし。

そういえば中3の時、その日会ったばかりの殆ど何も知らない御幸との出会いで俺は長野の田舎から東京へ足を踏み入れる決意をしたっていうのに、高3の時は、仮にも恋人という関係の御幸の関係の無いところで進路を決めてしまったなんて、人生ってのは不思議なものだなぁと思う。

まぁ、別に俺も関西の大学を選んでも良かったんだ。本当は。
だけどそれをしなかったのは、多分俺の弱さ。
そこまで御幸に依存しあうような、そんな関係にはなりたくないと思った、ある意味で俺のエゴ。
敏い奴だから、きっとそんな俺の考えも大体ばれてるんだろうし、分かってて御幸は何も言わなかったんだと俺も勝手に思ってる。

何だかんだで続いて来たんだから、きっとこれからも大丈夫。
これもまた、根拠の無い自信が俺にはあった。

だけどその根拠が、所詮現実を知らない子供の甘い考えから来ているのだと実感したのは、つい最近になってだった。

御幸は3年生になってから、ぐっと忙しくなったようで、少しずつ連絡を取るのが難しくなっていった。別に疎遠になってるわけじゃない。定期的にメールも電話もある。だけど前よりは断然目に見えて減った。毎回の通話時間とか、通話の頻度とか。
少しずつ、だけど確実に。
きっとこれからも大丈夫。そんな根拠の無い自信が、現実を前にして本当はとても不安定な基盤の上にぐらぐらしながら立っていたことを知る。


「さみい…。」


一人で歩いていると、特に寒さが身に染みる気がする。もう少し厚着してこないと、もう夜は冷える。
練習が終わると必然的にこんな時間だから、明日からは帰り用にもっと着込んで来よう。最寄り駅から出て数分しか歩いてないはずなのに、もう肌が出ているところ全部冷え切ってしまっていた。
何度目か分からない呟きが、意識せずに漏れる。ああでも今日は自転車で来なくて良かった。こんな中自転車に乗って帰ってたら、確実に凍死してた。歩いて体を動かしていた方がまだマシな気がする。そう思って縮こまりそうになっていた体を少し大きく動かしながら歩いてみるものの、それでもやはり寒いものは寒かった。

家に帰ったら風呂に入って温かいもの食って飲んで、それから…。

(それから、どうしよう。)

電話してみようか、と考えて、まだ週の中盤だということに思い当たる。
こんな風に何か行動しようとする前に躊躇いが起こるようになったのも、そういえばつい最近からだ。
これもまた、何度目か分からない溜息。どうせ誰に聴かれても困ることもないから、飲み込むことはやめてそのまま冷たい空気の中に吐き出した。


忙しいんだろう、と思う。
大学生に時間があるといっても、大学もう3年生で、その上がっつり野球をやって、生活費の為にバイトもしてるって聴いた。時間も余裕もないんだろうなぁ、と思う。実際俺だってそんなに毎日に余裕があるわけじゃない。
だから仕方が無いってのは充分分かる。文句は言わない。女じゃないんだから、会えなくて寂しいだとか、メールが無くて不安だとか、声が聴けなくて悲しいだとか、そんな女々しいことを言うつもりは毛頭無い。
だけどふとした時に考えてしまう。

(もし、もしこのまま、電話もメールもなくなったら、…?)

どうなるんだろう、…とか。
俺と御幸の関係って、一体。

そんなことを考えて、ぶるりと背中に寒気が走る。全身に立った鳥肌を抑えるように両手で腕を擦った。

実際、俺と御幸を今この瞬間繋いでいるのは、ポケットの中にある携帯電話一つだけ。
便利な世の中になって携帯があるんだから大丈夫、と誰かが言っていたけど、今の俺は、便利な世の中になっても所詮携帯しかない、なんてひねくれたことを考えてしまったり、して。
最近こんなことばっかり考えてる。そんなんじゃ駄目だと思うのに、駄目だ駄目だと思えば思うほど、考えはおかしな方向へ向かっていく。

変わらない、と思ってた。
距離が離れたくらいで、何も変わらない。環境が変わったくらいで、揺らぐような関係じゃない。そう思ってた。
だけど。
だけど確実に、俺も御幸も日々何かが変わっていて、その変化は否応なく俺らの関係も変えて行っている。それが現実。
実際去年の今頃は、段々冬に向かっていく夜道を、最近寒くなったよな、なんて他愛もないことを電話で話しながら帰ってたはず。それに比べて今年は。
ズッシリと、ポケットの中の携帯が重みを増したような気がした。そんなはず、ねぇのに。
こんなこと、昔は考えもしなかった。会えなくて、このまま距離が離れてしまうんじゃないかって、そんなことを考える自分が未来にいるだなんて、考えもしなかった。
「今」、どうしていて。
「次」は、いつ話せるのか。会えるのか。

「これから」俺達はどうなるのか。

大人になってく。高校生の頃とは違う。あの頃よりもっとずっと、将来のビジョンを見据えないといけない年齢になっているはずなのに、なんでだろ。俺は逆にどんどん未来が見えなくなっていく気がする。

(本当は分かってんだよ。こんなこと考える時点で、何かおかしいんだってことくらい。)

あの時は、って、過去と今を比較して過去の方に天秤が傾いてしまった恋の先にあるのは、本当は―――…。


ピリリリリ、と、まるでそんな俺の考えを切り裂くような甲高い音が響いた。
一瞬ビクンッと思わず体が震えて、思わず思考が全部拡散していく。


「は?え、え…?なに…。」


ピリリリ、ピリリリ、と断続的に響く音。それが着信音だと気付くのには少しだけ時間がかかった。
ポケットに突っこんでいた携帯を慌てて取りだすと、さっきまでうんともすんとも言わなかった携帯が、今は画面をチカチカ光らせて存在を主張していた。
慌てて開いて画面も見ずに反射的に通話ボタンを押す。


『………沢村?』


通話口越しに直接耳に響いた声に、思わず目を見開いた。
だって、それは、その声は。


「御幸…?」
『よかった。今大丈夫か?』
「お、う…。今帰り道。」
『そっか。相変わらずそっちもおっせーな。』
「や…、でももうすぐ家着くし…。」


(御幸だ…。)


話しながらも、久々に聴く声になんだか体の奥の方がむずむずした。くすぐったいような、どこか居心地悪いような。
さっきまで御幸のことを考えてたからだろうか。そわそわと浮足立つのが止まらない。久しぶりに聴いた御幸の声は、びっくりするくらい何も変わらなかった。まぁ、当たり前だろーけど。


『なんか突然寒くなってきてね?秋どこ行ったよ、秋。』
「俺今日まだ半袖…。」
『…お前ね、風邪引いたらどうすんだよ…。』
「だってこんな寒くなるなんて聴いてなかったし。」
『天気予報くらい見て聴いてクダサイ。』
「朝寝坊してそれどころじゃなかった。」
『ったく……。』
「明日はちゃんと厚着してく予定。」
『また寝坊して薄着のまま学校行ったりすんなよ。』
「…………。」
『さーわーむーらぁ?』
「……うぃーす…。」
『信用ならねぇ返事だなぁ…。』


クスクス電話の向こうで御幸が笑う。電話越しに聴こえる車のエンジン音に、もしかして御幸も帰り道なのかと聴けば、そうだと返って来た。
関東と、関西と。
場所は違えど、二人して同じようなことしながら、こうして電話で他愛もないことを話す。それだけでさっきまで感じてた変なモヤモヤなんてどこかに消えてしまったように感じるんだから、俺は相変わらずお手軽だ。
御幸の声がする。電話越しとはいえ、近くで。そんな随分と女々しい自分の思考を笑う。電話の向こうに聴こえないように、そっと口元に手を当てて。


『沢村?』


呼ばれた声に、はっとして意識を電話に戻す。頬に触れている部分だけが暖かくて、その他の部分が少しずつ外気に晒されて冷たくなっていく携帯を落とさないようにもう一度握り直した。


「ん?」
『……なんか、久々だよな。』
「え…?」
『電話すんのも。メールも。…ちょっと最近色々バタバタしてて、気付いたらこんな時間経ってた。ごめん。』 
「や…、別に…忙しいのはなんとなく分かってたし。俺も、結構バタバタしてたし…。」
『ふうん。』
「最近課題の締め切りとか…あ、あと練習試合とかいろいろあって……明日やっと久々に休みで…。」
『うん。』
「だから、別に、そんな気にしなくても全然…。」
『…そっか。』
「そう…。」


あれ…。
おかしい。なんか、声が震える。寒いから?もうすぐ家に着くんだから、後少しの辛抱なのに、今にも発した声さえも全部凍りついてしまいそうな気がした。


『なんだ。折角、少しは寂しがってくれるかと思ったのに、残念。』


御幸の冗談のような声と、吐息の音が耳を掠める。
これは、笑うところだ。
いつもみたいに、「自惚れてんじゃねーよ、バーカ。」って大声で言ってやるところ。御幸もきっとそのつもりで寄越してくれた軽口。だから、だから笑え、俺。


「…………さみし、く、なんか、」


鼻が出そうになって、ずびっと思いっきり吸いこんだら、思いの外その音が大きく響いた。沢村?、と御幸が電話越しに俺の名前を呼ぶ。


『沢村、どうした…、』
「寂しく、なんか…。」
『……沢村。』
「…ふっ、……。」


あれ。
あれ、なんで。
考えてることと、違うことを口が発する。笑いたいのに、顔の筋肉が緩んでしまって、それも出来ない。どうして。どうして。こんなはずじゃ。
電話の向こうで、御幸が黙る。ほら、御幸だっておかしいと思ってる。早く何か言え。沈黙が痛くて、ごしごしと目元をあいてる方の腕で擦った。

(なんで、こんな変な顔になってんの、俺。)

分からない。
自分が何をしたいのか分からない。
でもこんなに心の中ぐちゃぐちゃになっても一つだけはっきりしてること。

(会いたい、御幸に会いたい。)

どうしたいのか分からない。
でも一つだけ分かるのは、今どれだけ望んで手を伸ばしても、御幸は近くにはいないということだけ。


物理的な距離の別離が、心の距離のそれに比例するとは思わない。
どれだけ距離が離れていても、変わらないものだって確かにある。でも。

(どれだけ触れたいって願っても、どうしようもないくらいの距離が、今の俺と御幸の間にはある。)

認めてしまったら、何かが変わってしまいそうで、だけど一度そう思ったらもう止められなかった。



「……………寂しい……。」



ポツリ。
落としたのは、唯一つの本音。


(馬鹿だ、こんなこと言って。ただ御幸を困らせるだけなのに。)


どうか早く笑い飛ばして欲しい。
無茶言うな、って、呆れたように笑って欲しい。そうすれば俺もそれに合わせて、きっと笑えるだろうから。
ぎゅうっと握りしめた携帯は、いつの間にか氷みたいに全部冷たくなってた。
馬鹿なことを言ってる自覚はあった。さっきまで流れていた穏やかな空気を、壊したのは俺。
まるで冷えた携帯から移って来たような熱が、指先を冷やす。その指先から感覚が無くなっていく。

はやく。
早く笑って、馬鹿だな無理だろ、って、笑って欲しい。
だけど御幸はただ静かに、沈黙を落とすだけ。


『……2時間。』
「………え?」
『疲れてるだろうけど、寝ずに起きてろ。絶対起きてろよ。』
「は?え、何、」
『東京駅までは問題無いけど、そっから先はもう電車ねぇからタク拾っていく。お前のところ行ってお前寝てたら俺外で凍死するから絶対起きてろ。分かった?』
「俺のところって……?」
『なんだよ、もう寝ぼけてんの?』


クスリ、と御幸が小さく笑う。何を言ってるのか、御幸が何を言いたいのかが理解出来ない。
携帯握りしめて、思わず立ち止まって、呆然としてる俺に向かって、聴こえたのはどこまでも柔らかい声。


『今から会いに行くから大人しく待ってろって言ってんだよ。』


それだけ言うと、電話の向こうで車の止まる大きな音がした。聴こえたのは、御幸の家の近くの最寄り駅の名前。でも多分それは俺に向けた言葉じゃない。

(会いに、行く…?)

バタン、とドアの閉まるような音がした。それに驚いて一瞬携帯を耳から離す。
困惑した頭では、まともな思考も働かなかった。


『沢村、先に謝るけど。』
「え…?」
『最近忙しくて連絡出来なかった、っていうのは今になったらただの言い訳。別に四六時中何かやってたわけじゃねぇし、1分でも2分でも、声聴く余裕くらいあった。…けど、それをしなかったのは、もしかしたらお前も今何かしてるんじゃねーかっていつも一瞬躊躇ってたから。しなかったんじゃなくて、出来なかった。』
「躊躇う……。」


それは、俺と同じ。
まくしたてるような声が電話から響いて、漸く少し頭が状況について来る。


『遠距離にも慣れて、俺も…多分お前も、色々甘えとか遠慮とか、無意識にそういうの、増えてんだよ。でも、それじゃ駄目だってさっきのお前の声聴いて気付いた。つーか、馬鹿だわ、俺。お前もだけど。』
「馬鹿ってなにが、」
『離れてる分、言いたいことくらい遠慮なく言い合わねぇと駄目だろってこと。』
「言いたいこと…、言い合う…。」
『離れてる距離なんて感じないくらい、間埋めてやんなきゃすれ違うばっかりだよな。っつーことで今から会いに行くから。ちなみに拒否権は無し。』
「でもお前、今からって今何時だと…!」
『お前ね、なんのためにこんな時間まで新幹線がご丁寧に走ってくれてると思ってんの?』


なんでだろう。
電話越しなのに御幸が笑ったのが分かった。きっと、…つーか絶対、笑ってる。今。


『泣いてる恋人抱き締めに走れるように、だろ?』


冗談のような軽い言葉が届いた瞬間に、かあああっと全身が熱くなった。さっきまで寒いと思ってたのが嘘みたいに、顔全体が熱くなる。


「き、気障…!!」
『なんとでも。つーか電池切れるから切るわ。着いたら連絡するから。あ、絶対寝んなよ。』
「御幸、ちょっと!」
『あ、あと、今夜寝かせるつもりもねぇから覚悟して。』
「…ッ…!!」


プツ、と音がして声が途切れる。ツー、ツー、…と無機質な音が響く。
俺はそれを聴きながら、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。


「えええええええ……?」


電話の向こうはもうどこにも繋がって無い。一方的に切られた通話のなんて虚しい最後。
変わりになぜか今自分が通った帰り道が、2時間後の御幸に繋がる、なんて。


「………バッカじゃねーの、アイツ…!」


握った拳がブルブル震える。馬鹿だ。馬鹿だあいつ。マジで馬鹿。
明日の授業は、とか。練習は、とか。
つーかいきなり何してんだよ馬鹿じゃんただの、とか。
頭の中をぐるぐるすることはいろいろある。


『離れてる分、言いたいことくらい遠慮なく言い合わねぇと駄目だろってこと。』


御幸の言葉が頭の中をリフレインする。何度も、何度も。
その声が、心の中に雪みたいに降り積もって、どんどんどんどん俺を圧迫していた何かを溶かしていく。



「………………。」


…一番馬鹿なのは俺か…。



(……来んなって言ってもあの馬鹿は絶対来る。)


だからとりあえず今俺に出来ることと言えば、ちょっと戻ってコンビニに寄って、少しでも温かいものを部屋に揃えておくことと、
―――どうやったら今夜寝かせて貰えるかってことを考えておくくらいだ。まぁ多分、これは無理だろうけど。



ポケットに携帯を突っ込み直して、くるりと踵を返す。そうだ、自転車でも歩いても寒いのなら、走ればよかったんだと、駆け足始めた体が熱を持ち始めるのに気付いて、笑う。

簡単なこと、見えなくなってた。多分、いろいろなこと。
あの時は…なんて、柄にも考えて落ち込んでた数分前の自分を、笑う。



少なくとも今は、2時間後の未来へ想いを馳せて。
今確実に御幸の未来は俺に繋がってることへ。


思わず浮かんだ笑みはそのままに。







***
いつも素晴らしい御沢萌えを下さる上に、有り難いことに仲良くして下さっているまるり様に捧げます。
愛だけはいっぱい込めて…!




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