月と太陽と少年としょうねん |
「公園ってさぁ、たまに無性に来たくなんねぇっすか?」 「こんな深夜に高速でブランコ漕ぐためだけに寝てる人間を引っ張り起こして公園に来る人間はお前くらいだと思うけどね。」 「えー。だって御幸センパイ以外起こすの申し訳なかったし。」 「…お前俺のことちゃんと先輩だって分かってる?つーか一人で行けよ。」 「まぁまぁそう言わずに!!」 「どの口が言ってんだよ、…ったく。」 深夜の公園で、ギーコギーコと古い金属が軋む不規則な音と、それに混じって聞こえる話し声。 この公園に時計は無いけれど、既に静まり返って人どころか車一つ通らないことが、今がとてつもなく夜も更けた時間だということを如実に語っている。 昼間は子供が賑やかな声を上げて騒がしく駆け回るこの公園も、今は独占貸し切り状態だ。 否、こんな夜中でも駆け回っている(といっても今いるのはブランコだが)のはやはり子供のような闇に同化するような黒い頭の少年なのだが。 その黒い少年、沢村は、こんな深夜にも限らずキャラキャラと太陽みたいな笑みを浮かべて楽しそうに一人でブランコを堪能すること数分。 よく飽きないなと他人事のように横のブランコに座ってそんな様子を見ていた御幸は、あまりの肌を裂くような寒さにぶるりと一つ身震いをした。 突然部屋を訪ねて来たかと思えば、まさかの公園デートのお誘い。 彼は朝方一人で自主トレを行うことも多いし、そのついでの気まぐれだろうかと思って、だるい体を引きずりながら携帯だけを尻のポケットに突っ込んで外に出てから、あまりに暗い風景に「今何時だよ…。」と欠伸をしながら問いかけたら、「え?3時。」なんてあっけらかんと言うもんだから、あまりの驚きに欠伸の形のまま顔が固まった。 そのまま拉致られるがのごとく沢村に公園に連れていかれて、なぜか夜の公園デートに無理やり付き合わされること数十分。 こんな時間に寮を抜け出して、しかも公園って。 一応キャプテンなんだけどなぁ俺、と御幸はポリポリと頬をかくものの、そんなこと気にも留めていなさそうな沢村は白い息を吐き出しながら楽しそうに笑うだけだ。 「御幸せんぱーい。」 「なんですかー。」 「みーゆーきーせーんぱーい。」 「なーんーでーすーかー。」 ギーコギーコ、ギーコ。 鎖が軋んで、冷たい夜の透明度の高い空気の中に溶けていく。 沢村の酷く通る声が御幸の名前を呼んで、そしてやっぱりそれも同じように消えていく。 御幸の横で一人夜空に向かって駆けていた沢村は、ほぼ90度に近かったブランコをだんだんと勢いを緩めて、首を御幸の方へと向けると、ニッと歯を光らせて笑った。 「めっちゃくちゃさみーっす。」 「それは俺のセリフ。」 「先輩、ココア買って…、」 「来てください、って続いたら俺今すぐお前の先輩やめるから。」 「…ケーチ。」 「今呟いた言葉をもう一回大声で叫んでみようか、沢村。」 「…御幸センパイダイスキー。」 「なんだ、言えるじゃん。」 止まったブランコに腰掛けて、吐いた白い息が一瞬で空気に混ざっていくのを目で追いながら、御幸はいつも浮かべている意地悪な笑みをニヤニヤとその端正に整った顔に張り付けて笑う。 その横では、むうっとつまらなそうにを尖らせた沢村が、勢いを失ったブランコに乗って空から下りてきた。 (なんか、…まぁ、たまにはいいか…とは思うけどね。) こんな時間も、と。 とんでもない時間にいきなりたたき起こされ、連れ出され、彼の気まぐれに付き合わされただけだけれど。 決して自分には何の利益もない(明日は朝からきっと眠いことこの上無いだろう。授業中に寝る沢村とは違うのだ。だからむしろ不利益しかない。)真夜中の逢引だったけれど、それでも横で笑う沢村の顔に浮かぶ光が反射したように、いつもと同じ月明かりが見たこともないくらい綺麗に見えたから。 そんな浮かぶ月は満月でもなんでもなくて、特に形容もし難いような微妙な形の月でも、その下に輝く太陽がこんな夜中でも辺りを照らして言えるのが見えたから。 ああそうか最近の足りなかったのはこんなゆっくりとした時間の流れだったのかと実は気付いてしまったから。 「あ。そうだ。」 忘れてた。 呟いた沢村の方に目を向ければ、ぴたりと地面に足をつけて着地した沢村が、ガシャンと音を立てて鎖を掴んで立ちあがって御幸の方を見ていた。 向けられた二つの黒。そのこぼれそうな黒い瞳の奥に移っていた自分が、本当に文字通りこぼれ落ちるのではないかと一瞬危惧して、その後小さく苦笑した。そんなことあるはずない、と。 「いつもお疲れさん。リーダー見習い!」 ……。 …なんだ、それ。 今日二回目の硬直。 元々寒さから身をちぢ込ませるようにピクリとも動かず座っていた御幸だったけれど、その言葉には珍しくその切れ長の瞳を大きく見開いた。 へへ…っと笑う沢村は、寒いのか、ズビッと鼻を鳴らして片手で拭う。 まったく色気なんてあったもんじゃない。 まさかそれを言うためにこんな夜中に人を連れまわしたのか、と。 しかもさっきお前忘れたって言ったよな、と。 その上まだ見習いレッテルは継続中なのか、と。(今何月だと思ってるんだコイツ。) 「…サンキュ。」 …言いたい言葉はたくさんあったのに、出てきた言葉は随分と御幸らしくない言葉だった。沢村も少しだけ驚いたのか、大きな目が更に大きくなっていた。ああらしくないな、御幸は一人小さく笑う。 冬の夜は、長い。 まだ空は真っ暗なままで、太陽は隠れてしまってどこにも見えないけれど。 「…今のサンキュって言葉、」 好きだよ、って聞こえた。 ふは、と息を吐き出しながら破願して笑った沢村の笑顔は、やっぱり紛れもなく太陽そのものみたいだったから。 ああそうかこの世界には二つも太陽があるのか。 真面目にそんなことを思う自分を、けれど決して笑うことが出来ない自分がいるのだ。 先ほどまでピクリとも動かなかった御幸が一歩足を浮かせた瞬間、沢村の乗っていたブランコの鎖が再び大きくガシャンと揺れた。 二人分の体重を乗せたブランコの揺れる音は、静かな夜にどこまでもどこまでも遠く響いて、やがてやはり同じように闇色の中に溶けて消えていった。 [←] |