射撃手のイグニッション | ナノ

射撃手のイグニッション



ガキの言葉ってのは厄介だ。
先のことなんか何一つ考えちゃいねぇっつーか…言葉がどれだけ他人に対して凶器になりうるかってことを全くもって理解してねぇっつーか。
無自覚。無知。甘え。聴いてるだけでその辺の安いコンビニスイーツのプリンより甘ったるくて舌に残りそうなくらい世間知らずな言葉の数々に、超が付くほど甘党の俺でも眉間に皺寄せちまいそうになほど。青い。青いねぇ。少年達。
ま。その大半はこれから世間の荒波にもまれて、次第に大人の世界を知っていくんだろうけど。
…そういう未成熟なガキの言葉は、正直俺にはその辺のどんな銃器よりも時に凶器になる。


「…なんでお前がここにいるんですかね。」
「あ。沢村さん。やっと帰って来た。」


ガチャリと軽くて薄っぺらいドアにくっついてる若干回りの悪くなった銀色のドアノブに手をかけて、見知った室内に戻ってきたら、そこには本来ならこの部屋の風景にいるはずのない男がひらひらと胡散臭い笑みを浮かべて俺のデスク我が物顔で座っていた。
今はもう全面的に禁煙になったとはいえ、もう随分と昔から使われている建物の壁の細かい所は歴代のヘビースモーカーによる勲章がいたるところに残されていて、整理整頓のせの字もないようなデスクの上はどの机も今にも雪崩が起きそうなほど色々な書類やら本やらが乱雑に積み上げられている。そんな、署内でも特に女性人口の少ない銃隊の、それこそ「男の巣」の中にはとても不似合いなキラキラとした笑み。どこのホストだと思わんばかりに作り上げられた微笑みと、それを演出するこれまた整った顔は相変わらず健在で、その作り物みたいな精巧な顔の作りが沢村の顔を更に歪ませた。
それこそ、その顔の下に伸びるのが近所でも有名な私立の進学高校の制服で無ければ、本当にホストにでも見間違いそうなほどだったが、生憎俺はそんな顔に騙されてやれる女じゃない。
思いっきり閉めて逃げ出したくなった足を一歩抑えて、中に入る。珍しく何かを届けに来てでもいたのか、女性警官がチラチラと御幸の方を見ているのが分かった。そりゃ部外者がいれば気になるだろう、と思ったけれど、その顔がどこか嬉々としているのが見えて、それだけではない事を知る。
その事実が更に沢村の顔を般若に近付けた。


「たかがコンビニにちょっと時間かかり過ぎじゃねぇ?」
「……。」
「あ、無視だ。」
「…俺の質問に答えて無ぇだろ。」
「質問?」
「な、ん、で、ここに!いるんだっつってんだろ!」


声を荒げた拍子に手に持っていたビニール袋がぐしゃっと音を立てる。
けれど、怒り心頭な俺のそんな様子にも全く動じない御幸は、けろっとした顔でちょっとだけ小首を傾げると、俺愛用の椅子の背もたれにキシッと音を立ててもたれながら、なんどかキィキィと音を立ててその体を揺さぶった。


「…?ここに沢村さんがいるから?」


少しだけ思案顔を浮かべた後にサラリと言ってのけた事実に、ついに俺はコンビニの袋がこれでもかってくらい揺れるのもお構いなしに、ドスンドスン音を立てて御幸に近寄った。
流石にさっきから御幸の方をチラチラ見ていた女性警官も何事かと目を丸くしているのが視界の端に映った。室内に数人痛他の同僚も、視線をこちらに向けてくる気配を感じたけれども、今の俺はそれどころじゃない。


「ここは部外者がそう簡単に入ってもいいような場所じゃねーんだけど!」
「大丈夫大丈夫。許可は取ってあるし。」
「…っ、」
「俺はね、ここに“親の忘れものを届けに来たとっても父親想いの立派な息子”なんだよ。沢村さん。」


にっこりと年相応の顔で無邪気そうに御幸が笑うけど、その笑顔の下は透けて見えそうなくらい真っ黒だった。
御幸の言葉に一瞬返す言葉を迷った俺の隙を、この男は見逃さない。


「署内広くてさ。父さんの部屋出てからちょっとだけ迷っちゃって。そしたら偶然、沢村さんの部署が近かったから、外に出る方法を教えて貰おうと思って待ってたんだ。」


ね?なんてそれはもうあざとい顔を浮かべる。
コイツのこういう、自分の最も有効的な使い方を熟知しているところが憎くて仕方が無い。
子供の顔で、大人の言葉を喋る少年。そのアンバランスさが作り物のような笑みに浮かびあがっていて、俺はコイツのこういうところが本当に苦手だった。
ぐっと浮かんでくる文句を何とか喉の入口のところで堰き止めて、変わりにすっと息を鼻から吸うと、全部通した息と共に体の奥の方に押し込んでしまうように抑え込みながら、御幸に負けじとにっこりと笑う。
ヒクヒクと右目の下が痙攣するみたいに震えてるけど、その辺は気にしない。


「………それはそれは。失礼しました。署内は少し複雑なつくりになっていますからね。例え何度もお越しになっておられるとしても、迷うこともあるんでしょう。もしよければ出口までお送りしますよ、警視総監のご子息サマ。」

(なーにが偶然、だ。バーカ!つーか、警視総監に忘れ物届けに来たっつーのも嘘なんだよなどうせ。その上帰り道をお前が迷うわけがねぇだろ。その言い訳何度目だと思ってんだ。大体お前俺の外にも知り合い沢山いるんだからそいつらに聞いてさっさとかえりゃいいだろーが!)


心の中で飛ばした罵声は、しっかりと心の中に封じ込んでおく。
御幸が『警視総監のうっかりな忘れ物を届けに来て警察署内で迷う』のはこれで今月3回目だ。

ちなみに今月に入ってまだ、10日も経ってない。


「どうせならそのまま家まで送ってほしいな。」
「それは俺の仕事ではありませんので。」
「そうしないとまた迷って、偶然この部屋に辿りついちまうかも。」
「……タクシーでも呼んだらどうですかね。」
「俺今日財布持って来てなくてさー。」
「……………バス代くらい出しますよ。」
「じゃあそのお礼に今度デートしようよ、沢村さん。」
「……。」
「ね?」


……。
……………。
ぶち。

ああなんか今俺の頭の中で、何か大切なものが切れる音がした。ぶち、って。ぶち。
はは、ははは…。

ぐしゃっと手の中で握力の餌食にあった白いコンビニ袋が潰れて、手を離したら思いっきり体の横に落ちた。さっき上機嫌で買って来たはずの、ちょっと高めのコンビニスイーツが、沢村の機嫌と共に急降下する。


「…っざけんな御幸てめぇ!毎回毎回俺の仕事の邪魔しに来やがって!何のつもりだよ!」
「あ。やっといつもの沢村さんだ。敬語な沢村さんも新鮮でいいけど、やっぱりそっちの方が可愛いね。」
「はは、はは、わははは…!あれか。お前はあれか。俺をおちょくる天才か。」
「おちょくってないおちょくってない。口説いてるだけ。」
「一回、鉄格子の向こうにでも行っとくか?今なら俺が直々に手錠かけてやってもいいんだぜ…?」
「沢村さんの手錠ここにあるけど。つーか、コンビニ行くのに携帯も置いてくの?」
「ひとの机の上を勝手に漁んじゃねぇよ…。」


ポケットに小銭だけ突っ込んで休憩中にのそのそ出かけてただけだから、机の上にはそれこそ仕事道具の他、携帯も財布も全部置きっぱだ。
ストラップも何もついてない俺の携帯(使えりゃいっかってことで基本的に機種にこだわりもないから、数年前から使ってるちょっと型の古い奴)を指先で摘みあげた御幸がクスクス笑う。なんだそれを人質にでも取ったつもりか。
悪いけど携帯一つくらい暫く無くなっても、俺には痛くもかゆくもねぇんだよ。


「だってデートしよって言っても沢村さん全然付き合ってくんないし。」
「俺はガキの遊びに付き合う時間があるほど暇じゃねぇんだよ。」
「……仕事の合間にコンビニスイーツ買いに行ってる人に言われてもなぁ…。」
「休憩中に何しようと人の勝手だろ。」
「俺だって仕事中に邪魔するつもりはなかったって。」
「今現在進行形で邪魔なんだけど。」
「…今沢村さん、“休憩中”なんでしょ?」


コイツ…。


「…揚げ足取りばっかしてんじゃねーよ。」
「やだなぁ。口が上手いって言ってよ。」
「変わんねぇだろ。」


どっちにしろ、ムカツクガキだ。
簡単にあしらってやろうと思っても、なかなかそれをさせてくれない。
ほんと、厄介なモンに関わっちまったぜ…俺…。
まだそう遠くない日の事を思い出せば、自然と溜息をついた。
あの日。久々の出動命令で浮足立って現場に向かった先で、まさかこんな貧乏くじ引くなんて考えもしなかった。自分が結構なリスクを追って助けた男にまさかその後こんな風につけ回されるなんてこと。しかもあの後俺結構怒られたのに。怒られ損だわ、なんかもうその後の俺の人生毎日気苦労続きだわ…あの日の俺に現場に行かずに大人しくいつも通りプリンでも食ってろって言ってやりてぇ。
時間が戻せるならどれだけあの日に戻りたいか。


「溜息つくと幸せ逃げるぜー?沢村さん。」
「俺の幸せはお前にちょっかい出されない毎日が戻って来ることだ…。」
「ひっでー。」


クスクスと、酷いなんて微塵も思って無さそうに笑う御幸の口から飛び出してくる言葉はどれも軽くて、ぽんぽんと飛んで来ては宙に浮く。
その軽さが、なんだかすっげぇ「子供」に感じて、だから俺は御幸と喋るのが好きじゃない。
御幸の言葉には、重さが無い。どれも本気じゃなくて、どれも冗談みたいで。…実際、どれも冗談なんだろう。
別に、冗談が通じない程硬い頭のつもりはないけども、それでもこういつもいつも望まぬちょっかいを出し続けられると、流石に不快感だって覚えるってもんだ。


「…いいから早く帰れよ。」
「沢村さんがデートの約束してくれたら大人しく帰るよ?」
「またそれか…。いい加減大人からかって遊ぶのヤメロ。」
「だから本気だってば。」
「……あんまり減らず口ばっか叩いてると、脳天に思いっきり風穴開けんぞ。」


椅子に座る御幸を、これでもかってくらい怖い顔で見下ろして、睨む。けれどどれだけ眼光を鋭くしてその目を見ても、逆に眼鏡の向こうに潜む切れ長の御幸の目は、ニヤリと楽しそうに俺を捉えて歪む。
唇が欠けた月のように薄く弧を描いて、それからまた一度、キシッと椅子の背もたれが悲鳴を上げた。


「いいな、それ。」


クスリと一度御幸が笑う。



「俺、沢村さんにだったら撃ち殺されたっていーよ。」



へらへら。へらへら。
締まりの無い顔で、そんなことを簡単に口にする。
前も聞いた、そのセリフ。デジャヴ。くらりと眩暈がした。
そうだ、俺は、これだから。

俺の頭の中、カチ、と重たいトリガーがその時確かに一度惹かれる音がした。


「…簡単に…。」
「ん?」


コイツが、これだから。こんなだから。こうだから。


俺は御幸を、好きになれない。



「……っ、簡単に、殺すとか口にすんじゃねぇよ!」



カッと頭の中が真っ白になると同時に、視界も同じ色に染まっていた。白一色。ガタンッと大きな音がして、さっき小さな悲鳴を上げていた椅子が思いっきり音を立てて転がる。その椅子を蹴り飛ばしたのは俺自身だってのに、酷く他人事のように感じた。急に支えをなくした御幸の体がぐらついて、一瞬だけ驚いたような顔をする御幸の顔が目に映ったのが最後。気付いた時にはその体を地面に転がして、その腰に馬乗りになってさっきと同じ…いや、さっきよりずっと目線の下に御幸の顔が見えていた。そのほんの僅かな間。流石の御幸も驚いたのか、暫く声一つ上げなかった。


「…沢村さん?」
「これだから…、」
「ん?」
「これだから、ガキは嫌いなんだ……。」
「…。」


回りがざわざわとしているのが遠くから聴こえた。耳の膜のもっと向こうの方。なんだか違う場所に隔離されたみたいに遠くから。
そりゃそうか。いくら短気とはいえ、こんなことすんの初めてだし、しかも取っ組みあってる相手は警視総監ときた。警察官が中学生みたいな取っ組み合いのけんかなんてマズイ?相手も悪けりゃ状況も最悪。
あれ、俺もしかしてこれクビ?…でも今そんなことは考えられなかった。

御幸の声だけがやけ近くから聴こえる。まぁ当たり前だ。掴みあげた胸倉のせいで、顔もすげぇ近い。
だけどそれも、今は俺の鼓膜を揺らすだけで、頭には届かなかった。
ああ、俺何してんだろう。


「…ッ、…。」


言葉が出てこない。頭に血が上ってるのは分かる。冷静になれ。頭のどこかで理性が告げる。だけど半分パニックみたいになっているせいか、次のアクションが起こせない。

「…、死ぬ、とか…。」


ぼそぼそと呟きが落ちる。自分の声がやけに頼りない。こんな声を聞いたのはやけに久しぶりな気がした。
おかしい。俺はあの日から、強くなるって決めたのに。
こんな。
こんなガキの言葉一つに感情揺さぶられて、頭の中ぐわんぐわん揺らして、思考回路全般機能停止しちまうなんて。そんな。


「沢村さん。」


御幸の声がする。口を開いたら、ぁ…、とだけ小さな声が漏れた。
するりと胸倉をつかむ指から、力が抜けそうになった。そんな、時。


「…何やってんだお前は。」
「っ〜〜〜いっ…!!〜〜!!!」


バシンッと(つーかもういっそバキン)思いっきり後ろから後頭部に衝撃が走った。
そのインパクトを受けた部分が、すぐにジンジンと痛む。
思わず振り返ると、そこにはさっきの沢村も可愛く見えるくらい般若の形相の、


「く、倉持せんぱい…。」
「高校生のガキ相手に何本気でキレてんだ、お前は。あァ!?」
「う…、う、いや、これは、その、」
「言い訳なんてみみっちいことする前に言うことあんだろーが!」
「す、すいやせん!!!」


ジンジン痛む後頭部を抑えて、反射的に浮かんだ涙で狭くなる視界の先でそれもう地を這うようなドスの聞いた声を響かせる倉持先輩の声に、ビクッと全身を震わせて気付けば大声で謝っていた。
その時に手を突然離したせいか、ゴンッと何かがぶつかる音がして顔を戻すと、恐らく床に頭を打ちつけたであろう御幸が自分の手で沢村と同じく後頭部を擦っているのが目に入る。
…あ。やっべ。


「……う、あ、あの…。その、」


倉持先輩の登場で一気に血の気が下がったのはいいものの、逆に居心地が悪いのとどうしたらいいのか分からず、柄にも無く動揺を隠せなかった。視線が泳ぐ。そんな俺を、御幸が下から黙って見上げる。普段煩いくらいに開く口が、一向に何も喋ろうとしなくて、もしかして打ちどころでも悪かったかと思ったけれど、そんな俺の様子をじっと見ていた御幸が、少ししてまた小さくふっと口の端に笑みを浮かべた。


「…沢村さん。」
「…な、に…。」
「……知らなかったな。沢村さんって、意外に大胆なんだ。」
「…へ?」
「まぁ俺としては上に乗られるのも魅力的なんだけど。沢村さんのことはどっちかっていうと見上げるより見下ろしてぇかな、っつーか。」
「……、」


なんの話、だ…?


「…キレられてマウントポジションキメられてるっつーのに、なんかこれすっげぇ興奮する。」


そうにっこり笑われるのと同時に緩く御幸が身じろぐ。その瞬間、御幸がナニを言わんとしているのかが分かって、カッとまた、今度は頭の中が赤一色に染まった。


「…っ、やっぱ俺、お前みたいなガキが、一番嫌いだ…。」


すくっと立ち上がって、視線を俯けたまま、踵を返して数分前にくぐったドアを逆向きに走り抜ける。
途中倉持先輩の怒声が聴こえたけど、止まらなかった。


(…っ、人の気も、知らねぇで…!)


ああ、むしゃくしゃする。むしゃくしゃする。いろんなことに。



『俺、沢村さんにだったら撃ち殺されたっていーよ。』



さっきの御幸の言葉が、頭の中で何度も何度も走る度に鼓動が速くなる体の中でリフレインしていた。
食べ損ねたプリンも、休む暇すらなかった休憩も、これから待っているであろう説教も。今は全部、どうでもよかった。


ガキの言葉は、嫌いだ。

死ぬ、とか。
殺す、とか。

そういうこと、簡単に言っちまえる、無責任な言葉。


「…らしくもねぇ…。」


こんな弱い感情、もうとっくに捨てたハズだったのに。

的の絞れない揺れる感情を持て余して、俺はただ目的も無く闇雲に足だけを動かしていた。














「…お前な…。」


溜息をついた倉持が、ゆっくりと体を起こす俺を見ながら苦虫をかみつぶしたような顔をする。
さっきまで乗っかっていた重さがなくなって、撃ちつけた背中や腰、それから最後にトドメをさされた頭が今更ながらに痛んだけど、それよりも気になるのは去り際の沢村さんの顔だった。
室内には今、俺と倉持しかいない。
何人かいた同僚は何かを察知したのか、そそくさといつの間にか部屋を出てしまっていた。
まぁ、そりゃそうだ。
“警視総監の息子”のトラブルに、関わりたいと思う奴なんていねぇよな。


「…あんまり、沢村で遊ぶんじゃねぇよ。アイツはお前が普段相手にしてる女とは違う。」
「だから、遊んでるつもりはねぇんだって。」
「…お前の言葉にゃ、信用出来る要素が一切ねぇからな。」
「倉持までそんなこと言う?」


ひっでぇなぁ。
…ま、身から出た錆っつーか、自業自得なんだけども。

体を起こして、パンパンと軽く払う。別に汚れなんてなかったし、痛みだって沢村さんが残してくれるものならいっそ大歓迎だけど。


「倉持。」
「なんだ。」
「聴きたいことがあるんだけど。」
「…答えたくねぇ。」
「ふうん。」
「…けど、答えるまで諦めねぇよな、お前は。」
「さすが。俺のこと良く分かってんね。」
「……沢村じゃなくても、ムカツクガキだぜ、お前はよ…。」
「褒め言葉ドーモ。」


はぁ…とまた倉持が小さく溜息を付く。
それを聴きながら、小さく呟いた。


「なんで沢村さん、さっきあんなに怒ってたわけ?」
「……知らねぇよ。お前がアホなことばっか言うからだろ。」
「…倉持って嘘つくのへったくそだよな。」
「……。」
「…で?」
「……はぁ…。なんで俺が巻きこまれてんだよ…。」
「勝手に入って来てくれたのはそっちじゃね?」
「……テメェが沢村に殴られるまで待ってりゃよかった。」
「ひでぇソレ。」


なんか沢村さんにしろ倉持にしろ、皆俺に対して酷くねぇ?
まぁいいけどさ。俺だってたまには傷ついたりすんだぜ。一応。
まぁいいんだけど。


「………、詳しくは俺の口からは言えねぇけどな。」
「うん。」
「沢村の前で軽々しく、死ぬとか殺すとか、そういうことは言うな。」
「……なんで。」
「だから詳しくは言えねぇっつってんだろ。」
「ナニソレ。全然分かんねェし。」
「……お前には関係ねぇことだよ。」


まるで牽制するみたいに、倉持が言う。
だけど俺にとっては、そんなの全然効果が無い。
普段は…そうだな。関わるなって言われたら面倒なことは放って引き下がるのが俺だけど。

(死ぬ、とか。殺す、とか?)
少しだけ考えを巡らせてみると、ふと行き着いた考察。


「…トラウマ、とか。」
「…、っ、」
「あ、図星?」
「…御幸、テメェ、」


ははっ、倉持ってマジ、正直っつーか、なんつーか。
いい奴なんだよなァ。ほーんと。


「警察でトラウマ…ね。」
なるほど。


「…御幸、」


そんな俺に、倉持が睨むように視線を向けて来るのを受け流す。狭い室内に二人、ただお互い無言で立ち尽くす時間が数秒だけ流れた。短い時間だったけれど、ゆっくりと考えを巡らせる俺の横で、倉持が居心地悪そうに時折動く気配だけを感じた。カチコチとアナログの時間が無機質に音を刻むだけの、狭い室内。
さっきまで座っていた椅子は、随分離れた所まで蹴り飛ばされていた。


「ま、とりあえず俺は帰るかな。」


沢村さんに宜しく伝えといて、と言う言葉に返答は返って来なかった。



「…御幸。」


余計なことはするなと言外に含まれた自分の名前を聴きながら、倉持の横を通り過ぎてからヒラリと片手を振り返す。
ひらひら。ひらひら。
重さの無いそれは宙を舞う。


(どうするか…。)


沢村さん。
アンタはもしかしたら気付いてねぇかもしんねぇけど、アンタに拒絶されればされるほど、もっともっとアンタのことが知りたくなって行くんだよ。


「さて、捕まるのはどっちかな。」


さっき拝借した銀色の輪っかをくるりと指に引っかけて回すと、シャラシャラと金属の擦れる細い響きだけが静かな廊下に響いていた。






***
楔名様に捧げます。
“沢村さんが振り回されすぎて、とうとう堪忍袋の緒がきれちゃって「いい加減にしろよ、ガキ」とマジギレでマウントポジションとっちゃう”射撃手パロの御沢…だったんです、が…!
り、リクエストに添えていない気がソワソワします…;;
あわわわ…!折角素敵なリクエスト頂いたのに実現力乏しくてすみません…!
相変わらずケンカップル…!久々に楽しく御沢書かせて頂きました…!
本当に駄文クオリティで申し訳ないのですが、お礼と感謝と愛は沢山込めて。
いつも素敵な癒しを下さる楔名様。本当にありがとうございます。大好きです!


そして、「沢村のトラウマ」とか、手錠の行方とか…。いろいろと分かりやすく伏線が張ってあるのでそちらもまたゆっくりとですが回収して行けたらいいなと思っておりますので、その際にはまたお付き合い抱けると嬉しいです…!



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