捕食者のトラスト | ナノ

捕食者のトラスト



*注意:沢村は出てきません
御幸×行きずりの女です
御幸がただの遊び人
苦手な方はご注意ください







カーテンの隙間から漏れる朝日は嫌いだ。
なんだか、見えない部分、隠したい部分まで全て暴かれているような、そんな奇妙な気持ちになる。
実際。人に言えない隠し事なんかそれこそ山のようにありすぎて、どれが隠し事なのかさえ分かんねぇくらいなのにさ。おかしな話だ。
ほんとに。


「………一也?起きてるの?」


少し離れたところにあるベッドで衣擦れの音がしたと思って視線をやると、そこには昨夜見たときと変わらない顔でほんの少し髪に寝乱れた跡だけ残した女の姿。
お世辞にも薄いとは言えない化粧の施されたその顔は、昨夜見た時より若干その塗装が剥がれても女の顔は相変わらず小綺麗なままだった。落ちたルージュの引かれていた形のいい唇が俺の名前を呟く。名前教えたっけ?…どうだっけ。忘れた。ベッドの中でせがまれて、口にしたような気がしないでも無い。

それにしても声をかけられたときから、これは当たりクジかな…と思ってたけど、その予感は間違っていなかったらしい。
ホント俺って、引きがいいんだよな。こういうことだと特に。

一度だけ体の中に取り入れた紫煙を吐き出しながら、ふと人差し指と中指に挟んでいた煙草をくるくると回すと、女の方を向く。「煙草苦手なヒト?」問い掛けには答えはなく、腰まである緩いウェーブのかかった髪をかきあげた女はベッドからスッと立ち上がると、昨夜着ていたものを剥ぎ取ったままの状態で特に恥じらう様子もなくペタペタと歩いて来ては、窓辺にもたれる俺の手元からそれを奪い取って、にっこりと大人の女の笑みを浮かべた。


「感心しないわねぇ、未成年の喫煙なんて。」
「あっれ、そういうお堅い事言うの。」
「そういう気分なの。」
「なにそれ。大人の女の気まぐれってやつ?」
「そう…大人の女の忠告は素直に聴いておくものよ。」
「ははっ、その“ミセイネン”捕まえてこんなことしてるヒトに言われたくないなー。」
「なーにそれ。かわいくないのね。」


クスクスとつられたように笑う。
一晩だけ、とバーで誘われて、高校生なんだよ俺、と告げたときも確かこんなふうに笑っていた女は、第一印象と変わらず好感の持てるタイプだった。作られたみたいな笑い顔で笑う。打算的で、策略的。
そういう風に立ち回ることを知ってる大人の女は、これだから居心地がいい。だから、利害の一致した効率的な行為は嫌いじゃなかった。

女の吐き出した煙が室内に充満する。独特の香りが残る空気が濃密に凝縮する部屋。裸の女と、煙草の香り。
ミスマッチなのはカーテンからうっすらと漏れる朝を告げる光だけだった。


「……また連絡してもいい?」


ぼんやりとしている間に話し掛けられていたらしい。耳を掠めた声に、聴いてる?と問い掛けられてからやっと気づいた。


「んー…、…どうだろ?」
「煮え切らないわね…もしかして、義理だてする彼女でもいるの?」
「そういうわけじゃねぇんだけど、俺、寝た女とその後関係持つのあんまり好きじゃなくてね。」
「別に気が向いたときでいいのよ?」
「気が向いた時はまた昨日みたいに適当にどうにかするしなー…。」
「あら、酷い男ね。」


肩を竦めた女がそう言いながら息を吐く。
酷いと唇が象ってクスリと笑われたけれど、どうやらそれ以上食い下がる気はないらしい。
その手慣れた様子に、女がどれだけ場数を踏んで来たのか、朧げながらもしっかりと感じとれた。
っていうかオネーサンも随分、酷い女、なんじゃない?
揶揄した意味を込めた視線を向ければ、睫毛の影が落ちる瞳がこちらを向く。ふぅっと吐き出された煙が眼鏡に当たって一瞬視界が途切れた先、さっきよりずっと近くに女の顔があった。


「…高校生っていってたっけ。」
「そうだよ。立派な18歳。」
「18なんて、高三でしょう?もっと子供らしく遊べばいいのに。」
「遊んでるけど?」
「子供らしく、って聞こえなかった?」
「んー。子供だから、かな。」
「子供だから?」


首を傾げた女に、唇を歪めて笑みを作る。


「子供だから、一度ハマったことから抜け出せねぇんだ。」


カーテンの先に一度視線をやって、光の溢れだすその先を見据えた後ふっと視線を戻して暗い室内を見渡した。
薄暗い部屋。安っぽいホテルの部屋で交わる熱は案外好きだった。一時だけの快楽がもたらしてくれる満足感に浸るのにも、それなりの充実感を得ていた。
何かが足りないような、ぽっかり空いた心の隙間は確かにそんな時間が埋めてくれいた。
それなのに。


「…でも、そろそろ終わりかもなァ…。」


この、イケナイ遊び、も。


「…飽きっぽさも唐突さも“子供だから”?」
「そうそう。そういうこと。」
「都合のいい時だけ子供に戻る辺り、酷い男っていうより酷い人、ね。」
「そうそう。俺、性格悪ィの。」
「友達少なそうだものね。」
「んー?コウイウコトして遊んでくれるオネーサンはいっぱいいるけど?」
「…やっぱり子供らしくないわ。」


呆れたように笑われると、返す言葉も無い。
既に女も完全に目が覚めたのか、俺から奪った煙草をゆったりとした仕草で吹かしながら腕を組み直す。
それを横目で無意識に目で追う。カーテンに指を引っかけて少しだけずらすと、もうそろそろ世界も動き出す時間だということをその漏れる光が告げていた。


「次は何をして遊ぶの?」
「さぁ…、…恋でもしてみようかな。」
「恋?」
「そう。恋。」
「……まともな恋が出来そうな顔じゃないわよね。」
「ははっ!ひっでぇのー。」
「現実的なことを言っただけよ?」
「んー…じゃあ、まともじゃない恋でもしようかな。」
「なぁに、それ。」


クスクスと笑われたけれど、それは曖昧に濁しておく。
恋。
恋、ねぇ。

(それって、ちょっとは暇がつぶせるモノ?)

その短い二文字と共に過った強い光を放つ黒に一度瞬きをする。
暗闇の中、女の明るいハニーブラウンだったはずの髪は今は黒に近いように見えた。でもあの人の髪はこんなにふわふわなんかしてなくて、もっと視線だってこんなに低くなかった。それに声も、…ああでも、この強い目だけは似てるかな。
昨夜の薄暗いバーの中で、この相手を射抜くみたいな強い目に惹かれてオーケーしたことを唐突に思い出した。そうだ、この真っ直ぐな目は似てる。獲物を狙う、狩人のような強い目。

ぼうっとしていると、煙草を灰皿に押し付けた女の手がするりと首に回る。
細い腕が首筋をなぞって、絡まる指が頭の後ろで交差する。至近距離に近づいた顔、唇、香り。長い女の髪が体に触れる。柔らかいその体と温度が近づいてきて、真丸な瞳に自分の姿が映った。


「……次、の約束はダメでも、今日はまだ終わってないわよね?」


その目は昨夜見た時と変わらない、強い目。


「子供相手に物好きなオネーサンだね。」
「あら、オネーサンなんてそんな風に呼ばないでくれる?」


ふ、と笑ってその腰に慣れた手付きで腕を回せば、細い腰回りの柔らかい肌の感触が腕に伝わって来る。
吸っていた煙草の香りが、近づけた顔に当たる呼気に混じる。



「名前で呼んで、一也。」



目の前の唇がそう呟くのを見て、ふ、と感じる疑問。

(…あれ、そういえば、この人の名前なんだったっけ?)

けれどそんなことは一切顔に出すことなく、変わりに顔全体に張り付けた笑みを添えてその耳元に声を落とす。


「…じゃあ続きはベッドの中で。」


次の瞬間には世界がまた暗闇に戻って、時間が進むのをやめる。
カーテンの向こうでは朝が来るのに、俺の夜はまだ明ける気配もなかった。


誤魔化すように塞いだ唇の先、一時だけの温度に溺れるフリをしながら考える。
抱きしめた体に感じたのは、微かな違和感。朝日の眩しさに惑わされただけだとそれは頭の隅に追いやってまた、シーツの海に堕ちて行く。



沢村さん。
俺さ、アンタの名前はあの日から一度も忘れたことねぇんだけど。


なんでだろ。
…おかしいな。







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