捕食者のイニシアティブ |
つれないヒト。 いくら俺が誠意を見せてくどき落とそうとしても、まったくもって靡いてくれない。 ほんと、つれないねぇ。 ……ま、そういうところが面白いんだけど! 少しくらい難しい方が、逆に燃えるってもんだろ? ほら、俺って性格悪いらしーし。 「またお前か、不審者…。」 不機嫌です、と顔いっぱいに書いた沢村さんが眉間に深く深く溝を刻んで、署の入口に立っていた俺を、目視と同時に睨みつける。 ボテボテと警察官というにはちょっと気の抜けた歩き方をしながら、そうポツリと呟いたまま俺の隣を通り過ぎようとする沢村さんの袖元を引っ張って引き止めたら、更にその皺が濃くなった。 …うーわ、なにその顔、ゾクゾクすんね。 そんな俺の内心をまるで見透かしたように舌打ちした沢村さんが、思いっきり顔を逸らして腕を振り払おうと大きく揺らす。けど俺は離す気なんてサラサラなかったから、少し強めにその袖を引き寄せて手首を握ると、さすがに沢村さんの目線が俺に戻って来た。 「…離せよ。」 「ね、沢村さん。デートしよ?」 「お前は日本語が通じねぇの?離せっつってんだけど。」 「別にたかろうなんて思ってないよ?」 「…………は、な、せ?」 「…今日もダメなの?」 「今日どころか、未来永劫ダメだ、バーカ。」 口にくわえた棒をくるくる指で弄りながら、沢村さんの鋭い視線が俺を射る。(口から飛び出してる白い棒は、一見するとタバコのようにも見えるけど、タバコの煙が苦手なこの人がくわえてるのは大体棒付きキャンディーだ。) その刺すように細められた双眼に、ゾクリと背中が震える俺って、もしかしてマゾの才能あったりする? …まぁそんなのも、沢村さん限定なんだけど! (それに俺は、好きな子は虐められるより虐めたいしね。) 我ながら悪質な性癖だとは思う。自覚はある。ただ、治すつもりはサラサラないけれど。 「ガキのお遊びに付き合ってる暇は、俺にはねぇんだよ。」 「遊びじゃなくて、俺はいつでも本気だよ?」 「……お前な、そのたち悪い冗談そろそろ辞めねぇと、さすがに温厚な俺もそろそろキレんぞ?」 「……沢村さん、いつも簡単に手が出るくせに…っ痛…!」 言ってる側から、俺の言葉が言い終わらないうちに思いっきり頭を叩かれた。 ったく、これのどこが温厚なんだか。 叩かれた頭を擦りながら沢村さんを見ると、全然悪びれる様子もなく、寧ろ相変わらずのしかめっ面でこっちを見てる顔を目があって、へらりと表情を崩すと、バキンと沢村さんの口の中で棒付きキャンディーがそれはもう盛大に破壊された音が聴こえた。 「いってー…暴力じゃなにも解決しないよ、沢村さん…。」 「ふん。俺は時には武力による制裁も厭わねーんだよ。」 「…警察官の台詞じゃなくねぇ?それ。」 「今はもうオフだし。」 「……。」 「それにな、それを言うならお前の行動も立派な公務執行妨害だぜ?」 「沢村さんもう就業後じゃん。」 「ばっか。俺はいつだって心は警察官としての誇りをだな…。」 「さっきと言ってること違うよ、沢村さん…。」 「……。」 あ、黙った。 この人、都合が悪くなるとすぐ黙るんだよな。 でも、いくらポーカーフェース保とうとしてみても、アンタ結構顔に出てんの、わかってる?絶対わかってねぇだろうけど。 そうやって、俺に何か言いたくて堪らないって顔、俺を言い負かしたくて堪らないって顔…それが俺をどれだけアンタに引き付けんのか、全く、無自覚ってやつはほんと恐いね。 自分よりも随分年の離れた男に対して、可愛いなんて感情持つようになるなんて思わなかった。 自慢じゃないけど、気づけば女には苦労しなかったし、自分から追うことはなくても、追われることはそれなりにあって、相手には不自由しなかったってのに。 「…揚げ足取りみてぇなことするガキ、嫌い。」 俺を見れば、嫌い嫌い寄るな触るな…そんな言葉を投げつけてくる相手。 しかも年上で、男で、警察官。 つらつら上げてみても障害しかない相手だってのに、今まで見てきたどんな人より惹かれてしまうのは、惚れた欲目ってやつかな。 恋は盲目?なにそれとんだ青春じゃねぇの。 (まだまだ青いねェ、俺も。) 乾いた笑いは口の中をジリジリ焦がして痕を残していく。 「沢村さん、」 名前を呼んでも返答は無く、俺の手が緩んだ先からするりと沢村さんが手をすり抜けて、来た時同様横を通り過ぎようとする。 交わらない視線。 その漆黒に見つめられたくて、見つめられたくて。 例えば、そう。 アンタのその瞳に写り込めるなら、それが銃口の先でだって俺は構わないよ。 (ヤバイな、下手すりゃ犯罪者にでもなっちまいそうだ。) 背中を駆け上がる愉悦は酷く甘美に俺を誘う。 さっきまで沢村さんに触れていた手が熱を持って焼け切れてしまいそうだった。 その瞳に捕われたあの日から、俺にはアンタの存在自体が俺には完全なる狂喜。 「沢村さん!」 考え事をしてる間に、いつの間にか少し遠くなってしまった背中に向かって声を張り上げる。 無視されるかな、と思ったけれど、予想に反してその背中がゆっくりと振り返る。 真ん丸の漆黒が俺を真っ直ぐに見つめながら揺らめいた。 「ガキ、は嫌い?」 静かな夜の足音が佇む街をバックに、俺のそんな声が妙にキンと響く。 その問い掛けに、一度視線を逸らした沢村さんが、踵を返してポケットに右手をつっこみながら、ひらりと左手を振った。 ボテボテと、やっぱり最初の時と同じように重たい足取りでその姿が小さくなっていく。 「…嫌いだね。」 呟くような声だったのに、はっきりと聞き取れたその言葉に、ニヤリと笑う。 「…そう。」 (ガキ、は嫌い、ね。) ふぅん、なるほど。 クスリと浮かべた笑みが小さく落ちる。どんどん小さくなっていく背中に届くことなく落ちる。 その背中はもう、俺の方に一度も振り返ることなく遠ざかって、やがて見えなくなった。 沢村さんに付き纏うようになって、誘いのモーションをかけた回数と、こうして背中を追う回数が同じだけ毎回増えていく。 鋭い鞭ばかりじゃなくて、そろそろ甘美な飴だって欲しいんだけど、この人はそんなに甘くはなくて。 でも、だからこそその刺の中に隠された場所に触れてみたいと思っちまうんだけどな。 あの日、沢村さんの声が鼓膜を揺らしたあの瞬間から、俺は沢村さんの虜。 ガキは、嫌。 ……じゃ、俺が男だってことは、別にいいんだ? 揚げ足を取るなと忠告されたばかりではあるけど、生憎俺は沢村さんとは違って、真っ直ぐに生きてはいない。 そもそも、沢村さんから与えられる飴が現状皆無って言っていいくらいなんだから、少しくらい誇張して受け取らねぇと、さすがの俺の心も勇み奮わせらんねぇって話。 「あーあ。片思いってつっれェの。」 クスクスと相変わらず笑い声を漏らしつづけながら呟く。 さて、この多大なる弊害を、どうやって取り除いていこうかな、っと。 取り除くどころか、いっそ破壊? ああ、俺も沢村さんに負けず劣らず、血の気多いのかもしれない。 素っ気ない態度を取られて、その射抜くみたいな鋭い目に睨みつけられるのもそりゃまぁ悪くは無いけど。 (早く落ちてきてくれねぇと、俺だって“時には武力制裁も厭わない”かもしんねぇよ?) …なんて、な。 [TOP] |