コイビネツ |
暑い。 いっそ、恨めしいほどに。 (こんなに暑いだけのものだったっけ…?) 照りつける光は、今日も何一つ容赦は無い。 ギラギラと勇ましいほどの音を立てて、狭い空からまるでピンポイントで攻撃されているみたいだ。 本当に憎らしい。 体の中を食い破りそうなほど荒れ狂うこの熱を冷ます方法を、知っているのなら誰か教えて。 コイビネツ 世の中いろいろなことが上手く行かないもの。 特に東京に出て来てからは自分の不甲斐無さを痛感してばかりで、投げたいのに投げさせて貰えなかったり、投げたいのに投げさせて貰えなかったり、とにかく投げたいのにどうにもならない状況になることが多くて散々。 …でもよくよく考えてみれば、自分の人生で何かが上手くいったことのほうが無い気がして、その考えを打ち消すように心の中で小さく頭を振った。 そして今だって。 「…っ、…サンキュ…、な!降谷!」 バタバタと忙しない足音を立てながら、小柄な体を懸命に揺らして走り去っていく同級の後姿に声をかける前にその背中はどんどん小さくなって、気づいた頃には角を曲がって消えていた。 来た時と同じく、まるで嵐が過ぎるように去っていった彼は今頃全速力で彼の愛しい人のところに向かっているのだろう。 そしてそのお膳立てをしたのは他の誰でもない自分。 したというより、させられたというのか。 させられたというより、やっぱりしたというのか。 (…だってなんとなく、泣き顔は見たくない気がした…から。) 暗かったから分からなかっただけで、もしかしたらもう泣いてたかもしれないけど。 行ってしまった背中の後を目線だけで追う。けど、その先にあったのは真っ暗な空間だけだった。 嵐の過ぎ去った後に残る静けさ。麻痺してしまった孤独感は、人の輪に多少入れなくても感じることは無いが、この中にたった一人身を置く自分はなぜか酷く寂しく感じた。ああそれもこれも、あの煩い同級のせいだ。 残ったのは静けさと自分と、大きなタイヤ。 真昼の太陽に照らされて、熱の残る黒いタイヤ。 “さわむら” ひらがなで書かれた、お世辞にも綺麗とはいえないその文字をなぞれば、じわりとそこから指に熱が伝わってくるみたいだった。 さわむら。 沢村。 (ああ、そうか…。) まるで彼は太陽みたいだから。 周りを照らす、眩しいヒカリ。 東京には、ここには、二つもあるから暑いんだ。 だからこんなに、体の中からじわりじわりと侵食していくみたいに、熱いんだ。 (全部君のせいだよ…。どうしてくれるんだ。) もう今日は戻ってこないであろう彼に恨み言一つ零したら、一緒に溜息も漏れた。 いつも彼と取り合いをするタイヤをその場に置き去りにして走り出しながら、どうにか別のことを考えようと思考をめぐらせる。 けれど二つの太陽に照らされ続けた体の熱は、暫く素直には冷めてくれそうになかった。 暑さもキミも。どっちも両方。) [←] |