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エアロ



馬鹿がつくくらい正直だと、よく言われる。
それは中学時代までもそうだったし、高校になって環境が変わってからもそう。
それが俺のいいところだって、周りの奴らは口をそろえて言う。自分自身のことだから、正直自分じゃ良く分からん。
だけどまぁ、皆が言うならそうなのかもしれないとは思う。思うだけだけど。


でも。


素直じゃないと、御幸はいつも俺に言う。
例えばそうだ。うん。珍しく誰もいない御幸の部屋で二人きりになった時、伸びて来た御幸の腕を振り払って「触んな、」って言ったら、「素直じゃない。」って返って来た一言と小さなため息。
なんでそんなにぽんぽん言えるのか分からないくらい、好きだと連発する御幸の言葉にほぼ反射的に「俺は好きじゃない。」って言えば、「ほんと素直じゃねーな。」って今度は呆れたみたいな笑みが返って来た。

馬鹿がつくくらい正直だって、周りは言う。そしてそれが俺の良いところだって、御幸以外の奴は口々に言う。
だけど御幸は。御幸だけは、俺を素直じゃないって言うわけだ。俺のいいところは“素直なところ”らしいのに、じゃあ御幸は俺のどこがよくて俺の近くにいるんだろうか。


「…沢村さぁ。」
「お?」
「今考えてること全部口に出てること、もしかして気付いてない?」
「んあ!?」
「…やっぱりか。」


同じ部屋に居ながら、漫画を捲ってる俺とスコアブックと睨めっこしてる御幸と、暫く無言でそれぞれの相手と向かい合ってる時に、ぼんやりと思考を飛ばしていたら、どうやら無言でってのは実行出来ていなかったらしい。
その上それに気付かなかったといえば、何だか憐れんだような御幸の目がこっちに向く。…なんだその目は。


「ど、どっから…。」
「お前って、中学どころかそれよりずっと前から全然変わってなさそう。」


……。
…。

最初からじゃねぇか、思いっきり!


「言えよ!もっと早くに!」
「いやぁさ、俺に話しかけてんのかと思ったら、なんか一人でペラペラしゃべり続けてんのが面白くて。つい。」
「うぐぐぐ…!」
「で?まだ続くの?一人モノローグ。」
「続きません!!」
「なんだ、残念。」


パサリと紙が擦れる音がして、口元を愉快そうにニヤつかせた御幸が、持っていたスコアブックを机の上に置く。そのままごろりとベッドに横になって、ベッド脇に積んであった漫画の山に手が届く距離でだらけていた俺の方に近寄って来ては、その近くの床に座り込んだ。
首だけぐいっとそっちの方に向けたら、意外にもこれがちょっと苦しい体勢になる。首だけブリッジ…。上下反転する御幸の顔。
仕方なく頭だけベッドから落としてみる。するとこれが案外しっくりきた。なんか頭に血上りそうだけど。


「ところで沢村、さっきのモノローグの続きだけど。」
「だーから!続かねぇって言ってんだろ。」
「まぁまぁ。」
「何がまぁまぁ…、」
「要するに、俺がお前のどこに惚れてるかっつー話だろ?」


別に要して頂かなくても結構だったんですがね。ええ。
でもどうやら御幸はこの話題を続けるらしい。俺としてはスルーして頂くのが一番の優しさだったっつーのに、まぁ…。
とりあえず持ってた漫画で、御幸との間に壁を作る。本の向こうに完全に隠れて御幸の姿が見えなくなった。


「つーか、素直じゃないとは言った覚えがあるけどさ。」
「あ!」


隠すためにちょっと持ち上げた本は、ひょいっといとも簡単に御幸に奪い去られる。
すぐに何も遮るものが無くなった先に、相変わらず楽しそうな御幸の目線と視線が絡む。


「馬鹿正直を否定したつもりはねぇんだけど?」
「…それはどういう…。」
「素直じゃねぇけど、死ぬほど分かりやすいんだって。お前。」


首をちょっとだけ傾げる俺の頬に、御幸の手が伸びて来る。起きあがろうにもちょっと力が足りなくて…っつーか、変な体勢でいるせいで、ほんの少しだけ顔に触れる御幸の手の力に俺の腹筋は簡単に敗戦して、起きたがりたくても起きあがれなくなった。伸びて来た手が頬に触れて、そのまま目じりまでゆっくりとその手が伸びる。
くすぐるように撫でるその手が妙に熱くて、せめてもと視線を逸らしてみるものの、すぐ近くでじっと見られてるのを感じるのは避けられない。


「普段、馬鹿が付くほど正直なお前が、俺の前だけじゃ意地張って見せてんのがまるわかりでさ。そんな可愛いところ見せられて、落ちない男はいねぇって。」
「可愛くねぇ、し!」
「可愛い可愛い。ほらそうやって、怒った声しながら、顔は嬉しそうだし。」
「嬉しくもねー!!勘違い!それ勘違い!」


とりあえず顔を左右に振ってみたら、案外簡単に御幸の手ががれた。
呆気なさに少しだけ目を見開いてみると、その先にあったニヤニヤ口角を持ち上げる御幸のどこか不穏さを感じさせる笑み。


「恋愛ってのは、他との差別化から始まるんだぜ?沢村。」
「あ…?」
「ガキみてぇに馬鹿正直に誰にも懐いてみせるお前が、必死に俺だけには噛みついてくるのが、正直すっげークる。」


だからこいつは一体なんでこんなことを恥ずかしげも無く言えるのか。
思わず固まった後に一気に腹筋フル稼働で体を起こせば、上半身を一気に起きあがらせる。そのまま御幸に背中を向けた状態でベッドの上に座っていると、それでもこの距離で御幸が逃してくれるはずもなく。


「…っ、」
「まぁ、たまには素直になってくれてもいーのになーと思わないでもねーけど。」


後ろから首元に腕が回って、ずっしりとした重みを感じる。心臓が煩い。俺はこういう雰囲気が正直一番苦手だ。
さっきまであったはずの距離が一気に縮まる。物理的にも、精神的にも。御幸の体温とか感じる重さかから、御幸の存在が全部伝わって来て、空気が圧縮されるみたいな感覚。心臓が煩い。触ってる御幸にもきっと、聴こえてる。
首筋に腕を回して俺の手の前で組み合わせた御幸が、すりっと首元に顔を寄せる。そのくすぐったさに身を捩ったら、ちゅ、っとあからさまに音を立ててうなじに吸いつかれた。ビクリと背中が震える。それに御幸がまた、小さく笑う。


「や、め…!」
「お前が俺のこと好きーってのは、お前の全身から充分伝わってるから、どーぞご安心を。」


見えねぇのに、すっげぇクソムカツク笑顔浮かべてんだろうなってことが分かるような声音に、俺はもう押し黙るしかない。
自意識過剰もここまでくれば立派なもんだ。


「誰がアンタのことなんか…!」


叫ぼうとした言葉が途中で途切れて、変わりに小さく、「…ホントムカツク…。」と一言ぽつりと落としたら、目の前の手がゆっくりと俺の顎を掴んで上を向かせられる。さっきと同じ角度で、だけどもっとさっきより近い距離で、御幸と視線が絡む。


「お前ってホント、素直じゃねぇの。」


そういって近づいてきた顔に、観念して目を伏せる。
ゆっくりと重なった唇の熱を感じながら、こっそり後ろ手に御幸の服の裾を掴む。


(………安心していいんだろ。)


とりあえず。
どうやら言わなくても伝わってるらしいので、その言葉に甘えるとして。
好きだと告げることは出来ない変わりに、ぎゅっと僅かな力を込めて拳を握りしめた。






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