09 | ナノ

09



願いというものは、願い続ければいつか必ず叶うものである。

そう俺は今、ひしひし感じてる。
ぶるぶると体を歓喜に震わせて、声にならない言葉を噛みしめる。何度!この日を!夢見た!ことか!
…まぁ正直俺って一回寝ると完全に爆睡モードに入って夢どころじゃねぇから、実際に夢に見たことはないんだけども。
そういうことじゃない。例えだ。物のたとえ!言葉のあや!よく分からんがそういう感じの何か!


「やっと…辿り着いた…。」


今なら俺は、冒険家の気持ちが死ぬほどよく分かる。


「よかったよかった。オメデトウ。」
「気持ち!込めろ気持ち!」
「オメデトウ。」
「ぬおおお…!!なんかむかつくけどまぁ今はいい!」


だって。そう。漸く念願の、だ。


「久々の、学校!」


ビシッと前方を指させば、そびえ立つ校舎。今回は既に校門も通過済みだから、校門での遅刻者チェックに引っ掛かることも無い。あとは押してるチャリを停めて教室に向かうだけ。道中ここまで平和…とまでは行かないけど、何とか何事も無くやってこれた。今日はいい日だ。そして今日から先もきっといい日が続く。通り抜ける爽やかな朝の風を受けて佇んでいると、なぜか何の根拠も無しにそう思った。


「学校…ねぇ…。」
「なんだ、羨ましいか。御幸!」
「いや別に羨ましくはねぇけど……よくもまぁ、こんな狭いとこにぎゅうぎゅう詰められて大人しくしてられんなーと思って。」
「それが学校の醍醐味なんだよ。」
「人間ってよくわかんねーなー。…ドMばっかなの?」
「ストップ無意味な偏見!」


ちょっと声が大きく鳴りかけて、慌てて口を片手で塞ぐ。あぶねーあぶねー…。またここでも不審者認定されるところだった。そういやこいつ、他の奴には見えねぇんだよな…。ポテポテ後ろから歩いてくる御幸をちらりと見てから、周りに視線を巡らせる。飛び交う朝の挨拶が妙に心地良い。それにしても俺はこんなに学校が好きな優等生だったのか。…つーかまぁ、あまりにも色々あり過ぎて、こういう普通の日常が恋しかったってのが大きいのかもしれない。
ぶつぶつ言いながら俺の後ろで相変わらず大欠伸かましてる御幸のことは一時忘れるとして、今日は久しぶりの学校生活を謳歌しようと決めた。


「御幸、御幸。」
「…なーに。」
「お前今日俺に絶対話かけんなよ!俺いろいろ忘れてお前と普通に話ちまいそうだから!」
「……それ自分で残念な発言してるって気付いてる?沢村…。」
「い、い、か、ら!分かったな!主人命令!」
「確かにお前に使役されてやってはいるけど、立場的には俺のが上なんだけどなー…。」
「だーもー!いいから!」
「…仕方ねーな…。」


わかったよ、と頷く御幸が、なんだか残念なものを見る目で俺の方を見てたけど、それは気付かないフリをしてへらりと笑う。


「ボケボケして喰われんなよ?」
「誰が喰われるか!」


くわっと噛みつくように言い返せば、御幸が肩を竦める。
こんな風に俺はナチュラルに御幸のことが見えてるからいいけど、御幸は俺以外の奴には見えないわけで…。久々に学校に来て、独り言喋る頭がおかしなやつになっちまったなんて流石に思われたくはない。
こそこそと小さな声で相変わらず偉そうな妖にもう一度だけ釘をさして、頷くのを確認すると、いざ自転車小屋へと向かう。
朝のラッシュ前の自転車小屋はいつもより随分と空いていて、楽々停める事が出来た。本当に絶好調だ。今日。
ほくほくとした気持ちでカゴにいれた鞄を引っかけると、もう一度爽やかな朝の風を一気に肺に取り込んだ。絶好調過ぎて逆に怖いくらいだけど、今まで波乱万丈過ぎたわけだから、これくらい普通の平穏があっても許されるはず。
まだ始業まで時間があるから、あまり人も多くは無い校舎の一角。引っかけた鞄をぶらぶらしながら校舎に向かって歩いていると、時折何人か同じように自転車を押していく人とすれ違う。


「沢村…?」


するとその中の一人に名前を呼ばれて顔を上げた。
一瞬どこから呼ばれてるのか分からなくてきょろりと辺りを見渡せば、前方少し離れたところに見知った顔を見つける。自転車を押しながら、呆然とした顔でこっちを見ているその人物を認識して、思わず反射的に駆け足で近寄った。


「東条!」


見つけた人物の名前を、反射的に叫ぶ。
バタバタ音を立てて地面を蹴ると、砂埃が少しだけ舞う。登校してきたばかりの相手が、どこか狐につままれたみたいな顔をしているのに首を傾げながら笑みを浮かべると、少ししてその顔がいつも通り穏やかに微笑みを浮かべた。


「やっぱり沢村だ。」


人好きのする柔らかい笑みを浮かべた東条が、ふっと息を吐いて笑う。
そのどこか安心するような空気につられるように俺も笑い返せば、自転車をその場にゆっくりと停めた東条と向き合った。久々に見るクラブメイトは何も変わらず(まぁ、たった数日しか経ってないんだから当たり前といえば当たり前だけど)、俺をどこか観察するように頭のてっぺんから下まで眺め見て、不思議そうに緩く首を捻る。その柔らかさすら感じる仕草に、朝からどこかほっとしたような気分に包まれた。


「事故に遭ったって聞いたけど、もう大丈夫なの?」
「あ…、えっと、お、おう!もう全然平気!この通り!」
「学校も来ないから、みんな心配してたんだよ。沢村のクラスじゃ結構騒ぎになってたって金丸が言ってたし。」
「げ。マジで…?」


なんてことだ。まさかの有名人フラグ俺。
いやー、参ったな俺!あんまり大事にはしたくなかったんだけどな!俺!わははは、でもこればっかりは仕方ねぇな!


「なんか結局、“まぁ沢村だし大丈夫じゃね?”って話に落ち付いて収束した、とも聞いたけど。」
「…。」


あれ。なんか俺ちょっと可哀想じゃね?あれ?気のせい?
俺実際死にかけたんですけど。つーか、一回死んだんですけど。その上なんか疫病神とりついたし。結構可哀想な目に…あってる…はずなのに…この扱い。
背後で御幸が笑いをこらえるのが分かったけど、ぶはっと音がしたからまるわかりだ。隠すならもっと隠せ馬鹿妖。


「まぁ、何とも無さそうで良かったよ。」
「おう…。」


なんとも微妙な心境だったけど、東条には何の責任も無いし、実際心配してくれたらしいってのは素直に嬉しかったから、とりあえず一度大きく頷いた。

(あ、そういえば…!)

ふと、そんな東条を見ながら大切なことを思い出す。


「そういえば東条、俺にメールくれてたよな…!」
「ああ…うん、そうだね。」
「悪い!あれ、ちゃんと見たんだけど、俺あの日ちょっと返せなくて…!」


実際にはカゴメ歌の事件云々があったあと、家に返って死んだように爆睡しちまったんだけど。
御幸いわく、“願い事”には随分体力とか精神力とかを使うらしい。御幸に助けろってまた性懲りにも無く頼んだ俺は、1回目と同様にすぐ電池が切れたみたいに眠っちまったらしい。
だからメールは確認したものの、次に俺が目を覚ましたのはカーテンの隙間から朝日が漏れる素敵な朝だった。もちろん返信は出来て無い。
あまりにも申し訳なくて伺うように東条を見てなんて言おうかと言葉を探っていると、その顔に笑みを浮かべたままの東条がゆっくりと口元を緩める。


「別に気にしなくてもいいよ。心配でちょっとメールしてみただけだから。」


何も無いならそれが何より、と、微笑む東条が天使に見える。なんだ東条お前天使だったのか。そうなのか。知らんかった。


「東条…!」


感極まってちょっと拝みそうになるのをなんとか留める。ホント…前々から思ってたけど東条っていいやつだよな。なんつーか、無条件に良いヤツだ…。今回のことでそれを更にひしひしと感じる。
最近悪魔みたいな性格のやつとばっかり話してたせいだからか、なんか心が洗われる思いだ。うん。
どっかの誰かさんに爪の垢煎じて飲ませてやりてーもんだ…。うん。


「…悪魔と天使…。」
「だーれが悪魔だって?」


思わずぽつりと落とした呟きに、後ろから低い声が聴こえる。なんだ、反応するってことは自覚あんのか。御幸。
ふふん、と一度振り返って見た御幸を鼻で笑う。流石に声は出せないから視線だけで、お前のことだって御幸に呟いてからすぐに逸らした。
つーか、話かけんなっつっただろ。何初っ端から普通にひょっこり出てきちゃってんの、お前。


「……沢村?」


そんな俺に不思議そうにする東条に慌てて向き直って、なんでもない、と首をぶんぶん振ったら、クスリと小さく笑われる。


「まぁ、元気そうで良かったよ。」
「おう!今日から部活も再会すっから!また宜しくな!」
「とりあえずは、休んでた分の授業頑張れ。」
「…それは言うな…。」


クスクス笑う東条の現実を見た言葉に肩を落とす。…そうだ、俺にはまだ地獄が待っていた…。
1週間以上の空白を考えると気が重い。元々俺は、お世辞にも勉強が出来る方ではないってのに。
肩を落として重く息を吐くと、頭の上で小さく笑われる音がした。


「じゃあ俺、チャリ置いてくるから。」
「ん…また放課後な。」
「うん。また後で。」


とりあえず色々諸々は置いといて一度にっと笑みを向けた後、チャリ小屋に向かう東条の横をスルリと抜ける。
けれど通り過ぎる時に僅かになびいた風が間を吹き抜け、一歩踏み出した瞬間、ザリッと横で大きく砂を踏みつける音がした。


「………沢村?」
「え?」


何故か再び、呼びとめられて振り向く。
そこには、チャリのハンドルに両手を添えて、こっちを見る東条の顔。
その目が僅かに見張られていて、首を傾げる。

…?なんだ?


「どうかしたか?」


問いかければ、ハッとしたようにすぐにまたいつも通りの穏やかな表情に戻る。
さっきまでの顔が見間違いだったかのように、それは何ら変わらないいつも通りの東条だった。


「…ううん。なんでもない。」


ふるりと一度首を振る。じゃあまたあとで、と手を振られて、思わず振り返す。
なんだ、と、浮かんだ疑問がもやもやと心に少しだけ霧をかける。
そんな俺の心の中を見透かしたような笑みを浮かべながら、俺が再度問いかける隙を埋めるみたいにもう一度東条がどこか念を押すように呟いた。


「なんでもないよ。」









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