08 | ナノ

08



人のように睡眠を必要としない妖にとって、太陽が昇って再び上がってくるまでの時間は、案外長い。
人の世は短く儚いものだとは思うけど、1日という単位は案外時間を持て余すもんだ。
人間に干渉するのは酷く久しぶりだけど、時間の流れはいつの時代でも変わらない。一人過ごす長い夜も、暗いのに完全には闇にはならない人の世の夜の不思議な空も、何一つ。

夜空を照らす月が、今日も綺麗だ。

小さく息を吐いて窓からぼんやりと外を見ていると、モゾモゾと背後で何かが動く。
振り返って見てみれば、どうやら沢村が寝返りを打ったらしい。これで何回目なのか。まだコイツが寝て数時間しか経ってないってのに、沢村は寝てても起きても騒々しい。
むにゃむにゃと、ガキみたいな顔がよく分かんねぇけどだらしなくふにゃりと歪む。それを見てるとなんだか笑えた。

(ガキみたい、っつーか、こいつはガキだな。ただの。)

なんでまた俺はこんなガキに呼ばれてホイホイついて来てしまったのか。
分からない。気まぐれだ。もう人間に干渉するのはやめようと思っていたのに。
御幸、と、あまりにも久しぶりに呼ぶその声が、妙に耳に気持ち良く響いたからかもしれない。たったそれだけの理由。

寝ている沢村の方にゆっくりと近づくと、何とも言えない独特の気配を感じる。妖は、自分より強い力に惹かれる生き物だ。
だからこそ、沢村みたいな人間はそういう人外の生き物にとっては格好の獲物。霊感が強い、と人間の間では言うらしいけど、霊なんて俺からしてみればまだまだ可愛らしいもので。もっと性質の悪いもんは、それこそ山ほどいる。
そんな中で、沢村みたいなやつが今まで何事もなく生きてきたってのは、実際奇跡に近い。まぁ、その力の大半を俺が奪っちまったおかげでもあるんだけど。


「…背中に肉背負って猛獣の群れに放りこまれるようなもんだぜ。」


そんな沢村を想像したらなんだかアホな絵面過ぎて、思わず思いっきり口から笑いが漏れた。
…アホにはアホっぽいことが似合うもんだ。


「…こんな美味そうな匂いさせて…さぁ…。」


近づいて、ベッドに手をついて、その無防備な体に身を寄せる。ギシッとその手の下でスプリングが軋んだ。そんな俺のしてることにも気付かず、暢気に大口開けて眠る沢村を見てるとなんだか急に毒気を抜かれて、一度前髪を指に絡めた後、体を離して息を吐いた。
こんなやつ、喰おうと思えはいつでも喰える。それくらい沢村は、無自覚無防備無頓着の三拍子。
力を失っている時と今は違う。自覚していない時と、今も。
沢村には言ってないことがまだいくつかあるけど、それを全て告げたところでこの馬鹿が理解するとも思わないから、説明も面倒だしまぁ今はいいか、と思ったりもして。あんまりよくねぇこともあるけど、…それはまぁその時だ。


「いくら俺がスゲー妖だつっても、守ってやれるのにも限界あんだからな。」


実際今日はカゴメ歌に掻っ攫われちまったわけで。
あんな群れることしか出来ない小物に出し抜かれたなんて、ちょっと俺のプライドに傷が付いたのは秘密。


沢村の中にある力は強大だ。
その力事態もだけど、その力が泉みたいに溢れる力の源泉みたいなものが体の中を巡ってるもんだから、更に妖を強く引き寄せる。10年前、確かに俺は沢村の力の大半を喰った。それなのに10年やそこらでまた俺レベルの妖を引っ張って来るくらいに力を回復させるなんて、ちょっと尋常じゃない。
妖には毒と言ってもいい。その、破魔の力。けれど、毒とは逆にいえば禁忌の果実だ。触れてはいけないものだからこそ、触れたくなる。相反するものだからこそ、欲しくなる。手を伸ばしてしまう。人間よりも妖ってのは随分と欲望に忠実に生きてるもんだから、欲しいと思えば、ただその欲求だけが行動の全てになる。
低級になればなるほど、その存在は欲求の塊だ。力を持っていても、その使い方を知らない沢村にとって例え人の世だとしても本来なら安寧の地などどこにも無い。そんなことを言えばこの子供はきっと不安に思うだろう。だから敢えて言わない。沢村は俺に全てを話せと言って来るけど、知らなくてもいいことというのは確かに存在する。


ふと顔を上げると、沢村の近くにふわふわと宙に浮かぶ黒い塊が目に入る。
どこから入りこんだのか。言葉を離すことどころか、明確な姿さえ持たないくらいの低級レベルの妖。そんな存在でも一丁前に、沢村の力に惹かれて空中を漂う。


「あんまこいつに近づかねぇほうがいいぜ?」


パチン、と小さく指を鳴らせば、一瞬で影は消える。…それにしてもどこから入ったんだ、こいつ。
沢村の周り…この家くらいは俺の力で見張ってるはずなのに。元々家の中に居た影か。


「…害が無くても、消しちまうから。」


既に消えた影に、言葉は届かない。元々影は言葉を話すなんて知能は持ち合わせていないけれど。
ったく本当、油断も隙も無い。
小さく、息を吐く。妖の行動が活発化する夜の時間はまだまだ終わらない。


「なんなんだろーな、コイツ。」


その体の中に、得体のしれない化け物レベルの力を持つ人間のガキ。きっと本人は自分のことに一切自覚がない。
そんなガキに呼び出されて、本来なら縛られることが嫌いなはずの俺が、人間に使役されてるなんてどんな状況だ。全く。

こんな子供一人、喰おうと思えばいつでも喰える。
だけどすぐにそうしないのは、一体どこの気が振れたんだか。
ちょっとだけ、コイツに付き合うのも面白ぇかも、と思ってしまったのは多分、闇の中でもなぜかはっきりと見えたその漆黒の瞳に惹かれたから。それがこいつの力に惹かれる俺の妖としての性なのか、…それとも俺自身のことなのかは、分からないけども。


「…まぁ、もうちょっと付き合ってやるのも悪くねぇか。」


そう呟いて外を見ると、まだその闇の中にはぽっかりと月が浮かんでいて、まだまだ夜明けまで時間がありそうだった。
もぞり、と再び沢村が動く。本当に騒がしいやつだ。むにゃむにゃと、意味の分からない寝言のようなものをぼんやりと喋る。




「…綺麗だよな。」






月。
………とか。



そうぼんやりと呟いた言葉が、沢村の寝息だけが響く室内に小さく落ちて誰の耳にも届くことなくゆっくりと溶けて消えた。








[TOP]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -