雨音 | ナノ

雨音



しとしと、しとしと。


(…雨?)


半分意識がどっかに飛んでいた授業中(決して居眠りではない)ふと窓の外に目をやると、薄暗い雲に覆われた空から透明な雫が落ちてきて、茶色いグラウンドに一つ二つと染みを作って行く。
最初こそ小さかったその染みも、どんどん上から重なっていくたびに大きなものになって、ポツリポツリだった雨はすぐに大粒に変わって、音もザァァァ…という風流のカケラもないような音に変わっていった。


(あらま。こりゃ、今日はグラウンド使えねぇな…。)


まぁ丁度いい。
話したいこともあったし、今日辺り投手捕手でミーティングでもするか。降谷はきっとまた寝てるだろうけど、アイツはまぁいい。問題はこの間の練習試合で二人で5失点だった投手陣二人だ。当番経験が浅いとはいえ秋大も近い。時間にそこまでの余裕はねぇし、本腰入れて調整していかないと。そんで沢村はー…。


(沢村…ねぇ…。)


沢村も降谷も1年の夏からの豊富といっていいほどの試合経験で他のヤツラより頭一個分抜けてるのは事実だけど、まだまだ二人とも荒削り。夏が終わって本格的に新チームで動き出した今も課題は多いし、これからに向けてまだまだ教えることも努力して貰わないといけないことも多いから、時間に余裕なんてない。そんなこと本人達が一番よく分かってると思うからそこまでうるさくは言わねぇ。…そんなことを考えてたら頭に過ぎるのは、ライトすらない真っ暗な校庭で必死にタイヤを引き続けていたバカの姿。


成長途中のまだ貧弱な体に似合わないほどのタイヤを率いて、ただ真直ぐに前だけ見て走り続けるその背中に小さなエースを見たのはまだ最近の話だ。
あれからそんなに月日は経っていないはずなのに、なぜかどこか懐かしい気がする。

本当に月日の流れは、感じ方に全くもって比例しない。
ついこの前後輩が出来たかと思えば、もう季節は秋になろうとしてるし。
夏が終わってだいぶ経つような気がするのに、実際まだ1ヶ月くらいしか経ってない。


(アイツはまた今日も雨の中走ろうとしたりすんのかね。)


くるくるとペンを指先に引っ掛けて回しながら、まだ降り続ける外の雨を目で追う。まだ空は妙に重圧感のある重そうな灰色の雲が敷き詰められたまま。こりゃ当分雨は止みそうにねぇな。

練習が出来ない!と騒ぐ沢村を見ているのは面白い。あんまりうるさいと面倒だけど。
室内練習場で今日もまた球を受けろと俺の名前を呼ぶんだろうか。
練習が終わればまた誰かが止めないと一人で突っ走っていったりするんだろうか。まぁ最近は前ほどの無鉄砲さはなくなったとはいえ、フラストレーションがたまってる時の沢村は何するかわかんねぇからやっぱりちょっと目が離せない。

バカの思考回路はバカにしかわかんねぇって言うけど、アイツに会ってそれを嫌ってほど思い知った。
分かりやす過ぎるくせに突拍子もなくて、真直ぐに見えるのに全然構えたところに着地しない。本当に厄介。



(…で、何で俺はこんなにあのバカのことばっかり考えてるんだか。)



時計に目をやれば、既に授業終了間まで残り10分を切っていた。
残念ながら淡々と流れる先生の声は全く耳に残っておらず、珍しくノートも真っ白。もうこれは後で誰かにヘルプを頼むしかねぇな。ぎっしり埋まった黒板を見て諦めに徹して持っていたシャーペンをテーブルに置いた。




早く雨が上がればいい。
おかしなことを考えるのも、お陰でノートが真っ白なのも、雨が妙にアイツを思い出させるからだ。



(なぁ、お前は今何考えてんの。)







…やっぱり見上げた空はモヤモヤとしたままで、当分雨は上がってくれそうになかった。





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