ロリーポップの行方 | ナノ

ロリーポップの行方



*後日談:番外編01より少し前の話。
番外編05を読んだ後の閲覧をお勧めします。



昔のことを、思い出したくないと言えば嘘になる。

御幸は今の俺との時間が大事だと言ってくれたし、それを疑うわけでも不安に思うわけでもないけど、御幸と昔の話が出来たら楽しいだろうなと思わないこともない。
まぁ、別に無いなら無いでいいんだけど、あったら楽しいかもなー…ってくらい。
別に深刻に考えてるってわけでもない。生活する上では別に困らねぇし。
俺ってこういうところ、結構考え無し。自分が納得してればそれでいいって感じ。思えば御幸と会った時もそうだった。あんな見ず知らずの他人、いくら息子疑惑がかかっていようと部屋に上げてその上生活させるなんて、普通に考えれば確かに異常だったかもしれない。でも俺の中では結構納得していて、それはそれだった。

だから、記憶が無い事に対して特に思い悩んだりしたことはなかった。記憶ってのは所詮脳神経の問題だから(シナプス?だっけ?)、刺激されりゃ思い出すこともあるってことで、御幸と生活してると時折デジャヴみたいに、「あれ、これどこかで同じようなことあったかも。」って思うこともたまにあるし、御幸がたまに古いアルバムでも開くみたいに俺の知らない話をしてくれることもあったけど、気にやんだりとか、気を使ったりすることも無い。御幸も俺に昔のことを思い出すことを強要したりもしないから、そういう今の関係が俺は心地いいし、満足してる。


「御幸ー。それ終わったら買い出し行ける?」
「うん。大丈夫だけど…その前に沢村さん、俺の財布どこ行ったか知らない?」
「はー?財布ー?」


ひょこりと寝室からリビングの方に顔を出せば、何やら思案顔のイケメンが一人。うーん…、と唸りながら眉を寄せて部屋中忙しなく視線を泳がせていた。
美人は3日で飽きると聞いたことがあるけど、御幸と出会って結構経っても、未だこういうところを見ると「整ってる顔だよなぁ…。」と感心する。ちなみに全身弄くり回されてた御幸だけど、顔を作ったことは無いらしい。あまりにもイケメンだったもんだから前に超ド級ストレートで聞いてみたら教えてくれた。
…が、そんな風に小奇麗な顔の作りしてる御幸は、細かいところに気が付きそうに見えて、案外大雑把だ。引越しのごたごたで部屋にはまだ段ボールが散乱してるとはいえ、だいぶ片付いて来た部屋の中で、こうして俺によくモノを無くして問いかけてくる。確か昨日は携帯、その前は眼鏡、後は手帳だったりやっぱり携帯だったり…そんで今日はついに財布か。


「お前昨日どっか出てたっけ?」
「んー…夕方コンビニには行ったけど…それくらい?」
「それ俺もついて行ったやつか。」
「というか、沢村さんのプリン買いに行ったんだけどね。主には。」
「……。」


首を傾げて問いかけると、クスクスと御幸が笑いながら言葉を返して来る。
10近く年が離れてるってのに、こういう時はなぜか御幸の方がずっと大人びて見えてちょっとだけばつが悪い。なんだ、三十路どころかそろそろアラフォー目前見えた男が甘党だったら何か悪いわけ。世間にご迷惑おかけしてるわけ?ちょっとコンビニスイーツに目が無いだけじゃねぇの。


「…寝室じゃね?」
「そうだっけ…。」
「お前さー…、物すぐぽんぽん置くのやめろよなー。まだ家の中だからいいけど、いつか本当にどっか外で落とし物しても知らねーぞ?」
「うん、ごめんなさい。」


反省してんのかしてないのか。にっこりと笑う眼鏡の奥の切れ長の目はそれはもう綺麗な笑みの形に象られていて、よく分からん。
仕方なく一度ため息をついて、さっきまでいた寝室に戻る。最近じゃ俺が休みになると適当な時間に起きてから、こうして1日かけて二人で新しい部屋の片づけをする。結局仕事は続けてるけど、溜まりに溜まった有給を上手く使って半休とったりもして、二人で買い物に行ったり…生活するってのは以外に物入りで、引越し当初は殺風景だったワンフロアも今では幾度か重ねた買い物や掃除によって、漸く人が生活出来るような部屋に整備されていた。
前に住んでいた家に比べれば狭い我が家だけど、二人で暮らすには充分な広さがある。
ダブルベッド一つ中央に置いた寝室も、物で溢れるとまでは言わないけど、ああだこうだ言いながら買いこんだ生活雑貨で今は溢れていてそれがまだなんだかくすぐったい。
きょろりと辺りを見渡せば、ベッドの近くに置いてある棚の上に見覚えのある物体を発見。


「…あんじゃん…。」


手にとってみれば、それは紛れもなく御幸の財布だった。なんでこんな分かりやすい所に置いて忘れるかなアイツは…。
まぁ、携帯にしろ財布にしろ、御幸にとっては最近まで携帯するって習慣がなかったもののはずだから、仕方が無いのかもしれないけど。
掴んだ財布を手の中でぽんぽん何度か軽く投げながら、御幸ー、と、リビングの方に向かって声を張り上げると、すぐにひょっこりとドアの隙間から顔が覗いた。


「もしかして、あった?」
「あった。普通に。」
「ゴメンゴメン。帰って来ておいたから、リビングの方だと思ったんだけどなー…。」
「もういっそ首から下げとくか?携帯と一緒に。」
「それは勘弁して。」


ケラケラからかうように笑いながら、近づいてきた御幸に財布を渡す。
そんな俺をどこか不満そうに眉を寄せて見下ろしつつ財布を受け取った御幸が小さく息を吐いた。
俺のことをすぐ子供扱いして来るのに、こうして俺が逆のことを御幸にすると結構目に見えて不機嫌そうになる。こういうところは案外子供っぽい。しかもわかりやすい。本人気付いてるかどうか知らねぇけど。
どうやら御幸は、俺が思ってる異常に年の差的なものを気にしてるのかもしれない。でもこいつ最初に会った時18とかなんとか言って子供の顔して近付いて来やがったんだけども。


「もう無くすなよ。」
「…気を付ける。」


財布を握った御幸の手元を見つつそう言うと、何だか頼りない返事が返って来る。
それに肩を竦めているとその御幸の手元からひらりと何かが落ちた。


「…?なんか落ちたけど…。」


ひらひらと床に落ちてくそれを反射的に目で追って、しゃがみ込む。紙切れ?なんだ?
床に落ちた紙切れを手に取って見ると、それはなんだかずいぶんと古そうだった。端の方なんか妙にヨレてて、なんつーか、年季が入ってるっていうか…。
ぺらりと裏返してみれば、よく見るとこれって、紙切れじゃなくて…。


「…絆創膏?」
「…!」


俺が口にした瞬間、凄い勢いで手元からそれを奪い取られた。
あまりにも突然なことに、驚きすぎて何が起きたのか理解出来ないまま、目をパチクリさせる。え?と思わず漏れた呟きの先、もっとびっくりしたのは、見たこともないくらい顔を真っ赤にした御幸がいたことだ。
手に持っていたはずの絆創膏がいつの間にか無くなっている。考えるまでも無く御幸に盗られたんだと思う。全くもってその残像すら見えなかったけど。
目をぱちくりしてその状況にどう反応していいのか困っていると、妙に鬼気迫った顔の御幸が落ち着きなさげに視線を揺らしながら、小さな声を漏らした。


「…見た?」


何をだ。


「…絆創膏がどうした…。」
「……覚えてないよね?沢村さん。」


じっと何かを探るように、御幸の目が俺を見る。覚えてないか、と言われても一体何がとしか言いようがない。
だけどすぐに、もしかして昔の俺に関係することなんだろうかとピンと来た。もちろん、そう思っただけで、実際に何なのかは分かんねぇんだけど。


「何だよ、それがどうしたわけ?」
「…なんでも無い。」
「…何でもなさそうには見えねぇんだけど?」
「…覚えてないならいいって。そんな重要なことでも、ねぇし。」


ふいっと逸らされる顔にちょっと納得がいかない。
別に何でもないならそれはそれでまぁ別にいいけど、そうあからさまに何かありますって顔されて話逸らされんのは何か面白くないわけで。
なんだよ、俺には言えねぇことなのか。
そう考えたらちょっとムッとして、俺の意地に何かが触れる。


「…んだよ、俺には言えねぇことなわけ。」
「沢村さん、」
「どーせそれも、昔の“沢村さん”関連なんだろ。…別に今の俺には関係ねぇなら、いいけど。」
「沢村さ、」
「…片づけの続き、すれば?」


…我ながらなんて可愛げのない…。
いや、可愛げなんつーもんはもとよりどこにもねぇけど、それよりなにより、大人気ない。
ふんっと鼻を鳴らして顔を背けたら、先に視線を逸らしていた御幸が焦ったようにこっちを向くのが分かった。その顔に、困った、って文字が見えた気がして、何だか余計に面白くなくてチラリと一度覗き見ただけであとは唇を尖らせる。


「沢村さん、何拗ねて…。」
「拗ねてねーよ。」
「……ホント分かりやすい嘘吐く人だよね、アンタ…。」


やれやれと言った風に御幸がため息を吐くもんだから、更にむっとする。
しれっと御幸のことを無視したまま返答することもなく、かといって動くこともなく立ったままでいたら、同じく動く気配のない御幸の方から、少しして俺が梃子でも譲る気が無いのを悟ったのか、小さくぽつりと落とされた観念したような声が聴こえた。


「…アンタに貰ったんだよ。」
「……え?」
「…これは昔、沢村さんに貰ったものなんだよ。沢村さんは覚えてねぇと思うけど。」
「…俺…が?」


御幸が一度、手の中の絆創膏に視線を落とす。ぎゅっと握りこまれたそれを見る妙に温かい目に、ドキリとした。
俺の言葉に一度頷いて、そうだよ、と柔らかい声が響く。


(俺があげた、って、ちょっと待て、だってそれは…。)


確か俺が御幸と一緒にいたのって、俺が10代の頃だろ。
軽く、ざっと、簡単に見積もってみても、もう20年近く前の話で…。
しかも絆創膏って。
…多分俺のことだからその時も別に何も考えずに、何でかは分かんねぇけど、気まぐれに御幸に渡しただけって程度のもんだと思う。
それを、御幸は今までずっと、こんなになるまで大事に持って…たってこと…だよな。


「…ッ…!」
「ああもう…だから言いたくなかったんだって…。」


俺が言葉を無くしてじわじわと頬を赤く染めるのを見た御幸が、同じように恥ずかしそうな色を顔に浮かべて、珍しく照れたように口元を隠してぷいっと目線を逸らす。
だって、いや、だってさ…。


「…お前ってバカ…?」
「…アンタのことに関しては馬鹿になるってことは自覚してる。」


それは誇らしく言うことじゃねぇぞ、御幸…。


「…ひいた?」
「や、別に……ひかねぇ、けど…でも、」
「…沢村さんにとっては何の気なしにくれたもんだったかもしんねぇけど、当時の俺にとっては大事なモンだったんだよ。」
「でも…絆創膏、って…。」
「それに、アンタがいなくなってからは、沢村さんがいたって証拠はこれしか無かったし。」


御幸の言葉に、ぎゅうっと胸元掴まれたみたいに苦しくなる。
忘れたくて忘れたわけじゃねぇけど、コイツに再会するまでのうのうと暮らしてた俺と違って、こいつは過酷な毎日を過ごしてたわけで。


「唯一の支えだったんだよ、これが。」


そういって苦笑する御幸を見て、ひいたりなんか出来るわけねぇだろ。…馬鹿。


「…ばっかじゃねぇの…。」
「…ま、馬鹿だとは、思うけど。」
「御幸、」
「ん?」
「……そんなのもう、捨てろよな。」
「…え?」
「いいから!捨てろよ…?いいな…?」
「え、ちょ、」


油断してる御幸の手からひょいっとその絆創膏を奪って、ポケットに握った拳ごと突っ込む。呆気にとられた様子の御幸の顔は、あまりにも間抜け面だった。
一拍置いて、状況を理解したらしい御幸が、慌てたようにこっちに手を伸ばす。


「ちょっと、沢村さん、それ…!」
「…これは俺が責任もって処分しとく。」
「俺の話聞いてなかったの?」
「聞いてた!…から、もういらねぇだろ…。」
「…?どういう…?」
「………だって今は、本物がいるじゃんか…。」


俺から絆創膏を取り返そうとしていた御幸の手が、ぴたりと止まる。ちらりと顔を見上げたら、驚いたみたいに目を見開いた御幸が見えた。…めっずらしいカオ。


「これからはずっと、俺がいんじゃん…こんなの、無くたって…。」


我ながら恥ずかしい事を言ってる自覚はある。実際御幸が固まるなんて早々無い。
多分これは、さっき感じたなんか胸元ぎゅって掴まれた変な感じのせいだ。そのせいで、おかしくなってるからだ。だからこんなこと、言っちまうんだと思う。絶対そうだ。


「だからこれは没収!いいだ…、」


ろ…、と全部言う前に、思いっきり腕を引っ張られて言葉が閉じる。
ひゅっと音がしたのと同時に思わず息を止めたせいで、全部言う前に強制的に言葉の続きを奪われた。御幸の腕がいつの間にやら腰に回って、俺を力いっぱい抱きしめる。ちょっと痛え。けど、あまりにも強い力に引きはがすことは不可能だった。
ぎゅうぎゅうと、御幸が苦しいくらいに抱きしめる腕に力を込める。だから!痛え!馬鹿力!


「ちょ…っ、」
「…ホント、沢村さんってズルイ…。」
「はあ?」
「そういう殺し文句、何でサラッと言うかな…。」


耳元で落とされるため息に身じろぐ。脱力したみたいにどっしり体重全部かけられて、膝がガクンと落ちそうになるのを、なんとか耐えた。


(…こんなことでいちいちリアクションがオーバーなんだよ、こいつは…。)


感極まった、と表現しても誇張が無いくらいに嬉しそうに俺を抱く御幸に、諦めて体を預けながらため息を一つ。
こいつは本当、俺の言葉に一喜一憂し過ぎだ。俺中心で世界が回ってんじゃねぇのかって疑う…、…いや、実際回ってんのか。それは多分、自意識過剰でもなく。

御幸の過去に何があって、その当時の俺とどういう時間を過ごしたのか、今の俺が知ることが出来るのは断片的な記憶と、周りの奴からの話を聞くことだけだ。
その上話を聞いても、ピンとこないことも多い。知らない人の話を聞いてるような、そんな第三者的目線でしか受け取れない事が多いのも事実。それが気になることもあまりないけど。

こういう御幸の姿を見てると極まれに、それを凄く寂しいことだと感じることはある。
思い出したくないといえば嘘になる。だけど、思い出せたらきっとこいつはもっと喜んでくれるんじゃないかと――そんな、ことを。

(でも、)


「…昔の俺より今の俺の方が、百倍いい男だろ?」
「……そうかも。」


冗談のようにそう問いかけたら、漏れた笑みと共に肯定の言葉が返って来る。ぎゅっと抱きしめられる腕は相変わらず痛いけど、何より温かい。
少しだけ腕を離されて、真っ直ぐ対峙した顔が俺を映してその表情を崩した。


「今の沢村さんが、世界で一番好き。」


…過去がどうこう、記憶がどうのこうの言う前に、今の目の前でこいつがこれ以上ないってくらい幸せそうに笑うから。

俺ももう、細かいことはまぁどうでもいいかなって持ち前の大味さを発揮してそう思っちまうわけだ。









***
楔名様より頂きました「絆創膏ネタ」の小ネタ番外編になります。
楔名様、素敵なネタ提供ありがとうございました…!
大好きです…!



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