シュガーデイト | ナノ

シュガーデイト



…エロいよなァ。


「…なにが。」


ぷは、と口を離した瞬間真面目な顔をして呟く御幸の声に、眉を寄せながら首を傾げる。
キスの後の唐突な発言に対して投げかけた疑問には、なかなか答えが返って来ない。それに焦れてもう一度、「何が。」と、今度はさっきより言葉強く問う。
指先で眼鏡に触れつつ、んー…、と言葉を濁す御幸の少しだけ高い頭を見上げながら、その煮え切らない態度にイラッとした。
開いている手で無駄に長く伸びたモミアゲをちょっと引っ張ると、御幸の手がそれを振り払う。至近距離で歪む眉間と、細まるレンズの向こうの目。


「いてぇって。」
「だってアンタが無視するから。」
「無視したつもりはないんだけど。」
「じゃあ、いきなり何だよ…。」
「んー?…お前の顔が、えっろいなぁと思って。」
「はあ!?」


声を上げると、御幸の手に顎を掬い取られて、強制的に上を向かされる。ゴツゴツした指の感触が頬から顎をなぞってゾクリと震えれば、御幸の顔が楽しそうに歪む。その口から覗く赤い舌が軽く下唇を舐める様子を凝視しちまって、思わず目を伏せたら咎めるように頬を掴む手に力が籠った。ぐっと頬骨の下に食い込む指が、痛い。


「相変わらず、キスはへたくそなのにな。覚え悪いのはこっち方面もか…。」
「うっるせぇ変態!」
「そんで、口開けば馬鹿丸出しな文句しか言えねぇし。」
「なにおう!?」
「…なのに、こうやって対峙するお前がすっげぇエロく見えて仕方が無い俺って末期?」


なんでだろうな、なんて聞かれても。
…俺が知るか変態。
大体、今何時だ。御幸に捕まってそのまま流されちまってるけど、そろそろ練習始まるんじゃねぇの?こんなとこで油売ってていいわけ?キャプテン見習い。
倉持先輩辺りにドヤされんぞ。降谷が探してっかもよ。二人して監督からペナルティ食らったらどうしてくれる。どう考えてもこれは俺のせいじゃねぇから、今度はお前が監督と二人で風呂の一つでも入って弁解してくれんの?


「沢村。」

(ああ、くそう、むかつく…。)


そんな声で呼ばれたら。
俺が抵抗なんて出来ねぇことを、アンタは知ってるくせに。さっきまでただ痛みを感じるだけだった頬に触れる指の感触が、いつの間にかじわじわと甘い疼きに変わっていく。卑怯な。なんて卑怯な。


「れ、練習始まる…!」
「あとちょっとだけなら平気。」
「そりゃ時間はいいかもしんねぇけ…ッ、」


反論全部、御幸に勝手に遮られた。
近づいてきた顔がアップになって一瞬ぼやけたかと思うと、叫んだはずの言葉は御幸の咥内に飲み込まれて、重なった唇からほんの少し間を置いて移って来る。俺の叫び声を遮るために、本当に口を塞ぐみたいなキスの後、ほんの少しだけ離れていった御幸の口に下唇を軽く食まれて、舌先でペロリと舐められた。熱いはずの舌は、ぬるりと濡れた感触を残して、それに少しだけ感じた冷たさにゾクリと背中が震える。閉じることを忘れた唇の隙間からその舌が俺の口ん中に入って来るのなんて一瞬だ。いつの間にか後頭部に回った片腕に引き寄せられて、ただ一点で御幸と繋がる。口を離すたびに漏れる水音が妙に鼓膜を鳴らして恥ずかしい。抵抗のために御幸の胸元で握った拳はいつの間にか弱弱しく体の横に落ちてることに、きっと御幸も気づいてる。


「…ふ、…!」
「…キスだけじゃ、我慢できなくなるから駄目、って?」
「ば、っか…!」


唇を離した御幸が、指先で俺の下唇をなぞりながら不敵に笑う。御幸の指先のヒヤリと濡れた感触が下唇を掬いあげるように触れた。


「だから、そういう顔が駄目なんだってば。沢村―?」
「じ、自分じゃ見えねぇよ、…。」
「でも俺には見える。」
「……だったら塞ぐ…っ!」


は?と訝しげに眉を潜める御幸の顔に、自分の両手を思いっきり押し付ける。右手と左手を並べて目から口まで目いっぱい手を開いて抑え込むと、手の平の下で御幸の顔が動くのが伝わって来る。眉が寄って口が動く。なにしてんの、とそんな俺の行動に呆れたように言葉を漏らす御幸の口が、左手中指の向こうでもごもごと動いた。


「ふ、塞いでんだよ!」
「…果たしてこれに何の意味があるのか…。」
「だー!もう!煩い!タダでじろじろ見てんじゃねーよ!」
「金払ったら見せてくれんの。」
「…馬鹿だろアンタ…。」
「さぁ?…少なくとも、お前よりはマシかなぁとは思うけど。」


何とも間抜けな格好で向かい合った状態で、正直俺の方がどうしたらいいのか分からなくなった。
塞ぐ、と言ってみたものの、この行動に特に深い意図は存在しない。でも一度やってしまったもんはどうやって収拾付けていいものやら…。
というか、そんなにがっちりホールドしてるわけでもねぇんだから、御幸の方から振りほどいて貰えると大変助かるんですけど。なんでされるがままなのアンタ。なんで黙ったままなの、アンタ。


「御幸?」
「悪かねぇけど、どっちかっていうと俺は塞がれるより塞ぐ方が好みだわ。やっぱ。」
「…は?」


突然ぽつりと落ちる御幸の声が聴こえて、意味が分からず短い言葉を返したら、思いっきり両手首引っ掴まれてべりっと顔からひきはがされた。それはもう簡単に。そのままぐいっと手を広げられて、開いたその間からまた近づいて来た、その顔と唇が重なる。突然のことに目を閉じる暇も無く、逆に驚いて見開いた目には御幸の顔がはっきりと移って、キスの合間だってのに、ぎゃあ!なんてとんでもなく場違いな声を上げかけた。あぶねぇあぶねー…。


「、ふ…ッ、…」
「だから、キス1つでエロい顔し過ぎー。」
「お前のキスがいちいち長ぇんだよ!」
「それって褒め言葉?」


ふっと鼻から息を吐いて笑った御幸の顔にむっとして、俺と違って息一つ乱さないその顔から目を背ける。
大体ここはまだ学校だ。昼間だ。誰か来たらどうしてくれるんだこの変態眼鏡は。
爽やかな学校生活に不純異性交遊なんてもってのほかだ。…いやまぁ、異性じゃねぇけど。


「あー…今すぐ押し倒してヤりてー…。」
「不穏な発言は慎んで貰えますか。」
「流石に練習終わるまでは我慢するけどさ…。」
「それはそれは…いっそもうちょっと頑張って練習終わってからも我慢してください。」
「…我慢するから、充電させて?」


今までもう充分してやった気がするんだけど…?
そう反論する前に、にっこり笑った御幸から醸し出される妙な空気に、ゾワリと俺の野性的な何かが背筋を震わせた。
そのまま、結構痛いくらいの力で握られていた手を突然片方だけ離されて、勢いで思わずよろけた体をもう片方の手ごと引き寄せられる。手首を掴んだ御幸の手に引っ張られるがまま、突然御幸が掴んでいた俺の指をパクリと口に含んだ。


「は…!?」


舐められる、っつーか、寧ろ食われたっつーか。
何してんのこいつ…とか思ってたら、そのまま第二関節辺りまで中指と人差し指を咥え込まれて、指の間に生温い御幸の舌が絡む。その瞬間ぞわっと何とも言い難い寒気にも似た感触が背中をビリビリ走り抜けた。驚いて引っこ抜こうと思った手は、御幸の手に捕まれたまま引っこ抜くことも出来ない。なんてことだ。つーか、こういう時だけなんつー力してんだ、コイツは!
俺だって仮にも投手だ。握力だって腕力だって、それなりにある。だけどそれを軽く上回る力で引っ張られて、ぐぐぐっと小刻みに腕が動かすくらいしか出来ない。


「…ッ、」


御幸の舌が、指を伝って段々と上にあがって来る。ちょっとでも手を動かそうとすると、熱い咥内の壁に当たってドキリとした。爪の先っぽを舌先で擽られると、腰が小さく震えた。弾くみたいに爪を引っかけられて、一度口を離されてまた咥えられる。しかもそれを至近距離で見せつけるみたいにされるもんだから、恥ずかしくて直視も出来ない。けれど、目を離す事も出来ず、動くこともままならない。


「何してんだ、よ…!」
「…気持ちイくない?」
「んなわけある、か…!」
「でもほら、これ、ちょっと似てるだろ?」
「な、に…?」


チュッ、と小さなリップ音を、はっきりと立てて離される。
そのままくちゅんと水音を立てながらもう一回中指だけを含まれて喉奥深くまで引きずり込まれた。奥に行けばいくほど熱くなって、絡む薄い舌をリアルに感じる。


「…っふ、…!」
「フェラしてやってる時と、おんなじ顔してる。沢村。」
「…ッ…!!!」


(なん、つーこと、を!!!)


言うんだ、このバカは。


「…ほら、すっげーエロい顔。」


馬鹿にするみたいに御幸が笑う。その合間も、まるでそれを彷彿とさせるようなやり方で人の指咥える御幸だって。
いや、むしろ御幸の方が、いっそ。


「…アンタのほうが、」
「ん?」
「…っ、なんでもねーよ…!つーか離せ!人の指食うな!」
「…お前って口開くとほんと色気の欠片もねーよな…。」
「あってたまるか!」


ちぇ、なんて言いながら御幸がやっと口を離す。しかも離れる前に一回ちょっと痛いくらいに噛まれて思わず漏れた声に、してやったりな顔を返されて、なんだか悔しくなった。噛まれた中指の付け根が、ジンジン痛ぇ。


「…食われた…。」
「夜になったら全部残さず喰ってやるよ?」
「…遠慮しやす…。」


遠慮しなくてもいいのに、と笑う御幸から、ふいっと顔を逸らす。痛ェ。指も、だけど、なんかいろいろと。


(エロいエロい人のこと言いまくるけどな…。)


アンタだってそういう時相当エロい顔してんのにも、気付くべきだと思う。
…なんか悔しいから言わねぇけど。





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