05 | ナノ

05



「いざ行かん!今日こそ!俺は!学校へ!行く!!」
「昨日も聞いたけど。その言葉。」


鞄を持って、いざ外へ!うははは太陽はまだまだ低いぜ、朝。そして早朝の独特な香りが立ち込めてるぜ、朝!
目指すは学校、ただ一か所のみ。
普段ならチャリで20分の距離だ。別に難所があるわけでもなければ、別段遠いわけでもない。
普通なら何の問題も無く通える距離。

そう。普通なら。
…普通なら。


「あああ…今日もいやがるこいつら…!」
「朝からモテモテ、オメデトウ。」
「棒読み!すっげぇ棒読み!」


俺の愛チャリを取り囲むみたいに乗っかってるてんこ盛りな丸い物体は、最近とってもよく見かけるようになった妖だ。
まるで埃みたいに小さいのがうじゃうじゃ集まって、俺の自転車は見るも無残な姿になってる。
そのあまりの惨状に頭を抱えたくなるのは、これが昨日今日の話だけじゃ無ぇから。大きくため息をつく。まるで威嚇でもするように蠢くそれは、朝から随分と活発だ。


「…ふぁ…。」


そんで俺の後ろで欠伸をするこいつは、それとは対照的に朝から随分と無気力だ。



御幸に出会ってから、俺の人生は180度変わっちまった。
ちょっと前までみたいに、通学を邪魔されるなんてかわいいもんじゃない。
寧ろあれだ。生活を脅かされるレベル。

実際に俺はここ数日、まともに学校に通えてない。その理由はこの影。御幸いわく、低級の知能を持たない妖の一種らしいけど、そんなことは俺にはどうでもいい。とりあえず毎日毎日行く手を阻むみたいに俺のチャリに集るのさえやめてくれたら別に本当に後はどうでもいいのに。
俺の力とやらに集まるこいつらに妨害されて、俺は朝から毎日重労働だ。しかもこれだけじゃない。家から離れれば離れるだけ、変な影に纏わりつかれて、学校に行くどころじゃない。
学校に通うのがここまで難しいことだったなんて、知らなかった…。


「沢村ー。」
「な、ん、だ、よ!」
「今日も頑張んの?」
「頑張るに決まってんだろ!」


わっしゃわっしゃと引っ掴んで、俺のチャリを救出することに励む。
掘っても掘っても増えるそいつらに、苛々する気持ちを抑えながら一心不乱に作業に励む。通りすがりの人がそんな俺の様子を不審そうに見て通って行くのが分かったけど、3日目になればもう慣れた。
2日間は外に出られなかった。それからは、自転車だったり道路だったり。毎日毎日これでもかってくらい学校に行くのに邪魔が入る。
なんだ、妖怪ネットワークでも存在すんのか。俺が学校に行けねぇように皆で仲良く仕組んでんのか、これ。

傍から見れば、無人の自転車相手に大騒ぎしてる謎の高校生。
俺はさぞ怪しく映ってることだろう。いい。怪しむなら怪しむがいい。だが今日こそ俺は無事に学校に行く!しかも遅刻も抜きで、だ!


「そんなに行きてぇの、学校。」
「行く!」
「…ふうん。」
「大体お前もな、俺を守るとか言っときながら、ちょっとは手伝うとかしろよ!!」
「なんで俺がそんな低級の奴ら相手しなきゃなんねぇんだよ。めんどくさい。」
「何かその言い方すげぇムカツク…。」


ふあ、と少し離れたところから欠伸をして俺を見てる御幸は、俺を手伝う素振りもなくただ退屈そうに俺を見てるだけ。
ちぎっては投げちぎっては投げとはこういうことかというくらい熱心に掘り進める俺とは正反対のその静かな姿に、俺のイライラは更に絶頂だった。


「んー…。」
「んだよ!」
「なんかちょっと飽きた。」
「何様だお前…。」
「…妖様?」
「ふ、はははは…今頭の中ですげぇ音鳴った。あれじゃね、青筋切れた音じゃね?これ。」
「それ以上バカになったら困るからやめとけって。」
「ぎゃー!ムカツク!お前ムカツク!」
「…折角手伝ってやろうかと思ったのに。」
「え!」
「でも沢村バカだからなー…。」
「これと俺の馬鹿とにどんな関係が!?」


御幸の方をぐりんと向けば、なんだか複雑そうな顔をして眉を寄せる御幸の姿があった。
なんだ、手伝うならさっさと手伝え。そんで手伝わないなら寧ろ不愉快だからどっかにいけ。
俺は今日こそ遅刻せずに学校に行くと決めたんだ。


「学校みたいな、成長途中の感情が多いところは危険なんだよなぁ…。」
「何ぶつぶつ言ってんだよ!手伝ってくれんの!?手伝わねぇの!?」
「あとは公園とか街中とか…、まぁ俺がいるし平気だとは思うけど。」
「みーゆーきー!!」
「ハイハイ…。…ま、大丈夫か。」


なんだかぶつぶつ言ってる御幸に大声を張り上げたら、遠くを歩いてたおばさんがビクリと小さく震えたのが見えた。不審者決定。俺。


「仕方ねーなー…。」


重そうに腕を持ち上げた御幸が、パチンとその指を小さく慣らす。
その瞬間、俺のチャリに湧き出るように乗っかっていた真っ黒な物体が、一瞬で跡形も無く消えた。


「ほら、これでいーんだろ。」
「…これ、お前が…?」
「感動した?」


一瞬で跡形も無くなったその場所には、見慣れた俺の愛チャリがぽつんと佇む。
さっきまでの特盛りてんこ盛り状態が嘘みたいに、簡単に手を伸ばせば自転車に触われた。それを満足そうに見る御幸。


「…あ、」
「あ?」
「あんなこと出来るなら最初からやれ!!」


振り上げたこぶしを思いっきり御幸に向かって突き出す。それを寸でのところで避けた御幸が楽しそうに笑った。


「だってそれじゃ、つまんねーじゃん。」


最近知ったけど、コイツすげぇめんどくさい。










「妖ってつまり幽霊とかみたいなことだろ?」


自転車の後ろに御幸を乗っけて、学校までの道を駆ける。久々の感覚についペダルを漕ぐ足の速さも自然と速くなって、周りの風景がぐんぐんと通り過ぎて行く。ゆっくりと息を吸って吐いたら、朝の空気が肺に充満してゆっくりと抜けて行った。
昨日まで全く進めなかったその道に、今や邪魔者や妨害は何も無い。影やよく分からない生き物が時折そんな風景の中に混ざって見えることはあるものの、初日みたいな天然お化け屋敷状態というわけでもないから、特別気にもならなかった。
そんな俺の漕ぐ自転車の後ろで背中を預けて腕を組んだまま大人しくしていた御幸が、おもむろに問いかけた質問に小さく身じろぐ。


「幽霊とはまたちょっと違うけど。」
「そーなの?」
「沢村が言う幽霊ってあれだろ。死んだヤツがなるっつーか、そんなのだろ。」
「まぁ大体そんなイメージ。」
「だけど俺別に死んでもねぇし、寧ろ生きたこともねぇし。」
「あ、そっか。」
「そういうのももちろんいるっちゃいるよ。人間かそうじゃないかってくくりでくくってみれば、案外人間よりも数多いかもな。」
「…想像しただけで恐ろしい…。」
「ま、俺はどっちかっつーとあれだな。お前ら人間が言う神様的な位置。実体だって人間に近いし。」
「……ほう。」
「なーに、その間。」
「随分と自信家だなぁ、と思っただけデス。」


ガシャガシャと自転車が二人分の体重を受けていつもより大きく鳴る。
大体妖の癖に移動まで俺に世話になるとかどうなんだこいつ。
そもそも重さまで感じるってのもどうなんだ。見えねぇくせに。(俺以外に。)
平坦な道だからこそ助かってはいるものの、結構重労働だ。御幸さえいなければもっと爽快に進めるだろうに。仮にも俺は主人じゃなかったのかよ。
内心悪態をついていると、ふっと後ろで小さく御幸が笑う。


「自信家っつーか、事実を述べたまでなんだけど。」
「……お前友達いねぇだろ。」
「おバカな知り合いならここに一人。」
「知り合いたくて知り合ったわけじゃねぇし!」
「……ま、知り合いっつーか主人か。一応。」
「大体、これの!どこが!主人なのか!」
「急がねぇと遅刻するんじゃない?」
「誤魔化した、誤魔化したろ、今!」
「はっはっはー。」
「…お前人間だったら絶対友達いねぇかんな!絶対寂しい思いするんだからな!」
「っつーか、その前に俺どう頑張って転んだって結局妖だもーん。」


言葉がぽんぽんと流れて行く風に乗って軽く行き交う。
出会ってまだかれこれ数日だというのに、この御幸って妖はなんだか妙にとっつきやすくて、まるで前からの知り合いだったかのようにすぐに俺の生活の中に溶け込んだ。妖だというのが嘘のように、その様子はまるで人間と変わらないから、俺としてはルームメイトが一人増えたみたいな感覚。部屋も狭くなったし、御幸は妙にめんどくさがりで、そのくせ御幸自身だって相当面倒で、何だか一気に毎日が賑やかになった。
でもまぁそういう生活もそう悪くは無いかと思ってしまうのは、あまりにも多くのことが起こり過ぎて、俺の頭が感化されてるからなんだろうか。
会話が途切れて、周囲の生活音とどこからか聴こえてくる多くの音だけが風と一緒に流れて行く。通学路には、俺と同じように制服を着て自転車に乗る学生もいれば、歩いてるやつもちらほら見える。私立や公立、中学や高校が結構半径近い範囲にいろいろ点在するからか、同じ学校の制服以外の学生も多い。朝の挨拶がたまに耳を掠めるのが、なんだか妙に久しぶりだった。
なぜか今日は通学を邪魔されない。別にそれならそれで全くもって問題ねぇから特に不満は無いけども、少し不思議な気分だった。


「それに、俺、」
「んー?」


車道を何台かの車が忙しなく通り過ぎて行く。これから1日が始まる音だ。少し先にどっかの中学の生活指導の教員だろうか。ヘルメットがどうとか、一列で走れとか、声を張り上げているのが遠くで見えた。


「……人間って嫌いだし。」


口やかましく叫ぶ教員の前を、通り過ぎる。注意を受けることのない二人乗り。


「ん?なんか言ったー?」
「べーつにー。」


トンッと御幸が背中に頭をぶつけてくるのを感じた。
御幸は確かにここにこうしているのに、周りにいる誰にもその姿が見えないというのはなんだかとても奇妙な感覚で、思わず背中を少し伸ばしたら、御幸が「なんだよ?」と小さく問いかけて来た。


「べつにー。」


それに俺もさっき御幸が言ったのと同じ言葉を返して、もう一度強くペダルを踏む。
そういえば今は背中合わせだから、俺も御幸の姿は見えていないわけだ。ということは、今この瞬間に、御幸が見える人間は誰ひとりいないということで。
背中にかかる重さだけが、御幸の存在を伝えてくる。それはやっぱりなんとも、奇妙な話だった。










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