04 | ナノ

04



「なんだよこの妖怪大戦争!!!!!」


病院を出て、青空(いやもう茜色っぽくなりつつあったけども)を見上げて整わない息を吐き出した先は、まるで異空間でした。


「な、な、なななな…?」


なんだこれ。


「なんだ…ハロウィンか…?今日はハロウィンなのか…?日本もついに欧米化がここまで来たのか…?」


人間意味が分からん時は良く分からないことしか口から出て来ねぇんだということに気付く。頭が混乱して、目に見えるモノが信じられなくて瞬きを繰り返す。
病院のドアを一歩外に出て通りを見たら、まるで映画のセットみたいな風景が広がってるなんて、だってまさかそんな。
行き交う人が、一人奇声を発する俺をジロリと見てから、腫れものに触るみたいな目をして通り過ぎていく。それはいい。不審者と勘違いされんのはあんまりよくねぇけど、まぁ今はそれは良い。
だけど問題は、ジロリと俺を見るのが、通り過ぎる“人”だけじゃねぇっていうびっくり事実だ。

毎朝見てた黒い影みたいなのがその辺にうようよしてるだけじゃない。なんかもう、玉手箱ひっくり返したみたいな意味不明な生き物がそこら中にてんこ盛り…で…。


「…化け物…?妖精…?宇宙人…?地球外生命体…?」


まるで魑魅魍魎。ナチュラルお化け屋敷だ。
何かのセットのようなその光景に、口を開いて間抜け面でぽかんとするしかない。


「俺と契約したから、お前の力が強くなったんだよ。」


そんなフリーズ状態の俺を現実に戻したのは、背後から聴こえて来た一つの声だった。
「今までとは違う世界が見えるだろ?」と更に言葉が追って来て、思わず勢いよく振り向く。ザリッと足元で小さな音がした。


「さ、っきの変人…!?」


そこにいたのは、さっきソファで人をイラつかせる笑みを浮かべていた眼鏡の男。
またこいつはいつの間に俺の後ろに立っていたのか。全く気付かなかった。っつーか俺、全力疾走で走って来たんだけど。なんで息一つ乱さずに俺の後ろでニコニコしてんだよ…?
その男の得体の知れなさは、俺に本能的な恐怖を抱かせた。けれどそんな俺の様子もお構いなしに、ニヤニヤと底知れぬ笑みを浮かべたまま男は俺を見る。


「ドーモ。」


ひらりと振られるその造作の綺麗な手。思わず、目がそれを追う。けれどすぐにハッとして、さっき男を見たのと同じように眉をよせて牙を向けた。


「な、なんでアンタこんなところに…!」
「そりゃ、沢村が走って逃げるから。」
「…!?なんで俺の名前!つか質問の答えになってな…、」
「そりゃ、自分の主人の名前忘れるほど落ちぶれちゃいねぇよ。」
「しゅ、じん…?」


何の話だ。
思わず叫んでいた口をぽかんと開けて固まった。男はそんな俺を見て、間抜け面、と小さく呟いて笑った。


「さっきも言ったじゃん。契約したの、もう忘れた?これだから人間ってのは弱ぇ生き物だよなぁ…。」


呆れたように頭を掻く男の仕草に、何かが重なる。意味が分からないと口が発する前に、巡るデジャヴ。

あれ?俺、こいつどこかで見たこと…ある?

記憶の端っこがジリジリ焦げるような鈍い痛みを訴える。さっき院内で感じたのと同じ類のものだ。事故について思いだそうとした時の。やっぱり、そう。俺はさっき確かに、事故に遭った。
ズキリと頭が痛んで、思わず片手で額を抑える。

そうだ、俺は逃げたりなんかしてない。
俺はあの時、確かに車に轢かれて、それで。
気付いたら、目の前に真っ暗な闇が――…。

(契約。)

あの時言葉を交わした、得体のしれない“声”。
この男の声は、その声によく似ていやしないか。声の記憶なんて曖昧だけど、でもなんだか咄嗟に同じだとなぜか不思議と確信を持った。
ゴクリと唾を飲む。
俺のそんな様子に気付いたのか、男が口の端をニヤリと歪めた。


「お。思い出したっぽいな。」
「…アンタ、あの“声”の…。」
「さっきからアンタアンタって…、名前くらい呼んでくれてもよくね?」
「名前…?」
「なんだ。それも忘れてんの?」


肩を竦める男を真っ直ぐと見上げる。
知った声で、知らない姿が言葉を紡ぐ。それはなんだか奇妙な光景だった。聴覚と視覚の情報のアンバランスさにくらりと軽い眩暈に襲われる。
そうだ。名前。


「…御幸…。」


口を転がしたその響きが、あまりにもストンと自然に落ちた。


「なんだ。覚えてんじゃん。」
「そうだ、お前…あの時、俺を助けてくれた…、…えっと、妖…、の…!」


俺の声を聞いて、眼鏡の奥で御幸の目が微笑む。
その幻みたいな綺麗な色に、思わず息を呑んだ。落ちる沈黙がなぜかくすぐったい。


「改めて、実世界では初めまして、沢村。…それとも、ゴシュジンサマって呼んだほうがいーい?」












* * * * *

「詳しく話を聞こうじゃないか。」


ドンッ、と俺の手が机を思いっきり叩く。するとそれに合わせて、ベッドで胡坐をかいていた御幸が小さく唸るような声を上げた。


「何なんだよ、お前!そんでなんで俺は生きてて…あん時の声はなんだ?あれはどこだよ?俺に何があったんだ?そんでこの妖怪大戦争は一体なんだ…!?」
「あー…いっぺんに喋んな。俺だって口は一つしかねぇんだからさー。」


とりあえず病院の外で騒ぐのもあれだったから、御幸を連れて家まで帰って来た。
そういえば家族にどう言い訳しようかと考えたけれど、なんでも御幸は俺以外の奴には見えないらしいから、そこは案外あっさりとクリア。(でも事故のことが連絡行ってたらしくて、帰って暫くは父さん母さんじいちゃんに離して貰えなかったから時間は食ったけど。)
晩飯がてら家族とは話をして、相変わらず大騒ぎな俺に「事故にあっても栄純は栄純ね…。」などという失礼極まりないことを言われつつも、今はそれは置いておいて、とりあえず部屋に戻っていざ御幸と対面。
いつの間に俺の部屋にいたのか、すっかりベッドを定位置として寛ぐ自称妖を、俺は勉強机に座ったままじろじろと睨んだ。

(どこからどう見ても、人間にしか見えねぇ…。)

しかも俺と同い年くらいの。着ている服だってその辺の若い男と何ら変わりないような格好で、いろいろあった当事者の俺でも御幸が妖だなんてにわかに信じられなかった。
だけど実際、御幸の姿は家族の誰にも見えていなかったわけで。
人ならざる者、なんて漫画みたいなこの現実を、認めざるを得ないなんていう非現実的なこの状況。
しかも病院から家に帰って来るまでも、結構なひと苦労だったのだ。自然のお化け屋敷過ぎて。


「じゃあ、まず一つ聴いてもいいか。」
「なに?」
「…何で、事故にあったのはずの俺が生きてんの?」


事故に遭った時の感覚は、未だ生々しくこの体が覚えてる。あれは絶対に夢なんかじゃない。
事故った時よりもずっと、今の方がその時の「死」をリアルに思い出せた。あの時は訳が分からな過ぎて、何も分からなかったけど。
俺の小さな声に、御幸が首を小さく傾げた。


「だから、さっきから言ってんじゃん。お前が望んだ通りに、お前は俺と契約したの。そんで俺はスゲー妖だからお前を生き返らせてやった。そんだけの話。」
「じゃあ俺はやっぱりあの時…。」
「もちろん。現実には一回死んでるよ。お前。」


やっぱり。
分かっていたことだけど、改めて他人の口から聞くと考えただけでぞっとする。
小さな身震いが背中を巡って、それを誤魔化すように椅子の背もたれにもたれて息を吐いた。


「まぁ、順を追って話してやるとな、実はお前過去にも一回、死にかけたっつーか…死んだことがあるんだぜ、沢村。」
「は!?」
「お前が今よりもっとちまいガキの頃の話。」
「…ガキの頃って…。」
「覚えてねぇか。」
「…覚えてねぇ…。」


御幸の話はどれも驚くことしか無くて、反応に困る。
さっきからどれも現実味のない話ばかりで、全部冗談でからかわれてるんじゃねぇかと思いだすくらい。
小さくため息をつくと、ギシリと御幸の座ったベッドが小さく軋んだ。…重さはあるのか。俺にしか見えねぇだけで。つまりこれがいわゆる他人から見るとポルターガイストってことになるんだろうな…。


「まぁあれだ。いくら俺がすげぇ妖だとしてもさ、」
「自分で言うのか。」
「…そんなすげぇ俺でも、ぽんぽん人を生き返らせたり出来るわけじゃない。そもそも、俺が見える人間なんて早々居ないわけだ。」
「そうなのか?」
「そーなの。」
「…じゃあ、なんで、俺は…?」
「…お前さ……。」


じ、っと御幸の目が俺を真っ直ぐ見る。
初めて見るそのどこか真剣なまなざしに、思わず息を呑んだ。


「な、なんだよ…?」
「気付いてねぇの?自分が特別だって。」
「…は…?」
「…無自覚か。」
「意味が分からん…。」
「そんな馬鹿が付きそうなくらいデケェ力持っててそんなんじゃ、そりゃ人生苦労するよな、お前。」
「だから会話繋げて貰えませんかね…。」
「まぁつまり、あれだ。強い力は、周りの強い力も呼び寄せる、ってやつ。」
「は…?」
「お前は、他の人間には無いすっげぇ強力な破魔の力を持ってんだよ。」
「…はま?」


言葉にピンとこなくて、頭の中で漢字が浮かばなかった。
御幸いわく間抜け面を再び浮かべて、首を傾げる。
てーか、なんだか話が相当壮大なことになってきたんだけど、これは一体なんの映画のお話だろうか。
…いっそ映画やドッキリだったらどれだけ幸せか。


「10年前、お前の強い力に惹かれて、俺は1000年ぶりに人間の世界に干渉した。」
「…え?」
「本当に覚えてねぇの?ガキの頃、森で崖から落ちたことがあるだろ、お前。」
「森…?」


(そんなの…。)
俺はいたって普通の人生をこの16年間送って来た、はず。
眉を寄せてぐるりと頭の中を一通りかきまわすように探ってみる。心当たりなんか何も無い。
だけど唐突に、ある一点を掠った時、内側から何かがドクリと音を立てた。


『同じ願い事は、』
『一回しかしちゃいけないよ。』


突如歌うような声が頭を響く。ガツンと何かで殴られたような衝撃が走る。


「…っ、」


突如身体中を巡る、全身を引き裂くような、痛み。
全身が、バラバラになってしまうような、衝撃。
空がどんどん遠くなる。音が消える。それはさっき、真っ暗なタイヤに吹き飛ばされた時に似た…。


「……森…。」


そうだ、一度だけ。
小さい頃に、1日だけ丸一日記憶の無くなった日があった。気付いた時には森の入口眠っていて、それをなぜか俺は一つも疑問に思わなくて。
あの時俺は森で何を。
高校に入ってみるようになったあの“影”を、そうだ俺は昔から知っていた。小さい時、あれは俺の周りにいつでもあった。
何かがカチリと、用意されていたように綺麗に嵌る。ピースすらなかったパズルが、頭の中で組み上がるのは一瞬だった。


「いい子だ。」


思いだした?と問いかけられて、多分、と小さく頷けば、満足そうに御幸が笑う。


「人の癖に、俺を呼び付けて“願い事”するなんて、とんでもねぇガキだなーって思ったんだけど。」
「…じゃあ、あの時も…お前、が?」
「そう。お前が願うから、助けてやったんだよ。」
「……お、」
「…お?」
「お礼…言うところ…か…?」
「…ぶっは!」
「な、…!」


思わず質問したら、なぜか思いっきり御幸が噴き出した。
なんだ。なぜ笑う。
腹抱えてヒーヒー笑われる。なんでだ。意味がわかんねーし!


「…お前って本当お人好しな馬鹿…!」
「ば、馬鹿じゃねぇよ!」
「馬鹿だろ。…お前さ、忘れたの?」
「え?」
「俺、お前の命貰うって約束してんだぜ?契約する時に。」
「………あ。」


すっかり忘れてた。
そうだ、こいつ強かな悪魔じゃねーか…!いろいろ混乱してるせいで所々忘れてた。


「昔も、それなりに代償貰ったしな。」
「え!?」
「…お前、見えなくなってたろ?ここ10年。さっきの影とか、俺とか。今外闊歩してる他の奴らとか。」
「…見えなかったけど…?」
「あれね、俺が原因。」
「はあ…?」
「やー。お前があまりにも美味そうなもんチラつかせるから、つい代償ってことで力貰ったら、お前記憶ぶっ飛ばして色々無くしちまうから。俺も流石にびびったびびった。」
「な、あ…!?」


なんかさっきから意味をなさない声しか出ねぇんだけど。
ケラケラ笑う御幸に、俺は口を開けて眉を寄せるしか出来ない。


「お陰でお前のこと見失うし、惜しい事したなーって思ってたんだけど、まさかまた呼んで貰えるとは。流石の俺も予想外だったぜ。」
「……好きで呼んだわけじゃ…。」
「でもお前はやっぱり俺に感謝すべきかもな。」
「なんで?」
「ほら、お前がここ10年平和に暮らして来れたのは、俺がお前のことつまみ食いしたからなんだし。」
「…はい?」


御幸が窓の外を指さす。
そこには窓に張り付く、不穏な影。それは小さく蠢いて、ガラスを何度か揺らした。流石に気持ち悪くてビクリとするけど、でもそれはなぜかガラスより中には入って来ないようで、ガラスに這うようにざわざわと動く。正直普通に気持ち悪い。


「相手が視えるってことは、相手からも視えてるってことだ。そんで逆を言えば、相手が視えないってことは、相手にも視えねぇの。」
「…視え、ない?」
「そう。…本来ならそうやって、人間と妖ってのは、同じ世界の違うトコ共有して生きてる。お互いが視えないから、お互いに干渉し合うこともない。別々のモンなわけだ。」
「…おお。」

(…なんかよくわかんねぇけど。)

「でも、その境目をぶっ飛ばして垣根越えてくるイレギュラーな人間が、たまーにいるんだな、これが。」
「イレギュラー…?」
「そう。お前みたいなやつのことだよ。沢村。」


御幸の指がくるくると空間に円を描く。
その姿はどう見ても人間とどこも変わりがないのに。それでもその存在感は、嫌に空気をざわつかせた。
人ならざるもの。
妖。
背中をヒヤリとさせるその響き。


「力の強い人間ってのは、妖にはそりゃもう魅力的でさ。」
「…。」
「あいつらにとってお前は、数少ない餌のうちの一つってわけ。」
「餌…って…!」
「俺と契約するより前から、予兆はあっただろ?」
「予兆…?」
「影が視えるようになってたじゃねーの。だから俺も少しずつだけど、お前のことが分かるくらいにはなってた。さっきも言ったけど、まさかまたお前から呼ばれるとは思って無かったけどな。」


影。
あの、登校中に出会う意味不明な物体?あれも、妖?
まさか。そんな。そんなことって。


「んで、これもさっきも言ったけどな。人間が妖を視れるのも稀。ましてやそれに願い事をするなんて滅多にない。しかも俺みたいな最高ランクの妖二回も呼び付けた人間なんて、お前くらいだと思うから喜んどけば?」
「喜べません。」
「ははっ!ま、そりゃそうか。」
「…それで…。」
「ん?」
「俺はこれから、どうなるんだよ…?」


恐る恐る問いかける。
願い通り、生き返ってこれたってのが事実なら素直に喜ぶ。それが御幸のおかげだっていうなら、感謝もする。
だけど、得体のしれない力ばかり周りで働いていて、不安にならないわけがない。
御幸の方を向くように椅子を動かせば、キィ、と小さく音が鳴った。
少しだけ沈黙が走る。脈拍が少し早いのが背もたれた椅子から伝わって来た。


「…別に何も?」
「…は?」


あまりにもあっけらかんと、御幸が言い放つ。


「だから、別に。今まで通り生活すりゃいいんじゃねぇの?折角儲けた命だし。まぁちょっと不便だろうけどな。」
「本当に?」
「本当に。」
「マジで…?」
「別に嘘言っても仕方ねぇし。本当本当。…でも約束通りその時が来たら、お前の命は俺が貰うけど。」
「そうだ!それっていつだ!?いつの話!?」
「その時はその時。」
「…明日とか言わねぇ?」
「言わない言わない。」
「明後日とか、一カ月とか…一年とか!」
「…お前そんなに早く死にてぇの?」
「死にたくない!…から、聞いてんだよ!」


食ってかかるように御幸に問いかければ、「俺は楽しみは後に取っておくほうだから。」という一言に、ホッとした。
どうやらまだ暫く俺には猶予があるらしい。それを御幸の雰囲気から悟る。
その上、ベッドにかいた胡坐を肩膝立てた御幸が、ニヤリとはじめて見た時に似た悪戯な笑みを浮かべて言う。


「まぁ、一応お前は俺の獲物だからな。他の奴に横から取られんのは我慢なんねぇし、その時が来るまで最低限のことは俺が助けてやるよ。」
「…マジで…?」
「いい暇つぶしにもなりそうだし。」


俺ってもしかしたら、スゲェ幸運…?
死にそうになったところ生き返って(しかも二回も)、力云々っつーのはいまいちよく分かんねぇけど、なんか強そうなヤツが味方についてくれて…。
なんかの漫画の主人公レベルの扱いだ。いっそこのまま冒険にでも出られそうなくらい。
あまりにも破天荒過ぎると、人間疑うことも忘れるらしい。場違いにもちょっとだけ感動していると、ふいに御幸が小さく「あ、」と声を上げた。


「そういや言い忘れてたけどさ。」
「…ん?」
「人間が妖に願い事をするのには条件があんだよ、一応。」
「条件…?」
「そう。」


コクリと御幸が頷く。
その口が、どこかで聞いた言葉をゆっくりと紡いだ。



『同じ願いを、願っていいのは一度だけ。』
『同じ願いを、二度願ってはいけないよ。』


『1度目の願いは口約束。』
『そして2度目の願いは、口付けを。』


それはあの時夢の中で聞いた。
そして多分、ガキの頃にも、一度。


「…生きたいって願いを、一度ならず二度も俺に願ったお前は、本来なら条件違反になるわけ。」
「え!?」


そんなの聞いてないんですけども…。


「1度目は、願い事をただ聴いてやれる。でも2度目は違う。」


ベッドからふわりと降りた御幸が、俺の傍に歩いて来る。
足音がしない。床だけが少しだけ小さく鳴った。
そのまま目の前に立つ御幸が、ゆっくりと俺の方に手を伸ばす。


「んぐ、…!?」
「2度目の契約の時に、お前のここにほら、違反者の印が…。」
「あ、が!が、ががが…!」
「…って、見えねぇか、さすがに。」
「ごっは…!!」


伸びて来た手を突然思いっきり遠慮なしに口の中に突っ込んだ御幸が、そのまま指で俺の舌を摘む。
そのままなぜか思いっきり舌を引っ張られて何か言われたけど、その強さに俺はジタバタともがくように体を振った。
そんな俺を見て、ぱっと突然手を離される。


「何すんだよ!!」
「まぁまぁ。…ほら、ちょっと鏡見てみ、沢村。」
「かが、み…!?」


鏡っつーか窓だったけど、既に暗くなった窓は、簡単に鏡の役割を果たしてくれた。
なんか変なのがくっついた窓を見れば、口開けて、と御幸が呟く。
言われた通りに意味も分からずそうっと口を開けば、そこにあったのは。


「……え?」


舌の横に小さな二重の円のような印があった。昨日までこんなもの、なかったはず…。
歯の間に挟んで擦ってみても、消えることはなかった。


「え?え?」
「それは、違反者の印って言って、それがある限りお前はいろんな妖から目ぇ付けられるようになるんだよなー…これが。」
「は、…!?」
「でもほらお前、元々そういう体質だし、そう大差ねぇって。」
「はあああ…!?!?」
「死んだほうが良かったって思うかもって言ったら、いいって言ったじゃん。」
「だ、…!」


だからって!!


「け、!」
「ん?」
「契約前の詳細説明は要必須!!」


キンッと俺の大声が響いて、それから逃れるように耳を両手で塞いだ御幸が、小さく笑う。


「まぁまぁ…俺みたいなスゲェ男捕まえられた自分の力に素直に感謝しろって。」
「は…?」
「俺が守ってやるっつってんだぜ?ラッキーだな、沢村。」
「…。」



……………前言撤回。
やっぱ俺、幸運どころじゃねぇかもしんない。








「あの時俺は、死んだ方がましだったと後で思う事を知らない…。」
「おーい?自分でナレーションいれんなよー。」
「はああああ…。」
「お。でっけぇため息。」
「ため息もつきたくなるわ!!」


笑う御幸の顔の横に、握った拳を叩きつける。
それはひゅっと音を立てて、御幸の頬ギリギリ掠めるところを通り抜けて行く。目を瞑る御幸の眼鏡が少しだけ揺れた。


「あぶねぇの。」


その横で小さく音を立てて弾けたのは、もう最近随分と見慣れた影とやらだ。
拳が当たったところから、飛散して消えて行く。こんなのまだ可愛い方。

最近じゃすっかり慣れちまって、大体気配的なモンでいろいろ分かるようになった。まだ1週間くらいしか経ってねぇのに、超進歩俺。
少年漫画の主人公もびっくりするくらいのレベルアップ、俺。


「…おちおちロクに学校も行けやしねぇ…。」


本来視えないはずのモノが視えるってのは、予想以上に目が慣れるまで大変だった。
事故から1週間、様子見ってことで学校を軽く休んでるけど、そろそろそれも限界だ。週明けからはそろそろ腹くくって学校に行かないといけない。もう完全に遅刻者通り越していろいろと問題だらけな可哀想な俺。


「俺の有意義な高校生活が…。」
「お前って本当モテモテな。」


主に人間以外から。
そう言って、御幸がからかうように笑う。



「全然まったく!!これっぽっちも嬉しくねぇ!!」



まったく平穏ってやつは、無くなってからしかそのありがたみに気付けない。
随分と天の邪鬼な代物だ。










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