night for star festival! |
*3年目夏/7月 それは、一年に一度。 離れ離れになった恋人たちが、唯一出会える日。 星と星との逢瀬の日。 (ま、俺は仕事ですけどねー。) 7月7日、七夕。 クリスマスに、年越しや正月…本来ならそれぞれ楽しむ日であるそれらのイベント事は、“芸能人”の俺らにとってはどれもイベントラッシュの忙しい時期。 それはもちろん七夕だって例外じゃない。 エコナイトと称した七夕イベントに朝から全員で駆り出された青道は、一日中エコ活動を啓発したり、短冊に願い事を書いて飾って見せたり、結構忙しなく動いてる。 イベントに訪れるのは、家族連れだったり友達同士だったり、でもやっぱり七夕ってことで恋人らしい男女の姿が一番多くて、皆がそれぞれ色とりどりの短冊に願い事を書いて、次第に鮮やかに笹が彩られていくのを、少しだけ高いステージの影から見ていた。 その手元には、どんな願い事が書かれてるんだろう。 集まった人の数だけ願い事が溢れて、今夜天へと昇っていく。天気予報を朝見た時には、どうやら今は少し曇り空のこの空も、夜には晴れて星が見えると言っていたから、きっと今夜は天の川が決壊することもないはずだ。だから、織姫やら彦星やらも、無事に会えるんじゃねぇのかな。 七夕のイベントの前に、七夕について少しだけ調べて来た。伝説だとか、言い伝えだとか、起源だとか。 七夕の夜は、星と星の逢瀬の日らしい。何ともロマンチックでむずがゆい響き。だけど本当は1年で1番優しくて、切ない日だ。 少し前までは、恋人同士が離れ離れになるってことがどういうことなのかよく分からなかった。それくらい、仕事一直線で駆け抜けていた日々。そういえば、織姫と彦星も出会う前は勤勉で、出会ってしまったがゆえに仕事をしなくなって天の神様から罰を受けたんだっけ。もちろん俺は、仕事を疎かにしているつもりはこれっぽっちもないけど、それでもアイツと出会ってから仕事以外のことを考える時間が増えたのは、悔しいけど否定出来ない。 だけど多分、それは決して悪いことじゃないような気がする。 だって少し前の俺だったら、こんな風に、優しい気持ちで今日の空を見上げることなんて出来なかった。 (…いつかアンタらも、一緒に暮らせるようになるといいのにな。) 無責任な願い事かもしれないけれど、そう思えるくらいには俺は今幸せって言えるのかもしれない。 ムカツクから本人には言ってやらねぇけど。…いっそ彦星さんとやらも、アイツ見習って何も気にせず飛び越えていくくらいのストーカー精神見せてやったら、万事上手くいくんじゃねぇの?…俺らみたいに。 なんて。 ああもう、なんて恥ずかしいことを。俺! 七夕の夜に犇めく熱気は、どうやら人を惑わせるらしい。 「あ!栄純君居た!」 「あ、春っち…、」 「もう!勝手に何してるの!そろそろリハ始まるってクリスさんが静かに怒ってたよ!?」 「うえ…!」 「っとに…目離すとすぐいなくなるんだから…。」 「だって、裏に居ると来てくれてる人の顔見えねぇしさー…。」 まだイベントで着ていた衣装のままの俺と違って、夜からのステージ衣装に身を包んだ春っちが、ゆっくり近寄って来る。 時計を所持するほどマメな方ではないから時間のことをすっかり忘れてた。 それくらい、見ていて飽きない光景。 そう言ったら、小さく息を吐いた春っちが、そっと横から俺と同じように顔を出した。 「…凄い人だよね。」 「な。」 「でも、時間は時間だよ。栄純君が遅れたら、この人たち全員に迷惑かかるんだから。」 …確かにそれは正論だ。春っち。 日が落ちたら、最低限の電力以外は全部落として、キャンドルに火を灯して野外ステージでライブをすることになってる。 街中に作った簡易ステージだから、普段のライブよりずっと小規模で、短い時間ではあるけれど。 「うっし、じゃあ用意すっかな!」 それが終わったら今日のスケジュールは全て終わりだから、家に帰ったらアイツに、…御幸に飯でも作ってやろう。 もしかしたら御幸の方が早いのかもしれねぇから、先に電話して、それから――…。 「…栄純君さ。」 「お?」 「今、御幸さんのこと考えてたでしょ。」 「ん、な…ぁ!?」 「分かりやすいなぁ。本当。」 「な、ちょ、ま、春、春っち…!なんで!?」 「なんだか一緒に暮らし始めてから、栄純君更に分かりやすくなった気がするよね。」 「だ、だから…!なんで!どこが!?」 図星をつかれて叫んだ声が裏返る。ほんっとわかりやすいなぁ、とクスクス笑う春っちを追いかけながら慌てて弁解するものの、取り合ってもらえなかった。 「でも仕事は仕事でちゃんとしないと、叱られちゃうよ。」 だって今日は、七夕だから。 「…んなこと分かってる!」 誤魔化したくて叫んだ一言に、更に笑われて俯く。…ああ、もう。 仕事はきちんとやる。そんなの当たり前だ! だって今日は、七夕だから。 キャンドルの灯るステージは、本当に星が落ちて来たみたいにキラキラしていて、最初俺の方が圧倒されるかと思った。 佇む黒の中に光る灯火に、どこか遠くへいざなわれてしまいそうな。あがる歓声、昇る熱気、今なら天の川だって渡れそうな気さえした。 そんな星と星が出会う宵闇の中に一歩足を進むと、生温い熱気が肌を掠める。温風が、そんな幻想的な空間を星ごと揺らした。 (…………あ。) そういえばここは、野外ステージ。 そう、街中の。 ステージに出る直前に見上げた先、空に向かって伸びるファッションビルを彩る電光の中。それは少し遠くて、ともすれば見逃してしまいそうなくらいの距離。けれどはっきりと、観客席に伸びる数多の星が流れる漆黒の川の向こう側に、その姿を見つけた。 そうだ俺、視力だけは良いんだよ。 「…なんだ、やっぱり会えた。」 相変わらず無駄にデケェよなぁ、お前の写真。 音と、声と、時間が混ざる夜の始まりの時間。 流れてくる音の波に体を預けた。 今日は、星と星の逢瀬の日。 それは星あいの日の夜の奇跡。 [←] |