不協和音のお姫様 | ナノ

不協和音のお姫様


*高校3年生秋



高校の文化祭程無秩序で、理性ぶっ飛ぶモンは無い。
普段、校則やら時間割やらに拘束されているネジみたいなのが外れるせいか、それはもうここぞとばかりにこぞって騒ぎ出す。
準備期間から日に日に上がる熱は、当日が近づくにつれどんどんその温度を増す。それは別にいい。楽しめるもんは楽しむべきだ。それは俺も同意する。だけど。


「…女子って本当こういうの好きだよなァ。」


小さくため息をついて一瞬脱力すると、「御幸君動いちゃダメ!」と高い声が下から俺を叱る。
それと同時に、グイッと思いっきり腰の辺りを引っ張られて、「うえ、」と反射的にうめき声が上がった。それでも容赦なくぎゅうぎゅう締めつける力は緩むことなく、女子の力とは思えないそれに、改めて女って恐ェよな…と考える内心。普段あんなにも可憐そうに見えて、一体どこにこんな力があるんだ。どこに。
問い正してみたいものの、生憎思いっきり体を締め付けられていて、声を出すのすら億劫で仕方なく黙り込む。すると暫くして、俺の周りをちょろちょろ動き回っていた数人のクラスの女子が、パッと距離を取って、次の瞬間キャー!と甲高い悲鳴を上げた。


「御幸君、超かわいい!」
「洋服も考えたけど、こっちが正解だね!」
「うちら超いい仕事したよこれ!絶対優勝狙える!」


キャアキャア手を取り合って騒ぐ女子達を見ながら、とりあえずくるりと軽く上半身を捻ってみると、床に付いた裾が地面を擦って、サラサラと衣擦れの音が響く。汚れないようにと引かれたビニールシートの上で、軽く動いてみると、予想以上の圧迫感に眉を寄せる。見た時から、動きづらそうだと思ってはいたけど、実際に着てみると、それは予想以上に窮屈だった。


「テーマは、花魁かぐや姫なの!」


おいおい、月のお姫サンすっかり地球の文化に染められちまってんじゃねぇのそれ。

俺のツッコミも虚しく、女子の一人が、大声でそう叫ぶと、周りの女子も楽しそうにはしゃぐ。楽しんで貰えるのは結構なことだけど、俺はいつまでこの格好で居させられるのか。目を引く鮮やかな紅の生地に、金で装飾を施された着物は、男の俺か見ても相当な代物のように思える。高校の文化祭のコスプレ如きに持って来られるようなブツではなさそうなのに、いいんだろうか。
まぁ、そんなことを考えてはみるものの、俺には選択権も拒否権もないわけだから、どっちでもいいんだけども。


「これでうちのクラスが優勝間違い無しだよね!!」
「ねー!」


女子特有の息の合い方で、和気藹藹と言い合う彼女たちはどこか活き活きとしていて、学校中を包む熱気が乗り移ったかのように皆それぞれ普段からは想像も出来ないくらいのはしゃぎようだった。
…まぁ、熱気がそうさせているのか、寧ろ彼女たちの熱気が学校中をふわふわと浮かれた気分にさせているのかは定かではないが、何となく後者のような気がしないでもない。
完全に上昇する熱がピークに達して、収拾がつかなくなる。そんな文化祭前日。
俺は明日のクラス出展の女装喫茶のための絶賛衣装合わせの最中だ。










「女装喫茶ァ?」


ジュースのパックに刺さるストローを咥えたまま、間抜けな顔で叫ぶ幼馴染。
向かいの席に座るソイツのある意味器用なその光景をぼんやりと見ながら、ため息を一つ。


「正確には、男女逆転喫茶。」
「男女逆転…?」
「それってつまり、女子が男装して、男子が女装する…お店?」
「そう。」


首を傾げる栄純の隣で、同じく首を傾げる小湊の言葉に頷く。数週間後に控えた文化祭のクラス出し物の話題が上がったのは、そろそろ文化祭だよな、って行事が好きな栄純から上がった一言に端を発した。秋に行われる文化祭は、流石私立というかなんというか、外部から他校や父兄の来場も出来る結構な規模のもので、クラスや部活の出し物にはそれなりに毎年気合いが入る。
特に最終学年である3年は最後の文化祭ってこともあって、部活も引退してるやつも多いし、それぞれクラス出し物に力を入れる事が出来るってことで、3年の各クラスの出展はそれはもう力の入れようが他とは比べ物にならない。それは俺のクラスも例外では無く、誰が言いだしたのか、内装まで本格的にした男女逆転喫茶をやることになった。…らしい。
実際それを決めたホームルームは珍しく半分ほど寝てて聞いてなかったから、後で倉持から聞いただけだけど。
その後幾度となく重ねられたホームルームでのミーティングで詳しい事を知って行くにつれ、俺が抱いた感想は「これ、誰が得すんの?」だったわけだけど、問いかけた先で倉持も同じようなことを言ってたのは記憶に新しい。この辺、女子の考えることはわかんねーな、と思った。
熱が入る女子と、どこか一歩踏み込みきれない男子。
どこにでもありそうな文化祭の構図が俺のクラスも例にもれず展開されていた。こういうときの女子は強い。っつーか、男子が弱い。

着々と進められていく準備になす術もなく従うことになりそうで、当日が軽く憂鬱。そう告げたら、大人しく聞いていた栄純の顔が一気に歪んで、ぶはっと大きく息を吐き出して笑い声を上げた。


「なんだそれ、すげぇ見たい!つーか絶対見る!」
「…お前、他人事だと思って…。」
「一也の!女装!ぶっは!御幸ちゃん…!!」
「モノ食いながら噴き出すなっつーの!」
「ぶはははは!一也が!女装!一也が!」
「連呼すんな、ガキかお前!」


げらげら笑い出す栄純に、流石の俺もちょっとだけ声を荒げる。そんな様子を、慣れた様子で小湊が観察しながら、その前髪で隠された目を俺の方に向けた。


「でも御幸君、似合いそうだよね。」
「…小湊までそんなこと言うわけ。」
「だってほら、顔が整った人って、女でも女でもいける顔になるってよく言うじゃない?」
「御幸の女装…!」


…栄純はちょっとしつこい。
そんで、小湊もなんで一人納得してんの。


「…で!で!何すんの!お前どんな格好すんの?スカート?」


興味津々で食いついて来る栄純にため息をつきつつ、この前のミーティングで決まった内容を思い出す。
それはもう、悲鳴を上げそうなメイド服やらナースやら、果ては巫女服やらなんやらいろいろあって、男子は悲鳴にならねぇ悲鳴を上げてたけど、それに比べたら俺はまだ可愛いもんだ。


「着物。」
「…は?」
「だから、着物。」
「…着物?」


キョトン、と栄純の黒目が丸く見開かれる。
それを肯定してやれば、さっきまでの栄純の噛みつかんばかりの勢いが目に見えて消沈していくのが分かった。


「えー…。」
「なんだよ、えーって。」
「だってつまんねーじゃん!こうもっと、フリフリのスカートとかさぁ…。」
「お前は俺にしねって言ってんの?」
「面白くない!!」


思いっきりきっぱり言われても、決定したのはうちのクラスの女子だし、文句言いてぇなら女子に言え。
さっきまでとは打って変わって、ガジガジと歯でストローを不満そうに噛んで唇を尖らせる栄純を見て、心底重いため息をついてやった。…実はメイド服も候補に挙がってたらしいってのは言わないでおこう。絶対めんどくさい。


「…そういや、栄純と春市のクラスは何すんの。」
「え?」
「え、」


綺麗にハモった二人の声。
話の流れ的に聞いてみただけだったんだけど、俺の言葉に栄純の動きがぴたりと止まった。


「お、お、俺んとこ…?」
「そう。クラス出展。何かすんだろ?」
「お、お、おお…、おお…まぁ、…うん、まぁ、…。」
「…何その挙動不審な反応。」


明らかに動きがおかしくなった栄純を見て、これは何かあるな、と予感じゃなくて確信を得る。
パックを握った手がブルブルと震えていて、なんでこいつはこんなに分かりやすいのかとちょっと不安になるくらいに分かりやすくて、「で、何すんの?」と容赦なく聞いてやれば、今度は慌てたように両目が泳いだ。


「べ、べつに!!つまんねーこと!!な!春っち!」
「えっと、」
「言うなよ!!絶対言うなよ!?」


小湊に耳打ちしてるらしい栄純の大音量の声が思いっきり聴こえる。何か隠そうとしてるのはバレバレで、それに苦笑してどうしようか迷ってる小湊をチラリと見たら、視線だけで小さく返された。
どうやら、聞いてやるなってことらしい。そんなに何かあんのか、と思わないでもないけど。


「…ま、別にいいけど。」
「…!いいのか!?」
「だって当日になれば分かるだろ。」
「う、」
「俺、休憩あるし、暇見つけてお前んとこ行くから。」


問い詰めて来ないことに、安心したように栄純の表情が緩むのは分かったけど、続く言葉にまたピシリと固まった。
そんなに隠したいこと?俺のクラスも相当だと思うのに、それ以上ってなんなんだ。



「当日、楽しみにしてるわ。」



とりあえず、俺に隠し事することに対しての罰はこの一言で。













「女子は衣装合わせしねぇの?」
「昨日集まってやったよー。」
「女の子はそういうの得意だから!」


ねー、って同意し合う女子を見てると、本当女子って強かだよなぁ…と、感心する。今日何回目かのハモリ。元気だわ、女子。
動きにくいから突っ立ったまま固まってると、それを見ながらあーだこーだ周りにワラワラ群がる女子達がそれぞれ色々なことを言うのを聴きながらぼんやりとしていると、女子に比べて同じく室内でいろんな格好させられてる他の男子の消沈具合を見て、何かすげぇ一瞬だけ悲しい気分になった。つーか俺、本当にまだマシな衣装で良かった。
倉持辺り死にそうな顔してっから、あとでからかいに行ってやろう。


「当日はカツラ被って貰うからね!あとメイクも。」
「…マジ?」
「やるからには妥協しないよ!」
「やー、ちょっとくらい妥協してくれてもいいんだけどな。」


…って、聞いちゃいねぇし。


(…ま、仕方ねーなー…。)


文化祭だし、と思ってしまう辺り俺もこの熱に逆上せてる一人なのかもしれない。
年に一度、しかも学生時代の悪乗りに付き合うのも悪くは無い。どうせやるなら楽しむ方がいいと思うのは俺の根っからの心情だ。


「なぁ、もうそろそろ着替えてもいい?」


とりあえず衣装は良いとして、それでも動けないのは不便だし、それなりに暑いしってことでそう声をかければ、満足したらしい女の子達がまたわらわらと群がっててきぱきと片づけてくれる。そのやる気にある種尊敬の念を感じながら、漸く解放されることに息を吐いた。当日を思うとまたちょっと頭が痛いけど。


そんなことを考えてぼんやりしていると、元からガヤガヤと折々騒がしかった室内の扉が突如思いっきり開く。


(え、?)


ざわめきが波みたいに部屋中に一瞬で広がる。
視線が一気に、開いた前側の扉に集まった。クラス全員分の二つの目が一気に向けられる。声を上げたのは、その来訪者の方だった。


「え、!?」


驚いたみたいな、戸惑ったような、そんな声。
この部屋も今、大概恐ろしい空間ではあるけど、扉に手をかけて固まる人物は、それ以上に異色だった。

どこぞの童話から抜け出して来たみたいなその服装。

(つーか、ドレス?)

目を見開いてきょろきょろする目が、ちょっとびっくりするくらいくるくると動いているそいつの、何にびっくりしたって、そりゃあ。


「…何してんの、栄純。」


それが、毎度お騒がせ幼馴染な栄純だったから、だ。

案の定俺の声にビクッと体を震わせた栄純が、何かを探すみたいにキョロキョロと視線を揺らす。


「え、!?」


その視線が俺を捉えたのか、上がる声に含まれる驚嘆に、ああそういえば…と、一瞬忘れかけていた自分の格好を思い出した。…が、正直栄純に驚かれたくない。


「お前、何してんの!?」
「…そっくりそのままその質問お前に返していい?」
「う…。」
「人のクラスに突然飛び込んできて…何してんの。」
「ううう…。」


部屋の入口で、思いっきりドレスの端を握りしめて立ち尽くす様子は、なんだか校舎にあまりにもアンバランスで、ちょっと笑えた。
手招きしてやると(なんせ俺は動けないから)、少しだけ迷ったみたいな栄純が、それでも招いた通りに大人しく歩いてくる。


「………ここ、一也の教室か…。」
「そうだけど…。お前なんなの、その格好。」
「…これは……まぁ、」
「…もしかして、お前が隠したかった文化祭のって、それ?」
「……………そう。」


ジロリと上から下まで眺めてやると、観念したみたいにコクリと栄純が頷いた。
視線があわせられないのか、ちょっとだけ低い栄純の目線が床に落ちる。衣装だけかと思ったら、そうやって伏せられる睫毛がいつも以上に長ぇから、化粧もちょっとしてんだなってことも分かった。


「………女装?」


確か出し物って被んねーように運営委員がしてんじゃなかったっけ。


「ち、ちが…!」
「違うも何も…。」
「お、俺、のクラスは…!演劇、で…!」
「演劇…。」
「これは、えっと、その、まぁ、いろいろあってだな…!!」
「……白雪姫。」
「な、なんでわか、…!?」
「いや、分かるじゃん、どう見ても。」


よく見ればそれは、どっかの某有名なネズミの国まっしぐらな白雪姫衣装で、黒髪の栄純がそのまま着てても何ら違和感がない。…違和感が無いって言ったらまぁ、あれだけど。


「…はは…!」
「な、なんだよ!笑うな…!」
「だってお前…俺のこと散々笑っておいて…結局お前も女装かよ…!」
「だーかーらー!笑うなっつってんだろ!馬鹿!」
「しかも、お前の方がスカートじゃねーの…!!」
「だーー!!黙れバカ一也!だから言いたくなかったのに…!!」
「“フリフリのスカート”…。」
「なぁ、ビンタしてもいい!?ビンタ!!」


悔しそうに唇を噛む栄純が、真っ赤な顔をしてこっちを睨む。
けど、今その格好でそんなことされても、全くもって恐くもなんともないわけで。


「いーじゃん、カワイーカワイー。」
「嬉しくねぇし!!」
「その辺の女子より可愛いかもよ?」
「だから、嬉しくねぇっつーの!!」


ポンポンと伸ばした手で頭を撫でてやれば、その下で栄純が唸る。
よく見れば確かにそれはすげぇ栄純にぴったりの配役で、何となく栄純のクラスの女子の様子も簡単に想像が出来た。


「褒めてんのに。しかも白雪姫って主役じゃねぇの?すげーじゃん。」
「爆笑しながら言うんじゃねー!!」
「笑って無いって。」
「笑ってんだろ!…しかもな!別に主役じゃねぇし!俺!」
「は?なんで?“白雪姫”だろ?」
「……まぁ、役はそうだけど…。」
「…?」
「………シンデレラだとか、親指姫だとか、何かほかにもいっぱいいんだよ、姫。」
「は?」
「なんか、バトルプリンセスだとかんとかで…。」
「………バトル…。」
「他のも全部男がやるんだけどさ!!もう教室がすげぇ恐いことになって逃げて来たってのに!なんかここも地獄絵図だし!」


…。
女子の考えることって本当わかんねぇよな。

地獄絵図、って言葉に周りの女子が「沢村煩い!」って反論するのを聴きながら、小さくため息をつく。


「大体、一也だ、って…。」


じろっと俺を見た栄純の目が、上から下までなんだか品定めするように降りて行く。そうじろじろ見られてるとさすがに居心地が悪いんですけど。沢村サン。


「………着物。」
「言ったじゃん。」
「そうだけど…。」


そうだけど、とぼそぼそと小さく栄純の声が落ちる。
ぷいっと視線を逸らされて、小さく首を傾げた。
まぁ、結構スキモノな格好してるとは自分でも思うけど。無言ってのはどうかと思うんですよ。栄純サン。


「…なーに、もしかして、惚れちゃった?」


あまりにも反応が無いから、冗談めかしてそう問いかけると、爆笑か文句の一つでも返ってくるかと思った予想に反して、カァッと一気に栄純の顔が真っ赤に染まる。

(え?)


「ん、な、な、な!な、わけねぇだろ!!バーカ!!」


そのまま顔面真っ赤に染めた栄純が、大声で捨て台詞を残して、来た時と同様にそれはもう騒がしく走って、ピシャンッ!と扉を閉める盛大な音を響かせて教室を出て行った。
あまりにも一瞬なその出来事に、俺はぽかんとするしかない。


「…ナニアレ。」


予想しなかった反応に固まるものの、少しして同じく固まっていた教室の中に、キャー!!ってさっき聞いたのよりずっとデカい女子の声が響くのだけが、妙に遠くから聴こえた。


(なにあれ。)


あんな、顔。
真っ赤に染まった栄純の顔が脳裏に焼きつく。


…とりあえず、後で色々と問い質すとして。
案外、当日は出来る限り女子に乗ってみるのも悪くねぇのかも、しれない。











「とりあえず、当日ヨロシクー。」
「オッケー任せて!沢村君が惚れ直すくらい、綺麗にしてあげるからね!」
「…やっぱ女子には敵わねぇよなァ。」













***
Happy Birth day ! dear my friends!

いつもお世話になっています、あーち様へのお誕生日プレゼント(^ω^)
オンオフ含めまして仲良くして頂いてありがとうございます!
拙い文章ですが、お祝いの気持ちと愛だけは込め、て…!

沢山の幸せがあーちちゃんに降り注ぎますように。
大好きです!




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