ベイビーベイビーベイビー | ナノ

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*番外編:組織時代の二人



ここは託児所か、と少しだけよれた白衣に身を包んだ沢村さんが、呆れたようにため息をつく。
その声に弾かれるように顔を上げると、そこにはさっきまで難しそうな書類だとかパソコンの画面だとかに釘付けだった沢村さんの黒い目が俺を見ていた。


「仕事は?」
「一段落した。」
「ふうん。」


ため息と共に、コキコキと沢村さんの肩が鳴る。
その顔は完全に疲れきっていて、目の下に薄ら浮かぶクマも随分とこの前見たときよりも濃くなっていた。


「沢村さんなんかすげー顔になってねぇ?」
「あー…、うん、今ちょっと、あんまり、さぁ…。」
「…もしかして上手くいってねーとか?」
「…そゆこと。」


俺の言葉に苦笑した沢村さんが、近くにあったカップを引き寄せて、またもや近くにあった粉をスプーンで数杯掬った後ポットからお湯を入れる。
仕事机と称するなんでも置き場の周りには、沢村さんが使いやすいように道具サークルを作っていて、基本的に数歩歩くだけで色々なものが揃う。
どっからどうみても、横着者の暮らす部屋だったけど、沢村さんは研究職だからそれも許されるらしい。


「大変だなぁ、沢村さんも。」
「だったらお前もちょっと俺んとこ来んのやめて、そっとしておいてほしいんだけど…。」
「えー。」
「えーって…。」
「それじゃあ俺がつまんねーじゃん。」
「…ワガママ。」
「だって俺、子供だし。」


ケラケラ笑いながらそう言えば、小さくため息をついた沢村さんが、仕方ねぇなぁ…と呟くのが聴こえた。
沢村さんはなんだかんだ言って、俺に甘い。最初にここに来た時から、もう次は来るなよと帰る時に決まり文句みたいに毎回毎回言われるけど、3回目にここに来た日以来、入口に鍵がかからなくなった。
沢村さんいわく、お前は何したって入ってくるからめんどくせぇからかけてないだけ、というけど、俺は勝手に許されたみたいな気になってちょっとだけ嬉しくなってる。
沢村さんに会うまでは、俺は世界は黒しかないものだと思ってた。
黒と、そして時折混じる赤。そんなシンプルな配色で構成された世界が、実はもっと複雑で、綺麗なものだと知ったのは、沢村さんに出会ってからだ。
新しい研究員が入る、と、偶然聴こえた言葉に、なぜか興味を持って、そして偶然出会ったこの人に、他の人には感じたことのない魅力を感じた日から。
それから、世界は俺が知っているものよりもっとずっと広くて大きいことを、知った。


「…じゃあ子供な御幸クンに俺がお手製のココアを入れてやろう。」
「えー、いいよ。沢村さんが入れると激甘なんだもん。」
「甘くねぇと意味ねーじゃんか。」
「……。」
「な、なんだよ…。」
「どっちが子供…。」


例えば、そう。
ココア、って飲み物が甘いことを知ったのも、沢村さんが最初に俺にそれを出してくれた時だ。
今まで食いものっていえば、味なんて感じたことなくて、驚いたのがまだ記憶に新しい。
舌に刺激を感じたのは、もしかしたらあの時が生まれて初めてだったかもしれない。
甘い。そして甘いものが、美味しい。美味しいものを食べると、幸せ、になる。
そんな幾つも重なる初めての感情を、教えてくれたのは沢村さんだった。


「誰が子供だって…?」
「沢村さん。」
「俺の背の高さの半分も行ってねぇようなチビにガキなんて言われたくねぇんだけど!」
「だーから、そういう反応が子供っぽいんだって。」


怒ったように眉を寄せる。さっきまでの困ったような顔。そしてたまに見せてくれる、笑顔。
人がこんなにも豊かな表情を浮かべることが出来るということも、知らなかった。
沢村さんは俺に沢山の初めてをくれる。
まるで吸収するみたいに、俺はその一つひとつ全部忘れないように、体や瞼、記憶に刻み込んだ。

沢村さんの会う前と今と。
俺を取り巻く世界は変わらない。朝起きれば真っ暗な部屋で、言われた通りに、やるべきことだけをこなす。夜はまた暗い部屋の中で一人、自分の姿さえ見えない闇の中で再びその扉が開くのを待つ。
それだけの毎日。何も変わらない。
でも。


「…ま、じゃあ俺はそろそろ帰るかな。」
「おー。帰れ帰れ。そんでもう次は来んなよ。」
「ハーイ。」


お決まりのやり取りを定型文のように返して、俺は座っていた机から、ぴょいっと飛び降りた。


「あ。そうだ御幸。」
「ん?」
「お前怪我多いから、コレやる。」


そのまま部屋を後にしようかと思っていたら、通りすがりに沢村さんに軽く手を取られて、その手になにかを握らされる。
カサリと音がして、思わず握りしめた手を開くと、そこには数枚のテープがあった。


「絆創膏?」
「そ。」
「……。」


ひらひら手を振る沢村さんと手の中のものを一瞬見比べて、それからぎゅっともう一度握りしめる。


「…アリガトー。沢村さん。」


そのまま走って部屋を後にした。
沢村さんから、初めてモノを貰った。ココアとか、飯の残りとか、たまにそういうのは貰ったりしてたけど、これは違う。

(…ぜってー使えねぇわ、これ。)

血が流れてると汚れるから不便で、絆創膏だとか包帯だとか、そういうもんを貼りまくってるけど、これだけは使えない。
そんなことを考えながら、ふわふわとした気分で部屋へと向かう。

世界は変わらない。確かにそう。何も変わらない毎日。怪我の数も、するべきことも。何も。

でも、そんな毎日の中で、沢村さんと過ごす時間がたった数十分、数時間あるだけで、幸せな気分に変わる。
こんなことも、初めて知った。


(こういうのが、嬉しい、って気持ちか。)


今日もまたあの人から貰った新しい感情を、手の中に握りしめた絆創膏と共にしっかりと抱いて、明けない夜の佇む部屋と帰る。
神様ってやつがいるとはこれっぽっちも思ってねぇけど。でも。

もし少しでも何かそういうのがいるんだとしたら、ちょっとでいいから、沢村さんとこうして過ごせる時間が長く続くように、願っても俺も許されるんだろうか。








***
楔名様より頂きましたイラストから派生したお話になります。
(楔名様からの素敵な頂き物はこちら
ご本人様に勝手に送り付けるという暴挙をおかしたものです…!
あまりにも素敵な組織パロのイラストの世界観に触発されて滾る滾る…!
この時代の二人は凄く御→→→→沢に見えて、実は沢村さんも悪い気はしてない…と思うので、案外矢印は同じくらいなのかもしれません…(^ω^)
とりあえず、ちょっと書きたいネタがあるので、投下しておきます!

楔名様、この度は素敵なイラスト本当にありがとうございました!
稚拙な文章くっつけてしまって申し訳ありません…!本当にありがとうございます!大好きです!



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