それは実際とても非生産的な |
正直、キスはあんまり好きじゃなかった。 というか寧ろ逆に、苦手って言ってもいい。それくらいだ。 セックスくらい欲望に忠実かつ堅実的なはっきりとした行為は別として。 キスって行為に一体何の意味があるのか。 唇を重ねるだけで、そこに生まれる何かもなければ、無くなる何かも無い。 特に、ディープキスってやつは更に苦手。 妙に生々しくて動物っぽいというか、野生っぽいというか。 唇に残るリップだか口紅だかみたいな感触も好きじゃなかったし。 だから総じて結局、俺はキスが嫌いなんだな、とぼんやりと思ってた。 「沢村ー。」 「…。」 「さーわーむーらー。」 「……。」 「はい、何なの、お前。つーか、なんで無視されてんの、俺。」 「…知りたいなら自分の頭に聞いてみろ。」 「…それ言うなら心な。お前、国語ちゃんと勉強してる?」 練習終わり、5号室を訪ねてみたら、珍しく沢村一人で。 倉持や増子先輩はと聞けば、他の部屋にゲームしに行ったり自主練だったりと、とにかく暫くは帰ってこない様子だったから、俺はこれ幸いと追い返される前に、なんか文句でも言いたそうな沢村の隣を陣取った。 そんな想定外に訪れた二人っきりの時間に心躍る俺とは逆に、何だかご機嫌ナナメだった沢村。沢村が俺に対してツンケンしてんのはいつものことだけど、さっきから話しかけても完全無視で、さすがにどうしたのかと聞いてみてもやっぱり無視だった。 「俺、なんかしたっけ?」 生憎今日は何も身に覚えが無い。 そもそも、練習が終わった時は普通だったと思う。 首を捻って沢村を見れば、さっきと同じ、何か言いたそうな顔をしてると思ったら、うーとか、あーとか、意味わかんねぇうなり声あげながらガッシガッシ頭をかきながら唇を尖らせた。 「御幸先輩…はさ。」 「ん?」 「いっつも俺んトコ来るじゃないすか。」 「まぁ…。…何、ソレが嫌で怒ってんの?」 「いや…そうじゃなくて…。」 うぐうぐ言ってる沢村は傍から見たらおかしいヤツだけど、まぁいつものことだから放っておいてやった。(ここで口出したら折角話し出してんのに、本格的に拗ねそうだし。) 「だから、今日は俺が行こうと思ったのに、結局アンタに負けたからなんか悔しくてむかついた。」 一瞬、間抜けにもポカンと口が開いたまま閉じなくなった。 …ったく、本当に、反則だと思う。こいつ。 予想外にも程がある。好きだってことすらマトモに言えないヤツが、これは本当、卑怯。 いつでもストレート一本だと豪語してる割には、沢村の言動はぐにゃぐにゃに曲がってる。 (…キス、してぇな。) 唐突にそう思った。 ああ、今、沢村とキスしたい。 言葉じゃなくて、もっと違う何かが欲しい。 引き寄せて、抱きしめて、驚いた隙に声ごと奪って、それで。 そうか、キスがしたいってこういう風に湧き上がってくるもんなのかとストンと心に落ちてきて、一回そう思ったら止められなくなった。 (キス、嫌いだったけど、こいつとすんのは嫌いじゃねぇんだよ。これが。) 唇を重ね合わせるだけ。 やっぱりそこからは何も生まれないけれど、一つ分かったことがある。 (キスする度に、お前のことまた好きになっていく気がする。) これがこの行為の意味なんだとしたら、突然これが凄くいいことのような気がしてきて、自分の思考の単純さにおかしくなった。 「沢村。キスしていい?」 …悪い、返事は聞かないけど。 [←] |