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電車に揺られながら目を閉じる。 さっき、沢村に電話を入れたらついに繋がらなくなっていた。 あいつは一体何を考えているんだろう。 ただの「嫌な予感」でしかなかった考えにいよいよ現実味が増したような気がして、首筋にぞくりと悪寒が走る。 バッグからキーケースを取り出してそのうちの一つの鍵を指先でなぞった。 沢村の家の、合鍵。 このまま、沢村の家に行って顔を合わせたら、あいつはどんな表情を浮かべて第一声に何を告げるんだろう。 正直、この五年間俺がしてきた事を振り返っても、未だに俺はたいした事をしたように感じられない。 ただ、なんとなく沢村には知られたくなかった。それだけ。 沢村とはその時付き合っていなかったし、もし沢村があの時側にいたのなら絶対にあんな事してなかったと言いきれる。 でも、もし沢村がその事に対して俺に嫌悪感を持ってしまっていたら。 わからない。 俺と沢村は根本的に考え方が違いすぎる。 沢村の家の最寄り駅の一つ前の駅。 待ち時間が異様に長く感じたのに、発進仕出したら異様に短かったような気がした。 □■ 沢村のアパートに着いて鍵を取り出した。 電気はまだ点いていない。 もう結構遅いのに、まだ帰って来てないんだろうか。あるいは寝てるとか。 鍵を捻って中に入っても人の気配が無くて少しだけ安堵したような、肩透かしを喰らったような。 整ってる訳でも無ければ乱雑な訳でもないこの部屋には沢村の匂いが充満してる。 ソファに腰掛けると前沢村が紅茶を零した時のシミが残ってて少しだけ笑えた。 さて、来てみたはいいものの沢村が帰って来た時どんな話をすればいいのか。 今の俺には沢村しかいないのなんか沢村だってきっと分かってる。 それでも結局それを伝える事しか方法が思いつかない。 出てけと言われたら? 別れるとは言われなくてもしばらく距離を置こうと言われたら? (距離を置こう。なんて。) 何だか言い兼ねない気がして嫌だ。 スーツのジャケットも脱がないままソファに深く沈み込む。 いつも来ているこの部屋で、今日はリラックス出来そうもなかった。 今日は出先の資料を間違えるし、社食はオーダーしたものが出て来ねぇし、電車の中じゃピンヒールに足踏まれて穴開くかと思ったし。 結局俺は、沢村が俺の側で笑ってねぇと。 なんか、ダメ。いろいろダメだ。 目を閉じても浮かぶのは沢村の泣き顔ばっかりだ。 笑顔だって同じくらい見ているはずなのに。 溜息をついて腕時計に目をやった。 短針がもうすぐ10の数字を指そうとしてる。 (…っつか、マジで遅くねぇ?) まだ中日だしそこまで忙しくないだろ? 飲み会?月曜なのに? 友達と飯…とか? 彼氏と別れたとか言ってたら? それ言ってるの男だったら? 「……は、」 頭を振って目を閉じた。 俺らしくない。思考がこんな風に転がるなんて。どっかの乙女か。 鳴りもしない携帯を取り出して握りしめても反応することなどなく、ただの無機物の塊だ。 落ち着かない。 あぁ、そういえば少し前まではこんな気持ちになるといつも煙草を吸っていた。 カチカチ。 カチカチ。 この部屋の時計の音はこんなに煩かっただろうか。 短針がいよいよ11時を指そうと言う時に絶望的な気持ちになって立ち上がる。 それと同時に玄関から鍵を差し込む音が聞こえて帰ってきた、と思うより早く駆け出してた。 「沢村!」 「御幸……。来てたのか。」 なぁ、沢村。俺本当にお前が好きなんだ。 お前にしか触りたくない。お前だけだよ。 過去の事は変えられないけど、未来は全部お前にやるから、なぁ、なぁ、お願い。 笑って。 「…俺は絶対に別れねぇからな。」 「へ?」 「あ」 色んな考えが一瞬で脳内を巡ってホワイトアウトした。 焦点が沢村を捕らえたと同時に色んな段取りをすっ飛ばして本題に入っちまった自分に気付く。 沢村は悲しいんだか怒ってるんだかよく分からない顔で眉を寄せて唇を尖らせた。 「……別れるって、なに。」 「は?」 今度は俺がさっきの沢村と同じ反応を返してしまう。 沢村は鍵をかけてからくるっと俺に向き直る。 「…だって、お前全然電話出なかったじゃん…。」 「…出なかったのは、悪かったけど!電話、返そうとしたら線路に落っことしちまって。」 コナゴナ。 と沢村は新しい黒の携帯を取り出して俺の目の前に突き出した。 「今日も帰りとか…すげえ遅いし。」 「お前ん家行ってたんだよ。番号分かんねぇし、直接行こうと思って。」 なのにお前全っ然帰ってこねーし! 思い出せば怒りが込み上げて来たのか俺の肩を軽く小突いた。 その手首を掴んで抱きしめると、沢村も俺の背中に腕を回した。 柔らかい沢村を抱きしめると何故だかいつも俺の心も柔らかくなっていく気がする。 「…電話、無視して悪かったよ…。」 「ん。いいよ。」 「あの時、御幸が俺の名前、すげえ優しく呼んだから、」 「うん。」 「他の子の事もあんな風に呼んだのかと思ったら、泣きそうになって、」 「……。」 「でも、知られたくなくて、そんで。」 「馬鹿だなぁ、お前。」 「バカ!?」 胸の中で沢村がムキッと牙を剥く。 馬鹿としか言いようがねぇよ。 他の人間と同じ扱いなんか絶対しない。 いつも沢村だけ誰もいない俺の一番柔らかいところにいるのに。 「じゃ、嫉妬してくれた訳だ。」 「………した。」 「お、」 珍しく素直。 顔を見ようと覗き込むと沢村が体当たりで俺の体を押してきて、バランスを崩してそのまま二人玄関に倒れ込んだ。 「ぁてて、」 「…のくせにっ!」 「は?」 「御幸のくせに前の彼女と言いあの子といい可愛い子ばっかで生意気だっ!」 「…前の?」 あー、そっか。前会ったヤツ彼女と思ってたか。 …まぁ黙っとこう。もう拗れるのはゴメンだ。 上体を少しだけ起こしても俺の腹に乗ってる沢村は頑なに胸に額を押し付けて顔をあげようとしない。 「御幸なんか俺で充分だ!バーカ!」 見えるうなじを撫でようと手を伸ばせば吐き捨てるようにそう言われて動きが止まった。 何こいつ。 可愛い。 超可愛い。 「…お前で充分か。」 「俺で充分だ!」 「ははっ…。だったら俺、無敵だわ。」 そう言って頭を撫でると回ってる腕の力が強くなった。 沢村の顔は見えなかったけど耳が赤くなっていて、どうしようもないほどいとしくなった。 「…お前と付き合ってると、俺、変になる。」 「偶然だな。俺もだ。」 「別の誰かと付き合ってただろうなって思ってたのに、嫌だ。」 「…うん、ごめんな。」 「俺だって別の人と付き合ってたのに、変だろ?」 「……は?」 「へ?」 沢村の肩を掴んで俺の身体から引き離すとワケが分からないと頭を捻る。 …そっか。俺以外に沢村と付き合ったヤツがいるのか。知らなかった。 いや、多分そうだろうなって思ってたから聞かなかったんだが、コイツ、相変わらず空気読まねぇな。 あー、ダメ。すんげぇ腸煮え繰り返るわ。 俺以外の誰に触らせてんだよ、コイツ。 「沢村。」 「お?」 「引っ越そう。」 「はぁ!?」 「明日は会社休め。物件探しするから。」 「いやいや、何だ急に!?」 「一緒に暮らそう。ちなみに拒否権ねぇから。」 「待て!何だその勝手な話の進め方は!」 「いやー、やっぱお前は俺が側で見といてやんねぇとダメだな。危なっかしくて。」 「何が!?」 そんで俺はお前がいねぇともっとダメ。 それは言わずに喚く沢村に優しく笑って唇を落とすと小さく俯く。 沢村がなんだかんだ俺のこの顔に弱い事なんてお見通しだ。 「…無理。」 「なんで?」 「だってそんな、イキナリ会社休めねぇし。」 「うーん。」 「でも、週末、なら。」 「ん?」 「週末なら、大丈夫。」 「…ははっ!」 そう言って俯く沢村の頭のてっぺんに笑って唇を落とした。 いつも眠るときにするような柔らかいキスを。 抱きしめるといつも沢村の空気は清浄で。 暖かくていい匂いがした。 早く週末になればいいのに。 俺とお前しか知らない空間が早く欲しい。 「どうせなら家買っちゃう?」と聞くと沢村は「気が早い!」と俺の脇腹を叩いた。 お前に伝えたい言葉がたくさんある。 おはようだとか おやすみだとか。 *** 「確かに。」の蕗様より、年賀状のお礼に頂いてしまいました。 パニクる前に、大切なことだけはしっかり言っておきます。最後の理性です。せーーの、崩壊! うああああああ……。°(°´Д`°)°。ガタガタガタガタ ああああ…!なんということでしょう…!なんということなの。 こちら、蕗様のサイトの社会人パロのその後なのですが、実は私その蕗様の社会人パロの大、大ファンでして…! 何回読み返したか分からないよ、一番最初に読んだ時なんて未だ覚えてるけど、深夜から明け方にかけてだったから思いっきり号泣して次の日大変だったよ。そんな大好きな大好きな作品の、その後を! まさか、書いて、頂ける、なんて、そんな、まさか、そんな。 とりあえず私そろそろ寿命なんじゃないかと本気で真顔で思います大丈夫だまだ生きてる。 本当今回もまた…死にそうに泣きそうに御幸もう沢村もううああああ…! 自他とも認める蕗さんクラスタの私ですが、今回ばかりは本当に夢かと思いました。現実だった時に赤面ガッツポーズしたよ、春っちに負けない。 感想とか語りだしたら洒落にならない長さになりそう…とにかく沢村ちゃんが可愛い。御幸も可愛い。二人とも可愛い。好きすぎて辛い。 年賀状なんてもう今思い返せば本当に恥ずかしいものを送り付けたという記憶しか…!あわあわ…! もはや竿無しで、手づかみで鯛を取りに行ったレベル…。ああもう幸せです…! 幸せ過ぎて今なら飛べるね。ええこの重たい体重が一気に宙に浮きますとも! 蕗様本当にありがとうございました…!もう本当に…!素敵なものを頂きすぎてガタブルします…! 本当に大好きです(´;ω;`)うう…幸せ…! 本当にありがとうございました!ぎゅう! [←] |