say don't good-bye | ナノ

say don't good-bye


『確かに。』様の社会人パロのその後




「御幸ー、今週末コンパすんだけど来てくんねぇ?」
「やー、無理。」
「マジかよ。お前目当ての子がいるのにどーすっかなー…。……例の彼女と上手くやってんの?」
「ハッハッハッ。そこはご想像にお任せするわ。」
「おっまえ、あんだけ手当たり次第遊びやがって…!その上本命にコロンと落ち着きやがって!いつか罰が当たるぞ。」
「え?呪い?勘弁してよ。」

同僚が書類で人の頭をペシペシと叩いてくるのを笑いながら手で払う。
この時は本当に罰が当たるなんて思ってもみなかった。









「御幸、さん?」
「は?」

日曜日。沢村と待ち合わせをしてる時に名前を呼ばれて振り返るといつぞやのコンパで知り合って二回ほど寝た女。
ちょっとした火遊びのつもりでしかなかったので、沢村と付き合う際にきちんと話合った(?)メンバーには入ってない。

「御幸さん。えー、こんな所で会うなんてスゴイ偶然…。ふふ。」

人の二の腕にペタリと手を置いて胸を近づけさせる。
沢村の慎ましやかな胸に慣れてしまった俺としてはこの子のデカイ胸はもはや凶暴な武器にしか見えない。
鼻腔に拡がる甘ったるい香りに自然と眉が寄って、毎日のように嗅いでる沢村のミルク系のボディソープの匂いが恋しくなった。
というか、マズイ。沢村は色々と雑な人間だが、時間に関してはかなり正確なほうだ。あと5分もしたら来てしまう。早めにこの女撃退しねぇと。

「お一人ですか?私、待ち合わせまでに時間があるんですけど、良かったら」
「わりぃ、今待ち合わせしてんの。彼女と。」

ニッコリ笑って早くその手を退けてどっか行け、という雰囲気を出す。
すると女は俺の二の腕から手を離して、目を所在無さげに揺らした。あと一押しか。

「わ…、」
「御幸、もう来てたのか?いっつも早く来過ぎなんだよ!お前!」

…遅かったか…。

5分前集合を地で守る沢村の姿を見て、今更昔の自分のハッチャケっぷりを後悔したがもう遅い。
沢村は俺と女の姿を交互に見てから、びっくりするくらい挙動不審になった。

…何でお前が挙動不審になっちゃうのかしら。お前はでーんと構えて『御幸に触っていいのは俺だけ』みたいな顔をしてくれればいいのに。
…しないか、しないわな。沢村だしな。

なんてことを考えること僅か二秒。女は沢村の姿を見て俺に会釈をした。

「じゃあ、御幸さん。私行きますね。」
「あぁ。」

何だ、結構話の分かる女だな、なんて思うのも束の間。


「御幸さんの部屋に置いていった下着、処分しておいて下さいね?」


すっげぇいい笑顔で言われた。
あー……。女ってホント獰猛なイキモノだよな。
下着なんてぜってぇ忘れてねぇし。あっても即処分してるだろうし。
ちらり、と隣にいる沢村を盗み見るとあわあわと女の後姿と俺の顔を交互に見る。



「か、カノジョ?」
「………それは元カノかどうかが聞きてぇのか俺が二股かけてると疑ってるのとどっちだ。」
「あ、も、元カノ?」

沢村が慌てて聞き直す。…なんか、どっちの悪事がばれたのかわかんねぇな。

「や…、元カノじゃねぇ。」
「い、今カノなのかっ!?」

顔面蒼白で聞いて来る。そういうバカなところもとっても好きなんだけど、もうちょっと察し良くなってくんねぇかな。

「やー…、付き合ったことねぇ、し…。」

首の後ろをバリバリと掻きながらそう言うと沢村の表情が険しくなった。

「…………へぇ。」

普段太陽のように笑う沢村の恐ろしいほどに冷たい目と普段よりオクターブ低い冷めた声。
ギク、と体が固まると沢村がチラっと冷たい視線を投げかけてきた。

「御幸って付き合ってもねぇのにそういうことするんだー。へぇー。節操無しなんだなー。」
「いやっ、違う!誤解だ!」

正直誤解でもなんでもないが、ここは誤解と言い張る。
でも俺沢村に対しては相当一途だし、沢村のこと溺愛してるし、沢村以外見てないし、っていうか嫉妬されるかと思いきや俺の貞操観念について説教を喰らうなんてやっぱり想像の斜め上を行くやつだなって今はそんなことどーでも良くて!

「へー。そういや、俺とも付き合ってないのにそんな感じになったしな。ふーん。」
「や、待て待て!」

ムスッとしたままズンズン進む沢村の手首を掴んで引き止めると、びっくりするぐらいの冷たい目。普段明るいばっかのヤツがするこういう目は信じられないほどの威力を発揮する。
少し怯んだけど、ここで引く訳には行かない。

「それは違うだろ?あん時は俺がお前のこと好きで好きでしょうがなくて、お前も俺のこと好きだったからそーなったんだろ?一緒にすんなよ。」
「えっ う、あ… 〜っ ま、まぁ、そう、か、な…。」

あ、デレた。

真っ赤な顔を背けながらそう答える沢村は耳がピクピク動いてる。
あー…ダメだー…。コイツの愛くるしさは俺の理性の破壊力抜群だー。
来たばっかだけど家帰りてぇとか言ったら怒るかな。別にホテルでもいいんだけど。
いや、そんな事考えてる場合じゃねぇだろ俺。早めにこの状態を修復しねぇと。
極力甘く、宥めるような、請うような声を出して手を伸ばす。

「沢村――…、」
「、っ!」

沢村の肩に手を置くと瞬間的に振り払われた。
振り払われた手を見てから沢村を見ると、手を振り払った沢村自身が驚いたような顔をして、それから気まずそうに目を逸らした。
哀しそうにも見えた。

「さ「御幸っ、俺、お腹痛くて…ごめん…今日はもう帰るな!また、埋め合わせするから…ゴメン…。」

俺が言葉を紡ぐ前にそう言うとまるで逃げるように人ごみの中へと溶けていった。

追いかけなきゃ、そう思ったのに沢村のさっきの驚いたように開かれた瞳が目に焼きついて、その場に縫いとめられたように足が動かなくなった。

あぁ、この足元が無くなっていく感覚。
沢村と別れた時の。朝、沢村がいなかった時の、あの。
感覚の記憶を思い出せば体はますます凍り付いて、ついにその場から見ていた沢村の小さな背中は消えて行った。

俺は、いつからこんなに臆病に。
沢村とまた付き合えるようになってから。
五年前、沢村と別れてから。

違う。沢村と初めて出会ったあの瞬間から俺はもうずっと臆病だった。



頭が考える事を拒否するように靄がかかる。
どんな考えを拒否してるのかは自分で分かっていた。
経験した事があるぶん俺にとって沢村との別れはずっとリアルで、怖い。
次沢村を失ったらきっと自分は壊れてしまう。

停止した思考のまま沢村の番号をダイアルする。
何度も、何度も。

だけど、沢村は一度も出なかった。





□■





「御幸ー、もう出る?出る前にちょっと教えて欲しいことが…って何だその顔!」
「あ?」
「クマ。すげぇ。」
「あー…、昨日寝れなくて…。」
「何だよ、彼女と喧嘩でもしたのかー?」

概ね当たり。
ゆるりと視線を向けると一体俺はどんな顔をしていたのか、同僚は一瞬肩を揺らして口を噤んだ。

「…お前そんな顔で客先行くの?」
「行くしかねーだろ。アポ取ってんだし。」

溜息をつきながら答えると同僚が呆れたように肩を竦める。

「どんな内容で喧嘩してんだか知らないけど、女の激情には逆らわないで、ひたすら平謝りするのが仲直りの一番の秘訣だぞー?」
「んー…。」

謝らせてさえくれない場合はどうすれば?
沢村と別れて、穴を埋めようと数ばっかり増えていった俺の女遍歴。
沢村の前には何一つ役に立ちやしない。
書類を整えると寝不足で視界が一瞬霞んだ。


(どうして俺は五年も、あんな無駄な時間を…、)


好きでもない女と簡単に関係を結べる俺。
口が上手くて軽く人を騙す俺。

そんななかで沢村の事を好きな気持ちだけがいつまでもいつまでも純粋なままだ。
無くしたくない。絶対に。
例え当の沢村にいらないって言われても。

例えば、カッコイイ男なら、沢村が望むなら、とこのまま身を引いたり出来るんだろうか。
五年前、沢村に別れを告げた俺はちっともカッコよくなんかなかった。
みっともないと言われてもいい。身を引くなんて真似は俺には到底出来そうもなかった。




02




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