目隠し世界 | ナノ

目隠し世界



あの声で呼ばれることがいちばんくすぐったくて、大切だった。





「倉持、いま帰りか」
「…クリス先輩」
「一緒に帰っても?」
「うす」

愛想のひとつもない自分の答えに、優兄は少し笑うとさりげない動きで隣に並んだ。
歩くスピードも、この距離感も、この17年間で培われてきたものだ。

ずっと一緒にいたから。
生まれたその日からずっと、ずっと。

「テストは大丈夫そうか?」
「んー、うん」
「そうか。まぁそこまで心配もしてないが…あまり授業をサボるなよ。テストで満点取っても素行で評価を落とされるぞ」
「進学しないから別にいい」
「…まったく」

ふぅ、と少々わざとらしく吐き出されるため息。
でもこれは呆れてるわけでも、怒ってるわけでもなく。ただ、やっぱりな、という理解を示すものだから。

(どこまでも優しい―――でも優しい、だけ)

この幼馴染みの隣にいれることを昔の俺は純粋に喜んでた。
頼りがいがあって、優しくて、厳しいことも言うけど常に俺の味方でいてくれた。何だって優兄には話せたし、弱いところもたくさん晒してきた。

でもそれがいつの頃か辛くてしかたないものになった。

優兄は優しい。でもその優しさは平等だ―――残酷なまでに。

俺にとってはたった一人の大切な人。でも優兄にとって俺は大勢の中の一人。
同じ学年の女子と一緒に帰る優兄の姿を見た中二の秋、それを痛感した。

そこから俺は意識して距離を取り始めた。
優兄はちょうど受験だったし、あまり邪魔するなって親にも釘さされてたし。

優兄が高校に入ってからは生活リズムも微妙にずれてますます溝は拡がって、すれ違うことも多くなった。

そのまま離れてしまえばいいのに、それでも優兄と同じ高校を選んでしまう辺りが辺りが俺の甘さだ。
この人のレベルならもっと上にも行けたのに、俺でも行けるくらいのとこになんて進学するから。家からいちばん近いなんて理由出されたら、俺もそれに倣ってしまうじゃないか。

「―――倉持?」
「…っ、あ?なに?」
「いや…ぼんやりしてるから。大丈夫か?」
「…平気」

熱でも測ろうとしたのだろう、伸ばせた腕から逃れるように一歩退くと、目を瞬かせたあと苦笑して腕を下げる。


もっと強引に腕を伸ばしてくれたら、この距離を埋めてくれたら、しっかりと捕らえてくれたら―――。


「早く帰ろう、倉持。一晩休めば良くなる」
「――、っす」

拡がった距離感と未だ慣れない呼び方、呼ばれ方。



俺が望んだものは、本当にこんなものだったんだろうか。

















(あれは、)

見慣れた後ろ姿。低くはないが、今のところ本人の希望するほどには伸びてない身長と、真っ直ぐに伸ばされた背筋。わざと立たせているけれど実は意外と柔らかい髪。よく引き締まった体と、少しだけだるそうに運ばれる足。

頭の天辺から足元までじっくり眺めてしまった自分に軽い自己嫌悪。
それを振り払うように小さく息を吐いて声を掛けた。

「倉持、いま帰りか」
「…クリス先輩」

未だに慣れない呼ばれ方なに心が軋む。

「一緒に帰っても?」
「うす」

それをひた隠しにして何気なさを装い問えば、すんなりと返答を得る。そのことに安堵して少し笑みがこぼれた。

さりげなく緩くなる速度。洋一と並んで歩くときに少しだけ歩調がゆっくりになるのも昔からで、変わらない部分に泣きたくなる。

「テストは大丈夫そうか?」
「んー、うん」
「そうか。まぁそこまで心配もしてないが…あまり授業をサボるなよ。テストで満点取っても素行で評価を落とされるぞ」
「進学しないから別にいい」
「…まったく」

いつもと変わらない答え。わかっていても問うのはもしかしたら気が変わってるんじゃないかと期待しているから。

一つ下の幼馴染み。ずっと一緒に育って、いつも隣にいた。

半ば自動的に中学までは同じ学校でいれたけれど、高校では進路が分かれる可能性が高くなる。それを一つでも潰したくて、担任の言葉を無視して今の高校を選んだ。

同じような通学時間でも他に学校はあるのに、同じ高校に進学した洋一の姿に感じたのは喜び―――と、後ろ暗い期待感。

思春期を迎え、他人との距離を取り始めた洋一は、例外なく俺との間にも溝を作った。無理やりそれを埋めることはできた。でもそれをしなかったのは、本気の拒絶が怖かったから。

少々離れても、二度と埋めれない溝を作ってしまうよりは、と怯えた弱い自分が招いた現状。

隣にはいれる―――頻度は下がったけれど。並んで歩ける―――言葉数は減ったけれど。まだ近い、と言ってもいいはずだ―――視線は交わらないけれど。

ふ、と。隣を見れば、心ここにあらず、という風にぼんやりと歩いている。
口数は少ないけれど、こんなに隙だらけになることは珍しい。体調不良かと名前を呼んだら、二回目で返事をした。

心なしか頬が赤い気がしてついクセで伸ばした腕を嫌がるように一歩下がられる。

その反応に、というか、その反応にものすごく傷付いてる自分がおかしくて暗い笑みを浮かべてしまう。


なんて弱い自分。
何一つ壊したくなくて、何一つ手に入れることができない。


「早く帰ろう、倉持。一晩休めば良くなる」
「――、っす」

固い態度、表情、言葉。



俺はこんなものが欲しかったわけじゃない。







***
「1mg」のこうつきしあこ様より、素敵クリ倉小説頂いてしまいました!これを強奪と言わずに何と言u(ごふ
先日お相手して頂いた岡山合作オフでは、御沢率が言わずもがな高かったのですが、それ以上に「出たネタとりあえず全部書いちゃおう☆」というノリで、「シリアス要員といえばー…クリ倉?」という一言から生まれ出た小説です//
「しあこさん、この二人うちにお嫁に欲しいな…チラッ、チラッ、」とまたもおねだりに成功して、お嫁に頂いてしまいました(⊃∀`* )///
もう…もう、涙無くしては見れないふたり…!幸せにしてあげたい…悶々、悶々…!
しあこさんの文章が綺麗過ぎて、涙で視界がぼやぼやします…。
クリスも倉持もかっこいい可愛い綺麗…うう…!!
しかも神様は書くのも早くてね…目が点になるくらい速攻で萌えという二文字をこの世に生みだして下さるのです…!素敵すぎる…!
その上オフ会記念にぜひ!という私の厚かましいお願いを快く受け入れて下さったしあこさんの懐の大きさに感謝感謝です…//
そしてあたしはもっと自重という言葉を学ぶべきであr(←

本当に本当に素敵小説ありがとうございました!
そして素敵な時間をありがとうございました!
大好きです(⊃∀`* )またお相手してやってくださいー!





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