キミは罪な男 | ナノ

キミは罪な男



「変な女に引っかかっちゃダメだぞ、って。」
「…は?」


お互い背中合わせで体重を掛け合って、絶妙なバランスでの座位を保っていた背中から、突然声が聞こえた。
さっきまで大人しかった沢村は、確か漫画を読んでいたはず。(倉持から借りて俺の部屋に持ち込んで来た。それは別にいいんだけど、読んだヤツは早く返せよ。どんどん俺のベッド脇にタワーが完成されてってんたよ。まさか忘れてんじゃないだろうなコイツ。)
俺は俺で珍しく読書に耽っていたから、ちょっとだけ反応が遅れた。
けれどそれを気に留めた風もなく、というか俺の返答なんて特に気遣う風でもなく沢村は言葉を続ける。


「東京行くってなった時さぁ…。」
「ああ。」
「皆がお別れ会とか開いてくれたんだよ。地元の。」
「前に応援来てた奴ら?」
「そうそう。ちっせぇ学校だったし、田舎だったから、皆中学卒業まで殆ど同じ学校でさ。転勤とかも少ねぇから、お別れ会とかあんまやったこと無くて、俺が離れる時は結構盛大に祝ってくれたんだよ。栄ちゃん栄転だー!って。」
「…何かギャグみたいだな。」
「…そこは突っ込むな。」


ぐえ。

俺の言葉に拗ねた沢村が、背中にぐぐっと体重をかけてきて、圧迫された俺は変な声を発するハメになった。それにケラケラとしてやったりな顔で笑ってくれやがった沢村に、仕返しとばかりに頭をぐっと後ろに倒して押さえつけてやる。
沢村の方が身長が低い。つまり必然的に上から力を受けた沢村は面白いくらい簡単に床に沈んで行って、今度は俺が笑う番だった。


「ははっ、」
「んだよ!いってぇな!」
「お前が先にやってきたんじゃん。つーか、さっきからお前、敬語全く使ってねぇし。俺一応先輩よ?」
「先輩の前に、彼氏だろ。」
「…お前も言うようになったね…。」
「ふん。言われてばっかじゃ、男が廃る!!」
「おー。カッコイーカッコイー。」
「むう…、もっと感情込めろ馬鹿!」


お互い顔も見ないまま、背中越しにじんわり伝わる温度だけ感じながら、話を続ける。
沢村の言葉は、拗ねたような、怒ったような、そんなものばかりだけど、でも案外別にこの言葉の応酬を嫌がってないってこと、俺はちゃんと分かってんだよ。
その証拠に、背中の沢村は俺との距離を離そうとしない。
沢村の行動は、沢村の思ってる以上に素直だ。勿論本人には言ってやらねぇけど。…勿体無いし。


「…で、女がどうしたって?」


ちょっと忘れそうになってたけど、確か会話の始まりはここだったはず。


「あ、そうだった。」
「お前ね…振るだけ振って忘れんなよ。」
「はは!悪い悪い!」


全然悪いなんて毛ほどにも思っていないような沢村から軽い笑い声と共に謝罪の声が聞こえて、俺は思わず軽く溜息をついた。まぁ勿論、冗談の一貫だけど、さぁ。


「そんでさぁ、そのお別れ会の時に、友達に言われたんだよ。“栄ちゃん、東京の悪い女に、引っかかっちゃダメだよ”ってさ。」
「へぇ…。お前昔から馬鹿キャラで通ってたんだな。」
「お前、さっきからマジうっせーし!」
「はいはい。悪い悪い。」
「謝罪には心を込めろおおおおお!」
「あ、それはお前に言われたくねーわ。」


ぐいぐいぐいぐい、背中同士の押し問答。
小さな戦争は、残念ながら体格の関係上、沢村に勝機は無い。ぐでっと思いっきり体重をかけてやったら、背中の下で沢村がまた煩いくらい、うおうお言ってる。
傍から見たらすげぇ馬鹿な光景だろうし、こんなガキみてぇなこいつの反応も可愛いとか思う俺も相当馬鹿だけど、まぁ、仕方ねぇよなぁ。所謂、惚れた弱味ってやつ?恋は盲目?…ま、結局あれだ。バカップル。
なんて、恥ずかしいことをサラリと頭の中で考えながら、更に沢村を押さえつけてやりながら、俺も軽い調子で笑う。


「で。沢村君は結局、悪い女には引っかからなかったけど、悪い男に捕まっちゃいました、ってこと?」
「まぁ、…そんな感じ…?」
「ひっでぇの。俺みたいな当たりクジ、早々いねーよ?」
「……お前のどこが当たりクジだって……?」
「えー?頭良くて、顔良くて、将来有望で、…言うこと無し?普通の親なら喜んで娘差し出すくらいの絵に描いたような大当たりでしょうに。」


ふふん、と得意げに鼻まで鳴らしてやったら、明らかに背中から負のオーラが流れてくる雰囲気が伝わってきた。
顔だけじゃなくて、顔見えなくても分かりやすいってどうなのよ、未来のエース候補(自称)サン。


「…それを自分で言うくらいの歪んだ性格と、変態さ加減で全部打ち消しあってんだろ。」
「お、沢村にしては旨いこと言うなー。褒めてやる。」
「いらんわ!」
「しかも俺の顔が良くて頭が良くて云々は認めてくれるわけだ。流石俺のスイートハニー。」
「き、も…!」
「え?頭撫でて欲しいって?…悪いな、今俺の両手は残念ながら取り込み中だわ。」
「一生そのまま本でも握ってろ!」
「えー…一生握るなら別のモノがい…。」
「うおいっしょーーー!!!」
「なんだよ沢村、うるせぇなぁ…近所迷惑。」
「アンタが突然変態発言織り交ぜてくんのが悪いんだろ馬鹿御幸!!」


ドン、ドンッと沢村が背中を打ち付けてくるけど、俺は断固として動かない。
それでも懲りずに攻撃してくるこいつって、本当馬鹿。
お前ね、捕手の体格舐めんなよ?
その上大声出してなんか叫んでるけど、背中合わせってことは沢村の声は反射的に俺とは逆方向に放たれるわけで。狭い室内だといえども、ぶっちゃけ正面切って叫ばれるより断然威力は半減なんだよなぁ…。
絶対分かってねーだろうな。馬鹿だもんな。


「なぁ、沢村ー。」
「ん・だ・よ!」
「…何怒ってんの。可愛いなぁ。」
「もう、本当、お前、黙れ!」


一言一言区切って、沢村が叫んでくる。
本格的に拗ねてる(怒ってるにしては可愛らしすぎる)沢村に、再び俺の方から体重かけてやって。



「安心しろよ。どっちかって言うと、引っ掛けられたのは俺の方だから。」



悪い男はお前の方だよ、なんて言ってやりながら後ろを振り向いて、バランス崩れた倒れた沢村が大声を出す前にとりあえずその口塞いでやろうと思った。


…けど、数秒後に予想外にどこか嬉しそうに綻んだ沢村の表情を目の当たりにして、塞ぐのは口だけじゃ済まなそうだって思わざるを得なくなった。







―――ほら、やっぱり引っ掛けられるのはいつだって俺の方だろ。な、沢村。




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