色づきだした恋 | ナノ

色づきだした恋



「お、今日の定食どっちもうまそう」
「ん、あー、チキン南蛮と麻婆豆腐?沢村、こういう濃い味付けの好きだよな」
「何だよ、御幸。文句があんなら定食を食うな!」
「文句なんて言ってないだろ」

うちの食堂はうまいから近隣の会社の人も利用するおかげで毎日繁昌しているが、11時より少し前の今の時間帯ならまだ空席も目立つ。

「どうしよ、どっち食おう?どっちもうまそう!」
「さっさと決めろよ」
「だって〜〜〜」
「じゃあ沢村がA定食な。んで俺がB。欲しかったら一口くらい分けてやっから」
「マジで?半分こ!?」
「はんぶ…ま、いいけど。お前のも寄越せよ」
「えー…?」
「なんでそこで『えー…?』なんだよ。何人前食うつもりだ」
「しょうがないなぁ。駄々こねるなよ?」
「こねねぇよ。つか何で上から目線…」

さっきまで深刻極まりない様子でうんうんと唸っていた沢村は、ころっと表情を一変させて満面の笑みでおばちゃんに注文をしている。
絶対に俺の話を聞いてない。

「チキン南蛮〜、チキン〜、チキン〜、フライドチキン〜」
「メニュー変わってんじゃん。あと歌うな」

いくら人が多くないとは言え、全然いないわけではない。
実際に何人かがこっちをチラチラ見ながら笑ってる(隣にいる俺も当然一緒に笑われてる)。

「なー、御幸?」
「ん?」
「チキン南蛮の『南蛮』てなに?」
「さぁ…?南の方が発祥の料理なんじゃねぇの?」
「ふーん、そっか。麻婆豆腐は中国だしな」
「そーだな」

向かい合う形でどうでもいい会話。でも沢村との会話のほとんどは結構どうでもいい内容が多い気がする。
同じ部署で唯一の同期だし、互いに構えることなく付き合える相手だからだろうか。

「御幸、御幸!半分こ!」
「あ?あー、ってお前!半分以上食ってんじゃん!」
「うまくて、つい?」
「ついじゃねぇよ、ったく…。後でコーヒー奢れ」
「えー」
「じゃあやらない」
「うー、わかった…」

ハイハイ、いいお返事だこと。

どんぶりごと沢村の方へ寄せてやり、代わりに残り二切れのチキン南蛮を皿ごと取る。

うん、やっぱうめぇな。期待を裏切らないおばちゃんたち、マジで尊敬するぜ。

「う…っまーい!このピリ辛感がたまんねー」
「こっちもうまい。ボリュームもあるし、文句なし」
「おうっ!はー、この会社に入ってよかったー」
「幸せだな」
「うんっ!」

いや、お前の顔が…とは言わずにいることにする。

「そういや沢村、午後から一人で出るって?」
「ん?うん、そう。課長が会議に入っちゃうからな」
「………」
「何だよ、その顔」
「いや、何かすごい不安」
「なんでだよ!」
「だってなぁ…。一人だろ?沢村が一人で行くんだろ?」
「2回も言った!」

さっきまでの幸せそうなオーラが瞬時に消えた沢村は、ショックを受けてかでっかい目をますます見開く。

実際のところ、沢村の営業成績は悪くない。

人懐っこいし、努力家だし、裏表のない態度で上司のウケも、お客様からの反応もいい。
わざわざ沢村を指名してくる人も、老若男女問わずにいるくらいだ。

ただ心配なのは、逆に人気がありすぎる、てこと。

「余計なことは言わず、寄り道せずに真っ直ぐ帰ってこいよ」
「ガキじゃねーっつの」

お前の危なっかしさはガキと同じだから言ってんだけどな。





「あれ、沢村はまだ?」
「あ、はい。戻られてません」
「そっか、ありがと」

出先から戻ってみれば、いるはずの姿が見当たらない。
すぐに事務の子に確認したけど、やっぱり沢村はまだ戻ってきていないらしい。

これはちょっと…遅すぎる。
相手の都合で帰社予定を過ぎることは珍しくないが、1時間以上ずれ込むなんて…。

嫌な予感がして携帯片手に部屋を出ようとしたら、入り口で誰かとぶつかりそうになった。

「すみませ…っ、沢村!?」
「み、ゆき…」
「どうした!?」

目の前に探してた相手を見つけてほっとしかけたが、その表情にぎくりと心臓が鳴る。

妙に強張った顔の沢村は、俺と目が合った途端にふにゃり、と泣き出しそうに歪ませた。

「…っ、こっちに来い!」
「わ…っ」

涙が決壊する前に手を引いて廊下を進む。

いい年した男が人前で泣くなんてよっぽどのことだ。
部署の人間が冷やかしたりすることはないけど、こいつの泣き顔をさらしたくはない。

非常階段に続く扉を開け、ひんやりとした空間に二人で並んだ。

「…沢村」
「っ、ぅ…」

咄嗟に連れてきたはいいけど、何て声をかけていいのかわからない。
そもそも何で泣いてるんだ…?

「みゆ、き…ごめ、俺…っ」
「いいよ、落ち着くまで待つから。泣いてもいい」
「ん、―――」

ぼろ、と大粒の涙が頬を滑り落ちていく。
食いしばった歯から微かに嗚咽がもれて、余計に痛々しい。

為す術もなく、ただ自分のよりも細い肩に手を置いて、沢村の呼吸が落ち着くまでじっとしてた。

「…っは、…」
「ほら」
「ん、」

頃合いを見てハンカチを差し出せば、ごしごしと目許を拭い、ふ、と息を吐いた。

「さんきゅ」
「もういいか?」
「うん」

声に震えはなくて、いつものしっかりしたものに戻ってる。
ただ目は真っ赤で、瞼も腫れてるから痛々しくはあるが…。

「何があったか聞いてもいいか?」
「―――、うん」

沢村は手すりにもたれかかると、もう一度息を吐いてからぽつぽつと話し出した。

「昼から一人で行ったお客さんがあるだろ」
「あぁ」
「たいてい2対2で会うんだけど、今日は俺一人だって連絡したせいか向こうも課長が一人で対応してさ。最初は普通に仕事の話だったんだけど、それが落ち着いたらだんだんプライベートな話になって、…それで…」

あぁ、なんとなく予測がつく。

「セクハラ?」
「う、」

ピキ、と表情を固めた沢村がコクリ、と頷いた。

「なんか、隣に座られて…手とか…」
「うん、もういいよ。辛かったな」

触られるのを嫌がるかな、と思ったけど、背中が震えてるのを見たらつい、ぽんぽん、と軽く叩く。

「御幸…」
「ん?」
「ありがと」
「たいしたことしてねぇよ」

もう一度目許をこすると、沢村はにっこりと笑って見上げてきた。

「御幸の隣って落ち着くんだよな!話聞いてもらってすっきりもしたし。だから、ありがとって」

なんだ、こいつ、こんなかわいかったか?

ぽん、と自分の心に浮かんだこの一瞬にひどく動揺した。

かわいい?かわいいって何だ?
こいつは男で、入社してから一緒にいて、今日だっていつもの日常の中のただの一日であって、…?

「御幸ー?」
「っ!?」
「どうした、ぼーっとして…あ、悪い、変な話しちゃったもんな」
「や、それはいいけど、ちょっと考え事」
「?」
「担当変えた方がいいかな、とか。もう行きたくないだろ?」
「あぁ…」

つい口を突いて出た言葉はあながち嘘とも言えない、言い訳としてはなかなか上出来なものではあったけど、沢村のふわりとした笑顔にまた心拍数が跳ね上がった。

「大丈夫。基本的に課長と二人で行くし。心配してくれてありがとな」
「あんま無理すんなよ」
「おぅ」

にかり、と笑う沢村はすっかりいつも通りだが、俺の中の不安は消えない。

またこいつが一人で行かなきゃいけなくなったら?怖がって泣くだけじゃ済まされないようなことが起きたら?

「おい、御幸。なに怖い顔してんの」
「してないよ?」
「うそつけ!ろくなこと考えてないだろ!」
「いやいや、あの会社の課長、今日の帰りに事故ればいいなって思ってるだけ」
「おいっ」
「はっはっはー」

詰め寄る沢村に笑って誤魔化す。
まさか考えてることをそのまま言うわけにもいかない。

好きだから、心配。
好きだから、誰かに触られたくない。
好きだから、泣き顔なんて他人に見せたくない。
好きだから、笑顔が見たい。

好きだから、独占したい―――。

他人とつるむのが好きじゃない割りに、沢村とは一緒にいることが多かったのは、ただ気が合うからとかって理由じゃなかったんだな。

こんなきっかけで気付かされたのはちょっと腹立たしいが、そんなこと言ってる場合でもない。
同性って問題は確かにあるけど…びっくりするくらいすんなりと受け入れることができた。むしろすごい納得した。

あとは沢村次第、なんだけど…。

「…何だよ、じーっと見てきて」
「痛々しい目になってんなぁと思って」
「っぐ、それは…花粉症、とか」
「時期外れ」
「ばっか、花粉症は年中あるんだぞ!杉花粉だけじゃないんだからんな!」
「あーそー、よくご存じで。みんなからの質問攻め、うまくかわせることを祈ってるぜ」
「うぅ〜〜〜っ」

しょうがないから援護射撃くらいはしてやるよ。

その代わりに晩飯一緒に行って、また他愛もない話して、今以上に距離を近付けてやるから、覚悟しとけ。



営業マンの粘り強さ、なめてくれるなよ?








***
1mgのこうつきしあこ様から頂いてしまいましたー!!
ふへへへへはははははへへへ!!!!←おかしい子です
しあこさんの家の!しあこさんところの!御沢!社会人!!
相変わらずしあこさんべったりな私が勝手に年賀状を送りつけるという狼藉を働いたところ、そのお礼にとリクエスト受けて下さった物です…!
私、最近、雑草で金色の鯛を釣ったんですけども。もうこれあれじゃないんだろうか。素手で鯛をつかみとったんじゃないだろうか(真顔)

ついに るか は 素潜りを 会得した

テンションと頭がおかしくなるくらい素敵でした…!沢村ああああ…!!
これから二人はどんどん…ああなんてことなの。セクハラ沢村ああああ…!(二度目)
というかリクエスト頂いて「社会人同期御沢で!」なんて趣味丸出しなリクエストを放り投げてしまったのに、それを快く受け入れて下さったしあこさんは本当に女神様です。
お嫁に貰っていいですかきょるん☆とお願いして攫ってきました。素敵過ぎて目の前を三途の川が流れそうです。

皆様も是非是非堪能して下さいませ…!
ああもう本当に…!ファンです好きですありがとうございます…!
しあこさん、今年も宜しくお願いしますね!本当に大好きですキリッ!





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