お願いダーリン | ナノ

お願いダーリン



「みーゆーきーちゃーん!」
「あわ…っ!」
「泡?」
「びっくりさせないでくださいよ、沢村先輩っ!」
「あははっ、泡って!」
「ち、違…っ」

同年代で考えれば冷静な部類に入ると思ってる自分だけど、この一つ上の先輩が絡むとどうもいつもの調子が崩れる。

驚くべきはペースを崩されるのが大嫌いな俺が、沢村先輩相手だとむしろ歓迎してることだ。

おんぶおばけのように人の背中にのしかかったまま、ずるずると引きずられていた沢村先輩はひとしきり笑い終えると、なぁ、と耳許で喋り始める。

「今日な、練習済んだらちょっと付き合えよ」
「え…っ」
「とりあえず20球、見てくんねぇ?必要ならさらに10。30までならいいって監督にも許可取ってっからさ」
「あ、あぁ…そっちっすか…」
「ん?」
「や、何でも。いいっすよ、20ですね」

先輩の顔は見えない。
けど、餌を食い終わった猫のような満足そうな表情で目を細めて笑ってるのだろう。

本当のとこ、今日は自主練も軽めに切り上げてスコアブックを見るつもりだったけど、まぁいいや。
それはいつでもできるもんな。

「サンキュ、さすがは正捕手♪」
「それほどでも」

しかしこの人、こんな体勢で喋るとかわざとか?計算ずくか?

ほんっと、天然って恐ろしい…。

「御幸はいい子だなー!」
「わあっ!」
「はははっ、もっと鍛えろよ。じゃあな!」

いきなり首に腕を巻き付けられたあげく、髪をぐっしゃぐしゃなされて動じない高校生がいたらお目にかかってみたいわ!

―――と、文句ぐらい言ってやりたかったが、気管を絞められてゲホゲホと咳き込んでる間に沢村先輩は笑いながら先にグラウンドへ向かってしまった。

まったく、あの人は…。
仕方ない人だよな!





「御幸、戻ってたのか」
「何だよ、いきなり」
「…飯も風呂も終わらせてんだよな」
「ん?あぁ、だいぶ前に―――どうした?」

部屋でスコアブックを見てるときにやって来たのは倉持。
質問の返事を受けるとただでさえ良くないこいつの目付きがさらに険しくなった。

もう慣れたからどうってことないけど、目の前でこんな顔されたら気の弱い奴なら泣き出すかも。

「沢村先輩、知らねぇ?」
「いや、自主練の後で別れてから見てないけど…おい、まさか」

ぐっ、と自分の眉間が寄ったのがわかった。
俺の顔に倉持も重々しく頷いた。

「まだ戻ってこない。風呂も…たぶん、飯も済ませてないはず」
「―――っ、あの人はっ!」
「御幸!?」

スコアブックを叩き付ける勢いで机に置いた俺に倉持が目を見開く。

「倉持、食堂が閉められる前におにぎりでも作ってもらってくれ!俺は先輩を連れて帰る!!」
「ちょっ、ちょっと落ち着けよ、らしくねえな!」
「頼んだからな!」

倉持を押し退けてスニーカーをつっかけ、走り出しながら履き直す。
踵を入れると全速力で走った。

何分か走り、最後のカーブを曲がるところで向こう側がぼんやりと明るいのに気付く。
スピードを落とさずにそこを曲がると(少し滑りかけたけど気にはしてられない)、左手にタオルを持って頬を上気させた沢村先輩が目を丸くして突っ立ってた。

「なんだ、御幸か。足音がするから誰かと思えば…。どうした?全速力で走るとかめずらし―――」
「あんたバカかっ!?」
「お、おぉっ!?」

ぜぇぜぇと荒れる息のまま、とりあえず言いたかった一言をぶつけると、先輩はますます目を真ん丸にする。

何度か唾を飲み込んで息を抑えて、ギッ、と先輩を睨むと、先輩もムッと眉を寄せて睨み返してきた。

「今何時だと思ってんすか」
「んだよ。まだ風呂開いてんだろ」
「そういう問題じゃねーんだよ!」
「何なんだよ、お前!でかい声出すな!」
「怒鳴られなきゃわかんねえんだろ、あんたは!!」

一言一言増す声量に耐えきれず、ぐっと喉が鳴って盛大に咳き込んでしまう。

ぎくりとした顔で腕を伸ばしてくる沢村先輩を広げた掌を向けることで止めて、深呼吸を繰り返して息を整えた。

「練習の後、監督に許された30球全部投げて、さらにここでシャドーして、いつ肩休めるんですか」
「もう切り上げる」
「今日だけじゃないでしょ?いつもこのペースでやってんですよね」
「―――…」

ふ、と沢村先輩は息を吐いた。

「毎日じゃねえけど…まぁ、ときどき、はな」

人一倍どころか人の三倍は意地っ張りで負けず嫌いなこの人がごまかしもせずに(比較的に)あっさりと認めたってことは、それがいけないことだと思ってないからだ。

小湊先輩や金丸先輩、それにクリス先輩たちからよく聞かされてた、沢村先輩のオーバーワーク。目標を真っ直ぐ見据える力があるからこそのそれとわかってるけど、体を壊す危険性を無視なんてできない。

「大丈夫だって。痛めてねえし、自分の体は自分がよくわかるもんだし」

先輩たちから正捕手としての俺にピッチャーとしての沢村先輩を頼まれた事実と、個人としての俺が沢村栄純という一人の人間を想う気持ちと。

そのどちらもが鈍く軋んだ音を立てたような気がした。

「バカ言ってんじゃねーよっ!」
「…っ!」
「何を不安に思ってんだ?俺はあんたの支えになりたいって思ってんのに、何であんたは一人で勝手なことばっか…!故障しなきゃいいなんて、そんな話じゃねえだろ!?」
「御幸、」
「頼れよ、もっと…周りを信用しろよ。俺を頼ってくれって」
「御幸、ちょっと痛い」
「え…、あっ!」

頭に血が昇ってたのか無意識に沢村先輩の腕をきつく掴んでたらしい。しかも両方とも。

「すみません!」
「いいよ、大丈夫…て、俺の『大丈夫』は信用できないか?」
「あ、や、あの…」
「なんてな。悪い、ちょっとからかってみただけだよ―――御幸」
「あ…」

ぽす、と頭に右手を乗せられて、そのままわしゃわしゃとかき混ぜられる。

「お前、本気で俺の心配してくれるんだなぁ」
「…は?」
「あんなでかい声で怒鳴るなんてめずらしいだろ。いつもは飄々としてるくせに、やっぱり根っこは熱い奴だよな〜」
「沢村先輩…あの…」
「御幸ってどこか掴み所ないし、真顔でからかってきたり、本気だか冗談だかわかんないこと言うし、セクハラしてくるし、ときどきマジでムカつくこともあるけどさー」

………先輩って俺のことそう思ってたんすか…。

「でも本気で俺を心配して、怒ってくれんだよな」
「そんなの、当たり前じゃないですか」

先輩はチームとしても、個人的にも何物にも変えがたい存在なんだ。

恋人である先輩を本気で心配することに、疑問を抱く必要なんてこれっぽっちもないのに!

「何が不安なんですか?」
「…わかんねぇ。でもときどきすっげぇ怖くなる。とりあえず体動かしてる間は余計なこと考えなくて済むから何かしたくてさ。オーバーワークになんないようにしてたつもりだけど」
「できてません」
「みたいだな」

沢村先輩が困ったように笑う。

「だめだなぁ、俺。御幸に心配と迷惑ばっかかけてんのな」
「それはいいですけど、頼みますから俺の見てないとこで無茶しないでくださいよ。俺の腕には限りがありますからね」
「…ばれないようにしてもお前見つけるんだよな」
「確信犯でやってたのか!」
「そういうわけじゃねえけど!」
「いい加減にしないと四六時中隣で見張りますよ!?」
「それはやだ!」

ほんっとーにこの人は…仕方ない人だよなまったく!

「何でもいいから、不安になったり怖くなったら俺に言ってください」
「ん?」
「そういうときは俺が先輩の全部を肯定して受け入れてあげますよ。先輩の怖いもの全部笑い飛ばしてやります。これでもう怖くないでしょ?」

根本的な解決にはなってない気もするが、でも文句もないだろうと言わんばかりに出来るだけ偉そうに言ってみたら、数拍キョトンとした沢村先輩は、次にはカラカラと笑いだした。

「おっとこまえだなー、御幸!やべ、惚れそうだ」
「そこは素直に惚れ直したって言ってくださいよ」
「ん〜、それはどうだろうな?」

首を傾げて笑いながらはぐらかした沢村先輩は、でも、と続けて目を細めた。

「またこうなったときに慰めてくれたら惚れ直してやるよ。だから…」

タオルのない右手を伸ばすと俺の頬に手を当て、ぴたぴたと軽く叩いた。

「次はおもいっきり、甘やかしてくれよ?なぁ、ダーリン♪」
「〜〜〜っっ」

な、ん、で!
この人はこうも無駄に男前な態度を取るんだ!

「お、朱くなった」
「沢村先輩…」
「ん?…ん、」

汗で少しベタついた沢村先輩の頬に指を這わせる。
そのまま下に滑らせて、細い頤を持ち上げるとふっくらとした唇に自分のものを重ねた。

ちょっと乾燥気味の唇を労るように舐めると、少しだけしょっぱい味がした気がした。

「…今日はこれで我慢して、おとなしく風呂と飯を済ませて早く寝てくださいね」
「御幸…」
「はい?」
「…元気出た。さんきゅ」
「それはよかっ、た…?」

離した指先を緩く掴まれる。

「明日からもがんばるから…」
「先輩…?」
「明日の分、もう一回」
「…りょーかい」

あぁ、この人は本当に。




どこまでもかっこよくて
可愛い人!









***
「1mg」のこうつきさんから頂きました!
御沢の年齢逆転パロです。
どうですか皆様。どうですか皆様…!!!(2回目)
萌えの極みですよね。もうこの滾る気持ちをどこにぶつければいいのか!御幸か!御幸なのか!受け止めてくれるだろうかこの気持ち!!(大興奮中です)
恐れ多くも相互サイトとしてリンクを貼って頂いていて、それだけでも土下座しながらお礼を言いたいくらいだというのに、更にその上、相互記念でリクエストを聞いてくださるという神様の一声をかけてくださ、り…!
調子の乗った篠崎のリクエストをこうしてプレゼントして下さいました…!
こうつきさんのサイトの、年齢逆転パロの御沢が大好きで大好きで^^
ああもう御幸可愛い沢村かっこいいでもやっぱ可愛いっていうか御幸かっこいい御沢最高!と、何回読んでもおかしくなったんではないかと思われるくらい取り乱す始末です。

お嫁に下さい、と頼んで当サイトへの掲載許可を頂きました。
御沢が嫁いで来ましたよ!
もう本当ステキ過ぎて叫びます。
こうつきさん、本当にありがとうございましたー!
そして御幸ばりにストーカーな篠崎ですが、どうぞこれからも呆れず仲良くしてやってくださいませ…!
本当に素敵な作品をありがとうございました!



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