おかしな彼はそれが日常 |
沢村が、変だ。 …いや、アイツは元から可笑しいしバカだけど……、って、そういう意味じゃなく。 なんだか、様子がおかしい。確か、部活が終わるまでは普段通りだったはずなんだけど。練習が終わり、ほぼ日課になっている(沢村いわく相棒との)自主トレ終わりであろう沢村―実際俺は俺で今日は降谷の調子を軽く見て自分自身も軽く流してから寮に戻って来たから、実は今日の沢村の自主トレのことはよく知らない―を捕まえて、強制的に部屋に連行したのが、ついさっきの話。 それから、なんか、沢村が変。 どこがっていうか、なんか変。いや、普通に変。 落ち着き無いのはいつものことだから気にもしないけど、今日はなんか落ち着き無いとかそういうのじゃなくて、なんか。 (…そわそわしてる…てぇの?) 視線の先で、どこの小動物だと思うような挙動不審な沢村を見るに見かねて、俺はついに切り出すことにした。 だってさっきから話しかけてもどっか上の空。 さすがの我慢強い俺でもちょっと我慢の限界。 「なぁ、沢村ぁ。」 俺の前に座って、時折視線を落としたり揺らしたり忙しく百面相してる沢村の名前を呼んでやったら、ビクンッといっそ見事なほどに小さい体が大きく揺れた。 「な、なんだ!」 「…お前、なんでそんな落ち着きねぇの?トイレ?」 「ち、ちげぇし!!」 「じゃあ何。目の前でそうキョドられると、さすがに気になるんですけど。」 「キョドってなんか…!」 「じゃあ俺の目見て真直ぐ話してくれます?ねー?沢村クン?」 「うう…。」 困ったように揺れる大きな瞳は、まるで捨てられた犬みたいで、ちょっとした罪悪感と更に苛めたい被虐心に逆にこっちがそわそわしそうになる。あっぶね。 俺に言いたくないことなわけ?って責めてやろうかとも思ったけど、なんか言いたそうに沢村がもごもごしてるのが見えたから、もうちょっとだけ猶予を与えてやる。俺って優しい彼氏だよなぁ?もっと褒められてもいいはず。そうだ、沢村はちょっと俺に対して扱いが酷すぎると思う。コレを機にちょっとは改めて貰う方向で行こう。うん。 そんなことを一人考えていたら、ついに観念したか、沢村がオーバーすぎるアクションでガバッと顔を上げて俺の方に一歩にじり寄ってきた。 「…アンタ、さ!」 「うん?」 「アンタ、…は…、…!」 「おう。…んだよ、勿体ぶってないで言えっつーの。」 沢村の勢いに押されそうになりながらも、首を傾げて先を促す。 人一人分くらい先に座っている沢村の顔はもうこれでもかってくらい真っ赤で、一体なんなんだとちょっと疑問通り越して心配になってきた。 普段から変なヤツだけど、今日は更に変だ。 読めないのはボールの軌道だけにしてくれと思う。切実に。 「…き、キスはお、好きでしょうか!」 放たれた言葉は、まさに予測不可能もいいところ。 「…はぁ?」 反射的に俺の口から出たのは、そんな短い言葉一言。 「だから…っ!」 「いや、ごめん、俺馬鹿かもしんない。うん。なんかお前の言ってることは分かるんだけど、お前の言ってることがわかんない。うん。」 「はぁ!?なんだそれ、意味わかんねーし!」 「いやいやそれ俺の台詞だし。」 「だから、…キ、ス、は好きかって聞いてんだよ!!さっさと答えやがれ眼鏡!」 「眼鏡関係ねーし。…何急に。…つーか、当たり前じゃね?好きじゃなきゃしねぇよ。」 「…そ、そうか…。」 …なんだ、満足したのか。なんなんだ。 俺の返答にそうかそうかと呟いて、顎に手を添えたままブツブツ呟く沢村は、本当に意味が分からない。この暑さと連日の練習でついに頭でも沸いたかと心配になったけど、ああそういえばコイツの頭はもうこれ以上ないってくらい毎日フル稼働蒸発しまくりだったな、と思って心配するのはやめといた。 「く、倉持先輩が、な…。」 お、なんだ、続きがあるのか。 喋らなくなった俺に不安になったのか、さっきまでとは違い、ボソボソと小さい声で歯切れ悪く沢村が言葉を続ける。 「…俺は、奥手そうだから、って…。」 「はぁ?」 「み、御幸は経験豊富だから、お前で満足出来んのか、って…言うから!」 (倉持のヤツ、何言ってくれちゃってんの?) というか、ちょっと驚きだ。 沢村と倉持の間で、こんな女子高生みたいな会話が繰り広げられている様子はきっとなかなかにシュールだと思う。誰が想像するだろうか。いや、絶対しねー。 でもいろいろと心外だ。俺は経験豊富なわけじゃない…とは言わないけど、今は勿論沢村一筋で、身も心も綺麗な純白だ。胸を張れる。 「…別に俺は、お前に経験値の高さなんて求めてねぇけど?」 「…っでも!」 「倉持に何言われたかわっかんねーけど、あんま気にすんなって。…お前がそういうの苦手なのは分かってるし。」 「御幸…。」 犬ころみたいな目再び。俺は沢村のこの目に弱い。 だから仕方なく、いい彼氏ぶってみてやったら、目に見えて沢村の顔が安心したように綻んだ。あー…本当、俺っていい彼氏じゃね?ほらもっと褒めろよ、バカ沢。 つい反射的に目の前の黒い塊を触りたくなって、手を伸ばしてわしゃりと一回髪を撫ぜた。 珍しく抵抗されなくて(普段なら、触んな!とか言って振り払われる)、じっと沢村を見下ろしてやれば、その顔は見えなくても真っ赤に染まる耳で何となく様子が分かって、俺はにぃっと己の口がだらしなく緩むのが分かった。 ああ本当、だからお前、そういう反応は反則だって。 甘やかしたくなる。ドロドロに。苛めたくなる。ズタズタに。 本当、罪なヤツだよ。お前って。 さっきまでの挙動不審感がちょっとだけ収まって大人しくなった沢村は、俺の前で珍しく大人しく頭を撫でられてる。…ああ、そう考えれば、今の状況も充分“変”だ。 結局沢村はいつだって変で、おかしくて、突拍子も無くて、真直ぐなくせに予測不可能で。 そんなお前だから。 (俺はお前にいつだって夢中なんだよ。) 「沢村ァ。」 「…な、なんだ!…、すか。」 「ふはっ、なんだそれ。……なぁ俺さぁ、キス、好きなんだよ。」 「それはさっき、聞いた…!」 「うん。言った。だから、」 好きなこと、好きな人としたいんだけど、いいですか? [←] |