a happy new year! |
*3年目冬/1月 …知ってる。 「栄純、栄純。」 俺は、よーく知ってる。 こういうときの御幸が、碌な事を言い出さない、ってこと。 「プロポーズ、同棲ときたら、次はやっぱり両親へのご挨拶だよな?」 ほらな…? 「…よーし、とりあえず一回そのまま外に出て頭冷やして来ようか。」 「え?もう長野行きたいって?気が早ぇのな、栄純は。」 「いっそ冷蔵庫にでも頭突っ込んでろこの馬鹿!!」 レースのカーテンだけが引かれている大きな窓の向こう、冬の寒さの水蒸気が窓を白く染め上げるある日の午後。 エアコンと暖房のダブルの熱が無駄に広いリビングを温める。 向かい合って座ったテーブルの上には二つのお椀。二人して、中に入った白い餅を箸で摘んで口に頬張りながら、相変わらず突然話の流れをぶった切りやがる御幸が突然そんなことを言い出したわけです。 a happy new year! 世間一般ではお休みになるはずの正月が、俺にとってはここ数年毎年決まって必ず忙しくなる時期。 少しずつ出演するテレビの量も増えてきたこともあってか、ありがたくも今年は去年を上回る数の正月番組の出演依頼を貰って、青道として日本のお正月の茶の間をテレビの向こう側からそれはもう沢山のお祝いを、した。 この時期は生放送も多いから、まぁ楽しい分そりゃ気疲れも多くて、三が日が終わった頃には既に心身共にズタボロ。1日はそれはもう泥のように寝て、同居人に「よいお年を。」と告げてから初めての挨拶を交わしたのがそれから半日くらい経ってからのことだった。 あけましておめでとうございました、って、ちょっとだけ照れくさくなって言えば(こういうのってなんかテンションな気がして、時間が経つと少しだけ言いにくい。)、漸く年が明けた気がする、なんて微笑まれたもんだから、不覚にも今年初の照れを実感してしまったわけで。相変わらずズルイよなぁコイツ、とこれまた新年初のため息を漏らしてみたりもしたもんだ。 それから、数日遅れで正月を堪能すべく、「正月料理作るからな!!」と意気込んで料理を始めた休日の昼。お節なんて大層なものは作れなかったから、何がいいかと聞いてみれば、御幸から返ってきたのはとてもシンプルな返事。 「…は?」 「雑煮。」 「ぞうに?」 「そう、雑煮。雑煮食いたい。」 作って?…そんな一言で決まった俺の今年の正月料理は、雑煮。 そういえば、雑煮って地方によっていろいろあるんじゃなかったっけ。と思っていると、「あ、栄純の自由に作ってくれていーぜ」なんて返ってくれば、何となくあやふやなレシピを頭の中から仕方なく呼び起こした。料理は出来る方ではないけども、東京に出てくる最低条件として母親に基礎だけは叩きこまれたから、ある程度は出来る。 (でも、雑煮は、なぁ…) さすがに、“ある程度”の範疇を超えているので。 「ちょっと俺、電話してくるわ。」 「ん?」 「長野の実家。作り方聞いてくる。」 …この電話が、御幸の変なトリガーを引いた。 「なー。なんでダメなの?」 「駄目ったらダメ!つーかダメだろ、普通にダメだろ!」 パンにオムレツ、スープに食後のコーヒー…そんな、朝食というよりブレックファースト、的な響きが似合う外見をしてるくせに(言えば本人は、俺下町育ちの江戸っ子なんですけど、なんてケラケラ笑うけど)、器用に箸を使って餅をみょーんと伸ばしながら器用に剥れたように唇を尖らせる御幸に、それはもう勢いよく言葉を浴びせる。 「駄目に決まってんだろ!…実家に、あ、ああ挨拶なんて!!」 それを笑顔一瞥で首を傾げる、御幸に再び一睨み。 「なんでダメ?」 「なんでもだからダメ!!!」 「答えになってねーし。」 文句を言いながらもしっかり餅は頬張る。 大体箸の持ち方まで文句のつけようがないとか、なんかもう卑怯すぎる。お前の欠点、どこだ、おいこら御幸。 負けじと食いついた餅が案外噛みきれなくて、口の周りにべたりとくっついたそれに、更に俺の機嫌は急降下。むかついたから残りを一口で食ってやったら、案の定ちょっとだけ噎せた。 「急いで食うなよ。あぶねーだろ?」 「お前のせい…だ…っ。」 「はいはい。とりあえず水。」 「入れろ。」 「はいはいはい。」 凄い勢いで手元のコップを差し出したら、素直に注がれた水を一気に煽る。 ゴクン、と凄い音がして、喉にあった違和感が一気に下って体内に落ちた。 気持ち悪い感覚を残しながら、それを紛らわすために注がれただけの水を呑みこんで、なんとか小さく息を吐く。そんな俺の様子を見ながら、「今年の栄純にも落ち着きってものを求めるのは無理そうだよな」なんて呟く御幸を華麗にスルーして、残りの雑煮の中身を一気にかきいれた。 学習してないわけじゃなくて、もう椀の中に餅がなかったからなんだけど、あまりに俺を見る御幸の目が微妙だったからなんかむかつく。 カンッと音を立てて茶碗をテーブルに置くと、ペロリと口の周りと舐める。 「ごちそーさま!」 「お粗末さまでした?」 「作ったの俺だけどな。」 「まァ細かいとこは気にしねーの。」 「む。……、てかさ、雑煮って、これでよかったわけ?」 「ん?これでよかった、って?」 「ほら…こう、家庭の味…?とか、さぁ…あるじゃん。こういうの。」 「ああ…。」 俺より少し遅く箸を綺麗に揃えて置いて、妙に綺麗な仕草で雑煮を食べ終えた御幸が、ごちそうさま、と告げる。 問いかけに少しだけ首を傾げながら、 「いいのいいの。だって俺、雑煮自体っつーか栄純のところの雑煮が食ってみたかっただけだし。」 「…俺の?」 「日本全国雑煮フェア。…正月らしいテレビに釣られてみました。」 「…お前結構愉快なテレビ見てんだな。」 「ちょっとバラエティーに飽きてさぁ…栄純出てねぇし。昼からは正月出てた番組全部録画してるやつでも見るかな。」 なんか変な言葉が聞こえた気がしたんですが。 「…消すからな。」 「残念。ブルーレイに既に焼いてありまーす。」 「ぬうあ…!?このストーカー男…!!」 「久々に聞いた、それ。」 楽しそうに笑う御幸にギリギリと歯ぎしりを噛ましていると、御幸がさっきまで見ていたというテレビは、未だ雑煮フェアを続けていた。(ってかじゃあ何時間してんだよ、この番組。) それを横目で見ながら、御幸が何か言いたそうな視線を送って来る。それを気付かないフリ。けど多分そんなの御幸には当にばれてる。 「…ぞ、雑煮、」 「うん?」 「…これで、よかった…?」 なんかさっきも聞いた気がするけど、御幸は別に嫌な顔一つせずに、一つ首を縦に振った。 それに少しだけホッとして、ならいいけど…と言えば、「それにすげー美味かったし、」返ってきた言葉に不覚にもちょっと嬉しくなった。…くそう。 こんなことなら他のモンも作ってやればよかったかな、なんて今更ながら思うけど、流石にまたキッチンに立つ元気は無い。 初詣なんて人の多いところは流石に行けねぇし、もし時間があったら夕飯辺りまた色々手の込んだことしてみてもいいかもしれない。 そんなことを暢気に考えていると、暫く黙っていた御幸がぽつりと呟いた。 「雑煮食ったらさー。」 あ、いやな予感。 「更に長野行きたくなったんだけど、これどうしたらいい?」 机に肘をついて頬杖をつきながらこっちをじっと見つめて来る。 これが女だったらすぐに絆されんだろうなぁ…なんて思いながらも、女じゃねぇのに絆されてしまいそうな俺はしらーっと目を逸らして手元の茶碗を片付けに立とうと引き寄せた。 「ど、どうしたら、と言われましても…。」 「こう、栄純の生まれ故郷とか想像してたらさ、なんかこう…うずうずっていうか。」 「し、しないでくださいませ!」 蒸し帰りそうな話題にびくびくと体を震わせる。 そんな様子を見ながら、御幸が短く息を吐いた。 「なぁ、本当にダメなの?栄純の家に挨拶。」 「…それ本気で言ってるわけ?冗談じゃなく?」 「結構本気になってきた。」 「うう…。」 「嫌?」 (別に、嫌なわけじゃねぇんだ、け、ど!) 紹介、って響きが照れるのは俺だけなんだろうか。 …だって、そうだろ? 御幸のこと、俺が紹介しないといけないわけで。 別に恋人云々は置いておいても、御幸みたいなやつをあんなド田舎につれていくのがまず勇気が居るわけで。しかも多分連れて帰れば近所に筒抜けで、それだけならまだいいけども、周りの反応がそれなりに怖いものがあるわけで。 「あ、じゃあさー、電話でもいいから。一言くらい挨拶させてよ。一応同居人なんだし。」 「…うう…。」 「あ、もしかして、俺と住んでるって言ってないとか?」 「いやそれは…一応軽くは…。」 「なら、問題ねーじゃん。」 実際後でいろいろ聞くために電話はしようと思ってたけど。同居人の人に宜しくね、なんて挨拶もそういえば伝えるように母親から仰せつかってはいたけど。 でもまさか、本当に、御幸が自分の家族と話す日が来るなんて…。 「へ、変なこと言うなよ…?」 恐る恐る、御幸の顔をチラリと見上げて問いかける。するとけろっとした顔で、いつも通りへらりと笑う御幸の顔が見えた。 「当たり前だろ。」 …こういうときの御幸って、碌なことしねぇって、分かってるはずなんだけどさ…。 自信満々に告げられた迷いない言葉に、実家に連れていくか電話させるかという二択で揺れていた天秤が、俺の頭の中で鹿威しよろしくな軽快な音を立てて地面についた。 落ち着きません。 「そうなんですよ、本当いろいろお世話になってて…、」 ええ、落ち着きませんとも。 「ははっ、そんなことないですよ、俺の方が案外…、」 今すぐ奪い取ってやりたい衝動をなんとか抑えて、最近二人で座るようになったお気に入りのソファに正座。 その横で、ゆったりと座りながら足を組み直しつつ電話越しに話の花を咲かせる御幸をそれはもう熱心に見つめるけれど(こんなにじっくりとずっと見るの初めてかも)御幸は視線一つこちらに寄越さない。 …結局、あれからすぐに、俺の携帯は長野の実家の家の電話番号が呼び出され、そのまま少し話をした後に御幸に繋ぎ渡すことになった。 その上電話で説明したら、母親が妙に乗り気になったもんだから更に困って、すぐに終わるだろうと思っていた異色の電話会議は俺の予想を遥かに超えて盛り上がりを見せた。 漏れる笑い声にビクビク、御幸が話す度にビクビク、そして電話越しにたまに漏れる聞きなれた自分の母親の声にも、ビクビク。 あまりにもビクビクし過ぎて、ちょっと疲れて来たくらいだ。 「御幸、いつまで話してんだよ…!もういいだろ!返せ!」 「…え?…ああ、はい、そうですね。でもよくそれに助けられたり…。」 「ちくしょー…!無視すんな…!!」 「あ、今もそんな感じです。」 「は!?何の話!?なぁ、何の話?」 「あー…ですよね。俺もそう思います。」 「だから何の話!?無視すんなっつーのー!!!」 御幸は電話越しの俺の母親と話してるわけだから、当たり前のように噛みあわない会話にギリギリと歯ぎしりをする。いくら耳元で叫んでみても、御幸は気にも留めずに話し続けるだけだ。こういうところは流石に無駄に芸能人で、滞りなく話を続けるもんだから、俺はその間気が気じゃない。 自分でもなんてこんなに焦ってんのかよくわからなくなってきたけど、とりあえず早くこお拷問のような時間が終わってほしかった。 すると、まるで犬でもしつけるかのように途中伸ばされた手に頭をぽんぽん叩かれて、ムッとしながら顔を上げる。 そこには、未だ電話を片手に、唇をパクパク動かす御幸の姿があって、不機嫌面のままそれをなんとなしで目で追うと、『もう少しだから我慢して』と告げられて更に深く眉間に皺が刻まれた。 そんな俺をクスリと笑った御幸が、電話越しから母親の声を響かせながら、もう一度その妙に整った唇を動かす。 『あ、い、し、て、る』 って、言ってもいーい? そう口パクで告げられた言葉を理解するのに、数秒かかった。 「そういえば言い忘れてたんですけど…、」 「…っ!?ちょ、まっ、!!」 「あ、」 「うあああああ!!!」 え、うそ、ちょ、! 「あ…、けましておめでとうございます。」 俺の絶叫に肩耳を塞いで、にこりと笑った御幸が告げた。 一瞬訪れた静寂に「なんなの、栄純。煩いでしょう」なんていう母親ののほほんとした暢気な声が重なって、落ちる。 「こんの馬鹿…っ!!!一回本気で頭冷やして来い!!!!」 きっと電話越しにも聞こえたであろう俺の今年初の大絶叫は、「それではいいお正月を」と締めくくる雑煮特集の穏やかなテレビの音を掻き消しながら破裂して、室内に散乱して消えていった。 ……仕方ねェから、マジで長野の雪に頭ぶち込んでやろうかな。 (決して家に連れてくわけじゃ、ねーけども!) *** お年玉突発企画リクエストで頂いた三本目です(´∀`*)! 「芸能パロでお正月ネタ」「テレビかなんかで雑煮特集を見て沢村の実家に行きたがる御幸」…く、クリア出来てるかし、ら…!(びくびく! いつもお世話になってます、かのこ様よりリクエスト頂きました! 久々にちょっと芸能パロの御沢の感覚が戻ったような…戻って無いような…← 細かいところはまぁ…すっ飛ばして(え!)今日も二人はただのバカップルです。 リクエスト頂いたかのこ様、ありがとうございました!本当に! 突然の思いつきにも関わらず、ご参加頂けましたこと本当に嬉しく思います! もう松の内すら過ぎて「正月って!」という時期になってしまいました、が…!2011年もどうぞよろしくお願いします。大好きです! [←] |