happy merry christmas! |
*2年目冬/12月 年末商戦を目前に控え、けれどそれを掻き消す様にこぞって町中が浮かれだすこの時期は、どこを見てもいつもの空よりもっと低い場所できらきらと色彩豊かな星が光っていて、中でもこの辺じゃ一番大きな星の集まりの近くは幸せそうなカップルばかり集まっていた。 そんな夜空の星が散りばめられたような豪華な装飾を施された大きなツリーは、人と建物で賑やかな街中に堂々と空に伸びていて、それを見ながら楽しそうな幸せそうな声が辺りから口ぐちに漏れてくるのが耳に伝わってくる。どいつもこいつも浮かれやがってー…、そんなことを頭の片隅で重いながら、俺は首にぐるぐると無造作に巻きつけて鼻まで埋めていたマフラーを少しだけ更に持ち上げて、少しだけそのツリーから離れた場所で、そんな風景をどこか遠くの絵を見るみたいにぼんやりと見つめていた。 ぐす、一度鼻で息を吸えば、情けない声が雑踏に紛れて消えていく。 「クリスマスイヴの日、仕事?」と聞かれたのは確か1週間くらい前だった。 もちろん相手は、既に半分同棲みたいな形になってる御幸で、その日もいつも通り飯を食って、今日は帰るのか泊っていくのかと聞いたら、返ってきたのは全く脈絡のない言葉。 けど御幸と会話のキャッチボールが上手くいかないのはだいぶ慣れてきてたから、何だよ、って聞いてやったら、だから暇かなって、って更に返して来やがったから、俺はソファに投げていた携帯を開いてスケジュールを確認した。そしたら案の定仕事が入ってたけど、それは珍しく夕方で終わりで、25日は昼からだった。それを告げると、御幸は嬉しそうに破顔して、それからゆっくりと言ってのけた。 『じゃあデートしよう、沢村君。』 それがクリスマスプレゼントがいいな、って期待に満ちた目で言われて、しかも予定が無いことは既に確認させられてたから、俺はもう有無を言わさずに首を縦に振ることしか出来ないわけで。 ほぼ強制的にイヴに約束を取り付けられて、しかも無駄にデートなんて言葉を使われて、そんで俺はこんな風にクリスマスを誰かをちゃんと過ごすのなんか初めてだってことにそれから少しして気付いて、そういえば御幸と俺は恋人だったんだっけって再認識したりして………青くなったり赤くなったり百面相してるうちに、気付けばもう当日だった。 御幸も仕事だから、二人ともの外出先のちょうど真ん中あたりにあるこのツリーのある広場で待ち合わせ。それから、御幸が予約してくれた店でディナー。 広場には噴水と時計もあって、時計は待ち合わせ時間の15分前を示していた。ちょっとだけ仕事が早く終わったから、終わると同時に駆け出してきたのは内緒だ。…遅刻したら悪いなって思っただけで(だって御幸待たせとくと無駄に目立つし)、別に早く会いたかったわけでもないし、楽しみにしてたわけでもないけど。 だから、さっきから時計をチラチラ見ても全然時間が進まない気がするのも、ただ待たされて退屈なだけ。 行き交うのは、流石にカップルばっかり。 みんな幸せそうに笑っていて、クリスマスイヴを大事な人と過ごせる喜びの色を映していて、ああ幸せが具現化するならこういうことを言うんだろうなんてことすら思う。 イルミネーションよりももっとずっと光り輝いているようで、誰もかれもが同じくらい眩しい。 浮かれ過ぎるのもどうなんだとは思うけど、こういうふうに笑顔が溢れるのはやっぱり悪いもんじゃないよな。 チラリと時計を見ると、まだ約束の5分前だった。 お互い仕事があるから遅刻は仕方がない。こういうふうに外で会うのは珍しいものの、それでも遅刻についてはいつも何も言わなかった。何が起こるか分からない世界だし、自分達以外にも多くの人が動いてくれているのだから、我儘なんて言えないし、決められたことはきちんとやりとおすのが筋だと思っている。 だからこうして俺が待つこともあれば、御幸を待たせることもある。 今回はただ俺の方が少し早かっただけで、約束より前に来ないということは御幸はギリギリまで仕事なんだろう。たった10分程度と言えど、近くでは結構な勢いでぐるぐると人が移り変わっているけれど、それは少しだけ見ないように視線を地面に落とした。 ふう、と小さく息を吐くと、予想外に白く空気を染める。寒いなぁ、まぁ冬だしなぁ…なんて思いながら、もう一度時計を見た後に周りを一度見渡してみたけれど、まだ御幸の姿は無かった。 (…遅刻かな?) 仕事が長引いているのかもしれない。そんなことを考えていると、ふと頭上から。 「…あの…、」 「え?」 呼ばれた名前に驚いて顔を上げると、そこに見えたのは数人のふわふわした女の子達だった。 「もしかして…沢村君、ですか?」 (女の子?) え?と思うより前に、キャーッ!と大きく上がる歓声。 それに一瞬驚いて後ずさりかけたけれど、それより先にキャイキャイと明るい声が彼女たちから響いてきて、それに引きとめられるように体が固まった。 「やっぱり!やっぱりそうだよ!間違い無かった!!」 「青道の沢村君ですよね!?私、ファンなんです!」 「すごーい!まさかこんなところで会えるなんて…!」 驚きで疑問符を浮かべていた俺とは反対に、興奮の色が混ざる女の子の声の中で“ファン”という言葉が聞こえて漸く納得がいった。 あまり街中で声をかけられることも多くは無いけど、そういえば一応自分はテレビに出させて頂いている身分なわけで。ああこういうこともあるのか、となぜか客観的に関心してしまった。いやまぁ、そんな場合じゃねぇんだけど。 「あの、握手して貰ってもいいですか?」 きらきらと目を輝かせる彼女たちを邪見には出来ない。こんな俺のファンだと言ってくれて、しかもこんなクリスマスの人込みで溢れる雑踏の中から見つけてくれたのだから、なおさら。 こんな風に声をかけられるのは珍しくて、だから少しだけ背中がくすぐったくて、マフラーに顔を半分くらい埋めながら小さな声で了承を呟いたら、また更に彼女たちから声があがった。 その叫び声に、今までただ通り過ぎていくだけだった人ごみの視線のいくつかが俺を捉えるのに気付いて、そして聞こえるひそひそとした声に急に足元がそわそわする。 慣れて居れば、上手いあしらいってのも出来たのかもしれないけど、生憎俺はそこまで器用ではなく。わたわたとしながらも、外に居過ぎて少しだけ冷えた手で彼女たちと握手を交わした。 「あの、えーっと、その、…ありがとう、ございや、…ます。」 寒さで元から染まった赤い鼻を離した手で少し拭って笑うと、嬉しそうな声が上がる。それに照れくささを感じて、なんとなく言葉に詰まっていると、サインもいいですかー、なんてガサガサしていた彼女たちの中から、ふと、それにしても…と小さな声が上がった。 それに、ん?と照れくさくて地面に落としていた視線を上げたら、こちらを見ていた大きな黒い瞳。 「沢村くん…もしかして待ち合わせ…とかですか?」 遠慮がちに投げかけられた質問にギクリと胸を鳴らす前に、ヒソリと漏れ聞こえた小さな声。「ばか、絶対デートだよ」その言葉で我に返った。 (ちょ、やべぇ…!!こんなところに御幸が来たら…いろいろややこしいことになる!!!) 別に、御幸と付き合ってるんじゃないかと疑われるなんてことはまず無いと思うけど(そもそもあいつも俺も男なんだから)それよりまず御幸みたいな目立つやつが来たら二人で飯どころじゃなくなるし、絶対面倒なことになる。 そもそも、男同士で寂しいクリスマスイヴ…なんて思われるのはちょっと男としてどうなんだよ…と変なプライドを発揮してしまったりもして。 (と、とりあえず場所…!) ここは駄目だ、と慌てたように彼女たちをなんとか促して広場から離れる。 まだ御幸が来なかったことだけが幸いで、一度きょろりと見渡したけど、それらしい姿はどこにも見えなかったから胸をなでおろした。 時計を見れば、約束の時間から10分が過ぎている。やっぱり遅刻か、と思って彼女たちを誘導しながら、クリスマスの魔法にでもかかっているのか、…少しだけ白い息を吐く。 (…すぐ戻ってくれば、平気だよな?) 巻いていたマフラーが後ろ髪引かれるように冷たい風に舞って、広場のツリーの光を反射して小さく光った。 「つ、か、れた…!!!」 来た時よりも、どう見ても幾段か萎びたマフラーが歩くたびに首の後ろでふわふわと揺れる。さっきまで寒さに身を震わせていたのが嘘のようで、今はじんわりと首筋に汗すら滲んでいた。 ボデボデと、まるで水を含んだ雪の上を歩いているような重たい足を引きずりながら、けれど出来る限り急ぎ足で数分前慌てて移動した道を再び戻る。 腕時計をする習慣なんかないから、チラリと目を移してもそこに時間を映してくれる文字盤は無い。 けれど、今の気分のように灰色から夕闇に色を変えた空が、それだけの時間の経過をそれはもう如実に表してくれていて、更に下がった気温が熱い肌を撫でる度に心が沈んでいった。 広場に戻った時には既に約束の時間から時計の針が2度ほど頂上を迎えていて、待ち合わせ場所としては最適な噴水の前にはもうポツリポツリしか人の姿は無い。 それは無論当たり前だ。 (だってもう、こんな暗くて…。) さっきまで待っていた場所に立ち尽くして、同じ角度で時計を見上げた。 けれど無機質なその文字盤は、ただただ今の俺の心を更に暗くさせるだけ。 (2時間…。) 辺りを一度恐々見渡してみたけど、御幸の姿はどこにもなかった。暗いといえども、イルミネーションが光を落とすこの空間は酷く明るいから、すぐに確認できる。けれどあの無駄に整った顔はどこにもない。 もしかしたら待っていてくれるかもしれない、という淡い期待が一瞬にして打ち砕かれて、更に酷い脱力感に襲われた。 ファンの子に見つかって、握手を求められて、移動したまではよかった…が。 その道中で、まるでどっかの童話の笛吹きのようにわらわらと人が増えて、気付けば俺が埋もれそうなくらいの大所帯。小さな握手会か何かみたいになってしまった時になって漸く、これはヤバイと気付いたけど、その時は既にもう色々と遅かった。 まさかこんなことになるなんて想像すらしていなくて、やっと解放(というか逃げた)されたと思ったら、既にこんな時間。急いで恐々と戻ってみたけれど、結果はやっぱり思った通り、だ。 「怒って…帰ったのかな…。」 それとも、呆れて? …どっちにしろ、最悪。 連絡の一つでもすればよかったんだけど、それどころでもなく。それよりなにより。 「まさかまた…携帯忘れるなんて…。」 ただの馬鹿だ。 もう一度ゴソリと手を突っ込んで弄ったコートの中は、やっぱり空っぽだった。 気付いたのは、ほんのついさっき。 漸く抜けだして、とにかく連絡を取ろうと思って携帯を探したら、どこにもなかった。まさかそんな…と思っていたるところを調べたけど、何度どこを探しても見たらなくて。仕方がないから公衆電話…と思ったけど、普段携帯を使ってるんだから番号なんて覚えてないことを思い出す。 それに途方にくれて、(こんなにも遠くに行ってたのか?と思うくらい)長い道を元の広場めがけて、人の間を縫って走った。 (さみい…。) ぶるりと何か分からない震えが全身を襲う。 (帰ろう、か…。) キラキラと空から落ちて来るみたいなイルミネーションが、今は逆にまるで槍でも刺さるかのように重たい体に降って来た。 空っぽなのに重たいコートのポケットも、雪なんか積もってないのに一歩一歩地面に埋まるようなずっしりとした足や体も、何もかも全部、吐いた息みたいに空気に消えて行ってしまえばいいのに、なんて思う。 今更だけど、今日を楽しみにしていた自分を自覚して、ただ漏れるのは苦笑だけだった。 何言い訳してみても、結局は浮かれてたんだ、誘われたあの日からずっと。 だって、こんなクリスマスは生まれて初めてで。 (御幸とクリスマスすんのだって、初めてで。) あの時こうしてたら…そんなことばっかり頭の中をぐるぐる回ってどうしようもない。 後悔したって仕方ないんだけど。この繰り返し。 帰ったら、御幸にすぐ連絡して、謝って、それからどうしよう。 許してくれるだろうか。いやもし、電話に出てくれなかったら。 (そういや俺、御幸の家とか、知らねーなぁ…。) 何となくの場所は、会話とかから知ってるけど、行ったことないな、とか。なんてそれもまた今更。 なんとなく気付いて勝手に凹む。…まぁ御幸は妙に秘密主義っぽいところがあるから仕方ないのかもしれない。大事なことは、いつものらりくらりかわしていく。そんな奴だから。 でもこのまま連絡が取れなかったら、どうしたらいいんだろう。 そんなことを考え始めたらキリがなくて、急いで帰らないといけないとは思うのに、足がこれ以上早く動かない。 イヴの夜に、ひとり。 周りからどう見えてんだろうなぁ…とか思う余裕もないくらい文字通り白く染まった世界に、逃げたい心がこのままずっと家に着かなければいいのに、なんて現実から目を逸らさせようとするのをなんとか押しとどめる。 でもまぁ結局はそんなことを言っても、最終的には悲しいことに到着地点があるわけで。 目の前の小さなアパートが、いつも通り俺の帰りを待っていた。 一度、期待を込めて見つめた先は真っ暗で、そこに誰もいないことを語っていた。 自然に漏れる、ため息。 カンカンカン、と冷たい空気の中に階段を靴が踏みつける音が空しく遠くまで響く。 他の部屋から漏れる明かりと声に、更に沈んでいく心をなんとか震わせながら、とりあえず考えても仕方がないのだから、と思いなおした。 手をかけたドアノブがひやりと冷たくて、触れた部分から体の芯から凍っていくかと思った。 「…え?」 ガチャリと低い音を立ててゆっくりと回したドアノブがそのまま回って、一瞬驚いて声を上げた。 戸締り、忘れたっけ? いや、そんなわけない。そそっかしいし忘れっぽいけど…確かに出来る時はしっかり鍵をかけたはず。 反射的に驚いてドアを開けた瞬間、真っ黒な何かに思いっきり顔面をぶつけた。 「おぶぁっ!?」 鼻から顔面を思いっきり強打したかと思えば、そのまま目の前が真っ黒になる。 半ばパニックになって少しの間固まったけど、その何かに突然苦しいくらいぎゅうっと引き寄せられて我に返った。 (え…え…!?え!?何これ、泥棒!?警察、…警察!) いつもより数倍処理能力の鈍った頭が一つの答えを弾きだす。 慌てて声を出そうとするけど、強く顔を押しつけられた状態で、身動きどころか声一つ出ない。 苦しいわ意味わかんねーわ、その上どうしたらいいか分からず、必死に体をひねる。 もう、最悪だ。今日。最悪過ぎる。俺が何した?いつも通り仕事して、しかもスムーズに終われて寧ろ褒められるべきなくらいだったのに。 約束は破るわ、連絡は取れないわ、挙げ句の果てに変質者騒ぎか。イヴが厄日?なんだそれホント、意味わかんねぇ…! 「よかった、見つけた…っ、」 ぐず、っと鳴らした鼻が寒さのせいじゃなく湿った音を鳴らした瞬間、頭の上から降ってきた声に、ぴたりと体の動きを止めた。 (え、) 今の、って。 「捕まんねェかと、思った…。」 「……御幸…?え…?」 降ってきた声は確かに御幸のものだったけれど、そのあまりの弱弱しさに一瞬誰だから分からずそっと名前を呼んだら、回される腕の力が少しだけ緩んだ。その隙に腕の中からもぞりと動いて覗き見た整った顔は確かに御幸のもので、ほっとして力が抜けたと同時にまたギュッと強く抱きしめられた。 「み、…みゆ、き……?」 慌てて舌を噛みそうになりながらも慌てて名前を呼ぶ。けれど返答は無い。 怒ってんのか?ならなんでこんな、ぎゅ、って…。 「ど、どうし…つか、なんで、え?」 ぎゅうぎゅうと痛いくらい抱きしめられて、こんな風にされるのはよく考えれば初めてで、どうしていいか分からずに固まる。 けど、ひゅっと通り抜けた冷たい風に、ここが外だってことに気付いて(しかも俺の部屋の真ん前と来た)慌てて声を上げる。御幸、もう一度名前を呼んだら少しだけ体が震えた。 「な、ん…え、…ちょっ、御幸!」 「ホント悪い。ホントごめん。本当に謝る。言い訳はしないし、許して貰えるなら何でもするから、だからホントに、」 「ちょ、ちょ、ちょっと待て!何でお前が謝んだよ!?」 堰を切ったように続けられる謝罪の言葉に、俺は意味が分からなくてただ目をぐるぐるさせるだけ。何で御幸に謝られるのか。怒ってるんじゃないのか。なんでこんなことに、なってんのか。 「謝るのは、俺のほうだろ…!?」 「…は?」 「だから、御幸に謝られる理由が、わかんねぇっつってんの!」 漸く御幸が腕の力を緩めてくれて、ぷはっと思いっきり息を吸って一歩後ずさった。 すると視線の先には、なぜか驚いたような、けれどどこか情けない顔の御幸がいて、コイツ画こんな顔するの初めてみたかも、とか、今日は初めて尽くしだな、なんてぼんやりと思う。 「なんで沢村君が謝るわけ?」 「いや、御幸こそ俺に謝るわけ?」 二人揃って頭に疑問符を浮かべて。噛みあわない会話を、視線だけは真っ直ぐ見つめて投げ合う俺たちの拙い会話のキャッチボールは、酷く間抜けで。 「「…え…?」」 同時に首を傾げた瞬間に、さっきまで凍ったように冷たかったからだがじんわりと熱を帯びているのに気づいた。 「さっき仕事が終わったあぁ!?」 うん、といつも通りソファに腰を下ろした御幸が苦笑しながらゆっくりと頷く。 その答えに呆然として、俺は体を温めるために持っていたココアの入ったマグカップを取り落としそうになって慌てて両手でぎゅっと握りしめた。 「え…さっきって、…ええ…?」 「撮影に使うはずだった機材がトラブルで。それ待ちしてたらすげぇ時間くってさぁ…。」 「じゃあ、待ち合わせ…。」 「…行けてねェの。」 ばつが悪そうに御幸が頭を掻きながら視線を落とした。 それに俺はただただ驚くしか、ない。 「無理そうだから部屋に帰って待っててって言おうとしたけど、お前電話に出ないし…メールは返って来ねぇし、部屋来てみたら誰もいねぇし…あーこれは絶対本気で怒ってると思って。でも行くとこなんか検討つかねェから、ホントマジで焦った。」 はぁ…と深い深い御幸のため息が室内に充満した。 それに俺はただ目を見張るしかない。 どうやら御幸は。 俺が怒ってメールや電話をシカトしてたんだと思ったらしい。 言い訳しねぇけどホントごめん、と謝り続ける御幸をぼけっと見ながら、その声は申し訳ないけど俺の耳を右から左へ通り抜けて行った。 (なんだ…怒ってたんじゃ、ないのか…。) 怒って帰ったわけでは、なくて。 安心して体の力が抜けたら、今度こそマグカップがずるりと手の中から零れかけた。 「ちょ、何してんの、沢村くん!」 「は…」 「…は?」 「はは、ははははっ、なんだ、なんだそうかよ…ッ、ああもう心配して損した!!」 「はあ…?」 持っていたマグカップを手近な机の上に水面が波立つくらいの音を立てて置いて、突然笑いだした俺を御幸がぽかんと口を開けたまま呆然と見つめる。けど、なんかもう安心したら笑いが止まらなくて、あやしいんだろうなとは思うけど、どうにもならなかった。 ひとしきり御幸を無視して笑い尽した後、軽く乱れる呼吸を押えながらハァ…と一度息を吐く。 「俺はさ。」 ふ、と御幸が息をのむ音が聞こえたけど、それは無視。 「お前が怒って、帰っちまったのかと思ったんだ。」 「…は?」 「御幸待ってる時にファンの子に気付かれて、ついさっきまで完全に捕まってて。」 「…は…?」 「俺も行けなかったんだよ。待ち合わせ。」 ぽかん。 そんな擬音がそれはもうしっくりくる表情で御幸の目が真丸くなった。 「ああでもお前と違って、ちゃんと最初は待ち合わせ場所にいたけどさ!」 でも珍しくからかうような嫌味を一つ付け加えてみる。 「…ごめん。」 「でもまぁ、俺も携帯忘れたからお相子じゃね?」 そしたらあまりにも御幸が神妙な表情で固い声を出すから、ケラケラ笑いながらそう言えば、少しだけ不機嫌そうに眉が寄った。(イケメンがこういう顔すると妙に迫力あんなぁ、なんて既に心が軽い俺は暢気に思ったりする。)マジかよ、と御幸が低く低く呟いた。 「沢村くん…、携帯は携帯しようぜ…。」 「普段はちゃんと持ってるって。今日は…たまたま。」 「初めて会った時も、持ってなかっただろ。」 「あ、あれも、たまたま!」 慌てながらそう弁解したら、やっと御幸が少しだけ笑う。 さっきまでとは違う、流れる空気の和やかさにお互いどこかホッとしながら、俺はいつも通りソファの近くまで歩いていって、そのままぺたりと下に座った。 「…何やってんだろーな。」 「ほんとだぜ…。」 「…。」 「…ごめんな?」 「や…俺も…、…その、…ごめん…。」 カチカチと室内に響く時計の針は、あと数時間でイヴの夜が終わることを告げている。 お互い顔を合わせて、へらりと笑いあう。 ああ本当に、なんて盛大なすれ違い。 (それでも、ちゃんと会えるのって、すげくね?) そりゃ、家に帰って携帯さえ戻れば、いくらでも連絡がついたのかもしれないけど。(怒ってたわけじゃないんだから、すぐに出てくれただろうし。) でも、それでも。 こうして偶然出会えたからこそ手に入る数分数時間が確かに今ここにあるわけで。 冷え切った体を、扉の向こうのこの存在が、温めてくれたのもまた事実なわけだ。 (…初めて会った時と一緒じゃん。) 走って走って、開いた扉の先にこいつがいた。 あんな扉、開けなきゃよかったと思う時だってあったのにおかしなもんだよなぁ。 まぁただ、あの時と違うのは、抱きしめられた腕の中の温度を知っていること、…くらい。 「なんか、デジャヴ。」 「あー、沢村君も?」 「え。御幸も?」 「今、そういや最初もこんな感じだったよなァ、と思ってた。」 「御幸の仕事場に突っ込んだんだっけ。携帯忘れて、スタジオわかんなくてさー!」 「…携帯は携帯しようぜ…。」 「だからあれはたまたまだっつーの!」 「ホント変わんねぇよなァ。」 「お前だって変わんねーじゃんか!!」 いつも通りの売り言葉に買い言葉。 そのリズムが心地よくて、つい自然に笑みが漏れた。 「変わってるよ、俺は。」 穏やかな声が、今度はじわりじわりと染み込んでいくように室内に充満していく。 「初めて会った時は、おもしれェやつだなって思うくらいだった、」 「御幸…?」 「けど今は違う。何よりも、愛おしいと思ってる。」 「…っ、!」 いきなり、なんだ。 ふと、さっきまで同じように微笑んでいた御幸の顔が少しだけ締まる。 それに首を傾げる前に、座っていたソファから腰を持ち上げた御幸が、俺を見下ろしながらぽつりと呟く。「まぁこういうのも、アリか。」それに、え?と反応する前に、首を持ち上げた先に居た御幸が俺のすぐ近くにしゃがみ込んで、その綺麗な顔をニッと綺麗に歪めて笑っていた。 「散々なクリスマスイヴデートになっちまったけどさ、」 沢村君、と名前を呼ばれて顔を上げる。 そこには変わらず穏やかな御幸の顔があって。 声が出せない俺の頭を、ゆっくりと伸びて来た手が柔らかく撫でた。 「メリークリスマス。沢村君。…俺と一緒に暮らしませんか?」 え…?、と。 漏れた声は言葉になっていただろうか。 …分かんねーけど、クスクス笑う御幸が楽しそうだから、もしかしたらすげぇ間抜けな声が、出てたのかもしれない。…と思う。 「え…、え…?」 「なんだよ、そんなに驚くこと?」 「だ、だって……!」 「ん?」 「あ、アンタは…そういう…の、秘密にしたいんだと思ってた…。」 「は?」 「住んでる、トコとか…、自分の、こととか…いっつも、曖昧だから…。」 俺のことは勝手に追っかけてきて、いつだって自分のペースに巻き込むくせに。 俺は知ってることより多分、知らないことの方が多くて。 もしかしたらコイツのファンより、御幸のこと知らないのかもしれないのに。 「あー…、…よく言われる、それ。」 苦笑した御幸が、俺の頭をポンポンと撫でる。 「なんかそういうの、下手みたいでさ。別にわざとじゃねーんだよ。…でも、不安に思わせたなら、謝る。」 「あ、あんた今日、謝ってばっかだな…」 「仕方ねェだろ?…沢村君に嫌われるのだけは嫌なんだから。」 「う…。」 真っ赤、と言われて顔を背ける。けどこんな至近距離じゃ、きっと意味がない。 「だからそういうの、一番近くで見て、沢村君が見つけてよ。」 「…。」 「ダメ?」 「…アンタは、勝手だ…。」 「うん。そーかも。」 「勝手に追っかけてきて…勝手にこんなことして…、それで今度は勝手にそんなこと言う…!」 「…うん。」 「一歩間違えれば、ストーカーだぞ…っ」 「だろーなー。最近気付いたけど。」 最近かよ。 「最近どころか随分前からアンタはストーカーだった!」 「ははっ!否定出来ねぇんだよなぁ、これが。」 「…俺があんたのこと、…す、…、きとかになんなかったら、ホントに犯罪だったんだからな…!」 「え、沢村君今のところもう一回。」 「言うかーー!!!」 不満そうに、わざと唇を尖らせる御幸の顔をチラリと横目で見た後、ふん、と鼻を鳴らす。 ちぇ、なんてそれこそわざとらしい声が聞こえて、むっとする。 完全に遊ばれてて、結局はいつも通り。数分前の御幸のしおらしさが今や少しだけ既に恋しい。 「…で、返事は貰えない感じ?」 あ、今ちょっとだけ御幸の声が変わった。(気がする) 普段は隙なんかどこにもないくせに、たまにこうして、ふとした時に小さな片鱗を見せる。 それは見逃しそうなほど小さくて、その上それを隠すのが美味いと来たもんだから、それはもう御幸ってやつは本気で面倒くさい男で。 (けど…だからこそ、) 一つ息を吐いて、そっと頭を撫でる方とは別の手に片手を這わせる。 「…メリークリスマス。」 そのまま這わせた指を絡めて、仕方がねーな、って笑うと、次の瞬間、さっきドアの外でされたのと同じくらい…いや、もっとずっときつく御幸の腕に抱きしめられた。 「いてぇっつーの、ばーか!」 いつも通り叫んだ声は、重なった心臓の音にかき消されて。 (一番近くで、見逃さないようにしてなきゃなんねーんだと思う。) ふわり。 降り落ちた雪みたいに、綺麗に溶けてゆっくりと、 消えた。 あなたと あなたの大切な人が 幸せでありますように そしてまたどこかで 誰かとその大切な人が 幸せでありますように... →happy merry chirstmas? 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