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*冬/12月くらい love or ...love!のすぐ後くらい。 相変わらず、なぜかゆっくりと御幸と二人で夕食を取っていたある夕食時のこと。 (大体なんでこいつこんなに時間があるんだ。意味わかんねぇし!) フォークをその長い指でくるくると優雅に扱っていた御幸が、ふと何かを思いついたように顔を上げて俺の方を見た。 「沢村君今度、木曜深夜のトーク番組に出るでしょ。生放送の。」 「え!?なんで知ってんの!?」 「ん?俺、それのシークレットゲストだから。」 …ちょっと待て、言ったらシークレットになんなくね? そう言ったら御幸はケロリとした顔で特に気にもしてなさそうな顔で言ってのけた。 「まぁ、沢村君だし。」 知らないフリしてね、なんてウインクを一つ。 こんなキザな仕草をいちいち日常生活に放り込んできやがって、そういうのはドラマか写真の中だけにしろよ。 「…御幸がそういうテレビ出んの、珍しいな?」 「たまにはな。ただでさえメディア露出少ないの前から色々言われてるし。あと、番宣練習。」 「番宣?」 「今度ドラマに出ることになったんだよ。そんで、番宣でひっぱりまわされるだろうから慣れとけって礼ちゃんが。」 「お前の職業なんだっけ…?」 「ん、モデル?」 「…なんかむかつく。」 「沢村君だっていつか来るよ。ドラマの話。それに芸歴は俺の方がずっと長いんだし。」 「それはそうだけどさぁー…。」 最近どこ行っても御幸がいるし、テレビつけてるだけで1回は御幸の顔見る気がするから。 嫉妬っていうか、なんていうか。 (…同じ男としてどうなわけ?…つーか、さぁ…。) まぁ、駆け出しアイドルの自分と御幸を比べちゃいけないと思うけども。 なんか悔しかったから、フォークで突き刺したプチトマトを勢いよく口に放り込んだ。(ちなみに今日の夕食は俺作だったりする。実家仕込みの栄養バランスが取れた素晴らしいメニュー。御幸の食生活は実はめちゃくちゃだ。放っておいたらこいついつか栄養失調で死ぬと思う。) 「あ!御幸、野菜残すなよ!!」 「…まさか沢村君の顔でそのセリフを言われるとはね…。」 「…どういうことだよ。」 「だって思いっきり野菜とか嫌いそうじゃんか。…まさかここまで細かいとはちょっと予想外だった。」 「付き合うの後悔した?」 「いや全然。いいお嫁さんもらったなと思って。」 誰が嫁だこのストーカー男。 今までさりげなく皿の端によけられてた野菜をフォークで突き刺して口に運ぶ。 野菜嫌いなのは夕食を一緒に取り出してから気付いたけど、それでも野菜を食う御幸の顔が歪んだところは見たことないのがちょっと悔しい。 「結婚した覚えはねーんだけど。」 「合鍵くれたし、指輪あげたじゃん。」 「…それはそれ。これはこれ。」 「えー。なんだよソレ。」 不満そうに唇を尖らせる御幸を横目に、俺はとりあえずスルーしてまたフォークを口に運ぶ。 時計をチラリと見たら、もうすぐ御幸が帰る時間。 (仮に結婚してんなら、この状態はなんなんだよ!通い婚?通い婚なのか?) ふん、と一度鼻を鳴らして一回机の下で御幸の足を蹴ってやった。 「さっさと食ってさっさと帰れよな!俺は明日も早いんだから!」 「つれないなぁ…。」 「プロですから!」 「…沢村君のそういうところが好きだよ。」 「ぶふおあっ!」 だ、か、ら! さりげなく夕食の席で何言ってくれんのかなこの人は!! ここをどっかの漫画の世界かなんかと勘違いしてるんじゃねーだろうか。無駄に画のイケメン面だからな。こいつ。 言っとくけど、ここは小さい小さい…けど立派な俺のマイホーム(賃貸)のリビングで、目の前にいるのは綺麗な漫画のヒロインでもなんでもないただの20そこそこのただの男だぞ。 勢いでちょっと噴き出たモンをティッシュで拭いながら、俺は恨めしく思いながら御幸を見上げた。 「指輪もダメ、合鍵でも駄目…ならどうしよう?プロポーズでもしたら結婚してくれる?」 「そもそも俺は男なんっすけどっ!」 「ケチ。」 「ケチで結構!いいから食え、ちゃっちゃと食え。そんで帰れ。俺は寝る。」 「…なら、一緒に寝る?」 「寝る、…か…、…っ…!」 カシャン、って今まで握っていたはずのフォークが大きな音を立てて落ちた。 (え、…え?…え?) 聞こえた来た言葉の意味が分からなくて、ぽかんとしていたら、ぷっ、て噴き出す音がして、目の前の御幸が体をくの字に折った。 「ははははっ…!沢村くん、顔…真っ赤…!」 そのまま肩をぶるぶる震わせて笑うから、ハッと我に返った俺は更に一気に顔が爆発するんじゃないかってくらい血が上った。 からかわれた、と気付いたら今度は恥ずかしいのとムカつくのとで全身血が沸騰するかと、思った。 ドンッと音を立てて机に手をついて立ちあがる。未だケラケラ笑ってる御幸がとんでもなく憎たらしいもんに見える気がする…! 「ふっざけんなこのストーカー!!!さっさと帰れ!今すぐ帰れ!バーカ!!」 「ははははっ、はいはい、分かった分かった。」 「わーらーうーなあああ!」 「はいはいはい。」 怒り狂う俺を特に気にすることもなく、きちんと皿を綺麗にして、ごちそうさまと小さく声をかけるまできっちりとやった御幸がフォークを置いて、皿を流し台まで持っていくのを、俺は毛並み逆立てた猫のごとくフーフー息を吐きながらじっと見る。 そのまま来た時に持ってた荷物を片手に、着てきたコートを羽織る仕草までめちゃくちゃ綺麗なのが更に腹立つ。 玄関に向かう御幸の背中を一歩後ろで追っかけながら、俺の顔はまだ不機嫌面のままで、漸くちょっとだけそれに困ったように御幸苦笑した。 「あ、沢村君さ、お願いだから俺のこと簡単に嫌いとかムカツクとか言うなよ?」 コンコンと靴を床に打ちつけながら、御幸が一瞬何かを考えるように目を軽く見開いてから言う。 「え?」 「さっきの。テレビの話。」 「あ、…ああ、あれか…。」 「まぁ絡むことなんてほとんどないと思うけどさ。ネタが振られないとも限らねーし。」 「…なんで嫌いとか、駄目なわけ?」 「俺は冗談だって分かるからいいけど、ファンの子達は分かんねーだろ。青道と不仲説なんて言われんの面倒だし、週刊誌とかにわざわざネタ提供してやんのも癪だし。」 いや俺別に冗談で言ってるわけじゃねーんだけど! サラリと受け流す発言してくれちゃってるけどさコイツ。 「沢村くんの軽はずみな発言で俺と青道が仲悪いなんて週刊誌に追われるようになったら、下手に会えなくなっちゃうじゃん。」 …そうかそうか。 それは簡単に御幸が俺のことをストーキング出来なくなるってことだな? それは俺としては結構願ってもないことなんだけど。 そんなことを考えてたら、こっちを見た御幸の眼鏡の奥が一瞬光った気がして、びくっとした。 俺の考えてることなんか筒抜けなのか、駄目だからな?そう告げた笑顔の目が全然笑ってない。 「…わ、わかった、よ…!」 「嫌い、とか禁止ね。約束。絶対。」 「お、おう…!わ、分かった!!」 「よし、いい子。」 おかしい、さっきまで俺は怒ってたはずなのにどうしていつの間に御幸のペースになってんだよ。 …まぁ別にいいけど。いいんだけど。 帰り支度を終えた御幸が、一つ小さく欠伸を落としてからドアの取っ手に手をかけた。 扉を開けたらひゅっと小さく風の音がして、肌寒い冷たい空気が吹き抜ける。 …泊めてやってもよかったかな、とちょっと後悔。 「じゃあ、また明日。」 「…おう。」 「あ、そうだ沢村くん。」 「んあ?」 体半分扉の外に出た御幸が、ひらひらと手を振りながら今度はにっこりと綺麗に笑った。 「一緒に寝るのは、また今度な。」 バタン。 ドアが閉まった音が狭い室内に小さく響いた。 …やっぱアイツ、ぜってー泊めてやんねー…! 生放送ってのは、やっぱ何回やっても慣れない。 もちろん、収録だって慣れてるわけじゃねーけど、生放送はそれの何倍も緊張する。 そわそわと落ち着きがないのはクリスさんにいつも注意されるし、倉持さんや降谷からはよく笑われる。 けど仕方なくね?あんなにいっぱいカメラがあって照明があって…出演者の倍くらいスタッフの人が目の前に居て、…元々俺は考えて喋る方じゃねーから、トークに収集がつかなくなることも多いし。 だからとにかく、あんまり数をこなしたことが無い生放送は本当に緊張するんだって。 その上今日は更に不安要素ももう一個。 (あー…マジ来んな来んな来んな…!) なむあみだぶつなごとく心の中で何回もリピートするけど、既にカウントダウンの鐘はどんどん大きく響いて来てる。 『お前落ち着きなくねぇ?』 本番前に倉持さんに言われたセリフがよみがえる。 そわそわ、そわそわ。意識しだすと止まらない。心の中でもうすぐ登場するであろう男のことを恨んだ。 っつーか…俺の性格上、何かを隠すってことはめちゃくちゃ不得意なんだから、いっそ言わないでおいてくれたらよかったのに。(かといっても、突然現れても自分が何しだすか分からないから、そっちのほうが考えてみれば怖いんだけども。) 「それでは本日のシークレットゲストは、御幸一也さんです!」 ああ…ついに来てしまった…。 どん底に落ちたみてぇな俺とは正反対に、キャー!!!と観覧席からはスタジオを破壊してしまいそうな悲鳴に近い声が上がった。(いやもう悲鳴だった。完全にただの悲鳴だった。) 何人か失神したんじゃねぇのって思うくらいの絶対に腹から出てる圧倒的な声量に、歌手の俺もびっくりだ。 にこやかに登場する御幸を見た瞬間、俺と御幸が個人的に色々と関わりがあることを知ってる青道のメンバーが振り向きはしないものの、一斉に心の中で俺の方を向いたのが分かった。 うううう…!み、見んなー……! 特に倉持さん…「そういうことか。」って目で語るのやめてもらえますかね…? 「ドーモ。こんにちは。」 清々しく無駄にさわやかに微笑む全ての現況に殺意さえ抱いた。 …これ、何時間番組だっけ? チラリと右腕にした時計を盗み見たけど、その時間に更に小さく俺はため息をついた。 番組の内容は、特に取りとめもないただのトーク番組。 芸能人が何組か集まって、そのプライベートの話や写真を見せたりしてワイワイするだけの、そこまで気負う必要もない内容だし、青道や御幸以外にもいろんなゲストがいるから、話す機会だってそこまで多くない。 実際番組始まってそこまで重要なターンは回ってきてねぇし、上手く乗り切ってる方…だと思う。 降谷がトークで使えないのはいつものことだけど、青道には倉持さんや春っちがいる。 正直青道のメンツでのトークにそこまで心配はしてねぇけど、問題は視線の先で似非爽やかな笑顔を張り付けてるストーカーだ。 「じゃあ青道のみなさんとは仲がいいんだ?」 「プライベートで交流がある人はいますよ。倉持なんか同い年だし…、沢村君とは一緒に飯行ったりもします。」 「へぇ!でも二人が一緒にいたら、すごい騒ぎになるんじゃないですか?」 「そうでもないですよ。案外バレないもんです。変装とかも別にしてないですし。」 「御幸さんと沢村さんが!?」 「びっくりでしょ?」 楽しそうに司会者と談笑する御幸。 どうしてその話題の中に俺の話が出てくるのか。 いや…うん、プライベートで仲いい人って話題だったし、よく考えたら最近御幸の数少ないプライベートな時間はほぼ俺が独占してるから(いや、御幸が勝手に来てるだけだけど)自然とその話題に行くのは分かるんだけども。 早く終わってくんねーかな。そこまで掘り下げる内容じゃねぇですよ、それ! …が、俺の願い空しく、司会者は御幸と青道が仲良しってことに食いついたのか、どんどん話を広げてく。 何の拷問だろう。これ。 お願いだから、俺には話を振るなよ。絶対振るなよ…! 「沢村君と御幸君は仲良しなんですね。初耳だったんでびっくりしちゃいましたよ。」 「まぁ、そう思ってるのは俺だけかもしれないですけどね。」 「またまたー!…ねぇ、沢村君?」 「は、ひ…っ!?」 神様この野郎!! 御幸のニヤケ面もうぜぇ…! そんでカメラ、カメラさん、なんであの御幸の顔撮らないんすか!今が絶好のチャンスショットなのに、なんで俺ばっかにカメラ当ててくるかな…!! 「沢村君も御幸君と仲がいいと思ってますよね?」 「え、…え…!」 司会者の明るい声が聞こえて、全員の視線が俺に向く。 たくさんの目がこっちを向いてるのが分かって、俺の頭は一気に真っ白になった。 ぐるぐるぐるぐる。 嫌い、禁止、 嫌い、駄目。 週刊誌、悪いイメージ、不仲説、ファン、ネット炎上。 ぐるぐるぐるぐる、俺の頭の中に嫌な言葉が蠢く。 「沢村君?」 司会者の不思議そうに問いかける声も頭に入ってこない。 ぐるぐる。ぐるぐる。 番組の声がどんどん遠くなる。なんだこれ。 なんでいきなりみんな静かになってんだよ。誰か喋ってくんねぇかな。あんまり静かだと俺今心臓の音やべぇから多分聞こえちまうって。 倉持さん、降谷、春っち…ああもうこの際御幸でもいい。あれでもいいから、ちょっと誰か聞いてねぇの? 「お、おれ、…は!」 喋ってるつもりはねぇのに、俺の声がする。なんだ、これ。 勝手に俺じゃねぇ誰かが俺の声で勝手に何かをつらつら喋り出す。しかも止められねぇっていう…。 それになんだかめちゃくちゃ嫌な予感。 やめろ、これ以上喋んな!…そう、俺の中の何かが俺を制止するけど、間に合わない。 「俺、…もっ、御幸君のことは、大好き…っす…!」 その瞬間、会場が一瞬シンとして、再び場をつんざくような悲鳴が響いた瞬間、俺は自分のとんでもない発言に気付いて絶叫した。 瞬時にフォロー入れてくれた春っちと倉持さんの声なんて聞こえず(降谷はただ眠そうにしてるだけだった)、頭が真っ白になって灰みてぇになってたら、視界に入ってきた御幸の口がゆっくり動く。 『ははっ、 お ま え さ い こ う !』 ……うっせぇ、バカ御幸っ!!!! そこから先のことはほとんど覚えてない。 気付いたら番組は終わってて、他の出演者の人もスタッフも、「ドンマイ」ってクスクス俺のこと笑ってた。 その瞬間、御幸への怒りなんか忘れて俺はそのまま楽屋経由で猛ダッシュ帰宅。 もう一生御幸と一緒の番組に出るのはやめよう、マジで。(まぁそんなこと俺が思ってどうにかなることじゃねぇけどな!んなこと分かってる!) …それからしばらくして、昔御幸が見せてくれた「Rしていぼん」ってヤツの俺と御幸の本が増えたって御幸が楽しそうに言ってきやがった時は本気で家の鍵変えようかと思った。 →mass of love! 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