yes or no? |
*秋/11月くらい 「なぁ、沢村くん沢村くん。俺らさ、もう付き合ってそろそろ3ヶ月くらい経つわけじゃんか。やっぱ3ヶ月といったら節目だと俺は思うわけ。だからさ、俺の給料3か月分くらいの指輪はプレゼントした方がいい?どう思う?沢村くん。」 「ちょっと待て。あんたの給料3か月分もする指輪貰ったら重過ぎて指が折れるわ。…つかその前に、悪い、俺の聞き間違いじゃなかったらすげぇ変な言葉が聞こえた気がするんだけど。…誰と誰が、何で何ヶ月だって?」 「だから、俺と沢村くんが付き合い始めてそろそろ3ヶ月が経つって話。」 御幸がおかしくなった。 …いや、おかしいのは前からだけど。寧ろコイツが正常だった時なんか見たことねぇけど。 なんだ、ついにストーカーが行き過ぎて、頭でも沸いたか。 そういえば前に誰かが「ストーカーが妄想に走り出したらそれは危険なサインだからすぐに誰かに助けを求めろ」って言ってた気がする…。これはあれか。誰かに危険を知らせるべきなのか。幸いにも今日はズボンのケツポケットに携帯が装備されてる。 着信履歴でも開けばすぐに誰かに連絡が取れる状況だ。良かった。 あまりにぶっ飛んだ御幸の言葉に、俺の普段は頼りにならない頭(だからこの言い方は本当に失敬だと思う。)は、即座にそんなこと一気にを弾き出した。 御幸は相変わらず飄々とした顔でムカツク笑みを浮かべながら、俺お気に入りのソファの上で雑誌を片手に時々欠伸なんかしてやがる。 そう、ここは紛れも無く俺の部屋。 なんでその俺の部屋に御幸が居やがるのかと言うと、そんなのは簡単で、毎日毎日飽きもせずに家の前にやってくる御幸に痺れを切らした俺が、同じ待つなら中で待てとこの部屋の合鍵を渡したから。 …だって、仕方が無いと思う。 いくら俺がと言っても御幸は来るのをやめないし、ただでさえ恐ろしく顔の知れた有名人であるにも関わらず、御幸は大した変装をすることもなく(帽子と眼鏡くらいはしてるけど、コイツよく帽子と眼鏡つけて出ること多いから正直こっちのほうが目立つ)部屋の前にぼけっと座り込んで俺を待ってて。 勿論外部の人間が入れないようにはなっているものの、マンションには俺だけが住んでるわけじゃない。他の住人だって出入りしてるのに…いつコイツが見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしつつ、まぁ見つかったところで男女でも有るまいし特に問題はないと思うけど、自分の部屋の前で大騒ぎが起きるのは勘弁願いたいし、俺自身の部屋が他の人に割れるのも勘弁して欲しいし。 それに、こんなんでも御幸はスケジュールが分単位で詰まってる人気モデルだ。そんな御幸を外に何時間も放置して風邪でも引かせてしまったら、同じ芸能界で働く俺としてはやっぱりいい気分ではない、し。(例え御幸が勝手にやってることだとしても。俺って優しいな、くそう!) まぁつまり、そうするしかなかったんだ。それが最善の選択だと思った。 だから御幸に合鍵を渡した。(人生初めて合鍵を渡した人間がコイツってどうなんだ。本当なら可愛い彼女に渡して帰ってきたら手料理の一つでも作って待っててくれる、なんていうシチュエーションが密かに夢だったりしたのに!) そしたら案の定、御幸はすぐに嬉しそうに笑って、次の日からこうして俺の部屋に自然に溶け込むようになった。 今では俺が座ると、「なんか子供が遊具に埋もれてるみたいだな。」って笑われる、給料はたいて買った高級ソファが定位置になっていて、それがまたムカツクくらいに似合う。 雑誌を片手に、たまに眼鏡を直しながら寛ぐ姿なんて、何かこのまま撮影でも始まるんじゃないかってくらい絵になるもんだから、俺は悔しくなってソファに座るのをやめて、最近はもっぱらフローリングの上に引いたカーペットの上にそのまま座ってる。 これでも俺だってアイドルだって言うのに、この差は何なんだろうか。 「…頭でも沸いた?なぁ、その立派な顔の上についてるもんはなんなわけ。お前の頭の中理解不能なんですけど!」 「酷いなぁ。俺はいつだって沢村くんのことしか考えてないよ。」 「あああ聞こえねー聞こえねー!」 「何だよ、耳元で囁いて欲しいわけ?相変わらず欲張りだな、沢村くんは。」 「…アンタ何なのマジで…!!日本語通じねぇの?外国育ちかコノヤロウ!」 「あ、ちょっと正解。俺芸能界入るまでイギリスいたんだよ。」 「はぁ!?マジ!?」 「え、嘘。」 「は!?」 「嘘、本当。」 「どっちだよ、はっきりしろよ!!」 「続きはネットでお調べクダサイ。」 「うぜー!!」 絶対調べてやらねぇ!!って叫んだら、じゃあいつまでも気になったままじゃねぇの?って返ってきて言葉に詰まった。 そんな俺に、「いつでも沢村くんの頭の中にいれて俺は幸せもの」なんてにっこりと笑いかけてくる御幸。一瞬ピシッて音が聞こえた気がした。俺の何かが割れた音。 掴み所の無い、どこまでが本気で本当なのか分からないような御幸の話し方は苦手だ。 なんだか本気で相手してる俺がバカみたいで嫌になる。ならいっそ徹底的に無視すればいいんだろけど、なんだかそれも出来なくて。結局俺は何がしたいんだろう…。 いつまでも御幸を放っておけば、このままずーっと御幸に振り回されることになるんだろうか。 だからといって、どうしたらいいかわかんねぇ。過去、不覚にも迷子になった俺を、そしてあの時あの扉を開けてしまった俺を、心から恨んだ。 …ま、とにかく今は目先の問題だ。 御幸の読んでいる雑誌辺りを目掛けて、俺はテーブルの上に置いてあったティッシュケースを投げた。 「冗談はいいから!さっきの話!」 「は?なんのこと?」 「だから!!俺とお前が、っ、その、…つ、付き合ってる、って…!」 「だってお前、俺に鍵くれたじゃん。3ヶ月前。それってそういうことだろ?」 「ち、ちが…!」 「じゃあお前は、どうでもいい人間に家の鍵渡すわけ?その辺の見ず知らずのヤツでも?」 ティッシュケースによって遮られた雑誌を畳んで脇に置いた御幸が、足を組みなおしながら膝に肘をつきつつそのうえに顔を乗せて小さく首を傾げる。 心底ありえない、と言った目つきでこっちを真直ぐ見てくる顔はやっぱり文句の付け所がないイケメンで、直視できずに目線を逸らす俺。…だから俺だって一応アイドルなのに!何これ! 「…そりゃ、…渡さねぇけど…。」 「だろ?」 「で、でも!御幸は見ず知らずのヤツとは違うじゃんか…?」 チラチラと御幸を見上げながら呟いたら、突然ぐしゃっと頭を撫で付けられた。 「むあ!…なんだよ!突然!」 「…っとに、沢村くんって…、…それを天然でやるところが、一番性質悪いんだよな…。」 「何だよ…!?つーか痛ぇし!頭を撫でるな!!」 ぐいぐいと押さえつけられるように頭を上から撫でられて、御幸を見るどころか、押さえつけられすぎて首が痛い。 「なぁ、沢村くん。」 もがもがともがいていると、上から御幸の声が降って来る。 それは、からかう時の声音とは違う、優しい優しい、ほんのときたま、俺がドキッとする声だった。 顔が見えない。なぜなら、御幸が押さえつけてるから。 でもそれはきっと、本気で抵抗すれば、外れるくらいの、力。 顔が見えない。なぜなら、その目を見るのが恐いから。 本当なら、耳も塞ぎたい。なんでだろう。この後は、聞いたらいけない気がする。 ダメだ、本能が叫ぶ。 けれど。 「…沢村。」 「なん、だよ…。」 「鍵、返そうか?」 「は…?」 パッと突然頭を離されて、勢いのまま顔を上げれば、そこには御幸のドアップ。 ソファから立ち上がって俺を見下ろす、御幸の表情は穏やかに微笑むだけで、何を考えてるのかよく分からない。勿論、いつもよくわかんねぇけど、今は、特に。 だって、鍵、って。 なんで突然、そんなこと言うんだ。 今まで一回だって、そんなこと…いつも、勝手にうちに来て、勝手に居座って、勝手に気が向いたら帰って…何がしたいのかわかんねぇけど、鍵返そうかなんて…鍵やった時ですら、いいのか、の一言すらなかったやつが、いまさらなんで。 「で、でも、鍵なかったら、お前、また家の前で待つんだろ…!?」 声が上ずって、まるで慌てたみたいな声。 なんで俺がこんな、こんな風になってんだ…!? 早く、言えよ。 そうだな、って。 迷惑かけられたくないだろ、だからやっぱ鍵は持っとくな、って。 いつもみてぇに、冗談っぽく笑って言うんだろ。返すわけねぇだろバカ、って。 けど、そんな俺の心の中を知ってか知らずか、ふっと微笑んだ御幸は穏やかに言った。 「心配しなくても、もう待たねぇよ。」 何を。 「だから、ここからはお前が選べよ、沢村。」 御幸がポケットを探って、俺の前に翳したのは、装飾一つない銀色。 紛れも無くそれは俺の家の鍵で、俺が御幸用にわざわざ作りに行ってやった合鍵。 今日も使われたであろうそれが、目の前で揺れていた。 「どうすんの?コレ。」 ゆらゆらと、左右に揺れる鍵。 なんでいきなりこんなことになってるのか意味わかんなかったけど、ここで選択肢を間違ったらいけない気がする。 そうだ、俺はこういう御幸の突拍子も無い行動がすげぇ苦手で。 毎日毎日部屋に勝手にきやがって、俺だって疲れてんのに、早く寝たいのに。 見たい録画だってあるし、やりたいこともある。ゲームもしたい。漫画も読みたい。 御幸が来るから部屋はいつだってそれなりに綺麗にしとかなきゃならなくて、本当なら自分の分だけでいいプリンは二人分買って冷蔵庫にストックしておかなきゃいけない。 たまに忙しいのか、本当にたまにだけど、御幸が来ない日があると、逆に心配になっていつもは気にも留めない携帯が気になったり、そんなのが凄く嫌で、俺ばっかりいっつも振り回されてるのがすげぇむかついて、だから俺は御幸のことが大嫌いで、大嫌いで―――…。 「…っ。」 ガシッと揺れる鍵を掴み取る。 無理やりそれを力ずくで御幸から剥ぎ取って、手の中のそれをじっと見つめた。 御幸はというと、ほとんどさっきと変わらなかったけど、でもどこか納得したみたいな顔してて、それがむかついた。 だから、だ。 物分りいい大人なんです、みたいな顔してるのがすげぇむかついたから。 さっき投げたティッシュケースで、テーブルの上にはもう何もなかったから、だから。 「…っ、アンタ、ホントむかつく!!」 バシッと御幸に向けて今さっきもぎ取った鍵を投げつけた。 ただ、顔だけは避けてやった。だってどうせ明日も仕事だろ!俺もだけどな! 御幸の胸元に、俺が投げた鍵が一瞬だけ張り付いて、地面に落ちる前に御幸の手がそれを掬い取って、にやりと笑った御幸が再び御幸の手に戻った鍵に軽くチュッと音を立ててキスをした。 「…俺は逃げる道、やったぜ?沢村。」 だからここからはお前が選んだことだと、言われなくても聞こえた気がした。 「俺はただ投げるものがなかったから投げただけだぞ…!」 「あ、そうなの。」 「そう!」 「でもとりあえずキャッチしたし、貰っていい?」 「…勝手にすりゃいいだろ!俺はそれ持ってるし!!」 「そ?サンキュ。」 御幸のポケットに再び鍵が吸い込まれて、そのまま一度体を伸ばした御幸が、んー…と唸った。 「んじゃ、俺はそろそろお暇するわ。」 「そうかそうか。もう来んなよ!絶対来んなよ!」 「りょーかい。オッケー。分かった。また明日、沢村。」 全然わかってねじゃねーか!!とやっぱり鍵返してもらえばよかったと既に後悔した。 にっこり笑って手を振られる。雑誌は置いていくのか、丁寧にソファから机の上に置きなおした後、荷物らしいものは特に持たないまま、御幸がリビングのドアの方に歩いていく。 別に見送ってやる義理もねぇから、俺は座ったまま。 …別に、立てないわけじゃない。 勝手に来たんだから、勝手に帰ればいい。だって勝手に来たのは御幸のほうだから。 「あ、そうだ。」 見送る素振りも見せない俺に特に何も言うことなく、ぴたりと止まった御幸が振り返って言う。 「次の休みまでに、どんな指輪がいいかちゃんと考えとけよ。」 3ヶ月記念の、と爽やかに言い放つ御幸の姿はまるでドラマから切り出した一ページのようだったけれど。(普通のヤツがやるとただの寒いある種ギャグのようにしか見えないであろうことでも、コイツがやるとなぜかそれだけで絵になるんだから、イケメンってのは全く羨ましいものだと思う。) 生憎俺は感動的な恋愛ドラマドラマの一ページのようなシーンに感動出来るほど大人じゃなかった。(今だけは子供扱いされてもいい)! 「3ヶ月寝ずに働いてから来やがれバカヤローーーーーーー!!!!」 俺の叫び声は虚しく御幸の閉めたリビングのドアにぶつかって部屋の中に落ちた。 やっぱり危険だった。 ストーカーに捕まる前に、誰かに助けを求めればよかった。 だって今日はズボンのポケットに携帯があったのに。 着信履歴を呼び出して、誰でもいいから一番上にあった人にでも電話をかけて、助けて下さいストーカーがついに妄想の中で俺と付き合ってるとかなんとか言い出したんです恐いです助けてくださいって言えば、きっとこんなことにはならなかったのに。 御幸にあんな真面目に聞かれることも、俺が間違った(であろう)選択をすることもなかったのに! …けれど、後から気づいた。 そういえば、俺の携帯の着信履歴は御幸で埋まってた。 沢村栄純20歳。職業アイドル。 可愛い彼女はまだ出来そうもねぇし、今のところファンの追っかけに困ることもない。 東京は恐いところだって教わったけど、恐い思いはまだ何ひとつしてない。 仕事も良好、周りの人にも恵まれて、今日も元気にアイドルやってます。 ただなぜか今日、生まれて初めて、元ストーカーの彼氏が出来ました。 名前、御幸一也。職業カリスマモデル。 『御幸さんは今彼女とか居ないんですか?』 『…そうですね、仕事もありますし、あまりそういうことに縁がなかったんですが。…とりあえずこれから3ヶ月頑張って稼がないといけないんですよ。俺。』 後日テレビの生放送番組での御幸の発言が、日本中に(主に女の子の)悲鳴を轟かせることになるんだけど、仕事で見られなかった俺は、次の日のワイドショーを楽屋で見て一日遅れで大絶叫しながら御幸を問い詰めるために携帯を引っつかむことになる。 (つまりは、結局このままアイツに振り回され続ける運命しか俺には待っていないということは薄々感づいたけど、電話に出た御幸に「なんだよ、栄純。」と呼ばれて怒る気が失せた俺。…つまりはそういうことだ!むかつくことに!) 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