he is so cool!! |
*秋/9月くらい 「御幸−。次視線こっちなァ。」 「はーいよ。」 「そのまま、ほらもっと…サービススマイルしやがれ。こっちだこっち!」 「ちょっと雷蔵さん、コレ、サービススマイルじゃなくて俺の心からの笑顔なんですけどー?」 「嘘付けバカガキ。ガキの笑顔っつーのはもっと背後に光が見えるような純粋で輝かしいもんよ。」 「えー。じゃあ俺の背後には何が見えんの?」 「…お前の後ろにゃ、金の木が見えらァ。」 「……はっは!ひっでェの!」 カシャ、カシャ、と断続的に大きな音が響く。 機械ばかりの無機質な風景の中、ある一点だけ光で区切られたように照明が照らされ、そこだけまるで異世界のようにカントリー調に区切られた四方の上をまるでステップでも踏むかのように軽やかに動き回るのは、今やあらゆるところから引手数多なカリスマモデル、御幸一也。 ベテランっぽいカメラマンの調子のいい言葉に、全く怯む様子も無く、寧ろ堂々と楽しそうに冗談交じりに応答する姿は、やはりその辺がカリスマと呼ばれる所以なのだろうと思う。 ちょっとアバンギャルドっぽい雰囲気の衣装は、背景のカントリー調とは一見ミスマッチなのに、そのミスマッチは違和感を覚えるどころか逆に不思議なミリタリー感を醸し出してやけに背景に映える。そんな特殊な衣装に顔負けしないのはやはりそのはっきりとした顔立ちだからだろうか。 肩から背中にかけて、羽織っていたジャケットを軽く背負い、細身の椅子を引き寄せて、足を組んで座る。 カメラマンらしき男性との間に指示らしい会話は得に無く、ただ楽しそうに会話をする二人の周りを、忙しそうに何人ものスタッフがバタバタと動いているのを、俺は少し離れたスタジオのドアに背もたれながらぼんやりと見ていた。 今日は俺も、隣のスタジオで雑誌の撮影があって、現場が同じだと知った御幸から、「じゃあ時間が合えば遊びに来いよ。」と半ば強引に誘われたのは昨日の夜の話。 そんな時間ねぇよ!ってその時は言ったし、思ってたけど、個人写真撮るから休憩しておいでと、予想外に自由時間が与えられて…まぁ暇だし、仕方なく来てやることにした。 なんで来なかったんだって後から御幸に問い詰められるのも面倒だったし。 つってもまぁ、そうやって実際遊びに来てやっても、御幸のほうは勿論仕事なんだから、話す暇どころか今日はまだ目線すら合ってない。俺も入り口から中にそれ以上近寄ろうとしてねぇし、当たり前なんだけど。 この調子じゃ多分、俺がここにいること、御幸は気づいてねぇんだろうな。 そんなことをぼんやり考えながら仕事中の御幸を目で追っていると、横から明るい声が響いた。 「…沢村君?」 「…っ!?…んあ!アンタ、最初に会った…!」 「高島よ。御幸くんのマネージャーの。」 「ああ!そうそう!“礼ちゃん”って人っすよね!」 「だから、高島だってば。まぁいいけど…。どうしたの?御幸くんに用事?」 「え、えっと…いや、別に、…特には…!」 用事か、と言われるとなんでもないし、なんでもないかと言われたらなんでもなくねぇし…! 小首を傾げられて尋ねられても、答えに困った。 そういや、あの日以来この人には会ってないわけだから、この人は俺と御幸にあれ以来交流があるなんて知らないんだろう。 答えに困っている俺を横目に、なんか納得したみたいに一回頷いた高島さんは答えを待たずに俺の隣にゆっくり並んで、同じように御幸のほうに視線をやった。(なんだ、何を今納得したんだ。まさか御幸のヤツが俺をストーカーしてることしってんのかこの人。だったらやめさせろ、今すぐアイツの首に首輪をかけてくれマネージャーだろ!…と思ったけど口には出せなかった。) 「…御幸の仕事見るのははじめて?」 「あ…、はい…。」 「まぁ、そうよね。普通撮影現場なんて早々来るもんじゃないし。」 「まぁ…そうっすね。」 「かっこいいでしょう?御幸くん。」 「はぁ…。」 どうしよう、凄い笑顔で言われたけど、反射的に肯定できなかった。 はっとしてから失礼だと思ったけど…だってほら、コイツ今はこんなんでも本当はただの変態ストーカーなわけだし。日本語通じねぇヤツだし。 もしかして高島さんも知らないんだろうか…と思いながら横を見れば、高島さんが小さく溜息をつくのが聞こえた。 「…ちょっとマイペース過ぎるのが困りモノなんだけどね。」 「あ、ははは…。」 あ、なんだ知ってるっぽい。 「黙ってればこれ以上無いってくらい完璧なのにねぇ。」 「…それには激しく同意しやす…。」 二人揃って溜息が重なった。 どうやら高島さんも御幸の行動に苦労してるっぽかった。まぁ、当たり前か。マネージャーなら、四六時中一緒にいるんだろうし…クリスさんが俺のこと熟知してるみたいに、高島さんも御幸にいろいろ振り回されてるんだろ。(別に俺がクリス先輩を振り回してるって言ってるわけじゃねぇけどな!) 高島さんと俺の溜息がシンクロする中、御幸の撮影はどんどん進んで行く。 ちょっとはしゃぐ御幸。 ふざけたみたいな顔。 かと思えば、カメラを見つめる真剣な瞳。 けど別に表情が豊かっていうわけじゃなくて、なんていうんだろう、なんだろう。 (色が、いっぱいに見える…。) 写真では何回か見た、仕事中の御幸。 常日頃から、絵になると思っていたけど、実際“絵”を撮っている御幸はやっぱり想像した通りの姿だった。 (…いっつもそういう真剣な顔してりゃいいのに。) そしたら、俺だって、もっとちゃんと…。 そんなことを考えてはっとした。 (もっとちゃんと、…何だよ…!?いいいい意味わかんねーし!!!) まるで俺まで軽快なシャッター音に乗せられてしまったみてぇに、変なことを考え始めてて、それを誤魔化すように首を思いっきり振った。 『かっこいいでしょう?御幸君。』 高島さんに言われた言葉が頭の中を過ぎる。 そりゃ…かっこいいか、否か、と言われたら、確かに普通にかっこいいと思う。 じ、っとカメラに向かってポーズを決める御幸を見た。 なぜかカメラにウインクをかまして、カメラマンのおじさんに怒声を浴びてた。それがおかしくてちょっと笑ってしまって、それを隠すように俯く。 (仕事場なんか、見に来るんじゃなかった…。) なんだか色々と失敗した気がする。 だからもう帰ろう、と思った時、遠くから「沢村!」って俺を呼ぶ声が聞こえて、驚いたのとなんか恥ずかしかったのとで、聞こえないフリをして俺はドアの外に隠れた。 (何だよ気づいてたのかよコノヤロウ…!) なんで逃げたの、と夜に来た御幸に問い詰められることになるんだろうけど、とりあえずさっき見た仕事中の御幸の姿が頭から離れなくて、撮影セットのコードに躓いてこけるくらい、その時の俺はなぜか一人で焦っていた。…ああ本当、やっぱり撮影なんか見に行くんじゃなかった!絶対もう土下座されても行ってやんねー!!と、心に誓いながら、俺は今度は御幸への言い訳で頭をいっぱいにすることになった。 [←] |