dream or real? | ナノ

dream or real?


*微裏注意

*春/6月くらい



「お疲れっしたー!」
「おー。沢村くん、お疲れ。」
「帰り道に転ぶなよー。」
「何言ってんすか!当たり前っす!」


今日最後のバラエティー番組の撮影が終わり、お気に入りの黒いショルダーを肩からかけて、テレビ局の廊下を小走りで翔けていく。そんな沢村には、周りに居たスタッフであろう様々な人達から次々に軽い声が飛んでくる。
これでも一応、それなりに知名度のあるアイドルグループの一人だというのに、等身大で裏表のない沢村はスタッフからもまるで自分の子供のように可愛がられていて、こうしていつも気軽に声をかけてくる人が多かった。
本人も、「俺も人と話すの好きだし、むしろ遠巻きにされるより全然いい!」とそれを嫌がらないこともあって、沢村はある意味誰よりも人気者だったりする。(本人は、子供扱いするなと怒るようなこともあるのだが、それはどれもこれも皆沢村のことが可愛いからだ。)

撮影自体は予定より早く終わったため、今日は日付が変わる前に家に帰れそうだ。
最近は休みも無くてゆっくりする時間も無かったし、帰ったら貯まっている洗濯物を片付けて、録画してあるテレビでも見ようか。そんなことを考えながら、バックの外ポケットをゴソゴソと探り、中にしまってあった携帯を取り出す。
走っていると読みにくいため、携帯を開くと自然と足がゆっくりになった。


(メールが2件と、着信が1件…。…着信?)


画面に残っていた、着信1件の表示。
元来、携帯無精の気がある沢村は、電話をしても出ないことが多い。(携帯を携帯する習慣があまり無いのだ。メンバーからは、携帯の意味がないだろとよく怒られる。)だから、仕事の用件は、いつでも見られるようにとメールで入れられることも多く、沢村の性格を知っている人は、わざわざ沢村に電話をしてくることは少ない。沢村自身、それは自覚していた。
だから、久々に見た着信の文字が気になった。何か急用だったのだろうか…と、メールは後で開くとして、急いで着信履歴を開いて驚いた。


「え!?御幸さん!?」


着信1件、御幸さん。
画面に予想外の人物の名前を見つけて、一瞬大きな声を出してしまった。
ハッとして周りを見渡したが、どうやら人が居なかったようで、安心して胸を撫で下ろす。

それから急いで携帯を操作して耳に当てると、そこからトゥルルルルと無機質な機械の音が響く。

(あ、しまった。まだ仕事中かな…。)

自分が終わっていたとしても、相手がそうだとは限らない。
何せ相手は、あの御幸一也なのだ。
知らない人はいないのではないかと言われるほどの、カリスマモデル。
渋谷を歩けば180度御幸一也。電車に乗れば最前列から最後尾まで広告全て御幸一也。
1時間ドラマの間のCMで、御幸一也を見ない方が珍しい。
そう形容されるほどの、今をときめく人気モデルなのである。(…と本人に言ったら、それは言いすぎだと腹を抱えて笑っていたけれど。)
そんな簡単なことに電話をかけてから気づいて、一瞬切ろうかと頭を過ぎったが、それよりも前に聞こえていた無機質なコール音が突然途切れた。


『…はい?』


電話越しに、鼓膜に響く甘い声。
どこか掠れているような色香が、機械越しだというのにむざむざと伝わって来て、咄嗟に電話を落とさないようにぎゅっと軽く握り締めた。


『み、御幸…さん!』
『…その声、沢村くん?』
『あ、はい、そう、そうです!』
『ああ、ごめん。ちょっと画面確認しないで電話に出たから。…どうした?』
『えっと…今、携帯見たら…!御幸さんから、電話があって…それで、なんか用かなって…思ったんす、けど…!』
『あ。わざわざ電話くれたんだ?』
『…なんか、急用でした?』
『いーや。別にそういうわけじゃねぇんだけど。』


どうやら、急ぎの用事ではなかったようで安心した。
といってもまぁ、同じ芸能界といえども業種が違うモデルの御幸さんが自分に急用というのも中々思いつかない。
たまにテレビ番組で一緒になるといっても、沢村はグループで居ることが多いから、直接御幸さんと接点があることなんて殆ど無いのだ。
そして共に忙しい身。休みが合うことも無いので、プレイベートでの接点もまた然りだった。
連絡先を知っているのも、一度番組で一緒になったときに交換しただけで、今まであまり使われることも無かったのに。
だからこそいきなりの着信に驚いたのだが、電話越しの御幸の声はいつも通り穏やかで、もしかして特に用事でも無かったのかなと、空回りしたのだろうかと数分前急いで電話をかけなおした自分を悔いた。

(嬉しかったんだけどなぁ…。)

あまり接点は無いけれど。
話すことなんて殆ど無いけれど。
だけど、初めて会った時から、次はいつ会えるんだろうと心待ちにしている自分がいることに、沢村は薄々自身も気づいていた。
御幸さんと仕事が一緒だと、やる気も違うということにも。

(でも、例えなんてことも無い気紛れだとしても、やっぱり電話してくれたのは嬉しいし…ちょっと話せて、嬉しかった、な。)

言えないし、言わないけれど。
自分からかける初めての御幸さんへの電話だったのだけれど、こんな機会でもなければ一生そんな機会なんて来なかったかもしれない。
そう考えたら、御幸さんの気紛れに感謝した。


『じゃ、じゃあ、切りますね。御幸さん、お忙しいんだろう、ですし!』
『はは、何その変な敬語。…っていうか沢村くん、メール見た?』
『は?』
『その様子じゃ、見てないな。』 
『あ、え、そ、そその、すいや、せ…!電話あったのだけ見て、急いでかけなおしたんす…!』
『何でそんな取り乱してんだよ。別に怒ってねーって。…ただ…、そっか。じゃあメール見てないんだな。』
『うう…はい…。』


別に目の前に御幸さんがいるわけでもないのに、シュンと肩を落として小さくなる。
やっぱり空回った自分が恥ずかしくて、どんどんと声も小さくなって、いっそこのまま消えてしまいたいとさえ思った。勿論そんな失礼なこと出来ないけれど。


『俺、今日さっき仕事終わったからさ。もし沢村くんが時間あったら飯でもどうかと思って。電話通じねーっぽいからメール入れたんだけど。』
『え、……えぇえ!?』
『え、何。そこ、そんな驚くこと?』
『だ、だって…!!』


飯…、飯って!?
突然の御幸さんからの言葉に、頭の処理能力が追いつかなかった。
だって、どうして突然。
そんなに親しい間柄でもない(こんな風に言うとちょっと寂しいものがあるが)のに、どうして。
なんで、どうして。そんな言葉ばかりが頭を過ぎり、一瞬頭が真っ白になったような気がした。


『もしかして、まだ仕事だった?』
『いえ、!俺も今日今終わったとこっす…!』
『そうなんだ。先約とかある?』
『いや、それもなくて…!でも、御幸さん、は…。』
『ん?』
『御幸さんは用事とか、ないん、すか…?』


自分なんかを誘うより。
きっと御幸ほどなら、夕食の相手など引く手数多だろう。
女性も男性も、きっと交友関係なんて想像も追いつかないほど広いのだろうと思う。
どうしてそんな御幸が自分を誘う気になったのか全く持って理解不能だが、それでも嬉しいより先になんだか申し訳ない気持ちのほうが勝ってしまってつい咄嗟にそういえば、電話の向こうで御幸さんが小さく息を吐く音が聞こえた。
反射的にすみません!と叫ぼうとしたけれども、叫ぶために吸い込んだ息は、御幸さんの一言によって再び体内に逆戻りすることになった。


『用事ならあるよ。…沢村くんと飯行くこと。これじゃ駄目?』


ふっと微笑む音が聞こえて、その音に心臓が止まるかと、思った。


『それで、沢村くんは今どこに…、…ってちょっとごめん。エントランスに入ったからうるさくなるかも。』


声を出せないでいる自分に構わず、御幸さんが喋る。
沢村が反応するよりも早く、御幸さんの言葉通りに確かに電話越しにはガヤガヤとした雑踏の音が混じり始めた。
エントランス、ということはどこか建物の中にいるんだろうか。回らない頭でそれだけは考えた瞬間。


『あ、御幸さんお疲れ様っす!』


電話の先から、御幸さんの声じゃない人物の声がはっきりと聞こえて来た。

その音に、驚く。

だってそれは。

もし聞き間違いでなければ、先ほど自分が通り際に挨拶を交わしたスタッフのもので…。
今日の現場のADで、少し筋肉質のがっちりとした体格のその人は、ADというより寧ろ大工みたいで無精ヒゲを生やした結構印象に残る人だった。
その人が、今、御幸さんの近くに居る。

つまり、それって。





気づいたら、駆け出していた。
この廊下を抜ければ、吹き抜けの階段の下は、このテレビ局のエントランス。


「『……御幸さん。』」


今まさに、エントランスから外に出ようとしている後姿。その耳には携帯電話。
帽子を被ってはいるし、後姿しか見えないけれど、すぐに分かった。


『沢村くん?どうしたの?』
『御幸さん、後ろ!』


ガッと吹き抜け階段から続く手すりに体をぶつける様に持たれかけさせ、下を見下ろしながら叫んだ。
電話を持ったまま、その人が振り返る。
視線がかち合った瞬間、その目が驚きに見開かれるのが、遠くからだけれどはっきりと分かった。


『…ははっ、すげぇな…!』


何これ、運命?って電話から聞こえたけれど、なんだか笑えなくて笑えた。
どうしたらいいのか分からないでそのままの状態で固まっている沢村とは逆に、プチって音が耳元で響いたと思えば、出口に向かっていた御幸さんが、こちらに向かって走ってくる。それはまるでスローモーションみたいに見えた。
エントランスから沢村の居た場所まで、距離にして数十メートル。
それなりに距離はあったのに、気づけば目の前には、携帯を片手に少し息を切らせている御幸さんの姿があった。


「御幸、さ…。」
「ちょっとこっちおいで、沢村くん。」


名前を全部呼ぶ前に、強く腕を引かれる。


「御幸さん、どこ行く…!?」


出口とは逆、今歩いてきた方向へとどんどん引っ張られる。
テレビ局の奥の、誰も通っていない人気の無いスタジオ近くまで気づけば引っ張って来られていて、沢村は意味が分からず目を白黒させた。
何だと問うても、御幸さんは答えてくれなくて、更にそれは沢村を困惑させる。
けれどその手を振り払うことも出来ず、引っ張られるがままに一つの部屋に押し込まれた。
真っ暗なそこは、多分スタジオだろうか。
普段はこれでもかというくらいギラギラとした照明に照らされている部屋も、光が落ちればただただどこまでも続く真っ暗な闇が広がっているだけで、少し不気味だ。
一体ここに何の用が…?
御幸さん、と再び名前を呼ぼうと真っ暗闇の中、掴まれている手の先を探るように逆の手でなぞった。


「御幸さ…。」


まだ暗さになれていない目は、なかなか闇の中に彼の姿を見つけることが出来ない。
眉を寄せながら少し不安になってゆっくりと顔を上げると、突然声が奪われた。


「んっ…!!」


声どころか、息も出来ない。
何事かと慌てて首を振ろうとしたけれども、後頭部を固定されていてそれは叶わなかった。

頬を撫でられて、腰からぐっと体を引き寄せられて、一度一瞬だけ息が吸えたと思ったらまた出来なくなる。
その時に漸く、キスをされているのだと気づいた。


「ふ、ぅ…!…ん、んあ、ふ…!」


体を密着させられているせいで、抵抗すら出来ない。
それどころか、慌てて叫ぼうとして開いた唇の間から、ぬるりとした生暖かいものが入ってきて、それが御幸さんの舌だと分かると、全身がゾクリと震えた。

静かな暗闇に、くちゅ、ぴちゃ、という音だけがどこか卑猥に響く。
その音を発しているのが自分だということをどこか客観的にぼんやりと考えながら、ただただ御幸さんの奇怪な行動に困惑することしか出来ず、角度を変えて何度も何度も深く繋げられる唇に、このまま息が出来なくて殺されてしまうのではないかと思った。


「ふ、…ぅ…。」


一体どれだけそうされていたのか時間の感覚が分からない。
離されたころにはなんだか頭も体もトロトロになってしまっていて、まともに何も考えることは出来なさそうだった。


「…沢村くん…。」


目が慣れてきたのか、見上げた先には闇夜に浮かぶ御幸さんの日本人離れした少しアンバーな色の瞳が浮かんで見えた。
作り物みたいに綺麗な造形のその瞳が。
大勢の人を魅了するその瞳が、今はただ唯一熱を含んだ瞳で、自分だけを見ている。
多くの人から愛されるまるで人形のような彼が、この闇夜の中ではただ一匹の獣のように見えた。

喰われる、と本能の奥の奥の方で感じた。
ああ自分はこの男に喰われてしまうんだと、まるで当たり前のようにストンと心に落ちてきた。


「沢村くん…。」
「…っ…!」


腰に回っていた御幸さんのしなやかな腕が、服の裾を探り当てて、そこからゆっくりと侵入してくる。
ヒヤリとした少し冷たい指先が肌を直接撫でると、ビクンと背中が揺れた。
その反応に、耳元でクスリと笑う音がして、その恥ずかしさにカッと頬に一気に熱が上がる。


「みゆ、…っ、御幸、さ…!」
「んー…?」


じたばたと、形ばかりの抵抗。
けれどそんな脆い盾はすぐに壊され、逆に壁に追い詰められると、足の間に御幸さんの膝ががっちり入り込んで来て、すぐに何も出来なくなった。

やんわりと膝を持ち上げられて、それがぐいっと足の間に食い込んでくる。


「あっ…!や…!」
「いや?」
「…や、…です…!」


ふるふると泣きそうになりながら首を振る。
けれど御幸さんは、ぐいぐいと膝を押し付けてくるのをやめてくれない。
何度も何度も、痛くないくらいの絶妙な力加減で突き上げられて、頭の中はパニックになっていく。
嫌だ、と思うのに。


「…本当に、嫌?」


優しい声音で問いかけられると、声が出せずに逆に息を呑んだ。
この声は、反則だと思った。
何もいえなくなる。そして、そうなると分かっていてやっているのだ、目の前の美麗な男は。
自分の武器を心得ていて、そしてそれが自分に有効だということも分かっていて、それなのに、なお沢村に選択を迫る、卑怯な男。


「本当に…?」


ゆるりと服の中に入り込んでいた手が円を描くように肌を撫で、そのまま下に下りて来る。
ああ、衣服というもののなんて脆いものか。
相手と自分を隔てるものが、たった一枚の布しかないなんて。
心もとないその防具は御幸さんの手によって簡単に突き崩され、下着の中に直接入ってきた手が指が、沢村の性器をツウッとなぞる。


「ひあっあ…!!」


まるで女のような声が上がって、驚いた。
今のは、何だ。


「沢村くん、さすが、アイドル。…いい声だね。」
「あっ、あ…!やめ、…っ、ふぅっ、あ…!」


指でなぞられ、そのままきゅっと握りこまれた。
5本の指がそれぞれ生き物みたいに窮屈なズボンの中で動き回る。
形をなぞるみたいに動かされて、たまに手の平で揉むように動かされて、窮屈なズボンの中は、更に窮屈さを増していく。

(なんっで…、なんで俺…っ、反応して…!)

御幸さんの手によって、少しずつ熱が中心に集まっていくように、じわじわと性器が熱を持っていく。
自分の体だというのに、自分の制御出来ないところで、制御出来ない何かが働いているようで、ただ息だけがどんどん上がっていく。
はっ、はっ、と犬のような短い息遣いが響いて、気づけば目の前の御幸さんの胸に助けを求めるようにすがり付いていた。

おかしい。
助けるも何も、今この責め苦を与えているのは、御幸さん本人に他ならないのに。
全ての元凶はこの人で、今苦しいのも辛いのも恥ずかしいのも全部、この人がしていることなのに。


「みゆき、さぁ…っん…!」


呼んだ名前の、なんて甘ったるい音。

苦しくて、熱くて。
溶けてしまうと思った。

恥ずかしくて、もう何がなんだか分からなくて。
消えてしまいたいと思った。


「はっ、あ…!あ、あんっ…んン…!」


先端を親指でクリクリと弄られたらもう、たまらない。
逃げたくて腰を動かしたはずなのに、どうして横に揺れるんだ。

指の甲で何度も何度も擦られて、根元からグリグリと刺激されれば、目の前がチカチカと光り、静止する暇もないまま、そのまま服の中で達してしまった。
御幸さんの手の、中で。


「…っ、あぁ…!」
「…早いね。」
「…っ。だ、って…!」
「久し振りだった?…そんなに忙しいんだ、仕事。」
「みゆきさ…っに、…言われたく…。」


肩で浅く呼吸をしながら、とりあえず自分を落ち着かせようと深く全身で息を吸う。
今起きたことがなんだったのかと、自覚したくなかったが、じわっと感じる下半身の不快感に、いっそ穴があったらどこか埋まってしまいたいと思った。

よりにもよって。御幸さんの前で。御幸さんの手で。

一体どうしてこんなことになってしまったのか。考えても沢村のキャパシティの少ない脳みそでは答えは返ってきそうになかった。


「っ…。」


今さっき自分を辱めた手をズボンから抜き、その中の白い何か(認めたくない)をにちゃにちゃと音を立てながら見せ付けるように握り合わせつつ、再び素早く抱きしめられた。


「御幸さん…もう…っ、なんで、すか…!?」
「何って…、続きなんて一つしかないだろ?」
「…つづ、き…?」
「まさか前戯だけがセックスだなんて、言わないよな?」
「セッ…!?」


ニヤリと不敵に微笑まれる。
ああ、そうか、さっき感じたのはこれだったのかと漸く思い知った。
喰われると思ったのは、こういうことか。


「…沢村くん。」


空いているほうの手で、ゆっくりと目じりから頬を撫で下ろされる。
その優しい手付き。
優しい笑顔の下に隠れるのは、獣のような欲望だ。
分かっている。喰われるのは自分。だけど気づいている。


捕まったときに、既に彼の手の中に堕ちてしまっているのもまた、自分だということに。



「…嫌?」



先ほどと同じ問いを問いかけられる。
今度は耳元で、甘く甘く、脳内まで一瞬にして溶けてしまうような声で。


答えは返せない。
けれどその代わりに、目の前の男の首にするりと腕を回した。



俺は今確実に、目の前の捕食者が周到に張り巡らせた罠に落ちた。










+++


「…な、ん、だ、こ、れ…。」


何時ものごとく、楽屋をあければ我が物顔でそこに座っていた御幸に本日一回目の怒声を浴びせたのがつい先ほどの話。
なんでここにいるんだとか、お前今日はこの番組でないだろとか、ここは俺の楽屋じゃなくて一応青道の楽屋なんだぞ俺以外が来たらどうする気だったんだとか。
まくし立てるように言った全てのことに、「まぁまぁまぁ、落ち着けって。」と華麗なウインクが飛んできて、それを打ち落としてやれば、なぜか満面の笑みで御幸が一冊の本を取り出してきた。

なんだかシンプルな表紙の、一見家計簿みたいなそれに、意味が分からず俺は首を傾げた。


『何、これ。』
『ん?まぁいいから、とりあえず読んで見ろよ。』


おもしれーから、といわれてパラリと表紙を捲れば、そこに見えた処狭しと羅列している暗号(日本語みたいだったけど、活字はだいっきらいなんだ!)に、パタンと一瞬で本を閉じる。ふざけるな、俺は国語とは生まれつき仲が悪い。
そんな主張を御幸に咎められ諭され、なぜか無理やり読まされること数行。


『御幸さん…。』
『沢村くん…。』


見たくない見たくない。俺は活字なんて見たくない。一生見なくても生きていけるぜ!…と思っていたのに、そこに自分の名前を見つけて、思わずぎょっとして続きを目で追った。

そんな俺を心底楽しそうに御幸が見てることなんて気づかずに、一体何だか分からず読み進めていくうちに、わなわなと体が嫌な震えに犯されてくのを感じた。




そして読み終わって暫くして、発せられたのが冒頭の一言。



「なんなんだ、これは。なんだこれ。なんだこれ、なんだこれーーーーーーーー!!!!」
「沢村くん、あんまり叫ぶと近所迷惑な。」
「お、おれがっ、おれが!おれが、みゆきで、みゆきが俺で、御幸がぁああああ!!!」
「…とりあえず、日本語喋ってくんね?どうどう。」
「なんだこれーーーーーーーーーーー!!!」


意味分からない。意味分からない。なんだこれ。なんだこれ。
何回捲ってみても、そこには俺(と思わしき人物)と御幸(と思わしき人物)が、なんていうか…その、こう…。


「すげーだろ?俺と沢村くんのセック、」
「おいしょーーーー!」


言うな。皆まで言うな。
反射的に持っていた本を御幸に向かって投げた。狙うは顔面。
商売道具に傷つけるなといわれたが、今の俺にはそんなことは関係なかった。

ずいっと御幸に一歩にじり寄って、そのヘラリとした顔を思いっきり睨み付ける。


「なんなんだよ!!これ!!」
「んー?ファンの子からの、贈り物?」
「ファッ…!?」
「そ。なんか…あー、そうそう、“同人誌”って言うらしいぜ。」
「どうじ…し?」
「そう。俺とか沢村くん見てて、妄想しちゃったことを文章とか漫画とかにするんだってさ。それで本にして、売り買いしたりしてんだって。すげーよな。女の子って。」
「んな、あ、なに、え?え?」
「あー…ちょっと沢村くんの頭じゃ難しかったかな…。」


同情するみたいに頭を撫でられるけど、普段は振り払うそれも、今はそれどころじゃない。
つまり、それって。


「お、俺と御幸って、世間からそんな風に見られてんの…?」


恐る恐る言うと、一瞬御幸がポカンとした。
な、なんだ。変なこと言ったか。俺。なんだ、なんだよ!

ぐるぐるとした頭のまま、御幸!と名前を叫べば、はっはっは、と声をあげながら御幸が笑い出した。


「っはは、やっぱおもしれーな、お前!心配するとこ、そこかよ…!」
「だ、だって…!」
「心配しなくても、この手のことが好きな女の子達って結構居んだって。勿論俺とお前だけじゃなくて、俺と倉持だったり、倉持とお前だったり、他には降谷とか…あ、クリスさんとお前とか、逆に俺がお前に突っ込まれたりするような本もあんだぜ。今回はおもしれーから俺とお前のR指定本っつーのだけ持って来てやったけど。」
「く、くらも…、ふるや…、俺が、御幸…。」
「…お子ちゃま栄純くんには、ちょーっと刺激が強過ぎたカナー?」


ニヤニヤ笑いながら、“みさわあーるしていぼん”(どういう漢字変換すればいいのかちっともわかんねぇ!!)をひらひらと振って、御幸が立ち上がる。
一瞬ビクッとして一歩後ずさってしまえば、きょとんとした御幸がにやりと笑った。


「俺はその本の“御幸さん”じゃねーから、何もそんな突然取って喰ったりしねーって。」
「あ、あ、ああ当たり前だ!!!」


御幸は楽しそうに笑うけど、正直俺はもう笑える状況ですらない。
というか、認めたくない。こんな現実。
明日から俺はどうやってファンの子たちと接すればいいんだ…。


「…ま、でも。」


俺をからかう気が済んだのか、“みさわあーるしていぼん”で肩にポンポンと軽く叩きながら、楽屋から出て行こうと歩く御幸が思いついたように呟いた。


「お前にその気があるならこの本、現実にしてやってもいいよ?」


振り返ってにっこり笑うモデルフェイス。

それはきっと、世の女性が見れば一瞬で虜になるようなものなんだろうけど、今の俺にとっては。



「…っざっけんなさっさとどっか行け変態エロ眼鏡ー!!!!!」



とりあえず手ごろなものを引っつかんで投げる。
けれどそれがぶつかる前にひらりと既に楽屋の外に御幸は脱出していて、ガンッと今日の台本の角が楽屋のドアにぶつかり、ガサガサと頼りない音を立てて地面に落ちるだけだった。






…後日この話を倉持さんや降谷にしたら、二人ともなんだか黙って静かにどっかに言ってしまったから、大騒ぎした俺がおかしいみたいで、もしかしてこれって案外普通のことなのか、俺が知らないだけなのかと、頭を悩ませるハメになるのだった。






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