平和な戦争 |
*後日談:二人暮らしに戻った後 簡単に言えば、今俺は非常に面白くない。 それはもう、面白くない。 「沢村ァ!つまみ持って来い、つまみ!」 「は!?さっき持っていったじゃないですか!」 「あー?んなもんもう無くなったっつーの。」 「どうやったらゲームしながらあんな速度で菓子食えんの…!?」 それはもう堂々とリビングに置いてあるテレビの前という特等席の床の上を陣取って、その周りに酒の缶やらジュースの缶やらと共に大量の菓子で鉄壁サークルを形成しながら、沢村さんを小間使いする男を少し離れたところから眺めつつ、心の中に巣食うモヤモヤと闘う。 かれこれ長時間そんな調子の旧友に、文句の一つでも言いたくなるが、こいつにはでっかい貸しがあるので、なかなか強く出られないのがまた問題で。 ついこの前まで抱えていた大問題の解決は、今こうしてなぜか人の家で一番偉そうに寝転がって贅沢しつくしている倉持の協力が無ければ為し得なかったわけだから、少しくらいは目を瞑りたいところだけれど、ここまで家だけではなく、沢村さんまで独占されると、流石にそろそろ面白くない。 大体沢村さんも沢村さんだ。 文句言いながらもさっきから倉持の言う通りハイハイ動き回って。というか、普段俺に全部まかせっきりなグータラ代表三十路男が、どうしてこんなによく働いていらっしゃるわけ?一体どういう風の吹きまわしなわけ。 苛々しているのが段々心の中だけではなくて表面にも浮かび上がって来て、組んだ腕の上で指をトントン小刻みに叩いていると、ふと俺の方をふいに振り返った倉持と目が合う。 その目が、口元が、ニヤリと悪戯に歪むのが、はっきりと見えた。 (…あの野郎…。) ぜってぇ、わざとだ。 「くら、」 「沢村ァ、ジュース切れたぞ、ジュース。」 「はああ!?もうないですよ!!それが最後!」 「ちっ、」 「舌打ち!?」 口を挟もうとした俺の言葉をご丁寧に遮って、倉持と沢村の大声が飛び交う。 …こいつら声でか過ぎ。 ワンルームマンションの…しかも同じ部屋にいるんだから、もっとトーン落としても充分聴こえるっつーのに。 そのやり取りに、更にボルテージを上げた俺のイライラがピークに達する。沢村さんの方は完全に何も考えてないんだろうけど、倉持が心の中で浮かべているであろうしてやったり顔を想像すると、面白くない。非常に面白くない。 突然やってきた客人の癖に、遠慮のえの字も知らない態度の倉持も、そんな倉持に簡単に使われる沢村さんも。 それに今日は久々に沢村さんと俺の休みが合う日で、朝からゆっくりする予定だったはずなのに。 いきなり「暇。」とかなんとか言って押し掛けてきた倉持のせいで、その囁かな予定では一瞬にして消え去ったわけで。 なんなんだこれ。つーか、なんで俺らの予定知ってんだよ。コイツ。(大方情報源は亮介さんだろうけど。)もしかして俺まだ発信機ついてんの?盗聴器はいってんの?なんなの? ああもう。 とにかく全部、本当に面白くない。 倉持が来てから、俺はずっとこうして放っておかれたまま。それが何より、面白くなかった。 「沢村さん。」 「ん?…お?御幸どうした、」 キッチンの方に向かって、冷蔵庫の中と睨めっこしていた沢村さんに声をかけたら、きょとんとした顔と一緒に、数十分ぶりに俺に向けて声が返って来る。 それにちょっとだけ心の中が丸くなった気がする俺も相当単純だけど、でもやっぱりちょっと収まりきらなくて、俺は突っ立っていた足を漸く動かしてキッチンに向かえば、冷蔵庫を漁る沢村さんの手をガシリと掴んだ。 「え?」 突然のことに目を丸くする沢村さんの腕を引っ張って、そのままずるずると引きずっていく。 困惑したままなのか、されるがままに付いてくる沢村さんを引き連れたまま、リビングを抜ける。 「倉持。」 「あ?」 「…買い出し行って来る。」 「は!?ちょ、御幸、お客さん放って、」 「買い出し行って来る。」 慌てたような沢村さんの言葉に被せるように、二回目は一回目より強く言葉に乗せる。 すると、ビクッと小さく震えた沢村さんは、そのままどうしたらいいのか分からないとでも言った風に視線をきょろきょろさせつつ、口を閉じた。 そんな俺らの様子を振り返って見ていた倉持は、一瞬で理解したのか、ひらりと一度手を振って。 「寄り道すんじゃねーぞ。」 そのまままた、特に気にすることも無くゲームの画面に視線を戻した。 (それはつまり、ゆっくりして来いよっていうフラグだろ?) 勝手にそう受け取った俺は、とりあえず今まで放置されていた時間の倍は取り戻してやると決めて、まだ戸惑う声を上げる沢村さんを玄関までずるずると引っ張っていく。 御幸、御幸、と俺を呼ぶ声を聞きながら靴を引っかけていると、観念したのかと大人しく同じように靴を履きながら、沢村さんが俺の方を伺うようにチラチラと見た。 「…お前ってさ、」 「ん?」 「…………案外子供っぽいよな。」 そのままふいっと逸らされた視線に、あれ、と違和感を感じれば、隣を通り過ぎてドアの外に出て行った沢村さんの、髪の毛から出る耳がちょっとだけ赤くなっているのが見えた。 …どうやら俺のヤキモチはうっかり気付かれていたらしい。 「ほんと…鈍いんだか、敏いんだか…。」 とりあえず、気付いてたくせに俺を放置したことについていろいろ聞くために、早足で駆けて行ったその背中を追いかけた。 [TOP] |