愛だけ、 | ナノ

愛だけ、



「御幸は、俺のどこが好きなわけ。」

行為後のけだるい体をゆっくりとベッドに横たえながら、小さく息を吐く。
室内はまだ生々しい生き物の臭いが充満していて、ああ換気しないとな、と思うけど、今は腕一本すら動かすのも怠い。

隣で上半身起こしたままベッドヘッドに腰掛けているヤツは、そんな俺と違っていつも通りに飄々としていて、なんだか憎たらしく思えて文句の一つでも言ってやろうと口を開いたら、さっきの言葉が出た。

案の定御幸は、は?と小さく疑問符付きの短い言葉を発しながら、ちょっとだけ目を見開いてこちらを見てきた。
その顔に浮かぶのは、不信感と驚き。
………ちょっと今のは俺も驚いてる。なんだあの三流ドラマの脇役みたいなセリフ。


「どこが、って………何、お前いきなりどしたの?」
「あー…わかんね。」
「なんだそれ。意味わかんねーし。」
「うん、俺も意味わかんねーっスわ、悪い。」


ひらひらとベッドにパタンと下ろしていた手を力無く降れば、やっぱりいつも以上に重くてだるくて(ああよく考えれば、この腕の倦怠感は試合後のダウン前によく似てる気がする、とか唐突に思った)もぞもぞと再びベッドに戻した腕を伸ばして、まだ体温に侵食されていないシーツの冷たい部分を探せば、はぁ、と熱い息を吐いた。


あー…。
腰もだるい、つーか体がだるい。
熱いし、暑いし、行為に夢中になりすぎてエアコンのタイマーが切れたことすら気づかなかった室内は、むあんとしていて不快指数が高いことこの上ない。
だから頭が沸いて、変なこと口に出しちまったんだな。

俺をこんな疲れさせたのも、部屋が暑いのも、全部全部御幸のせいだから、やっぱ結局は御幸が悪い。うん、そうだそうだ。だから俺は悪くない。

そう一人勝手な自己完結をして、さてそろそろシャワーの一つでも浴びるかとだるい体を起こそうと持ち上げた手を、パシンと音を立てて掴まれた。
あまりに急なことに一瞬驚いて、体がだるいことも忘れてビクッと全身を揺らしてしまったが、今隣には一人しかいないのだから犯人は分かりきっている。が、その意図までは分からないから、キッと寝転んだまま御幸を睨み上げた。


「なんだ、よ!?」
「あ?」
「これ!手!」
「…理由なく恋人と手繋いじゃダメなわけ?」
「は?」
「だから、」
「いやいや、それは分かったけども!…なんで今?なんのタイミング?意味わかんねーし。」
「いやさぁ、お前が突然変なこと言うから、俺的にいろいろ考えて見てたわけよ。」
「………なんか静かだと思ったらそんなムダなことしてやがったのか…。」
「なんだそれ。聞いたヤツのセリフじゃねぇぜ、ソレ。」


はは、と軽い笑みが降ってきて、さすがに話題を振った手前、ちょっとだけ罰が悪かった。
いや、ほらまさかあの御幸が無言になるまで考え込んでくれるなんて思わねーじゃん。


「………でも、それとこの手と何が関係あるわけ。」


俺としては、ぶっちゃけそこまで深い話題にするつもりはなかったし(元々、自分でもなんで聞いたかよく分かんねー質問だったわけだしな)よくよく考えてみれば、「俺のどこが好き?」なんて、素面の時ですら恥ずかしすぎる話題、ピロートークで真面目に語るなんてちょっとありえなさすぎる。
なんでもいいから早く解放されたい。もういいからシャワーに行きたい。行かせろ、俺は行く!…けど、御幸が手を離してくれないと、それは敵わないわけで。


「……理由なんかねぇなぁ、って。」
「はぁ?」
「こうして手繋ぐのも、ヤった後の疲れてるお前見て可愛いなぁと思うのも、根本辿りゃお前が好きだからっしょ?でも、お前のこと可愛いから好きだとも思うわけ。可愛いから愛しいとも思う。だから抱きてぇわけだし。…って無限ループに結局、理由なんかねぇのよ。…お分かり?」


絶句、だ。


(ななななななな、!)


思わず、痛む腰なんてどっかに忘れ去ってしまったかのように反射的にベッドに立ち上がった。
とっさに掴んだシーツを顔まで引き上げて、御幸を隠す。否、御幸から隠れた。
繋いでいた手は簡単に離れた。


「な、っに恥ずかしいこと真顔で抜かしてやがるこのエロ眼鏡!!!!」
「は?ちょ、お前、俺の渾身の告白をそういう扱いする?ひどくね?御幸君もさすがに傷つくよ?」
「し、る、か!うわ、今鳥肌立った!やべー!ぎゃー!なんだコイツ!!」


色気も何も無く(仮にも行為後、しかも俺はほぼ全裸だってのに)ぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる俺に、御幸がどんな顔をしてるか分からないけど、その声に呆れが混じっていたから、なんとなく想像はついた。


「もう俺、シャワー行く……!」
「えー?たまにはいいじゃん。こんな睦言も。」
「い、ら、ね、え!」
「言い出したのお前なのに。」
「…………っ、もういいんだよ!」


これ以上の羞恥に晒されてたまるかと、御幸がまた変なことをいいだすまえに、退散してしまおうとベッドから飛び降りる。

けど、そんな俺を再び引き止めたのは、やっぱりというかなんていうか、御幸の声だった。


「沢村!」


ああ、ダメだ、これを聞いたらいけない気がする。
だけど逃げ場はない。今から走っても、いくら狭い寮の部屋のドアまでの距離といえど、間に合わない。ダメだ、逃れ、られない。







「立派な理由はねぇけど、愛してるぜ!」






そんな、言葉!




聞こえないフリをして俺は出口までの数メートルをダッシュした。









結局は
愛しかない
でも
はある!

(本当は、手なんかいつでも離せた。
離さなかったのは別に

これが聞きたかったわけじゃ、ない!)





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