放たれた鳥達 | ナノ

放たれた鳥達


*後日談:倉持+亮介さん



遠くで崩壊していく建物を見ながら、ぼんやりと。
空の色が青いんだということを、初めて知った。


…いや、もちろん、外に出たことがないわけではないし、別に普通に毎日窓からも見ていた風景だったけど。
なんていうか、…窓枠に切り取られていない空を、何にも縛られていない状態で見上げるのは幾分生まれて初めてのことで、柄にもなく「こんなに空って青かったっけ?広かったっけ?」なんて考えてしまう。
世界が変わる、というのはこういうことを言うんだろうか。視界も思考も全部クリアになって、今なら何でも出来る気さえもした。

“自由”という言葉があまりに無縁過ぎて、壮大過ぎて、その全貌が掴めない。だからこそ、持て余す。どうしたらいいのか、考えても分からなかった。時間が定められていないのも、何もすることがないのも初めてで、先が分からないという感覚は同じなのに、組織に居た頃より今の方がずっと、呼吸がしやすい感じがした。

物心ついた時には、既に施設にいた記憶しかない。
朝、決められた時間に起きて、決められた訓練をして、決められたタイムスケジュール通りに仕事をこなして、そのまま決められた時間に寝る。その繰り返し。余計な事は何もなく、自由もなければ、そこに意思も存在しない。
そんな生活を続けていれば、もちろん否応なしに頭は麻痺して来るし、それどころか人の脳や身体は周りの環境に簡単に順応しようとする。それはいわば洗脳のようなものだ。幼い脳はそれを日常だと認識し、刻み込み、何の疑問を抱かせることも、疑問を抱くことすら、無くして、紛い物の“機械”のようになっていく。俺と同じように集められた同じくらいの年の子供たちもそれは例外ではなく、皆丸で光を無くした生気のない目をしていたのを今でもよく覚えてる。中身が死んでしまった人間が、入れ物だけ動いているような、それは異様な光景だった。

俺が御幸に出会ったのは、確か6歳かそこらの年だったはず。その頃の俺は芽生えた自我が縛られた生活に反抗を起こしていた時期で、よく普段生活している部屋から抜け出して、施設内を一人で歩きまわっては、特に何をするでもなく徘徊していた。
その時に、偶然出会った同い年の子供。
それが、御幸だった。

御幸はなぜか俺らとは違う場所にたった一人で居て、行動を制限されているとはいえ、それなりに普通に生活している俺らとは違って、扉側だけ窓がある薄暗くて狭い部屋に、いつも入れられていた。それは懲罰房に近く、人が、ましてや子供がいれられるような場所だとは到底思えないような場所。御幸はいつも、そこに居た。
確かそれが、最初。
―――その頃は分からなかったけど、後にアイツが、俺らとは違って“特別”だってことを知って。
俺らの存在自体が、御幸のためにあるんだってことも知ったりするわけだけど。
そういや、あのアホ研究員と会ったのも、それから少ししてからだった。
走馬灯とまでは行かないけれど、そんなことが次々と思い起こされる。組織の頃の記憶なんていくらでもあるのに、思い出すのはなぜか、御幸や沢村と過ごしていたすげぇガキの頃のころばかり。


(…案外覚えてるもんだな。)


今もまだガキといえばガキには変わりないが、それでも、通気口を出入りして抜け出せるようなチビの時のことを考えれば、随分とまぁ時間が経ったもんだ。


「…倉持?」


柄にもなく物思いに耽っていれば、後ろから声をかけられる。


「亮さん。」


この場所にいるのは、俺ともう一人だけしかいないから、すぐに分かった。
さっきまで一緒にいたはずの二人はもう、先ほど手筈通りに現れた車に攫われて、既にこの場所から姿を消していたから。
名前を呼べば、空気が緩むのを感じる。


「何してんの。」
「ちょっと考え事を。」
「ふうん。」
「ガキの頃のことを、少しだけ。」
「…生まれ育った場所から離れるのが、寂しいとか思ったりしてるとか?」


あんな場所でも、と笑われて、まさか、と俺も笑う。

けど、まるでアルバムでも開くみたいに昔のことを思い出すことが出来るのは、その過去が綺麗に音を立てて崩れて行くのをこうして外から眺めている今の時間があるからだろうか。
そう思えばこれは、御幸のおかげかもしれない。


「なんだかんだいって、倉持は御幸に昔から甘いよな。」
「…そんなことないっすよ…。」


……なんかすっげェ気持ち悪いこと言われた気がする。


「そんなことあるよ。」
「…。」
「だって、結局今回も頼まれたこと以上の仕事までしちゃって。…ああ、もしかして甘いのは、御幸っていうより、あの二人に、かな。」
「……意地悪ですね、亮さんは。」
「だから俺は性格が悪いのが取り柄なんだってば。」


クスクスと楽しそうに笑うこの人に、俺は昔から勝てない。
…思えば組織に居たころから、一度も勝てた事が無いし、これからもこの人を負かすことが出来る自分の姿なんて想像出来なかった。


「でも、」


俺の言葉に、小さく首を傾げた亮さんが、なに?と小さく呟く。


「それは、亮さんもっすよ、ね。」


その言葉に、細いその目がピクリと揺れるのが見えた。
口元がゆっくりと歪んで、それからふっと漏れたのは笑い声。


「…俺はただ、空が見たかっただけだよ。」
「え?」
「御幸の誘いに乗れば、空を見ることが出来る気がしたから。」
「空、って…。」
「だから、それだけ。倉持とは違うよ。…俺は、俺のためにしただけだからね。」


…なんだかもう、この人には勝てねぇわ。
頭の中全部お見通しなんじゃねェ?

ポスン、と音を立てて頭を軽く叩かれる。
そこがじわりじわりと鈍く痛む。痛ぇっすよ、と小さく文句を言えば、無言の笑みだけが返って来た。



「さて、無事空も見えたことだし、次は何しようか。倉持。」



帰る場所も無ければ、行く場所も無い。それはこの人も俺も同じ。
酷く閉鎖的な世界で生きて来た俺達に突然与えられた“自由”をどこまで使いこなせるのか分からない。この世界に居場所があるのかどうかも分からない。
先なんて本当に一つも見えないのに、なんとかなるんじゃねぇの、と、俺は能天気ながらそんな確信があった。



「とりあえず、今度は空でも飛んでみます?」



冗談混じりの俺の言葉は、ファンタジーは似合わないよ、と、数秒後には亮さんに笑い飛ばされた。

それは境界線の無い空の下。






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