05 | ナノ

05



どうして一緒に居られねぇの?
仕事があるからだよ。
つまんねぇの。なんで仕事してんの。
そのためにここにいるんだから、仕方ねーじゃんか。


おわったら、遊んでくれる?
いいけど…お前いいのか?
いいよ。…でも夜が来たら帰れなくなるから、それより前には帰るけど。





…これは、なんの会話だろう。誰の、会話?
小さい子供が、笑って泣いて、拗ねたようにむくれる。
それを横から見ている少年も、また、困ったように唇を尖らせて。





やくそくだから。
おう、やくそくな。


















「沢村さん、食卓付く前に寝ぐせくらい直して来たら?」
「……うっさい…。」
「あれ、不機嫌だ。」
「最近夢見悪くてさぁ…。」


くああ……と大きく欠伸を漏らしながらリビングに入れば、最近ではもうすっかりお馴染になったコーヒーの香りが充満した空気に包まれる。
生意気にもブラックでコーヒー飲みやがる御幸の横に置かれたのは、コーヒーよりも多いんじゃないかってくらい牛乳と砂糖が混ぜられて、既に色もコーヒーより牛乳に近いような飲み物が入ったマグカップ。…もちろんこっちは俺の。
これくらいしないとコーヒー飲めねぇんだよって言ったら、邪道だ…って最初はすげぇ呆れられたもんだけど、最近じゃ御幸も慣れたのか、俺に絶妙な甘さのコーヒーを入れてくれるようになった。

その横に置かれるのは、簡単だけれど、それでも一つ一つ手のかかった朝食。
一体こいつ何時に起きてだろと思って聞いてみたけど、「早起きは得意」とか「ショートスリーパーなんだよな」とか言われるばっかりで、変わろうか?って言っても、趣味みたいなもんだからいいって断られる。
だからまぁ仕方なくこの至れり尽くせり状態に甘えてるわけだけど、…いいのか、俺。いいのか、沢村栄純34歳。

マグカップに手を伸ばしてコクンと喉を鳴らした。
甘ったるい液体が、寝起きの胃に染み込んで行く。


「夢見?寝れてねぇの?」
「いや、寝れてはいるんだけどさー…なんかなー…。突然目が覚めたりとか、自分の声で起きたりとか。」
「疲れてんのかな。食事もう少し考えようか?」
「え?や、そこまでさせんのも…。」
「置いて貰ってる身だし、俺に出来ることはするけど。」


…置いて貰ってるって意識あったのか。そこは驚きだ。


(でもなぁ…、別に疲れってわけでも、ねぇしなー…。)


けどそれをどう上手く伝えればいいのか皆目見当もつかない。
目線を落とした先、マグカップを揺らせば、中で茶色の水面がゆらゆら揺れた。

そんな俺の様子をじっと見ていた御幸が、ふと小さく首を傾げながら、あ、と小さく声を漏らす。
その声に弾かれるように顔を上げた。


「じゃあ、沢村さん、」


俺が何か返答を返すより早く。
御幸の口が開いて、にっこりと綺麗な笑みと共に告げられた言葉。



「気晴らしにデート行かね?」



…デート?
























「………デートっつーか、ただの夕食の買い出しじゃね?」
「まぁまぁ。買い物とデートじゃ、なんか気分が違うじゃん。」
「そんなもんかぁ…?」


カラカラとカートを押しながら、両手に持ったキャベツの重さを比べる。
む…これなかなかいいんじゃ…。


「あ、沢村さんダーメ。キャベツはまだ買い置きあるし。」
「でもなんかこれ良さそうだし、」
「腐らせたら意味ねーだろ。どうせならじゃがいも見てきてクダサイ。」
「む…あんな小物…。」
「………へぇ、じゃがいも抜きの肉じゃがでいいんだ。」
「真剣に見繕ってきます。」


ネギと御幸。
その妙にアンバランスな組み合わせに見送られながら、カートをカラカラ音を立てて押す。
つーか、スーパーなんて来るの、何年ぶりだろ。
あまりにも久々すぎて、色とりどり、カラフルな配色が踊る店内をついついキョロキョロしてしまう。

男の一人暮らしなんてひどいもんで、御幸が来る前までの俺の食生活なんか、それはもう手抜きなんて可愛いもんじゃなかった。
朝食抜くどころか三食抜くこともザラにあったし、酒でカロリーだけ補って過ごしてた時期もある。
コンビニがお友達で、リアルに米がきちんと炊けるかどうかも不安だ。
…そういやあの家、家電製品とかあったんだな。
自分の家のことなのに、今やたぶん家の中のことは俺より御幸の方が詳しい。
それが、不思議、というよりも、なんか、こう…。

(くすぐった、い?)

そう、くすぐったい。
なんか変な感じなんだ。…違和感はねぇのに、変わりに妙にソワソワ、ソワソワ。
でも、決して嫌な感じじゃない。
俺ってこんな人にたいしてオープンな方だったのか。知らなかった。
それとも、


「沢村さん、じゃがいもはー?」

人、っていうよりも。
相手が、そう。



(御幸だから、とか。)



………ん?
あれ?なんか変なとこにぶち当たったような気がする……。


「沢村さん?」
「……。」
「沢村さん!」
「うおあっ!?」
「うわ、びっくりした。…どーしたわけ?じゃがいもは?」
「み、御幸…?」
「……他に誰が…?」


呆れた顔してこっちを見てるのは確かに御幸だ。
意味がわからない、といった風に顔を歪めながら、御幸が俺の顔を覗き込んでた。
い、いつからいたんだろう…。全然気づかなかった……。


「悪い、考え事してた。」
「…なんかあった?それともやっぱりまだ気分悪い?」
「いや、そういうんじゃねーから、ヘイキ。」
「なら、いいけど…。」


心配そうに、…つーか、なんか微妙な顔してじっと見てくる御幸の目から思わず反射的に目を逸らしちまって、やべ…っと思うけど、暫く無言だった御幸は、ふ、と一つ息を吐くと、片手を俺の方に伸ばす。
ぽんぽん、と数回叩かれる、頭。


「え…?」
「…変な沢村さんだなァ。」
「う、…、」
「まぁいーけど。…ほら、肉無し肉じゃがにされたくなかったら次は肉ですよ、肉。」


手が離れると、さっきまでの表情が一瞬で消え、へらりといつもの締まりの無い笑みを浮かべた御幸がいた。
俺からカートをさらりと奪い取って、横をすり抜ける。
はっとした時には、すでにカートと御幸はスーパーの奥のほうに行ってしまっていって、慌てて近くのじゃがいもを両手で引っつかんで追いかけた。


「な、なぁ御幸、肉じゃがの肉をステーキ肉にするってのはどうだ!」
「はあ?」
「ほら、俺、肉じゃがとステーキどっちも好きだし!一緒にしたら絶対美味いと思うんだよな!こう、じゃがステーキ的な!」
「……コストパフォーマンス的に却下です。」
「えー、ケチ。」


追い掛けた先でそんなバカなことを真顔で問い掛けながら、カートの上のカゴの中に持ってきたじゃがいもを入れたら、じゃがいも二個じゃ肉じゃが出来ないんですけど、って笑われた。

仕方なく御幸から離れてもう一回野菜売場へと舞い戻りながら。



(御幸は、大事なことは何も聞かねぇな。)



いや正確には。
聞いては来る。


けど、踏み込んでは、来ない。




御幸との距離が近くなればなるほど、

ただひたすら御幸を遠くに感じる気がした。


















「……デートの土産にしては荷物に色気がねぇ……。」
「まぁまぁ。つーか、なんでわざわざ人が持ってやるって言ってんのに、重い方持とうとすんの?」
「…………プライドだ。」


ぎゅっと掴んでる荷物を更にしっかりと握りなおす。
じゃがいもを筆頭に大量に買い込んだスーパーの袋は、見た目以上にずっしりと重い。
二つに分けてなおこの重さとは、実に強敵だけど。

ちらりと見れば、ぶらぶら横の御幸が軽い方の袋を揺らす。
…実は最初はあっちを俺が持つはずだったんだけど、なんか意地張って、重いモン持っちまったわけで…。
持ってから後悔したけど、なんかこう、御幸に甘えるのもどうかと思ったわけだ…うん。
仮にも年上だし。父親?らしいし。…まぁ体格は御幸の方がちょっとだけいいんだけど。


「変わりましょーか。」
「いい!」
「…そんな意地張らなくても。」
「意地張ってるんじゃねーよっ!本気で平気なだけ!」
「ハイハイ。」


ふ、っと、まるでどうしようもない子供の我が儘をあやすみたいな顔で御幸が笑う。
…これじゃ本当にどっちが子供なのか分かったもんじゃない。
大体御幸はいろいろ大人過ぎんだよ……。これで18なんて世の中詐欺だ。


「……イケメンめ……老け顔め……。」
「沢村さーん、声に出てんよー。」
「なぬ!?マジか!俺としたことが!」
「……俺って老け顔?」
「お。もしかして気にしてんのか?」
「…………童顔の沢村さんに言われたくねーなァ。」
「…お前ってマジかわいくねーよな。」


手が空いてないから、仕方なくゲシッと御幸の足を軽く蹴飛ばす。
むっとした顔が帰ってきたけど、気にしない。しれっとしてやったら、ため息が聞こえた。
…だからなんでそう対応がいちいち大人なんだよ…!


俺が免許持ってねぇから、買い物は徒歩かバスか、たまに電車。二駅くらいだから近いもんだけど。
今日はデートらしいので、珍しく電車で来たから、今は駅に二人してのろのろ向かってた。
小さな駅だから、エスカレーターなんかは無くて、ずらっと眼前に並ぶ階段の前に来ると、御幸がチラリと俺の方を見た。
その顔に浮かぶ、“上れんの?”と少し俺をバカにしたみたいな、色。それに気付いてむっとする。


「…んだよ、」
「ふらふらしてこけんなよ。」
「こけねぇよ!」
「…今にも倒れそうなくせして。」
「なにおう!」


言っとくけど、ちょーっとだけ重くて足元が覚束ないけど、あくまでもちょっとだけであって、そこまでではないわけで!
少なくとも、御幸に心配されるほどでは決してないと胸を張って言える。

…が、御幸はそうは思ってないみたいで、なんか妙に心配そうな顔をして眉を寄せてた。
それにムッとして、閑静な駅の階段を、ダンッ、ダンッとわざと足音を立てて昇る。
そんな俺の横を、通り抜ける御幸。
確かに荷物は重い。重い、けど。

(御幸に心配されんのは、なんか嫌なんだよ!)

最後の一歩、思い切り体重を乗せて足をかけてから、ふんっと鼻を鳴らした。




「ほら見ろ、上れただ、ろ、…?」




、…って、あれ?




力をふと抜いた途端、荷物の重さが突然ずっしりと襲ってきた。

やばい落ちる、って思った頭は、案外冷静で、一瞬がすげぇ長く感じて、ああこれがスローモーション、って理解した瞬間に、さっきかけたはずの足が、床から浮いた。


御幸の驚いた顔が目に映る。
なんか……、必死だ。



(なんだお前、そんな顔も出来んじゃん)



初めて見る御幸の必死な顔。それに、こんなときだってのに小さく笑みが漏れた。


それが焼き付いた目を反射的にぎゅっと閉じる。痛いよな、絶対いてぇよな。怪我すんだろーな、つーか死んだらどうすんだ。



妙に長い一瞬。
けれど、なかなか痛みどころか、浮遊感すら訪れない。



「………………な、っにやってんだ!アンタ!!」



…その沈黙は、御幸の激昂に破られた。
しっかり繋がれた手。
もう片方の御幸の手は、いつのまにか階段の手すりを握ってた。
二人の間で、重たいビニール袋がゆらゆら揺れる。


「み、みゆき…。」
「…っ、とりあえず、早く自分の足で立って!!あんまもたねぇから!」
「あ、!お、う…!」
「………っ、」


軽く引っ張りあげられて、ペタンと階段に膝をつく。
慌てて後ろを見たけど、人の少ない駅だったのが幸いか、回りに被害はなさそうで、ほっとした。心臓が、いろんな意味でドキドキしてる。


「た、助かった……死ぬかと思った…!」
「…。」
「さ…サンキュな…!もう少しで落ちるとこだった!やー危なかった!」
「……。」
「つーかお前ってめちゃくちゃ力あんだな!俺びっくりして、」
「……怪我…。」
「へ?」


なぜか暫く黙ってた御幸が、ぽつりと小さく言葉を吐く。
聞き取れなくて問い直したら、突然ガッと肩をものすごい力で捕まれた。


「いっ、…!!」


顔をあげた先、なぜか青ざめた御幸の顔。
さっきスローモーションで見たときより更に悪化してるその表情に、階段から落ちるときよりも背中がゾクリと何かに震えた。


「怪我、…怪我は!?」
「ちょ、御幸、なに…?」
「怪我してねぇかって聞いてんだけど…!!」
「し、してねぇよ…してねぇから、落ち着けって…、」
「本当に?」
「え……?、あ、うん?」
「そ、っか…。」


ほ、っと息を吐いた瞬間、御幸の顔が緩む。



「よか、った………。」



俯いて長く、緩い息を吐く音。
張りつめた空気がピリピリ痛い。

御幸の普段からは想像出来ないくらいの取り見出しようと、異常なまでの狼狽の仕方に、階段から落ちかけたことよりも、そっちのほうがずっと衝撃で、つい全身が固まった。


「…………あ、あの、…みゆき…?」


何を言えばいいんだろう、と思いながら恐る恐る問い掛ける。
掴まれたところが、酷く痛い。
流れる沈黙が居心地が悪くて、いつまでも返って来ない返答に心臓がドキドキして、もう一度、御幸、と小さく名前を呼ぶ。

けれど、次の瞬間顔を上げたのは、いつもの、御幸の表情だった。
すぐに、肩を掴む力も弱くなる。

それに、「あ、」と思ったら、帰って来た言葉はあまりにもシンプルで。


「…もうよそ見すんなよ?沢村さん。」
「え?あ、…、」
「じゃねぇと次やったらマジでパパって呼ぶから。」
「あの、御幸、おれ、」
「……帰ろーぜ?…沢村サン。」
「あ…。」


手からビニール袋が奪い取られる。俺を苦しめた重さを、いとも簡単にひょいっと片手で持った御幸が、二人で分けてた重さを一人で軽々抱えてしまった。


そんな御幸に俺は、かける言葉が見当たらない。



「…ほら、沢村さん、早くしねぇと夕食遅くなりますよ。」


(どうして…。)



こんなに近くにいるのに。

御幸は踏み込んで来ないどころか、





―――踏み込ませてすら、くれないんだ。





「…今行く。」





立ち上がって、一度唇を噛んでから、俺の分まで荷物を抱えた御幸の背中を追いかける。
さっきこけたときに打ったんだろうか。




体のどこかがズキンと痛んだ。








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